第107話 知らないところでも時代は動いている
牛魔王の城を出発して、三週間が過ぎた。
初夏の日差しの中、アシュリートら5人は砂漠を進む。
左方遠くには神崙山脈が連なり、この先にガーダラサがある。
いよいよ最終目的が見えてきた。
砂漠といっても草一本生えない荒涼な世界ではなく、ところどころに日除けになる木々や地下水が湧き出る泉もあった。高地のせいか空気が乾いている分、この時期でも岩や木が作る日陰に入れば暑さを凌げる。逆に夜が冷えるので、寒暖差が激しい。
そんな環境のなか、時折休息をとりつつ歩いていった。一人あたりの荷物量は多く、体力温存のためにも一日の移動量は今までより少ない。
興味深いことにモンスターとの遭遇は全く無かった。リックはとても不思議に思えたが、アシュリート団長はさもありなんといった風だ。牛魔王城にいたモンスター達の言葉どおり、彼らはガーダラサへの巡礼に全く興味がないようだ。
「ここでちょっと休もうか」
日も高く上り、ちょうど良いオアシスに遭遇したので5人は木陰で休息を取ることにした。リックはいつものように『サウルス』を取り出し、日々の記録をつけ始める。それにヴィクトスが興味を持ち、話しかけてきた。
「お、これが『サウルス』か。『ヒュートン』ができた時に少し触ったけど、俺は駄目だったな。俺の指じゃキーボードが合わないし、説明書も良く分かんなくて。エメオラはこれ使えるのか?」
「私はこう言うデバイスがなくても、直接アクセスできる」
「さすがはエルフの魔法使い。団長さんは?」
「僕もみんなの記録閲覧で持ってきてるけどね。リックくんのようには扱えないよ」
「いえ、そんな」
「謙遜するなよ。あ、これなんだ?」
「DD-ROMと言って、最近できた記憶装置だそうです」
「へえ、キラキラ光ってるな。ホロッピーディスクから変わったんだ」
『サウルス』本体にコードで繋げた薄く四角い箱に、銀色の円盤を差し込む。カシャカシャと音を立てながら、円盤は吸い込まれていく。
「そうみたいです。容量が何百倍にも増えて、映画もまるごと観られるみたいです」
「え? マジか!! そんなにあるんだ! 何か面白いの無いか?」
「これは最近オロソで起きたニュースみたいです」
「へえ」
今までの道中も記録をこまめにとってホロッピーディスクに保存し、時折オロソに戻る団員に頼んで送ってもらっていた。牛魔王の城でも同様にお願いしたところ、折り返しこのディスクシステムが送られてきた。
マニュアルも添付されているが簡単な操作で扱える。ホロッピーディスクの何百枚も保存できると聞いた時は信じられなかったが、滑らかに動く映像を見て納得した。今までもらったニュース記事は写真一枚だけで他はテキストのみだったのに、このDDディスクにはたくさんのニュース動画が入っている。
「あ、ジャナーズだ」
動画には、新聞記者らしき女性がジャナーズ事務所ビルの前でマイクを持って立ち、道ゆく人に話しかけていた。テロップには『ジャナー氏急死! スムップのリーダー・ノカイくん、経産新聞広報員A子さんとの淫行疑惑で解散引退!! 立て続けの災難にジャナーズはどうなる?』とあった。
この世界、一般の人が世間の情報を得るのは新聞か雑誌が常で、こちらで言うテレビに類する物は存在しない。大手の新聞三社(読捨新聞、オロ左新聞、経産新聞)が販売促進やニュースを世に広めるために劇場や魔法映画を抱えており、ジャナーズといった芸能事務所はこれら新聞をはじめとしたスポンサーでコンサート等の活動を行っているのが大半だ。ちなみにサッカーや野球みたいなスポーツクラブも抱えており、競技場も持っている。
最近は新聞社も綺麗どころの女性を広報員として雇い、劇場でのコンサートや魔法映画などに出演させることもあった。田舎では滅多に見られず、都会だけの娯楽と言っても良い。
「え、ジャナーさん亡くなったんだって」
「ほんと? ノカイくん、そんな人だったの?」
リックの一言で、少し離れていたセラナも『サウルス』を覗き込んできた。みなオロソのニュースを聞くのは新鮮だし、芸能ニュースは他人事感がある。
「へえ。スムップって超国民的アイドルだからずっと続くと思ったのに……SMUxSUM面白かったのにびっくりだな。フェリーヌ先輩大丈夫かな?」
