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第14話 兆しの連なり

《魔獣の迷宮》

世界中にもたらされた災い。

それは、この“魔獣の迷宮”でも巻き起こっていた。


この迷宮の主は姉貴サラウィルである。


周囲の空は、黒く澱んで気味の悪い雲が覆う。

“魔獣の迷宮”は、昨日からずっと敵の襲撃を受けており、それは今もまだ続いていた。


終わりなき敵の襲来。

迷宮を守護する魔獣たちは慌ただしく動いていた・・・・


・・・・・・


・・・・・・


いや、お祭り騒ぎであった。


「大漁だーーーっ!!」

檮兀トウゴツが意気揚々に吼える。


檮兀トウゴツの声に呼応して、周囲の魔獣たちが喜々として吼える。

魔獣たちは、全身全霊で喜びを表現するのであった。


涙を流して喜ぶ魔獣。

この奇跡に感謝する魔獣。

感激して踊り狂う魔獣。


迷宮の1層は、昨夜からずっとこの調子で、お祭り騒ぎが続いている。


その魔獣たちがはしゃぐ姿を静かに見守る饕餮トウテツ

その饕餮トウテツも仮面の下では笑っていた。


それもそのはず。

この“魔獣の迷宮”は、常日頃から深刻な悩みを抱えていた。


食糧不足である。


この“魔獣の迷宮”を守護するのは、全て姉貴サラウィルがテイムした魔獣ペットたちである。

魔獣たちが食す1回の食糧の量は半端ない。


“魔獣の迷宮”から少し離れた場所には人が暮らす町や村がある。

しかし、迷宮内に足を踏み入れてくる人間以外を襲うと、魔獣たちは姉貴サラウィルに怒られる。

なぜ、町や村を襲ったら怒られるのかは、魔獣たちは理解していない。


でも、怒られる。

怒られるから襲わない。

魔獣たちには、しっかりとしたしつけがされているのであった。


だから、たまに探究者と言われる者が迷宮に足を踏み入れてきた時は、魔獣たちは大歓迎する。

食糧が自ら来てくれるのだから。


だが、それはまれなことである。

しかも、探究者は人間という種族に限らない為、当然のこと食べられない奴が来る場合もある。

その時の魔獣たちの落ち込みようは、見ていて可哀想になるくらいである。


以前に迷宮に足を踏み入れた探究者は、二足歩行する大きな猫みたいな奴だった。

もう、半年以上前のことだ。


魔獣たちは喜んだ。

獲物としては小さい。


でも、食べられる。


魔獣たちは喜び勇んで、その大きな猫に襲い掛かった。

しかし、その猫は魔法を巧みに操り意外にも強かった。


20階層主までの魔獣が、コテンパンにやられた。

猫に手を抜かれたのか、コテンパンにやられた魔獣の中で死んだものは出ていない。


その次の階層の魔獣たちは、目を輝かせてその猫が来るのを待ち伏せしていた。

だが、その二足歩行する大きな猫みたいな奴は、次の階層に上がる階段の手前で言った。


「ふむ。ここはもう飽きたにゃ。」


そして、踵を返して帰っていった。

次の階層で、ワクワクしながら獲物を待っていた魔獣たちは涙して悲しんだ。


“魔獣の迷宮”を守護する魔獣の中でも、特に実力の高い魔獣は迷宮の上層階を住処とさせられている。

その為、迷宮内は上層階になるほど、強い魔獣の住処となっているのだ。


そして、その住処にはルールが設けられている。


姉貴サラウィルの許しが無い限り、魔獣たちは自分の住処がある階層より下の階に行くことを禁止されているのであった。


勝手に下の階に行って探究者を襲うと、魔獣たちは姉貴サラウィルに怒られる。

なぜ、下の階に行って探究者を襲ったら怒られるのかは、魔獣たちは理解していない。


でも、怒られる。

怒られるから下の階層には行かない。

やはり、魔獣たちには、しっかりとしたしつけがされているのであった。


そして、この迷宮には、外から獣や魔獣の類が入ってくることはない。

