第17話 誓いの深まり
第17話 誓いの深まり
《鍛冶の迷宮》
俺の迷宮から、然程遠くない場所にこの迷宮はある。
この迷宮の頂からは常にもうもうとした湯気が所々漏れ出ており、風が弱い日はその湿気が空気中に浮かぶ小さな水滴となって霧で覆われる。
この迷宮はかなり古くから存在しており、現在の迷宮主は確か33代目であると聞いた覚えがある。
現在の迷宮主とは、昔からの顔馴染みだ。
俺、黒色、紫色、朱色は、その“鍛冶の迷宮”の入口前に瞬間移動した。
迷宮の外は静寂が漂っており、空の色にも特別な変化はない。
外から見る限りでは、ここで大きな異変が起きているようには感じられなかった。
普段と違う様子があるとすれば、探究者の姿が全く見られないことだ。
この迷宮は、俺の迷宮と張るくらいに探究者から人気がある。
ここは優れた武器や防具を手に入れることができるからだ。
しかし、いまは探究者が付近にいるような気配は感じられない。
この迷宮の近くには、黒色が災いを取り除いた街が存在している。
俺の迷宮の1階の街の為に食糧を売ってくれた商人がいる街だ。
きっと、探究者たちは、その街で起こった災いの後処理に追われているのだろう。
俺たちにとっては好都合である。
余計な被害が出る心配をしなくて良いからだ。
俺たちは“鍛冶の迷宮”に足を踏み入れた。
そして奥に進む。
地面には、青銅の小刀、槌、弓、矢、盾といった武具があちらこちらに転がっている。
ここで争いがあったことは間違いない。
やはり、黒色の報告通り、ここで何かが起きている。
「どうやら上の方まで攻め込まれているようだな。」
「そのようですね。」
「先に迷宮主の間に行った方が賢そうだな。迷宮主にどういう状況かを聞いた方が早い。」
「かしこまりました。」
俺たちは、黒色の瞬間移動で、この迷宮の迷宮主の間に移動することにした。
その頃。
この“鍛冶の迷宮”は、すでに20階層まで敵の侵入を許していた。
その20階層に足を踏み入れたのは、漆黒のローブを纏った細身の影。
その影は乾いた声で笑っていた。
「▲&#■■、▲&#■■。」
- 僥倖、僥倖。-
漆黒のローブを纏った細身の影が右手を掲げた。
すると、“奇異なる姿”をした宙を漂う者がどこからともなく姿を現す。
その身体は歪んで幾重にも重なって見え、手には大きな鎌を携えている。
それは、“デススペクター”と呼ばれる死の亡霊であった。
そのデススペクターを唐突に斬りつける両手持ちの大剣。
デススペクターは手に持った大きな鎌で薙ぎ払いそれを弾いた。
「ギュエヲォォォォォォ!」
デススペクターが絶叫の声を上げる。
その声は“麻痺の叫び”である。
その叫びを聞いた相手は、身体が硬直してしまい身動きがとれなくなる。
麻痺耐性を持たない限りは不可避となる死の叫びなのだ。
しかし、デススペクターの叫びは無意味であった。
両手持ちの大剣は、その斬りつける連撃の手を緩めない。
そもそも、両手持ちの大剣を振るう持ち手の姿は、どこを見ても見当たらない。
「ギュエヲォォォォォォ!」
デススペクターがまたも絶叫の声を上げる。
「●*@■!」
- うるさい -
漆黒のローブを纏った細身の影は、その左手に持つ杖でデススペクターの頭をしばいた。
俺たちに展開は戻る。
“鍛冶の迷宮”迷宮主の間
俺たちは迷宮主の間に瞬間移動した。
ここは迷宮主の間と言っても、その様相は鍛冶場である。
全体的に熱気と湯気が充満しており、鐵と火の独特な匂いが迷宮内に馴染んだかのように漂っている。
ドン!ガン!ドガチン!
迷宮内に激しい音が響く。
俺たちは、その音が聞こえてくる場所に向かった。
「おうっ!ミライじゃないか。ちょっと待ってえな。こいつがもう仕上がる。」
俺たちに気付いた迷宮主。
その名を“幻鉄”という。
三十三代幻鉄だ。
ドン!ガン!ドガチン!
その熱せられた鋼を打ちつけているのは“魔法”だ。
この世界では、音で旋律を奏でると死ぬという呪いがある。
いや、呪いがあった。
鋼を鍛える音は、どうしても旋律が伴う。
その呪いを回避すべく生み出された唯一の方法が、この魔法の鍛冶という技術である。
鋼を打つ度に魔法は呪いで掻き消される。
しかし、魔法には命などない。
次々と延々と魔法を行使する限り、鋼を鍛えることができるのである。
それは、簡単に真似できるようで、真似できるようなものではない。
“幻鉄”の名を受け継ぐ、この“鍛冶の迷宮”の迷宮主だけができる技術である。
ドン!ガン!ドガチン!