リックもノモニルや『ヒュートン』で各地を回った時にジャナーズのコンサート劇場近くに立ち寄った経験がある。コンサート後の汗と熱気でできたモヤは印象深かった。スムップもカルタホでのカウコンで観たので、馴染みがあった。
「どうだろうね……ジャナーズはジャナーさんのお姉さんのマリーさんもいるから大丈夫なんじゃない? あんな大きな事務所が潰れるなんて、あり得ないよ」
「うーん、これはまずいかもね……」
リックの意見とは裏腹に、アシュリートは深刻そうな表情を浮かべていた。
「芸能って、政治とか財界とか宗教界と裏で色々繋がってるんだよ。特にジャナー氏の影響は絶大で、パワーバランスが大きく崩れそうだね……」
「そうなんですか?」
「権力構造は複雑でね。ミズネの家の一件でも、資産や組織を狙って暗躍する輩が一杯いたんだ。誰かが消えると、平衡化するまで一悶着あるね。歪になったらまた大きな溝ができて、別の悪が埋め戻すの繰り返しさ」
「団長も苦労されてるんですか?」
思わず聞いたリックの質問に、アシュリートは苦笑いした。
「そうだね。ただ最近は第四騎士団の利益がかなり増えたから、助かってるよ。この『サウルス』といいフニクロのヒートテクといい、開発品が市場に出回って、前より余裕が出てきたかな。だから今回の遠征も出来たんだ」
「そうだな。昔オレらだけで始めた時は、前王からの援助があったとはいえ大変だったな」
「そうだったんですね……」
『記録の間』にアクセスしたときに昔の第四騎士団の記録も読んだが、確かに小規模な集団だった。四人の他に学校繋がりで数人いたけれど、最初の3ヶ月で続々脱退している。ご丁寧に退職理由も残っていたが、罵詈雑言のオンパレードだった。中には恋愛感情も入っていてどうかと思われるのもあったけれど、個人の事情はやむを得ない。リック入団時はそれなりの人数だったが、各期の決算書を読むとそこに至る苦労も伺われた。
「何が一番大変でしたか?」
「そうだね……やっぱり人材かな。出せる給料も限りがあるし。エメオラはじめ僕達の技術は実用化一歩手前の良い物だと自負していたけれど、アトキンソさんみたいな天才が加わってくれなければ、やはり完成できなかった。モンスターを殺さずに返すなんて不可能だと言われたけど、彼らも痛い目にあった場所は避けるんだ。仮説に過ぎなかったけど実証できるまでは、苦労したよ」
「まったくだ。オレもあの頃はモンスターとの取っ組み合いで生傷が絶えなかった」
「すまなかったね」
「いや、良いってことよ」
長年の信頼関係が今の成長につながっていることを、リックも聞きながら実感していた。
「あれ、何だこれ?」
ニュース動画を見終わったので袋から別の円盤を取り出したが、こちらは心なしか黒く濁って見える。リックは違和感を感じつつも円盤を入れようとすると、エメオラが即座に反応した。
「やめておけ。ウイルスが入ってる」
「ウイルス?」
「『サウルス』が暴走して使えなくなる」
「え、そんな事起きるんですか?」
その円盤のタイトルは【女上司の裏の顔を知ったら溺愛されました】と【社畜令嬢はハイスペスパダリ御曹司の言いなり】で、映画二本立てらしい。魅惑的に思えないこともない、多分そうなんだろうとは思うものの、エメオラに言われては見ずにいた方が良さそうである。下手に持っていても仕方ないし隣のセラナの視線が熱すぎて気になるのでエメオラに渡すと、火魔法で廃棄してくれた。
「偶々なのか……ミズネに後で報告しておく」
「ありがとうございます」
その日は、そのままオアシスで一晩をあかした。
翌日、砂漠を進むと、セラナが何かを見つけた。
「街が見えます! 湖があるようです」
彼女の言う通り、神崙山脈を背にして湖に囲まれた街があった。ザルディアから連々と続いた神崙山脈もここでどうやら終わりらしい。城のような建造物は見当たらないものの城壁で覆われた街は、ノモニルより小さくカポ村の規模だろうか。ただ出入りするラクダや馬に乗る人は多く、交易都市のようだ。
「ガーダラサへの案内人とか、雇えないかな」
アシュリートの言う通り、ここはガーダラサに一番近い街に思える。
「とりあえず、行ってみよう」
5人はそのまま、オアシスに浮かぶ街へと入っていった。