それらは、野生の勘でこの迷宮に危険な存在が多々いることを悟っており、迷宮の中に入って来ることがないのだ。


それどころか、この迷宮付近に近寄ることもしない。

だから、“魔獣の迷宮”の近辺は平和である。

平和だから、この迷宮から少し離れた場所に人間の町や村ができていたのであった。


再度、説明する。

魔獣たちは、食糧不足が悩みである。


その為、狩猟係を当番制で決めている。

そのリーダーは、この迷宮で最も実力が高い檮兀トウゴツ饕餮トウテツ渾敦コントン窮奇キュウキであり、狩猟係は4つのグループに分かれている。


因みに、狩猟係の当番は、生き生きとして狩りに出かける。

それは、自分の住処である階層から降りて、迷宮の外に出ることが許されるからだ。


その当番の狩猟係は、近くには食糧となる獣や魔獣が存在しない為、毎回ちょっと遠出しなければならない。

戻ってくるのは2、3日後となる。


それを魔獣たちは、1回で食べ尽くす。


饕餮トウテツがリーダーの時は良い。

その他のリーダー、その中でも特に檮兀トウゴツがリーダーを務める狩猟係が戻って来た時は、必ずつまみ食いされた後である。


毎回つまみ食いして姉貴サラウィルに怒られるくせに、毎回つまみ喰いするのだ。

そして、毎回怒られていじける檮兀トウゴツ


それでも、一番多くの量を狩って戻ってくるのは、檮兀トウゴツがリーダーを務める狩猟係の時であり、檮兀トウゴツに文句を訴える魔獣は誰もいなかった。


そんな魔獣たちの日常に突然の変化が現れた。

昨日のことである。


その時、“魔獣の迷宮”は迷宮主の女王様サラウィル檮兀トウゴツ饕餮トウテツが不在であった。

狩猟係の当番である窮奇キュウキのグループが、狩りに出かける準備を整えて迷宮を出ようとした時のことである。


急に迷宮の空に異変が起こった。

黒く澱んで気味の悪い雲が覆う。


そして、迷宮の前には大きな壺が現れた。

突然にその姿を現したのである。


窮奇キュウキは、巨大な白い虎に近い姿で背中にはこれまた巨大な翼を携えている。

顔には、檮兀トウゴツ饕餮トウテツとは異なる模様が描かれた仮面をつけており、身体中が鋼鉄の如き毛で覆われた魔獣である。


窮奇キュウキは、この大きな壺が空の異変と繋がっていることを魔獣の勘で悟った。

そして、これをどう処理するかで悩む。


いまは、女王様サラウィルが不在だ。

そして、魔獣の中で一番頭が良い饕餮トウテツもいない。


窮奇キュウキは考えた。

一度、迷宮に戻って渾敦コントンに相談してみようか・・・。

しかし、また迷宮を最上階まで登るのは面倒だからやめておこう。


窮奇キュウキは、とりあえず大きな壺を迷宮の1層の中に持って入った。

1層の魔獣たちが集まってくる。


「グアー!(触るなよ!)。」


1層の魔獣たちは、そのほとんどが言葉を扱えない。

その為、魔獣の感性で伝えるしかない。


早く狩りに出ようぜと急かす狩猟係の魔獣たち。

しかし、窮奇キュウキの魔獣の勘は、他の誰よりも優れていた。


「吾輩の勘では、ここで女王様サラウィルのお帰りを待つことが最良と示している。」


狩猟係の魔獣たちにそう伝える窮奇キュウキ

それに対して、外に出たくて出たくて仕方がない狩猟係の魔獣たち。


「まあ落ち着け。きっと何か良いことがあるぞ。」


そう言って、窮奇キュウキは仮面の下で笑い声をくぐもらす。


しかし、その窮奇キュウキも魔獣。

1層の魔獣たちに触るなと伝えておきながら、自分がちょいちょいと壺を触ってみるのであった。


しばらくして、女王様サラウィルがご帰還された。


「ここも鬱陶しい空になってるじゃない。嫌になるね。」

ご機嫌斜めな女王様サラウィル


「あら?窮奇キュウキじゃない。今から狩りに出るのかい?」