「よっしゃ。これで終いだえな。」
三十三代幻鉄は、鍛え上げた鋼を水の中に入れた。
強烈な湯気が辺りに立ち込める。
「待たせたなあ。なぜか打ちつけた時に魔法が消えることがなくなってえな。仕事が捗って仕方がないんだわ。」
そう言って、豪快に笑う三十三代幻鉄。
その姿は“獅子の獣人”である。
顔は獅子そのもの、身体は人間と獅子を掛け合わせたような姿。
上半身と下半身のバランスはすこぶる悪く、上半身は筋肉ムキムキだが足は短く細い。
その齢は250を超えており、それなりの貫禄がある。
「音の呪いは世界から消えたぞ。」
俺は、汗を拭っている三十三代幻鉄に言った。
「何とっ!本当かえな!? いつからだ?」
驚いて目を丸くする三十三代幻鉄。
「それよりも、迷宮は大丈夫なのか? 敵の襲撃を受けているようだぞ。」
「何とっ!本当かえな!? 仕事に集中して気付かんかったぞ。ちょっと待ってえな。」
慌てて目頭に手をあてた三十三代幻鉄。
迷宮主が自分の迷宮の好きな場所を見ることが出来る地図、俺が言うところのMAPを見ているようだ。
「こりゃたまげた!もう21階層まで上がって来とる!」
「敵の数は?」
「敵・・・。」
三十三代幻鉄は、眉を顰めると首を傾げた。
「敵・・・かは分からんが、1人のようだ。」
「よしっ!奴かもしれん!すぐに行くぞ!21階層だな?」
「ああ。儂も連れて行ってくれ。儂がおらんとお前たちにも襲い掛かる。」
「そうだな。黒色頼む。」
俺たちは、“鍛冶の迷宮”の21階層に瞬間移動した。
その一方。
デススペクターは相打ちとなって消え去っていた。
“鍛冶の迷宮”の21階層を機嫌良く歩く漆黒のローブを纏った細身の影。
その影の目の前に現れたのは、数多の銀の槍である。
漆黒のローブを纏った細身の影は右手を掲げた。
すると、“泣き叫ぶような顔”をした死の亡霊が数体現れる。
“レイス”である。
レイスは光属性と銀の武器が弱点となる。
その為、銀の槍とは相性が悪い。
それを知っておきながら、漆黒のローブを纏った細身の影はレイスを呼び出していた。
次々とレイスに投げつけられる銀の槍。
やはり、その槍を投げつけた持ち手の姿は、どこにも見当たらないのであった。
俺たちに展開は戻る。
“鍛冶の迷宮”の21階層に瞬間移動した俺たちの目の前には、銀で作られた様々な武具が宙に浮かんでいた。
剣、槍、斧、鎌、弓、矢、盾、兜、なんでもござれだ。
「いつ見てもこの景色は圧巻だな・・・。」
俺は、宙に浮かぶその銀で作られた数々の武具を見て呟いた。
この迷宮は、迷宮主以外の“生物”はいない。
この迷宮を守護するのは、全て“付喪神”と呼ばれる武器・防具である。
付喪神とは、かなり長い年月をかけて大切にされた物に何かが取り憑く現象である。
その正体は定かではない。
一つだけ確かなことは、付喪神は生物ではない。
言うなれば、俺の迷宮を守護するゴーレムに近いものがある。
迷宮主の命令には忠実に従う。
侵入者は排除する。
それが付喪神だ。
武器が武器の。
防具が防具の。
その役割を全うすべく勝手に動く。
その俺たちの周りに浮かぶ銀の武器が勝手に動きだした。
敵が近づいてきたのだ。
一斉に敵に襲い掛かる銀の武器。
それは、敵の姿を穿ったように見えた。
しかし、敵を攻撃した銀の武器は、まるで憑き物が祓われたかのように力を無くすと、パラパラと地に落ちた。
そして、敵はその姿を現した。
漆黒のローブを纏った細身の体型。
その顔、その手足は・・・骨だ。
骸骨である。
左手には髑髏をあしらった彫刻がされた杖を携えている。
その敵は、こちらに向かってゆっくりと歩みを進めてきた。
「$●■××+▲%▲?」
漆黒のローブを纏った骸骨が何やら声を発した。
俺は敵を見定めた。
奴でなかったのは残念。
だが、こいつも奴のように脅威的な存在かもしれん。
油断はしない。
「お前は何者だ?」
万が一、敵が探究者であれば、状況が異なってくる。
敵の姿からすれば、探究者ではないことは一目瞭然であるが、俺は一応の確認を行った。
漆黒のローブを纏った骸骨は不思議そうに首を傾げた。
そして、思いついたかのように両手を叩くと、その右手を掲げる。
その右手から現れたのは白い霧。
その白い霧には穴が開いただけの目と口があり、卑しい笑い声を上げている。
それは、俺たちを襲ってきた。
「魔法かっ!?」
敵の魔法攻撃を防ぐべく身構える俺たち。
黒色、紫色、朱色の3体は、俺と三十三代幻鉄を庇うように前に出た。
俺たちに襲い掛かってきた白い霧。
・・・・・・。
それは俺たちの身体をすり抜けた。
そして、宙を翻すと漆黒のローブを纏った骸骨の下に戻り、その口の中に入り込んだ。
どうやら、骸骨が飲み込んだようだ。
「何だ??」
俺たちは、特別なダメージは何も受けていない。
何が起きたのか意味が分からなかった。
その骸骨を敵と見定めた朱色が動く。
赤い閃光となって敵に飛び掛かった。
バコッ!
