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魔装乙女は死にきれない  作者: 浜能来
第二章 心さえなかったなら
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第九話 マルチプル

「なんだ。魔獣と聞いてみれば、ただ図体の大きくなっただけか」

「あー! たしかに! じゃあ楽勝だね!」

「あなたたち、演劇だったらかませ役のセリフよ、それ」


 オーガを前にして、それでもノインとギルバートは怯まなかった。「あれはあれで、一種魔物みたいなものですよね」とギルバートを指さすアハトに、フィアは曖昧に返すほかないのだが。あの武闘派の二人が言うほど、オーガというのは侮れない。その魔法特性が、個体により異なるのだから。

 特に今回は、おそらく今までに前例のない魔法特性を持つオーガである。増殖マルチプル。それが単にゴブリンを生むだけのものと考えるのは、迂闊というものだろう。フィアは今にも飛び掛かりかねない二人の後ろで、詠唱を始める。


「其は独裁者」


 アハトも同じ考えらしく、隣で詠唱を開始している。なるべく応用の利く魔術を、あらかじめ構築しておけば。

 その二人の備えを感じてか、ギルバートとノインが駆けだした。お互いの対抗心が、自然とマルチプルオーガを挟み込む形を作る。先に仕掛けたのは、オーガの右側面を取ったギルバートだった。

 神速の踏み込みに、マルチプルオーガは対応して見せた。黄色く濁った瞳が鋭くその動きを捉え、赤黒い右腕が唸りをあげてギルバートに迫る。


「やはり、ぬるいな」


 彼は身をかがめることでその恐ろしい暴圧をやり過ごし、あまつさえ彼の持つ神の剣をその肌に沿わせさえして見せる。あらゆる物理干渉を無視するその剣が、マルチプルオーガの右腕を滑らかに斬り落とす。

 ギルバートは、返す刀で胴を袈裟に切り裂こうとするが。


「――!」


 離れた位置でそれを見ていたフィアは気づく。マルチプルオーガの右腕は、切断面がぼこぼこと沸騰するように泡立ち。見る間にその剛腕は元通りに生え直している。

 その魔女の釜を思わせるおぞましい音に、腕の再生には気づいたギルバート。しかしその裏拳を回避する余裕がない。


「ぐぅっ!」


 ギルバートの肩を、岩を思わせる拳が強かに打った。鍛えられた彼の身体が衝撃に吹き飛ばされる。


「魔術鎖・霜柱!」


 その後を追撃しようとしたオーガを、氷の鎖が食い止める。その怪力は、魔法の鎖をぎちぎちと軋ませるが。そのわずかの時間に、オーガの背後に踊る影。


「うぉおおお!」


 ノインの鉤爪に力がこもる。跳躍した彼女の右腕は、確かにオーガの首筋を裂く。裂くかに、見えた。


「えっ?!」


 ノインの純粋な驚き。あと少しで届きそうな彼女の魔装の右腕は、背中から生えた両腕によって受け止められていたのだ。後頭部に開いた三つ目の瞳がにたりと。空中で腕を取られたノインは、もう完全に自由が利かない。


詠唱三節トリプル多頭の炎蛇(ファイア・ウィップ)!」


 慌ててフィアが魔術を発動させる。フィアの手から放たれた数多の炎の蛇が、オーガの背から生えた腕に絡みつく。じゅうと肉を焼かれる苦痛に、ノインの拘束が解かれる。彼女はオーガの背を蹴って、一度距離を取った。


 増殖マルチプル。このオーガは自分の四肢を自分の体のどこからでも生やすことができるのだと、フィアは察する。かなり面倒な能力だった。

 なにしろ、魔獣というものが魔核による不死性を持つ以上、このオーガの何を切り飛ばそうが抉り取ろうが、死ぬこともなく即座に再生してしまうということである。このオーガを倒すには、魔核を一撃で抉るか、それこそ一撃で肉体のすべてを消し飛ばすか。


「どうやら、おれとは相性が悪いな」


 右腕をだらりと垂らしたギルバートが、フィアとアハトのところに戻ってくる。どうやら、先ほどの一撃で肩をやられたらしく、右手の先からは血の雫が落ちていた。それでも、戦意を示すように左手に握られた騎士剣。ノインもやってきて、再び四人は集まる。

 オーガは、背から生えた腕を蒸発させて消しながら、ぐつぐつと笑っている。最初の攻防は、明らかにあのオーガの勝ちだった。


「ほら、笑われてますよ。悔しいでしょ? 突っ込んできてもいいんですよ?」

「何を言っている。あれはおれでなく、お前たちを嗤っているのだろう」

「一人だけ腕をぶらぶらさせといてよく言う」


 茶化すアハトに、いたって真面目に答えるギルバート。まぜっかえすフィアだが、その胆力には感心するところがあった。この局面において、人手は多いに越したことはない。


「まさか、事ここに至って、お前たちと協力する気はないとか。言い出したりしないわよね」

「……」

「え、うそでしょ」


 むっつりと黙り込む彼に、一抹の不安を覚えるフィアだが。


「近頃は、お前たちに一目置く騎士もいる」

「あっそ。じゃあ、やるわよ」


 無愛想で的外れな返事を彼なりの譲歩だろう。簡単に作戦を伝えた。どうせ、即席の連携などたかが知れていたから、それはもはや作戦と呼ぶのもおこがましい代物だったが。ギルバートは頷き一つ、了承した。

 しびれを切らしたオーガが、四人めがけて跳躍する。それが戦闘再開の合図となった。


「行くぞ。魔物娘」

「あー! ワタシにも、ノインって名前があるんだけど!」


 前衛を張るのは、やはりギルバートとノインだ。常にオーガを挟んで百八十度反対になるように立ち回る。勿論、ノインにそんな器用なことはできないから、ギルバートがそれに合わせる形。教会騎士として尊敬を集める男は、隻腕になっても伊達ではなかった。

