第10話 災いの移ろい
《不運の迷宮》
世界各地を襲う災いは、この“不運の迷宮”にも魔の手が及んでいた。
この迷宮主は妹である。
しかし、いまは俺の迷宮に来ていることで不在だ。
この迷宮を守護する者はいない。
“根暗命”の妹は、罠を溺愛するだけで、見知らぬ者とは碌に話が出来ない。
だから、友達もいない。
そんな妹だから、普通に会話ができる存在が誰か現れたら、きっと大きく変わるであろう。
この迷宮は、“探究者”に見向きもされない。
ここでは命の危険しかなく、得られるものが何もないからである。
もし、最上階まで見事制覇した場合、栄誉を手にするくらいのものだ。
その為、この迷宮の中にあるのは、妹が作り出した罠ばかりである。
但し、迷宮内には、頻繁にモンスターが迷い込んでくる。
そして、仕掛けられている罠で命を落とす。
常に迷宮内ではモンスターの断末魔の声が響く。
ある意味では恐ろしい迷宮である。
因みに、迷宮の入口前には、丁寧に貼り紙がされている。
- 素敵な罠を設置中。死にたくなければ入らないでね -
それは、紙が変色してしまっていることから、昔から貼ってあるもののようだ。
もう1つ貼り紙がされている。
- 新罠はじめました。絶対死ぬからお楽しみに -
その紙は、まだ比較的新しいものである。
どうも内容は、コミュ障全快なところが見えるのだが・・・。
その“不運の迷宮”は、ゴブリンの集団に襲われていた。
この世界ではゴブリンはすでに絶滅しており、太古に存在したとされる種族である。
通常のゴブリンは下等種族であったと言い伝えられている。
しかし、その脅威は数にあり、“不運の迷宮”を襲うゴブリンの数は異常な多さであった。
そして、上位種であったとされるゴブリンエンペラー、ゴブリンナイト、ゴブリンプリースト、その他、様々なゴブリンのオンパレードである。
そのゴブリン達は唐突に現れた。
ゴブリン達自身も、現状をよく理解できておらず、辺りを見回しては首を傾げる。
「●※■▲××▲っ!!」
ゴブリンエンペラーは、古代ゴブリン語で大声を上げると命令を出した。
そこに見える洞窟を自分たちの根城にするように指示したのである。
一斉にゴブリンの集団が“不運の迷宮”に突入する。
入口に貼られたコミュ障の貼り紙は無残にも引き千切られた。
ゴブリンの集団は、次々と迷宮の奥を進んでいく。
迷宮の1層は、比較的に分かりやすい罠しかない。
それでも不注意によっては、十分に命を落とす危険なものだ。
床のスイッチを踏んだ。
壁から何本もの矢が飛び出す。
その矢に刺されて絶命するゴブリン。
負傷するゴブリン。
それらを見た他のゴブリンは嘲笑い、どんどん奥へと進んでいく。
ゴブリンは床にスイッチが存在することを学んだ。
怪しいと感じる場所を避けて通る。
すると、壁のスイッチに触れた。
天井から何本もの矢が飛び出す。
その矢に刺されて絶命するゴブリン。
負傷するゴブリン。
それらを見た他のゴブリンはまたも嘲笑い、さらに奥へと進んでいく。
1層の奥はかなり深かった。
最奥まで進むと、ゴブリンの集団の足が止まる。
その先には階段が見える。
しかし、なぜか目に見えない壁に阻まれて、前に進むことができないのであった。
左側の壁には“謎”が書かれている。
可愛らしい“狸”の絵が描かれており、その横に文字が書かれていた。
- たよたたうたこたたたそとたおしてたたね -
※注:小説の都合上、日本語に訳しています。
その文字の下には、スイッチのようなものが幾つもある。
―――――――――――――――――――――――
|さ|ま|よ|う|か|こ|う|さ|ん|し|そ|う|
―――――――――――――――――――――――
謎を解いたら、先に進める仕掛けである。
当然、太古のゴブリン達には、その文字が理解できない。
ぎゃーぎゃーと騒ぎ立てるゴブリン達を押しのけて、ひと際大きな身体をしたゴブリンナイトが前に出てきた。
ゴブリンナイトは謎を睨みつける。
もちろん、理解することはできない。
ゴブリンナイトは、その手に持つ刃の欠けた剣を大きく振りかぶると、そのスイッチに向かって激しく振り下ろした。
ガチンッ!
