第094話 団長だけは、今回も苦戦と無縁のようだ
第四騎士団精鋭の3人を前にしてもゾーラは全く臆せず、至って冷静であった。それどころか微笑を浮かべている。出世欲にまみれた彼女に闘いを避ける気はなく、むしろ得られる成果を夢想しているようだ。まあ出世すればお金も権力も持ててウハウハだから、彼女の気持ちも分からんではない。
そんな彼女を見て、ヴィクトスとライアも臨戦態勢をとる。
だが一人だけ、空気を読まない奴がいた。
「どうも、はじめまして! ゾーラさんっていうんですか。お手合わせも良いんですけど、そもそも僕たちは戦うつもりじゃ無いんです! ほら、今までやっつけたモンスター達も、治癒魔法で治せる程度の怪我ですよ? この街を占領するつもりなんて全然ないし、アグラピア様に戦いを挑む気も全くないです。ただ聖典を探しに来てるだけで、むしろザルディアは通過点なんですよ〜 先も長いもんで、許してもらえませんか? そういえば聖典の手がかりなんて、ご存知ないですかね? ここにも何かあるって噂を聞いたんですけど? それにフガン岳の噴火、見ました? こっちでも異常現象起きてるんじゃないですか? 一緒に助け合いましょうよ!」
やはり団長は、この期に及んでも戦闘を避けたいらしい。
「さあな。知らん」
ゾーラの返事は素っ気ない。
いくら丁重に話しぶりでも、心動かされた様子は微塵もなかった。
確かにアシュリートを仕留めれば、出世も盤石になるだろう。そして彼女は自分の実力を疑っていない。他の2人には目もくれず、彼女はアシュリートしか見ていなかった。
「こんな女、俺がやりますよ!」
ライアが大上段から斧槍を振りかざす。
だが彼は、ゾーラの力量を見切れていなかった。
「悪霊ども、豚になれ!」
「まずいっ! 逃げてっ!」
アシュリートは見えない何かをとっさに避けた。
だが後ろの2人はその何かを感じられず、アクションが遅れる。
そして、その僅かな差が致命傷となった。
ボワァーーーン!!!
ホワホワ〜〜
フワッフワッフワ……
2人はモヤモヤとした煙に巻かれる。
しばらくして煙が晴れると、人間としての彼らは跡形も無かった。
人間として、は。
ブッブブーーーー!!!!!
ブヒィイイ!!!!
「うわ〜、やられたね……」
さっきまでヴィクトスとライアがいたはずの所には、二匹の豚がいた。
お互い顔を見合わせ驚き嘆き、ブヒブヒ喚いている。
言葉も出せずクルクル走り回るだけの2人(二匹)は、モンスターの美味しい餌になる運命なのか。さっきまでの威勢はどこへやら、怯えた表情でブーブー震えるばかりだ。
「ごめん、二人とも。今はここで待ってて」
アシュリートは装具も含めた2人(二匹)一帯に防御魔法を施す。
「さすがはアシュリート、我が眷属の攻撃を避けるか」
「そうだね。悪いけど手加減は少しだけにするよ」
ピカッ! ガーン!!!!
空から稲妻が落ちてきて、ゾーラに直撃する。
だが彼女は傷ひとつついてない。
「なかなかやっかいだね」
「無駄だ。私には『神の加護』がついている!」
「まあ、確かに。とっても偉い神様のようで」
ドッガーーン!!!!
パラパラパラ……
突如地響きが鳴り渡り、ゾーラの背後から、壊れた建物の破片が飛んできた。
ゾーラが振り向くと、黒龍と白龍が降り立っている。
上空は翼竜だけとなり、さっき迄いたモンスター達は撃墜されたらしい。
もうすっかり夜も明け、格上であるドラゴンの攻撃が始まった。
ギャアアア〜〜!!!
フンガォオオ!!!!
キィイーーキィキィイイー〜〜!!!
ザルディア側のモンスター達は劣勢となり、逃げ惑う。
二体とも久々に元の姿に戻り、楽しんでストレス発散している。
二匹の豚さんは問題だが、確実に押し気味の情勢となる。
黒龍と白龍が地上を制圧すれば、あとはこのゾーラだけだ。
だが、ゾーラの顔に焦りはなかった。
「面倒だな。『堕天使封印』!!」
すると黒い光が黒龍と白龍を包み込む。
「うわっ!」
「きゃっ! 戻っちゃった!」
ゾーラの技で、二体とも人間の姿に引き戻された。
本来の姿から人間へ変えるとは、相当な魔力の使い手だ。
ギャォオーー!!
ドガドガッ!!
こうなるとモンスター達も再び盛り返す。
「くそっ! こいつら!!」
黒龍と白龍は人間の姿でも高い攻撃力を持つものの、多勢に無勢。このままでは飲み込まれそうだ。
「どうだ、アシュリート? わらわの力は?」
「素晴らしい。さすが、新大陸のエリートさんといったところかな」
アシュリートも、全く動じてはいない。
それを見たゾーラは、プライドに火がついたようだ。
「それでは見せてやろう。我が奥義、『終末の炎』!!!」
ラッパの音が高らかと鳴り響き、ゾーラから炎の塊が打ち出される。何千度もの高熱だ。かすっただけでも致命傷になりうる。
「お、ようやく来たね」
珍しくアシュリートが真剣な表情をみせた。
ガッ!!!
