第011話 魂の行方
「知っての通り、地中に国境はない。地上どころか海底まで、ずっとずうっと全て繋がっている。僕達が見つけた『龍の間』は、この世界のあらゆる地脈と交わっているんだ」
「そうですか」
アシュリート団長の話は突拍子もなくて、リックは理解できない。話の意図も不明だが、さっきの失敗に懲りたリックは相槌で済ませた。「返事は、はいかイエスだけ」と第三騎士団で教え込まれてきたので、得意ではある。
「憐魂火は、恨みを抱きながら死に堕ちていく、魂の残り火だ。実体は遥か遠くだけど、地脈を通じて光だけ見えている。強い火は、さっきみたいに震動も起こすんだ」
「残り火、ですか」
どこか合点がいかない口調のリックに、ミズネが説明を加える。
「死を迎えた時、清らかに浄化された魂はフワフワ軽くて透明で、天へ昇っていくの。それに対し怨念にまみれ死んでいった魂達は重く冷たく、地の底へ沈むのよ。天国と地獄って言うでしょ」
「そうなんですか」
リックにとって魂の存在すら不確かだが、下手に反論するのもどうかと思い、ここも合わせることにした。
「俺達も、最初は分からなかったけどな。霊感が高いミズネやアシュリーが気付いて、世間の出来事と合わせて理解してきたんだ」
「世間の出来事?」
「時々、俺でも分かるほどの暗く重い光が現れ、大きな震動が起こる。後日得られた情報を付き合わせると、どこかで戦争やモンスターによる虐殺が起きていた。この前のノモニルでの闘いも酷かった。見るも無惨な魂達が、震えながら堕ちていく様は、見て気持ちの良いものじゃない」
「そうだったんですか……」
確かにあの戦闘で醜く殺された人間やモンスターなら、魂も浮かばれないだろう。その光の中にキトもいたのかなと、悲しく思うリックであった。
「憐魂火の意味、分かったかな? リックくん。そしてもう一つ、厄介な事が分かってきたの」
「何ですか?」
ミズネの話ぶりでは、単なる光では無いらしい。
「あのエネルギーを集めているものがいるのよ」
「集めている? 誰なんですか?」
彼らの話には不思議な点もあるけれど、リックは素直に聞き、質問した。
リックの質問に対し、アシュリート団長が答える。
「それは分からないんだ。人かモンスターか、それ以外かも。分かっているのは、帝国の方角だっていうこと。かといって皇帝一派かどうかも、分からないんだけどね。かの地の情報が少なくて、全ては手探りさ」
「ただ、それは年を追うごとに増している。何か巨大な力が集まりつつあるのは分かる。私の旅の目的に、その情報を集めることも含まれている」
「そう。だからね、『不殺の掟』を作ったんだ」
アシュリート団長が、話をまとめるように言った。
「この世界、相手を殺すのは簡単さ。モンスターを殺せばアイテムがもらえてお金になって、出世もできる。でもそれで負のエネルギーが溜まって、世の中が一遍にひっくり返るぐらいの巨大モンスターが現れたら?」
「どうなるんですか?」
「世界が滅びるだろうね」
アシュリート団長の言葉に、リックは震え恐怖する。確かにそんなモンスターが現れたら、太刀打ちできないだろう。
「だから僕達は『不殺の掟』を誓ったのさ。でも僕達にできることは限られているし、憐魂火を減らすことも無理。全く、もどかしいね。それに殺生自体は、食べる上で必然なのも事実だよ。モンスターは食べられないから、その必要が無いというだけさ」
「こういう訳なんだ。リック、分かったか?」
「は、はい」
ヴィクトスの呼びかけに、リックは納得して答える。
「騎士団設立の経緯も、これが関わってるんだ。僕達は超優秀だったから、卒業後の進路を聞かれた時、この話をした。するとオジさんは直ぐに事情を理解して、独立騎士団の設立を承諾してくれた」
「オジさん?」
「先代のヨハン七世さ。もう六年前かな」
「崩御されてから、そんなになるのか。まだ五十代だったのに……」
「まあね。今のウェンツェル君には、困ったものだけどね」
「ウェンツェル君って、誰ですか?」
ザッ
何気ないリックの質問に、今度は4人が歩みを止める。先ほどのエメオラほどではないものの、各人の纏う光がユラユラと揺れた。
(え、なに? ヤバいこと言った?)
さっきのエメオラの地雷は、分からないでもなかった。でも今度は何が悪いのか、全く判断できない。知らない人の名前を聞いて、何が悪かったのだろうか? 焦るリックの元に、4人が近づいてくる。
「本当に知らないの? リックく〜ん?」
ミズネが意地悪な顔でリックを見つめている。日の中であれば半笑いだと知れるのだが、この暗闇の中では影も濃く、リックから見るミズネは恐ろしげな形相だった。
「え、知らないです……」
「お前、本当にオロソ国民なのか? 私が手当てした相手は、間違っていたのか?」
今度はエメオラが質問してくる。その言葉の端に冷たさが宿り、今にも攻撃魔法を詠唱しそうだ。
「は、はい。れっきとしたオロソ国民です! 嘘じゃありません!」
(まさか、スパイと疑われている?)
リックは焦った。そうすると、4人の真剣な顔にも合点がいく。帝国のスパイに誤解されたら、この場で追放されても文句は言えない。だが事実、リックは生まれも育ちも生粋のオロソ国民である。けれども身分証は携帯しておらず、残念ながら証明は不可能だった。どうしようと混乱しながら、リックは何とかしようとした。
「こ、国歌でも歌いますか? それともオロソ音頭でも踊ります?」
「いや、まあいい。こいつが嘘をついてるとは思えない」
「その辺で止めてあげようよ。新人に可哀想だよ?」
狼狽しながら歌おうとするリックを、ヴィクトスとアシュリート団長がなだめた。
「そうね、冗談よ。リックくん」
「は、はあ……」
「まあ、分かんないよね。ヨハン八世の幼名さ」
「あ、そうなんですか」
(いや知らねえし!)
リックは内心思ったものの、ここでは堪える。村で、王家の話題なんて出ない。王の崩御も、小さかったからあったような無かったような出来事だ。村人は、日々の生活で精一杯だった。税金の話は出てくるけど、上流階級の話題なんて殆ど聞かなかった。
「僕らの二つ下なんだけどね。まあ正直、何ともだよ。途中入学だけど、裏口? というぐらいの成績だって言うし、お付きに囲まれて友達なんて居なかったから」
「王家と御三家のパーティーでも、無愛想だったのよね。歳が近いから行ってこいと言われて挨拶したけど、私の体をジロジロ見てニヤニヤしてただけ。まあぶっちゃけキモいわ」
「そうだよな。先代王の死も、怪しいからな」
侯爵家の三人の口ぶりでは、今の国王は問題児のようだ。
今まで知らない世界の話なので、リックはそうなんだと軽く聞き流した。
「まあ良いさ。さあ、『記録の間』についたよ」