 マルチプルオーガは、後頭部にまで目を増やすことでその視界を広げ、いまや六つにまで増やした腕で二正面に対応して見せる。その魔法特性まで織り込んだ戦い方は、一つの戦法として確立している。時には腕を犠牲にして身を守り、あるいは腕をさらに生やして奇襲する。

 ノインとギルバートの二人は、小型の台風と戦っているようなものだった。荒れ狂う剛腕をかいくぐり、あるいは斬り飛ばし、しかしいかなる攻撃もその暴威を止めることあたわず。まさに、人の手の届かぬ天災。

 それでも、彼らの戦いがあくまで拮抗を保つのは、横合いから入る妨害がオーガの機先を制しているからだ。


「捧げるは剣魚の鱗。こいねがうは穿つ水流」


 その眼前に散らされる鱗の一枚一枚が、魔力の煌めきに姿を変え。打ち出される水流が瞼を下ろさせる。そういった妨害が、オーガが攻撃をしようとするたびに欠かさず入るのだ。


「あと四回です!」


 アハトの代償魔術だ。

 彼女はあくまで接近戦をギルバートとノインに任せながら、オーガの視界の隅をちょこまかと走り回り、ささやかだが堅実なサポートを行う。魔術視を維持していることを示す、冷気を身に纏いながら。集中力と魔力を酷使するアハトの息は、蓄積した疲労で確実に上がり始めている。


 だが、積み重なっているモノがあるのは、何もアハトだけではない。

 オーガには苛立ちが募っていた。明らかに自分の力の方が勝っているのに、攻めきれない苛立ち。咆哮。アハトに視界を塞がれるたび、オーガは身体の別の場所に新たに目を開く。


「これで最後です……!」


 アハトの最後の代償魔術が閃光を生む。世界は白く塗りつぶされ、いよいよオーガの体表を眼球を覆う。


「――裁定者来たり。今すべての善悪は、彼のものの意思のままに」


 そして、それこそがフィアの狙い。


詠唱四節クアドラプル汝、罪ありきセルフ・イグニッション


 後方にて詠唱を終えたフィアの魔術が、今発動する。それは、発火魔術。本来なら詠唱もほとんど必要としない初級魔術を、四節の詠唱でもって発動すればどうなるか。

 それは、魔力を持つものに強制的に発火の魔術を発動させる魔術。


「グォオオオオオオ!!!」


 これまでで一際大きい悲鳴を上げるオーガ。魔獣はその体に生み出したすべての眼球に、同時に発火の魔術を発動させられたのだ。あらゆる生物に共通する弱点を同時に焼かれる苦しみは、この場のだれにも想像できるものではなく。これまでその攻撃の手をゆるめなかったオーガが、初めてその場で苦悶に呻く。


「ノインちゃん! 首です、首を落とすんです!」

「りょーかいっ!」


 間を開けずにアハトが叫ぶ。戦いながら魔術氏を使い続けた彼女が、一撃必殺の位置をノインに伝える。そして、ノインの漆黒のブレードで狙い澄ます。

 刹那、オーガが苦しみの縁で再生させた瞳の一つがノインを捉えた。


 交錯。


 オーガの爪撃と、ノインの斬撃がすれ違う。

 誰もが息をひそめ、結末を見定めようとする。ノインもオーガも、互いに動きを止め。


 ずん……


 重い音を立てて首が落ちる。鮮血を噴き上げる、赤黒い身体。

 果たして勝者は、ノインだった。


「やっっっ、たーーーー!」


 血の滴る右腕を突き上げ、快哉を叫ぶノイン。フィアが強張らせていた肩から力を抜き、這う這うの体のアハトがフィアに縋りついてくる。血糊を顔にこびりつかせたギルバートが、呆然とこぼす。


「終わったのか、本当に」

「なんですか? このアハトを疑うんですか?」


 アハトの言葉を裏付けるように、オーガの身体が遅れて地に倒れた。ギルバートが足で小突いたところで、動く気配はない。そのまま、どさりという音が連鎖して、どうやらオーガの魔法で生み出されたゴブリンたちも同時に事切れたらしい。後輩から、騎士たちが勝鬨を上げるのを聞いて、ようやくギルバートも剣を鞘にしまう。


「本来なら、このままお前たちも打ち取るつもりだったが」


 そして、フィアたちに向きなおる。


「今はお前たちに構う余裕がない。魔核でももって、さっさと帰るがいいさ」


 それはきっと、ギルバートにとって最大限の敬意の表現であったはずだ。曲がりなりにも二週間、彼と接してきて、フィアにもそのくらいを察することはできる。けれども同時に、それは見当違いな言葉だとも言わざるを得なかった。

 なぜなら、アハトは首を落とせと言い、首を落とされたオーガは死んだ。複製マルチプルの魔法特性を持つ以上、その事実の持つ意味は大きい。


「あー? 何言ってるの?」


 もっとも純粋なノインが、ギルバートの言葉に疑問を返す。


「魔核を持ってたら、首を落としたくらいで死ぬわけないでしょ?」


 ノインのその言葉とともに、遠くで悲鳴が上がる。デプンクトの街で悲鳴が上がる。

 愕然とした顔で街を見やるギルバートの横顔に、フィアは何を言うこともできなかった。

【Tips】代償魔術


魔物や魔獣の身体部位を魔力変換することで、詠唱処理を短縮。魔法素材のもつ属性に従い、しかし詠唱でもって多少の応用を効かせることができる。

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