第092話 やっぱりここは行くしか無い
セラナが騎士団のテントを見つけたと同時に、リックが一目散に走ってきた。
「セラナ!」
「リック!」
2人は無事の再会を喜んだ。他の団員も後からついてくる。
日も沈みかけ、空は茜色に染まっていた。
「すいません、団長。油断してしまって」
「いや、僕の責任だ。申し訳ない……とにかく無事に帰ってこれて、本当に良かった……ただ済まないのだけれど、夜に緊急会議を召集しても良いかな?」
「はい、大丈夫です。情報共有すべき案件も多々ありますので」
気丈にもセラナが答える。
「分かってくれてありがとう。やっぱりここは敵地だからね」
「はい」
あの古代都市を攻略せねば先に進めない。それには正確な情報と一刻も早い決断が必要だ。現地で得た情報はどれも貴重で役に立つ。
夜の帳もすっかりおりた頃、会議が始まる。
今回エメオラは不参加だった。アシュリートに連絡しているとは言っていたが、何処へ行ったのかは謎である。
『セラナちゃん、大丈夫? 男ども気が利かないけど、無理してない?』
「ミズネさま、ありがとうございます。大丈夫です」
ミズネは一目見て彼女の心情を理解したが、無理には引き止めなかった。後ろでアシュリートとリックが控える中、セラナが皆に向けて話し始める。
「この度はとんだ失態を犯して申し訳ありませんでした」
「大丈夫だよ、誰もそんな事思ってないから」
セラナが土下座しそうな勢いでお辞儀とお詫びから始めたので、アシュリートが焦ってフォローを入れた。今まで捕虜になった第四騎士団員は無いけれど、彼女を恥と思う団員もいない。
「団長、ありがとうございます。では今から古代都市イロスに関する情報を説明します。まず私が狙われた理由ですが、貨幣としての価値で意図的なものでした」
「貨幣? セラナさんがお金ってこと?」
アシュリートも予期していなかったようで、やや驚いた顔をする。
「はい。この国では人間が貨幣代わりに取引されます。グランデ合衆国で発展した奴隷制度の延長かも知れません」
「へえ。昔ぼくが来たときは、牧歌的だったけどね。背中洗ってあげると喜んで乗せてくれたモンスターもいたよ。話せば分かる奴だったなあ。けどつまり、僕達も取引の対象になるってこと?」
どうやらザルディアも、ここ最近で変わったようだ。
「はい。一般男性は私の100分の1だと、グランデから来たバンプーセントラルの女性が言ってました。モンスターを支配していたので、彼女が長のようです。ちなみに私は彼女から見て10分の1でした」
「へえ〜〜 安く見られたもんだ」
「騎士だと多少変わるかも知れませんが、彼らの価値観までは分かりません」
団員の間でもざわめきが起こる。みなセラナと同じ感覚だ。お金で取引して物を得るのが当然だった人間にとって、自分がお金になるとは想像もしていなかった。価値があると判断されたら殺されずに済むのかも知れないが、それでも奴隷になるだけで明るい未来は無い。
リックは第三騎士団として国境戦線で戦った時、モンスターに鎖で繋がれていた人間達を思い出した。彼らの扱いが、モンスターにとっての当然なのだろう。
「魔族が支配してるって聞いてましたが?」
団員の一人が質問した。
「確かにオークの村人はそう言ってました。私が見なかっただけで、更に上位の指揮系統が存在する可能性もあります」
「そうだね。その点でも、彼女の役割は興味深いね。他に人間はいなかった?」
「私が遭遇したのは彼女だけでした。私が入れられた独房ですが、複数部屋を私だけに当てがわれました。比較的余裕のある配置でトイレやシャワーも完備し、待遇は悪くありません。ただそれも、貨幣としてのわたしの価値だったかも知れません」
「そっか。オヤジ達はタコ部屋か〜 他には?」
「その女性からの攻撃は、全く見えませんでした。彼女と一緒にゴブリンがきて私に悪さしようとしたのですが、彼女が見えない力で倒しました」
(悪さ?)