「な、なに!」
ゾーラがうろたえるのも無理はない。あれだけの火力を放っても、アシュリートは全く火傷を負っていなかった。
「わ、私の技が効かないとは……何故だ!!」
「僕も神から愛されてるのさ」
「ふざけるな!!」
バンッ!!!
ダダダーーン!!!
ゾーラはさらに何発も打ち込む。しかしブラックホールに吸い込まれるかのように、火弾はアシュリートの手前でことごとく消失した。ここにきて、ゾーラに苦悶の表情が浮かび上がる。アシュリートは相変わらずだ。
一方、上空でも動きが出る。
ガーン!!
鳥型モンスター達を片付け、ようやく翼竜達も時計台の屋根に降り立った。モンスター達が蠢く庭に向けて火焔砲を発すると、モンスター達は慌てふためき逃げ惑う。リック とカヴァリアは翼竜から下りて、人間姿で善戦する黒龍と白龍を援護する。
そんな戦闘の最中、リックには異質なモノが見えていた。
「何だ? あれ?」
アシュリートと対峙する女性の周りに、モヤッとした黒い何かがいる。
「カヴァリアさん、見えますか? あれ」
「あれって、アレか? 口に出すと叶わないと言われる某関西球団の」
「違いますよ! あの女性の周りにあるものです」
「あの女性? セラナさんを虐めたっていうあいつか?」
「あ、いや、それはそうなんですけど、あの人の周りにいる黒いモヤです。あ、団長に攻撃してる!」
「いや、俺には見えんな?」
「そうですか……」
カヴァリアは不思議そうに団長と女性の戦いを見ている。時々空を切って避ける団長が奇妙に映るようだ。ただ火の球はカヴァリアも見えているようで、単なる魔法攻撃と思っている節がある。
しかしリックからはドス黒い何者かの攻撃が見えていた。ジュクシンのカブト町と似た感触だ。でも物理的に切れそうもなく、リックの長剣では手助けできない。
「おーいリック、早くこっちにきてくれ!」
「分かった、今行く!」
黒龍の声を聞き、カヴァリアと共に助太刀しに行く。セラナの恨みもあって普段より二割増の剣捌きと魔法攻撃は、モンスター達を次から次へと戦闘不能状態へと変えていった。
パォオオ〜 ギャァアア!!!!
特に話を聞いていた暴掠象を見つけると、リックはそのいやらしい長い鼻を真っ二つに切り裂いた。哀れな暴掠象は痛みで悶え苦しみ、のたうちまわる。その悲壮な姿に多少気の毒と感じるものの、セラナの受けた仕打ちを思えば当然の報いだと自分に言い聞かせる。
……
こうして時計台広場も鎮圧できた。
さっきの女性が気になり、リックは再び戻ってみたところ、アシュリートと女性の戦闘はまだ続いていた。女性が一方的に攻撃するものの、アシュリートには効いていない。
(あいつが……)
セラナから聞いていた特徴通りの女性であった。直ぐにでも飛んでいって一太刀浴びせたいけれど、あのレベル同士の攻撃に割って入ると、アシュリート団長の足手まといになるのが関の山だ。ここは見守るしか無い。
「はあ、はあ、はあ……」
リックが心配することもなく、汗ひとつかいてないアシュリート団長に対し、女性は肩で息をしていた。
「終わりかな? じゃあ、そろそろ出てきてもらおうか」
アシュリートがそう言うと、服の中かどこからら、黒く大きな影が現れた。
彼女の影と同じ質の類だ。今まで見たことがない。
アシュリートから浮かび上がった影は、彼女のそれを遥かに凌駕していた。彼女の影が繰り出す技を、全て無効化している。
ここに至り、ゾーラは自分を過信して劣勢に陥ったと知る。
「ば、馬鹿な。我が眷属は2000年以上も生きるカルト中のカルト、メリクリ教のサンタだぞ!!」
「ゾーラ、君の目の前にいるのは神話の代から伝わるアマテラス神の弟さ」
グォアアアア!!!!!
その影はゾーラが持つ影を取り込み始めた。影はもがき暴れ苦しんでいるように見えたが、ものの1分も経たぬうちに霧消する。
「あ、あぁ……くそっ……」
敗北を知ったゾーラは、膝を折ってうなだれる。
さっきまでの自信は跡形もない。
逃げる選択肢すら、彼女には思いつかなかった。
ボワ〜〜ン〜
ボヨボヨ〜〜
「お、戻った!」
「やった!」
サンタの呪いも解け、ヴィクトスとライアが元の姿に戻る。黒龍と白龍もドラゴンへと姿を戻した。まだ戦闘可能なモンスターが残っている現状では、ドラゴンでいる方が睨みをきかせやすい。幸い他のドラゴンはやって来ず、黒龍と白龍が恐れていた事態にはならなさそうだ。
アシュリートは、石みたいに固まったままのゾーラの元へ歩みよる。
「くっ、殺せ」
「いや、そんな事はしないですよ。僕達の目的は、さっき言った通り。それよりこういった大きな街は魔族が支配していると聞いたのだけど、何処かにいるのかい?」
「ふ、所詮はザルディアも獣達の国よ。わがバンプーセントラルこそが至高。ここにいた魔族など、サンタの力で地下に封じ込めたわ」
「え? それってまずんじゃないの? 封印解けたりしない?」
「あ……」
ゴゴゴゴォォオオオオ!!!!!
突然、古代都市の底から地響きが鳴り渡った。