スイッチが壊れた。
すると、目に見えない壁が消えた様子に気付くゴブリン達。
喜々として、ゴブリンの集団は階段を駆け上る。
その時、迷宮の入口では扉が閉まる音がした。
しかし、ゴブリンの集団は、そんなことはお構いなしである。
2層に上がってすぐの場所で宝箱を発見するゴブリン達。
その宝箱は全部で33個ある。
お宝をゲットしたと喜ぶゴブリン。
我先にとその宝箱を開けた。
宝箱は罠箱であった。
罠箱に喰われるゴブリン。
その罠箱をゴブリンナイトが叩き割った。
「※■▲▲××っ!!」
この中のどれかにお宝が入っているから、全部開けろと命令を出すゴブリンエンペラー。
グシャ。
グチャ。
ビシャ。
残念ながら、見事に全部が罠箱であった。
しかも、最後に開けた罠箱だけ極端に獰猛で強く、ゴブリンナイトはそれに喰われてしまった。
その特別獰猛な罠箱は、侵入者にとっては大外れであり、罠を溺愛する妹にとっては大当たりである。
1つもお宝が入っていなかったことに腹を立てるゴブリン達。
怒り狂って、罠を恐れず迷宮の2層を突き進んでいった。
数々の罠に掛かり、次々と絶命していくゴブリン。
3層。
4層。
5層まで到達したところで、気付くと数十体しか残っていない状況となる。
「▲×■■■※●。」
ゴブリンの中では知能が高いゴブリンプリーストが、ゴブリンエンペラーに対して引き返すように忠言する。
ゴブリンエンペラーは考えた。
最初に入った場所を根城とすれば十分だなと。
この洞窟を全て調べるのは、再びゴブリンの数が増殖してからで良いだろうと。
今回は、最奥を目指すことを諦めたのである。
しかし、最初の謎を無理やり壊して突破したゴブリンには、妹の仕返しの罠が待っていた。
引き返すことができなくなっていたのである。
登ってきた階段は消えていた。
そして、迷宮の入口も扉が閉ざされているのだが、そのことをゴブリン達は知らない。
謎を解かずに進んだ場合、前に進むしか出来なくなるという仕様であった。
もし、これが探究者であれば、迷宮主である妹は様子を見て解放したであろう。
しかし、今は不在。
更に侵入者はモンスターである。
「●■■×※■▲――――っ!!」
ゴブリンエンペラーは、怒り狂って咆哮した。
迷宮内が、その咆哮で激しく震える。
残念なことにゴブリン達は、“運”が無かった。
5階層は、振動を感知した揺れの大きさによって、発動する罠の脅威度が変わる。
最大級の振動を感知して発動した罠は、“猛毒の霧”であった。
フロア全体を猛毒の霧が覆う。
次々と絶命するゴブリン。
バタバタと倒れ込む。
ゴブリンプリーストが“解毒”を試みるも、その乏しい魔力では全く太刀打ちできない。
すると、何を思ったのか、ゴブリンプリーストは炎を魔法で作り出した。
ドガンッ!!
