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魔装乙女は死にきれない  作者: 浜能来
第一章 リビングデッド
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第四話 フュンフ・プルプァ

 フィアは教会の廊下の奥、壁一面を覆う宗教画に向き合う。当然、彼女の心身が突然芽生えたとか、そういうことではない。荘厳に仕立てられた額装の、向日葵の意匠を指先で押しこむと、かちりと音がして宗教画の縁が浮き上がる。その隙間に手をかければ、扉のように開くことができた。奥には、何もかもを飲み込みそうな暗闇が口を開けている。


「其は灯火」


 唱えると、フィアの右目の魔装に小さな灯がともる。魔法と呼んだ方がふさわしい、初級も初球の魔術だ。ぼんやりと照らされる階段を、フィアは一歩ずつくだっていく。むき出しの土壁は圧迫感があり、よどんだ空気はフィアに息苦しさを感じさせる。

 また、フィアの場合、感じる不快感はそれだけにとどまらない。


 マスター・ジーンの研究の拠点となる墓所は、あくまで偽装でしかなかった。その本質は地下に張り巡らされた大魔導陣にある。この墓所という場所自体が魔装乙女を生み出すための儀式場。魔核により、魔術適性を引き上げられているフィアには、魔力の流れが感触として感じられるものだから、濃密に魔力が満ち満ちた地下空間に足を踏み入れるのは、泥沼に自ら身を沈めていく感覚に近い。


 フィアの妹は、そんな地下階の中層の経過観察房にいる。

 額に滲む脂汗。何度ここに来ても、それでも慣れることのない感覚だった。フィアはローブのポケットに手を滑り込ませる。その中にあるものを確認して、フィアの足取りは多少軽くなる。

 やがて、魔核をはじめとした魔法素材を収納する上層を通り過ぎ、中層に至る。経過観察房は文字通り、下層の魔導陣によって錬成された魔装乙女の経過観察のための階層だ。必要最低限と効率を考えた結果、放射状に枝分かれした両脇に、独房と大差ない部屋が並ぶのみとなっている。

 独房に、人の気配はなかった。がらんとした廊下を、自分の右目に灯した炎の明かりだけを頼りに歩く。目的の部屋はすぐに見つかった。軋みを上げる扉を開いて、中に入る。


「こんにちは。フュンフ」


 優しい声音で、フィアは声をかける。返事はなく、それが当たり前。

 フュンフ・プルプァ、実験番号五番は、失敗作に数えられる魔装乙女だった。簡易な寝台の上に寝かされた彼女のくすんだ赤髪は伸ばしっぱなしになっていて、もうずっと整えられていないのだとわかる。貫頭衣の上からでもわかるやせぎすの身体は青白く、彼女の下半身を丸ごと置き換える、海魔セイレーンの魔装から魔核の鼓動を感じるフィアでなければ、生きているとは判別がつかない。

 フィアは歩み寄って、フュンフの顔にかかる髪をどける。フィアに唯一残る記憶に出てくる顔と全く同じで、フュンフという魔装乙女になってからの名前しか知らずとも、彼女が妹だと確信できた。自分が人間であったことを保証する、唯一の生き証人がそこにいた。


「フュンフ。フュンフ」


 彼女の寝そべる寝台に腰かけて、フィアは頬を優しくなで続けた。そして、確かめるように全身に触れていく。以前にあげたネックレスがなくなっていることに気づいて、フィアは急いで、今日買ってきた髪飾りをつけてやった。クロッカスの髪飾りは、生気のないフュンフを少しは華やかにしてくれるようだった。

 妹は、何と言って喜ぶのか。ほんのわずかな記憶からは、喜んだ声色すら曖昧にしか推測できなくて、その言葉をしっかりと、彼女の口から聞きたいと、フィアは思う。


 なにしろ、フィア・ロットという存在は、ひどく曖昧だから。なにせ、唯一の血縁であるはずの妹と、ファミリーネームすら同じではないフィアだ。

 彼女の中には、自分の人格すら自分のものではないかもしれないという不安がある。死者蘇生の中で、自分の記憶は欠落しているのだから、なにか名前すらわからない本来の自分にとって、大事なものも欠落しているのかもしれない。あるいは、魔核の中にある魔獣の自我が残ってしまっていて、自分は人間らしいだけの魔獣なのかもしれない。はたまた、マスター・ジーンが自分のために拵えた、人工の人格なのかもしれない。