女王様サラウィルは、窮奇キュウキの姿を確認すると近寄ってその巨体を撫でた。


「おかえりなさいませ。」

大人しく撫でられる窮奇キュウキ


撫でられるといっても、窮奇キュウキの毛は鋼鉄の如き硬さであり尖っている。

それを撫でることが出来るのは女王様サラウィルくらいであり、窮奇キュウキの尻尾は喜びでブンブン回転していた。


女王様サラウィル、空の異変と同時にあのような壺が現れました。」


そう言って窮奇キュウキが示したのは、何やら不思議な模様のある大きな壺である。

それを見た女王様サラウィルは、饕餮トウテツに視線を移した。


その視線を感じて、深々と礼をした饕餮トウテツが壺に近づく。

その壺は、饕餮トウテツと同じくらいの大きさである。


饕餮トウテツは壺の周りを1周歩いて確認した。

そして、壺の蓋に手を掛ける。


何やら邪悪な気配が辺りに漂った。

それを気にすることもなく、饕餮トウテツは壺の蓋を開けた。


すると。


壺の中から次々と湧き出してくる太古の爬虫類きょうりゅう

※小説の都合上で説明を付け加えると、数多あまたの恐竜といった感じをイメージして下さい。


その種類や大きさはバラバラであり、次から次へと壺から湧き出てくるのであった。

そして、太古の爬虫類きょうりゅうたちは、力の弱い1層の魔獣に襲い掛かろうとする。


グシャ。


その襲い掛かろうとした太古の爬虫類きょうりゅうたちは、女王様サラウィルの一蹴りで潰された。


壺からは、まだまだ太古の爬虫類きょうりゅうが湧き出てくる。


仮面の下の目を輝かせて、女王様サラウィルを見る檮兀トウゴツ窮奇キュウキ

その尻尾は、嬉しそうにブンブン回転している。

そして、“待て”の状態で必死に興奮を抑えている狩猟係の魔獣たち。


獲物だーーーーー!!!


魔獣たちは大興奮していた。


「あれは魔獣じゃあないね。面白くない。」

魔獣でなければ、女王様サラウィルはテイムできないし、そもそも興味すら持たない。


「では?」「では?」

興味の無さそうな女王様サラウィルの反応に喜ぶ檮兀トウゴツ窮奇キュウキ


「いいよ。狩りな。」


うひょひょーーーーーい!!!


檮兀トウゴツ窮奇キュウキ、それに狩猟係の魔獣たちは、一斉に太古の爬虫類きょうりゅうに襲い掛かった。

次々と太古の爬虫類きょうりゅうを仕留めていく。


「この湧き出てくる奴ら、何の種族か知っているかい?」

女王様サラウィル饕餮トウテツに尋ねる。


「申し訳ございません。見覚えのない種族です。」

饕餮トウテツが恐縮しながら答える。


「じゃあ、後は任せるわ。」

「かしこまりました。」


その場を歩き去っていく女王様サラウィル

上に繋がる階段の手前で一度立ち止まると、獲物を狩る魔獣たちに向かって振り向いた。


「あんた達!つまみ食いはするんじゃないよっ!」


早速、つまみ食いしちゃおうとしていた檮兀トウゴツ窮奇キュウキがビシッと背筋を伸ばす。

その姿を見て、女王様サラウィルは笑いながら階段を上がっていった。


うっひょひょーーーーーい!!!


それからずっと、迷宮の1層はお祭り騒ぎである。


狩っても狩っても次から次へと太古の爬虫類きょうりゅうが湧き出てくる壺。

“魔獣の迷宮”の魔獣たちにとっては、夢のようなお宝であった。


念の為、改めて補足する。

これは災い・・・のはずである。


饕餮トウテツ!大変だっ!」

饕餮トウテツの下に急ぎ階段を降りて近づいてくる巨大な魔獣。


渾敦コントンである。


その姿は宙を飛んでおり全身が赤茶色して細長い。

6本の手を持ち6つの羽を羽ばたかせている。

檮兀トウゴツ饕餮トウテツ窮奇キュウキがつける仮面とは模様の違う仮面をつけているが、本当の顔といえる場所がどこにあるのか、その外見からは不明なのが渾敦コントンである。