朱色の右上段蹴りが骸骨の顔にヒットした。
ガコン!ガコン!ガランガラン、ガラガラ・・・ガラ・・・。
吹き飛んでいった頭蓋骨。
「ちょっ!ちょっと待ってえな。いきなり蹴るのはなしでしょうよ。」
??
俺は、その口調ぶりから、右隣りにいる三十三代幻鉄を見た。
俺じゃないと首を横に振る三十三代幻鉄。
朱色が止めとばかりに骸骨に回し蹴りを繰り出そうとする。
「ちょっ!タンマ!タンマ!ちょっと待ってえな。」
あいつか?
あいつが喋っているのか?
「朱色、待て!」
俺は叫んだ。
すんでのところで、繰り出した蹴りをビタ止めする朱色。
頭の無い骸骨は、安堵したような雰囲気を見せた。
そして、そのままヨタヨタと歩くと、転がっていった頭蓋骨を拾いに向かう。
やっとの思いで頭蓋骨まで辿り着き、それを手に取ると頭に乗せた。
あ、え、い、う、え、お、あ、お。
口の体操をする骸骨の頭蓋骨。
「ふう。ヒドいじゃないか。死ぬかと思ったぞ。」
激おこプンプンといった様子で、俺たちに突っかかる骸骨。
お前、骸骨だから死んでるんじゃないのか?
「お前は何者だ??」
「余は“幻鉄”、ここは余の家である。お前たちこそ何者だえな?」
「はあ??」
俺は、骸骨の言葉に驚き、三十三代幻鉄を見た。
戸惑いを見せる三十三代幻鉄。
「それがな・・・迷宮のMAPで見るとな。なぜか表示が“緑色”なんだ・・・。」
「緑色?」
緑色の表示というのは、俺も聞いたことがなかった。
「どういうことだ?」
首を傾げる俺と三十三代幻鉄。
「あのな・・・ミライ。」
「何だ?」
「“初代幻鉄”は、骸骨であったという記録が・・・実はある。」
「・・・・まじか?」
「ああ。もしかすると、あの方は本当に初代幻鉄かもしれん・・・。」
「そんなこと・・・ある・・のか?」
その頃。
《精霊王が統べる国》
この世界では西端に位置する深い森。
木々が鬱蒼と茂るこの森の中心部には、ひと際天高くそびえ立つ大樹が存在する。
“世界樹”である。
世界樹は精霊を生み出す。
その枝につける実に精霊の命は宿る。
その実が熟して地に落ちた時、新たな精霊が誕生するのだ。
しかし、その周期は限りなく遠い。
実がなって熟すまでに数千年の時を要するのである。
その世界樹は城の様相を呈しており、その世界樹の城に鎮座するのは精霊王と呼ばれる存在である。
そして、この深い森一帯は精霊王が統べる国とされている。
だが、国の名前はない。
世界樹は世界の“穢れ”を吸って“魔素”を吐き出す。
その魔素が“魔法の源”となっている。
魔素があるから魔法は行使できるのだ。
太古の時代、この世界樹は世界の北端にあったと古い文献には記されている。
いま位置するのは西端だ。
動くのである。
動く世界樹の城。
それが、古い文献には記されている。
精霊王が統べる国と言っても、精霊王が特別何かをしている様子などない。
世界樹の周りに生い茂る木々、その深い森を生活の要としている生物たちが多数存在する。
それらが世界樹と精霊王に感謝して、勝手に精霊王が統べる国と表現しているだけなのである。
そもそも、精霊王の姿を見た者は限りなく少ない。
しかし、精霊王は存在する。
確かに存在しているのである。
精霊王が姿を現す時、それは世界樹の城が動かざるを得ない時なのかもしれない。
その世界樹が位置する深い森。
そこに唐突に姿を現した影があった。
全身を漆黒のローブで隠した小さくて細身な影である。
その影はニヤリと笑った。
目の前にはエルフの里がある。
平和な環境で黙々と作業を行うエルフたち。
その影は両手を高らかに上げて、全身で喜びを表した。
そして、全身を覆う漆黒のローブの前を自ら開けさす。
そのローブから覗いた身体は、毒々しい色をした吐泥である。
吐泥の身体から、次々と生まれ出でる根住。
根住とは、その名の通り根に住まう存在。
腐敗と闇に住まう鼠である。
それは、古い文献によると、太古の時代に疫病を世界に齎した脅威の存在として記されている。
誰も気づかぬ山奥の秘境にある小説を読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
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