リックがセラナの言葉に反応したものの、会議の場でもあるので遮ることはしなかった。
「エメオラ様は、彼女を下僕使いと言ってました」
「オロソでは廃れた技だけど、グランデはまだあるんだ。凄いなあ。モンスターを統べるぐらいだから、召喚悪魔はかなり上位かもね」
アシュリートも下僕使いを理解しているが、魔法での対処は難しそうな口ぶりだ。
「独房の場所は、あの時計台の地下でした。あの小高い山自体が一つの都市で、内部に幾つもの施設がありそうです。そして時計台の下には広場があり、そこにはモンスター達が私を待ち構えていました……」
つい数時間前に受けた悪夢がフラッシュバックしたのか、言葉が途切れる。リックはそんなセラナを心配そうにみるものの、セラナは大丈夫といった風に合図し、再び話を続けた。
「確認できた限りのモンスターの内訳は、国境地帯でも現れる鷲獅子八頭、火焔猛牛十七頭、森林地帯に生息する鬼熊が五頭ほどでした。その他に初見ですが、狂猫熊が七頭、暴掠象が四頭、漆黒豹が三頭、暴炎蜥蜴が六匹、殺人猿が三頭です。さらに毒妖鳥四羽、小不死鳥一羽でした」
「おい、どうすんだ、これ……」
「ヤバいな……」
予想以上のモンスターの種類と数に、団員達からも動揺の声があがる。未知のモンスターには新たな対処法も必要になる。下手すると今日にでも彼らが襲ってくるのではと、不安に駆られる者もいた。
「大変な状況でも確認ありがとう。助かるよ。しかし結構な種類のモンスターがいるもんだね。人間なら数万人分かな。しかも、それで全てじゃないかもだよね?」
「はい、あくまでも私が確認できた範囲です。その他に人型モンスターは人食い鬼五人と森妖鬼三人を見かけました。予想より少ない印象です」
「もしかすると、人型モンスターも単なる労働力扱いかもね。君の取引権利はそのレベルのモンスターしか持ってないとか」
「可能性はあります」
戦場で楽観的な思考は禁物だ。常に最悪を想定しておかないと本当の最悪な事態に巻き込まれる。幸い第四騎士団で夢想にふける団員はいない。
「ただ見た限り、モンスター同士の仲が良いとは思えません。私の権利を得る争奪戦もモンスター同士の激しいバトルでしたし、普段からいがみ合っている様子も伺えます」
「そうなんだ。そこは狙い目かもね。おそらく統率が取り切れてない」
「だが、その女が指揮したらどうする?」
ヴィクトスの意見に、アシュリートも考え込む。
「うーん……確かになぁ……僕らと違って強制的な支配の方が、彼らは力を出しやすいのかも。どうしようかな……」
『あそこに立ち寄らないっていう手もあるけど? 団長さんはご執心のようですが?』
ミズネの意見も、今となってはもっともだ。真っ向からやりあえば、死人がでても不思議では無い。被害を出す可能性が高い場所に、無理に団員を送り込む必要はない。
「まあね、聖典の手がかりは欲しいよ。でもね、それよりセラナさんが酷い扱いを受けたのに、何もしないのも騎士団としてどうかと思うんだよね……」
「そうっすよ! やっぱカチコミっしょ! やりましょうよ、団長さん!」
「そうだ! そうだ!」
威勢の良いライアの声に、団員も同調した。馴れ合いは無いけれど、いざという時に一致団結するのが第四騎士団の強さ。リックも、今すぐ仕返しに行きたい。ただ勢いで倒せる相手とも思えなかった。
『そりゃ気持ちは分かるけどさぁ、勝算あるの?』
ミズネはアシュリートに反論する。
「どうだろう? 出たとこ勝負なのはいつもの通りさ」
『アシューはそれで今までやってきたんだよねぇ』
「そうだね」
苦笑いするアシュリートに、ミズネも本気で怒ってはいない。彼女もアシュリートの強さは十分理解していて、負ける姿が想像つかなかった。
『これ以上は言うことはないかな。どうせ手伝いも要らないんでしょ?』
「ありがとう。うん、まだその時じゃない。じゃあ皆に改めて言うけど、古代都市イロス攻略作戦を夜明け前の午前4時30分から開始します。メンバーはこの前と同じで、セラナさんの代わりはカヴァリアくんにお願いしたい。良いかな?」
「当然です」
「ありがとう。二時間以内に作戦内容の詳細を通達するから、該当者は用意して。じゃあ、よろしく」
これで会議はお開きとなる。疲れたのかセラナは椅子に座り込んだ。
「大丈夫?」
「うん。ありがとう」
一緒にテントに戻り、リックは準備を始める。この前と同じフル装備だ。セラナを思うと八つ裂きにしてやりたいところではある。
二時間後、タグを介した通信魔法で作戦の詳細が伝達された。
(え?)
リックの持ち場は予想と違う。すっかり就寝中のセラナを起こさぬように、改めて準備を始める。
そしてまだ夜明け前の午前四時、指定場所に集合した。
「お、気合い入ってんな」
「はい」
一番乗りのリックをライアはからかう。だが彼が持つ戦斧も最上級だ。ヴィクトスやカヴァリア達も、この前より顔が引き締まっている。黒龍と白龍は、モンスター相手に暴れられるのが楽しみのようである。
「やあ、みんなありがとう。さすがに今回はちょっとヤバそうだけど、頑張ろう」
最後に現れたアシュリートは普段と変わらず、まるで散歩に行くかのような調子だった。
「じゃあ、行くよ。作戦の通り散開して」
アシュリートが号令を発し、馬を駆ける。
ヴィクトス、ライアが続いて行った。
一方、残った4人は翼竜に乗って待機する。
リック と黒龍、カヴァリアと白龍の組み合わせの二人乗りだ。
「俺以外の背中にお前が乗るなんて……つまんねえなぁ」
「まあそう言わないでくれよ。団長が考えた任務なんだから頼むよ」
「分かってるよ。そりゃ俺様が本気出せばあの山まるごと吹き飛ばせるし」
「や、それは困るんだけど……」
「わーってるって。ちゃんとやりますよ」
黒龍は何やら不満のようだが、それでも翼竜の背中でおとなしくしている。リックは黒龍をあしらいながらも、団長からの指示がタグに来る時を待っていた。
『待たせたね。無事に到着した。今からこの前の森に突撃するから君らも来てくれ』
『はい!』
アシュリート到着の報を受け、翼竜も離陸準備をする。
「行くぞ!」
「レッツゴー!!」
こうしてあの古代都市に向けて、翼竜が飛び立った。




