第010話 龍の間
面白いことに、彼らの光は色が違っていた。
アシュリート団長は落ち着いた薄紫に対しヴィクトスの光は銀で、ラメ入りみたいにチカチカしている。ミズネはさっきの回復魔法と同じ薄紅色、エメオラは透き通るような青色だ。個性なのかなと、リックは内心思いつつ4人の後を追いかけた。
洞窟は広く、なだらかな下り坂で歩きやすい。薄明かりでぼんやり見える壁には所々扉もあり、人の手が入っているようだ。勝手知ったる場所らしく、4人は散歩しているような歩調である。アシュリート団長は後ろを振り返り、緊張しているリックに話しかけた。
「この洞窟には沢山の部屋があってね、今から行く『龍の間』と『記録の間』の他に、『宝石の間』や『貯蔵の間』なんかもあるんだ。ここは夏でも涼しく冬は暖かいから、お酒を作ったり保存食を置くのにもちょうど良いんだよ。ただ『龍の間』は一番深いところにあって時間もかかるし、他は今日行けない。後で見せてもらうと良いよ」
「はい、分かりました」
本当に街みたいだなと、リックは思った。一般に騎士団の物資は国からの支給だが、ここでは自給自足に近い。確かにこの団長といい、他の騎士団と雰囲気が違う。毛嫌いされるのも、リックは分かるような気がした。
「ここはスウェラ山脈から流れる良い龍脈で、ここが龍穴にあたる。だから『龍の口』と言ってるんだけど、ラッキーなことに他のところより宝物に恵まれていたんだよ」
「そうなんですか」
「最初は俺達が夏休みで遊びに来た時、あの山にあった古いお堂を見つけたんだよな」
「懐かしいわね、もう9年前?」
「そうだね。キャンプしながら奥まで探検して、この龍穴を発見したんだっけ」
「そうだったな。みんな若かった。エメオラは変わらんけどな」
「エルフだからな」
話から、彼らが自分達でこの駐屯地を発展させたのだと知る。他の騎士団幹部と比べれば彼らも十分に若いけれど、十代から二十代になるとそう感じるのかも知れない。リックも、二十代になる自分をまだ想像できなかった。
「そもそも、エメオラは何歳か教えてくれないよね?」
アシュリート団長の言葉に、ミズネも同調する。
「そうそう! 年齢詐称で高校に来たんでしょ? 最初に会った時はミステリアスな雰囲気でぼっち席にずっといて、人を寄せ付けなかったもんね。私らが話しかけなかったら、友達できなかったんじゃないの?」
「そうかもな」
「え、エメオラ様は何歳なのですか?」
話の流れで、何気なくリックは聞いた。だがそれは禁句だったようだ。
エメオラが、急に立ち止まった。
(え?)
リックが何事かと思っていると、突如エメオラの光が燃え上がるように強く輝き始める。熱くはないのだが、その圧にリックは縮み上がった。ヤバい。
(うわっ!)
威圧的に振り返ったその眼は鋭く、鬼熊どころかドラゴンさえも一撃で倒せそうだ。ここに来て初めて、エメオラの怒りをリックは知る。
「リック、レディに年は聞くな」
……
「は、はい。すいませんでした!」
「そうよ、リックくん。気をつけなきゃ」
「エメオラ姉さんは、怒らせると怖いからな。下手すると俺の剣でも敵わねえ」
「まあまあ、リック君も悪気ないんだし」
「悪気なくても相手が嫌なことはあるからね。気をつけようね」
ミズネはじめ、他の3人は笑っていた。リックは「すいません」ともう一度謝り、一歩下がって4人の後について行く。エメオラもそれ以上はなく、アシュリート団長がしきりにフォローしてくれながら進み、道はやがて急な坂へと変わった。
* * *
ずいぶん深く下りてきたので少し暑いが、耐えられないほどではない。どこまで行くんだろうとリックが不安になってきた頃、アシュリートが歩みを止めた。
「ここだよ」
そこは4人の光でも先が見えないくらいの、広大な闇が広がっていた。何の音もせず、モンスターがいるような気配もない。
「ああ、言うの忘れたけど、『龍の間』だからといって、ドラゴンがいる訳じゃないよ。ま、入団テストみたいなもんさ。じゃあ僕らは光を消して、少し離れているよ。あとで迎えに来るから、それまでここで待っててね」
「あ、はい?」
(え? ここで独りぼっち?)
もしかして見捨てられるんじゃないかと、リックは焦る。置いていかれたら方向の感覚もないし、命の危険がありありだ。リックの動揺に気付いたのか、エメオラが話しかけてきた。
「大丈夫だ、そこまで怒ってない。後で戻ってくる」
「そう言うわけ。入団者は全員やる決まりさ。結果は自ずとわかるよ。じゃあしばしお別れだね、リック君」
(やっぱり怒ってる!!)
リックはヤバいと思いつつ、これが入団試験ならば文句は言えない。宣言通り4人の光が消えると、彼らの気配も消滅した。
(うわぁ……)
村の夜も暗かったが、星も無いのでそれ以上の闇だ。
自分も光を出せないかと集中してみるものの、やはり魔力はない。
今まで習ったこともないから当然だが、リックの不安は増幅した。
(どうなるのかな……何が起きるんだろう……)
…………
……
不安も頂点に達しつつあった時、それは起きた。
ボワッ……
(え、なんだ?)
遥か遠くに、とても幽かではあるが白い光がボッと点き、直ぐに消え去った。これが団長達の言っていたものかと思い、リックは目を凝らして光った方向を見ていると、
ゴゴッ……
(揺れてる……)
本当に少しではあるけれど、地面が振動した。地震を経験してなかったリックは、少し焦る。気づくと、4人が光を纏いつつ側に来ていた。
「今、何かの光が現れて揺れました」
「ああ、君も見えたのか」
リックの言葉に、アシュリート団長は満足そうな声で返事をした。
「俺は見えなかったな。こいつ、結構やるじゃねえか」
「ヴィクトスは仕方ないわ。エメオラは?」
「当然だ」
「リック君、すごいね! あれに気付くなら、霊媒属性が高いよ。君の素質は、これから役立つかも知れない」
「何だったんですか? 今のは?」
「そうだね。説明する前に、まずは此処から出ようか」
4人は元来た道を戻り始めた。リックは狐につままれたように、不思議に思いながらもついて行く。
「あれは、恨みを抱いて死んでいった生物の『怨念』なんだ」
「怨念?」
アシュリート団長の言葉は、リックにとって意外に思えた。
「『憐魂火』と、僕たちは言ってる」
「憐魂火?」
「望む形で死を迎える生き物は、少ないでしょ」
ミズネが、しみじみと言う。