その炎は、猛毒の霧に引火した。
5階層全体が爆発したのである。
ゴブリンは全滅した。
そして、この爆発は5階層の“要石”を悪戯に痛めた。
迷宮には階層ごとに“要石”がある。
その“要石”を傷つけると、階層の様相が一変してしまうのだ。
それは、迷宮主でも力が及ばない原理である。
“不運の迷宮”の5階層は、その様相を一変した。
壁や床、天井のあちらこちらに仕掛けられた5階層の罠は、階層の様相が変わると共にその機能を果たさなくなってしまった。
全侵入者の消滅を察知すると、不正に突破したことで発動していた罠は自動的に解除される。
“不運の迷宮”は、何事もなかったかのような静けさを取り戻した。
一歩間違えば、人類にとって脅威となり得たこの太古のゴブリン集団出現という災い。
それは、迷宮主不在の“不運の迷宮”によって、人知れず救われることとなったのであった。
様相が一変した5階層に転がるゴブリンエンペラーの死骸。
その首元にあるネックレス。
それが光った。
その時。
《音無の迷宮》
魔除石像のガクフは過去を夢見ていた。
主に歯向かった女の末路である。
女は“神”を名乗っていた。
世界を手中に治めんと、世界を恐怖に陥れようとしていた女であった。
ついにその女は、主と激突した。
そして、女は主の前に敗れる。
それは力だけではなく、邪悪さでも主の方が上回っていた。
女の翼は、主にもぎ取られた。
そして主は、その女を嬲るだけ嬲った後、満足した後にゴブリンの巣に捨てた。
女の名は何と言ったであろうか・・・・。
そうだ。
確か・・・マリーザと言ったな。
ガクフの眠りは終わりなく続く。
そして、また新たな過去を夢見るのであった。
《不運の迷宮》
様相が一変した5階層に転がるゴブリンエンペラーの死骸。
その首元にあるネックレスは光り輝くと、銀色の長い髪の女へと姿を変えた。
「●×■・・・・?」
女は辺りを見回す。
見たことのない風景だ。
そして、自分の名前どころか、自分が何者であるかも分からない。
女は眼下に転がるゴブリンエンペラーの死骸を見つけた。
それを見ると、なぜか深い不快感を覚える。
女は、ラファンに捨てられた後、ゴブリン達によって凌辱の限りを尽くされて命を落としていた。
一瞬だけ、その絵が女の頭を過ぎる。
しかし、女には記憶などない。
女は近くに落ちていた“黒い冠”を見つけた。
何かとても心地の良い雰囲気を感じる。
それは、普通の者にとっては邪悪と感じるはずの雰囲気である。
女は“黒い冠”を手に取った。
「▲※▼。」
素敵・・・と女は思った。
その“黒い冠”を被り、辺りを目的なく散策しようとした女。
そこに奴が現れる。
「おやおや。誰が私のコレクションを手に取ったのかと思えば、貴女でしたか。」
ラファンは、機嫌良さそうにする女を嬲るように見た。
「■■▼×▲っ!!」
“黒い冠”を盗られると感じた女は、冠を強く抱きしめると古代語でラファンに警告を叫ぶ。
「大丈夫ですよ。それは貴女のものです。」
「▲■※▼××っ!」
「・・・長く使われていない古代語は不便ですね。」
ラファンが女に近寄る。
女は抵抗を試みるが、その身体を動かすことが出来ない。
ラファンは、女の額にその異様に長い手を伸ばして指をあてた。
「私に何をしたのっ!」
女は、突然に現代語を話し始めた。
しかし、自分が話す言葉が現代語に変わったということを女は気付いていない。
怯えながらも剣幕な表情で抵抗しようとする女。
その姿を見て、優しくほほ笑むラファン。
「大丈夫。私は銀髪の女性には特別優しいのですよ。私の好みでね。マリーザ、君のお陰さ。」
「マリーザ??」
「そう。君の名前はマリーザさ。」
ラファンは心の中でくつくつと笑っていた。
愉快でたまらない。
ガクフは最高の夢を見てくれた。
まさか、数万年ぶりにマリーザに会えるなどとは、全く期待していなかったのである。
そして、ラファンの中では、最高の悪戯がイメージできていた。
マリーザであれば、再び世界を支配しようとするはずだ。
彼女の力に抵抗できる存在は誰もいないであろう。
世界は恐怖に陥ることとなる。
そして、彼女が世界をその手中に治めようとしたその時。
もう一度、彼女から全てを奪ってあげるとしよう。
再び可愛がってあげた後で捨てるのだ。
これは楽しみで仕方ない。
最高級のメインディッシュだな。
ラファンはマリーザの手を強引に引き寄せると、“不運の迷宮”から姿を消した。
これが世界に訪れる真の“厄災”のはじまり。
そして、俺の物語のはじまりである。
誰も気づかぬ山奥の秘境にある小説を読んで下さいまして、誠にありがとうございます。
更新頻度はまちまちですが、続けて投稿していきます。
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