 頭の回るフィアには、その可能性の数だけ恐ろしさが募った。魔獣とかなんだとか、そういう外的な命の危機など及びもつかない、もっとどうしようもない、自分が消失してしまうかもしれないという感覚。


 それもきっと、彼女の口から言葉を聞けたなら、解消するはずだった。彼女の口から、自分が姉であることを聞けて、それでもって、自分が喜びを感じられるなら。少なくとも、自分を繋ぎ止めてくれる存在が一つ見つかる。

 心の奥底、自分の理性の及ばぬところで彼女を助けろと叫ぶ気持ちが、きっとこの将来が叶うのだと、フィアに信じさせてくれる。


「大丈夫。私は、貴方を蘇らせるから」


 そうだ。蘇らせてあげるなんて言葉はふさわしくなく、蘇らせなければいけないのだ。

 そのための方法は、マスター・ジーンしか知りえない。時折ジーンの研究を盗み見たところで、フィアには何もわからないのだから、すがれる藁にはもろともに溺死するまでしがみつくのだ。

 フィアはフュンフに積もったほこりを払ってやり、身だしなみを整えてやってから、独房を後にする。


「じゃあね、フュンフ」


 扉はやはり、苦しげな軋みを上げた。


 ◇◆◇


「アハト・ブラウ。次の仕事だ」


 フィアが出ていったあとの礼拝堂には、当然ジーンとノイン、それからアハトが残された。

 アハトは、フィアの後を追いかけていくべきか、それともそこまでするとさすがに嫌われるか、あるいは逆に弱みに付け込んで依存してもらえるかと思索を巡らせていたので。ジーンに思考の邪魔をされて、その不機嫌をそのまま声に出した。


「えぇ、もうですかぁ? そんなにポンポン出てくるものでしたっけ。魔獣とか、忌子ちゃんって」

「出たものは出たのだ」


 だからといって、研究にしか興味のないジーンが無礼を気にしないと、アハトは知っている。アハトがジーンについて唯一好ましく思う部分だ。

 ジーンはノインに、検分を終えた新しい()()()()を、地下の上層に運ぶよう命令する。上機嫌にケースを引きずっていくノインを見送って、ジーンはつづけた。


「今回は、あの教会騎士直々の、応援要請だ。単に田舎の厄介ごとに本隊を出したくなかっただけかもしれんが、信憑性はある」

「あ、田舎まで行かなきゃいけないんですね」


 それは、ノインが聞いたら嫌がるだろう。その役目をアハトに押し付けるあたり小心者だなと思いもするが、同時に、教会騎士からの依頼という点は確かに面白かった。

 あの鼻持ちならない騎士連中は、なまじ上流階級であるだけに魔装乙女の何たるかを知っていて、そのうえで、魔物を殺す女神さまを信奉する分魔物嫌いが人一倍強い。つまりは、アハトたちを毛嫌いする連中のはずなのだ。

 そんな彼らが、自分たちの領分である魔獣討伐で、魔装乙女を狩りだす。アハトには、ジーンの言う安直な理由以上の、きな臭さが感じられてしまう。


「別に、いいですけど」



 ただ、もし仮に何か別の意図があって、ジーンがそれを知っていたとしても。聞いたところで答えは返ってこない。魔装乙女であるアハトは、魔獣と融合していて、動いているだけの死者である時点で、禁忌中の禁忌だ。ジーンに黙ってしたがって、国の不老不死研究の模範的なサンプルとして生きていくしかない。

 アハトとしては、別にそこに不満はなかった。なぜなら、彼女の愛するお姉様と、禁忌にともに縛られる限り、一緒にいられるということだったから。それこそ、教会騎士だったりに追われながら愛の逃避行をかますことも考えるけれど、美味しいご飯を食べて、可愛く着飾れる生活が何よりだ。