「どうした?」

饕餮トウテツが慌てている渾敦コントンに尋ねる。


「それがな。女王様サラウィルの命令を受けて、この食糧を上に運んでいたのだが・・・もう、40階層が一杯だ。」


“魔獣の迷宮”の40階層は凍土に覆われている。


四六時中極寒であるこの階層は、寒さに強い魔獣の階層主しか住処にはできない場所であった。

次々と狩られていった太古の爬虫類きょうりゅうは、昨日からこの階層を貯蔵庫に変えて運び込まれていたのである。


しかし、一晩中狩り続けた太古の爬虫類きょうりゅうは膨大な量となり、その貯蔵庫がもはや満杯の状態であった。

せっかく無限に湧き出る食糧だが、40階層のように凍らせて保管できる環境でなければ腐ってしまう。


「仕方ないな・・・壺の蓋を閉めるとするか。」


そう判断して、饕餮トウテツは壺の蓋を閉めた。

すると、終わりなく湧き出ていた太古の爬虫類きょうりゅうの出現は止まった。


蓋を閉めた饕餮トウテツの下に檮兀トウゴツ窮奇キュウキが駆け寄って来る。


「どうした? もう終わりか?」

檮兀トウゴツ饕餮トウテツに聞く。


それに対して、饕餮トウテツは返答しない。

仮面の下で冷ややかに檮兀トウゴツを見つめる。

それは、饕餮トウテツの後ろで宙に浮かぶ渾敦コントンも同じであった。


その意味に気付いた窮奇キュウキ

「お前!つまみ食いしただろっ!吾輩は必死で我慢してたのに!」


そう指摘された檮兀トウゴツ

その仮面と身体の胸部分は、太古の爬虫類きょうりゅうの血で汚れていた。


「なっ!我がそのようなことをするかっ!何を証拠に!」

必要以上に慌てる檮兀トウゴツ


無言のまま、仮面の下から白い目で檮兀トウゴツを見る饕餮トウテツ渾敦コントン窮奇キュウキ


「我が・・・つまみ食いしたのはな・・・その・・・内緒にできんかの??」


するかーっ!!

女王様サラウィルに怒られろっ!!


しょんぼりする檮兀トウゴツ


その時。

迷宮の入口にただならぬ気配が現れた。

真っ先に気付いたのは窮奇キュウキである。


「何者だ?」

窮奇キュウキが呟いた。


「分からぬ・・・だが、異常だな。」

饕餮トウテツがそれに呟いて返す。


饕餮トウテツは、他の魔獣たちに上の階層へ避難するよう指示を出した。


ただならぬ気配は、迷宮の入口からまっすぐこちらに歩いてくる。


警戒する檮兀トウゴツ饕餮トウテツ渾敦コントン窮奇キュウキの4体。

その目の前に現れたのは、千切れている左腕を右手で持った女であった。


マリーザである。


「ちっ、全く運が無かったね。」

女はそう悪態をつきながら、千切れた左腕を肩に押し当てた。


すると、もじゃもじゃとした薄気味悪い黒い何かが腕と肩の両方から這い出て、その肩と腕全体に纏わりついた。


その千切れていた左腕は元に戻った。

左肩を抑えて首を回す女。


「人間のように見えたが、あれは違うな。」

威嚇を始める檮兀トウゴツ


女は、その左腕を振りかぶって、太古の爬虫類きょうりゅうが湧き出る壺、魔獣たちにとって最上級のお宝を叩き割った。


「!」「!」「!」「!」


それに驚き、怒りを覚える4体。


窮奇キュウキが女に問い掛ける。

「お前は探究者か?」


女から感じられる気配は脅威でしかない。

だが、探究者であれば迷宮のルールに従わなければならない。


この1層で4体が探究者を迎え撃つことは、女王様サラウィルの承諾を得る必要があるのだ。


女は鼻で嘲笑う。

「はっ。獣風情が話しかけてくるんじゃねえよっ!汚らわしいっ!」


「違うのだな?」


女は答えない。

頭に被る黒い冠を右手で外して持つと、左手で銀色の長い髪をかき上げた。


「▲●&#■▲×●$●。」

塵屑ごみくずが喋るな -


女はあえて古代語で言った。

獣風情と会話するのを嫌がったのである。


魔獣の感性でそれを聞いた4体は、その意味を悟る。

檮兀トウゴツ饕餮トウテツ渾敦コントン窮奇キュウキは、この女はここで排除すべきと判断した。


【状況】


   饕餮 渾敦

檮兀 〇  〇 窮奇

 〇      〇


     ●

    マリーザ


そして、呼吸を合わせるように4体は静かに構えをとったのである。

誰も気づかぬ山奥の秘境にある小説を読んで下さいまして、誠にありがとうございます。

更新頻度はまちまちですが、続けて投稿していきます。

宜しければ、ブックマークと広告下↓の【☆☆☆☆☆】にポイントを入れて頂けたら感謝です!

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