 ジーンとアハトはその点で利害関係が一致しており、お互いにそのことを承知していた。司祭服の内側からぞんざいに取り出された、丸められた羊皮紙をアハトは受け取る。ジーンはあとは読んでおけとばかり、そのまま立ち去ろうとする。


「あぁ、言い忘れていた」

「……珍しいですね。なんですか、マスター」


 押された封蝋のいかめしさに、センスがないと舌を突き出していたアハトがとっさに舌を引っ込めて答える。振り返ったジーンは、珍しく威圧感を出して。


「自分の役目は、忘れるなよ」

「はぁーい」


 手短に言って、今度こそフィアやノインが出ていったのと逆の扉から、礼拝堂を後にした。

 去り際の一言に、アハトは盛大にため息をついて、長椅子に腰を下ろした。クマの浮かんだ目つきを思い出し、羊皮紙を手の中で回す。


「あんなの、後ろ暗いことしてるって白状してるようなもんじゃないですかぁー」


 そして、自分の魔装に括り付けた、クリスタルチャームを指でいじる。フィアの魔核は火竜のそれで、アハトの魔核は氷竜のそれで。右目と左目で対をなすデザインが、アハトは気に入っているのだが。

 ぼーっと夜の闇に染まっていくステンドグラスを眺めていると、礼拝堂の脇の扉が開く。


「あら、どうしたのアハト? ジーンに何か言われた?」


 現れたのは、フィアだった。妹との面会を済ませ戻ってきたのだろう。迷いのなくなったその顔を見て、アハトは嬉しくなった。全身で彼女を出迎える。


「あっはは。やですねお姉様! アハトがあんな中年オヤジに何言われたところで気にするわけないですよ!」

「あー! 今アハト、マスターのこと悪く言ったでしょ!」

「なんだ。ノインちゃんもいたんですか。相変わらずマスターのこと好きですよねぇ」

「あたりまえでしょ! マスターのおかげで、ノイン生きてるんだから!」


 そう言って胸を叩くノインに、アハトはフィアと顔を合わせて苦笑いする。一言も二言も言いたいことはあったが、それはあくまで個人の感情だ。フィアが何も言わないのなら、アハトもまた何も言わない。二人の微妙な反応に戸惑うノインをごまかすように、フィアがアハトの持つ羊皮紙へと話題を振る。


「あぁ、これですか? 次の依頼の指示書ですよ。めんどくさいですけど」

「ダメだよアハト! めんどくさいなんて言っちゃ!」

「ちなみに、馬車でも一日じゃつきません」

「めんどくさい!!!」

「でもほらノイン、マスターのためでしょ」

「あー……。たしかにぃ」


 相変わらず、勝手に一喜一憂するノインと、それをなだめるフィア。ノインの白銀の髪をくしけずるようになでるフィアの手を、アハトは羨ましく眺めた。


「まぁ、なんです。どうせ出発は明日以降ですから、今日はお開きということで。ノインちゃんも、明日までにはさすがに覚悟を決めてこれますもんね?」

「あー。たぶん?」

「これますもんね?」

「うぅ、はい」


 多少強引ではあるが、マスターのためなら何でもしたいノインは、これで明日にはやる気満々でやってくるだろう。鬼を見るようなフィアのしらけた目に得意満面に笑って見せて、ノインに来た道を戻らせる。彼女らの居室は地下への隠し扉がある廊下に面しているのだ。


「それじゃ、おやすみ」

「はい、おやすみなさいませ、お姉様」

「おやすみー」


 そして、就寝前のあいさつをして、各自の部屋へ。ノインも眠気を思い出したようで、一人で自室に入っていく。手の空いたアハトは、フィアの背中を見送っていた。


「どこまでもついていきますからね、お姉様」


 そう、彼女の部屋の扉にぶつけた。

【Tips】魔術体系


魔力行使は、その方法や程度によって三種類に区分される。魔法・魔術・魔導の三つに分類され、魔導陣はその最上位たる魔導行使を目的とする。

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