第三話 魔装乙女の墓所
魔導都市デミオンは、王城を中心にした円形をしている。大通りは王城の前の大広間につながっていて、普段はそこで行商人たちが無数のテントを張っている。すべての道が最終的にこの広間につながるようにできているから、外からやってきた人は城門から広間へ向かい、そこから目的の道へ戻っていく。結果、なるべく城門側に来訪者向けの商売が集まり、都市の住人の居住区やその生活を支えるような商売は、城門から見て王城の裏側に広がるようになる。そして、その最たるものが、墓所だ。
フィアたちは王城前広場の混雑を避け、ぐるっと大回りをして墓所へ向かう。それはほとんど、魔導都市を縦断するようなもので、ノインなどはぶつくさ文句を言っている。そのたび、フィアに「でも、マスターに会えるわよ」と言われてやる気を取り戻すことの繰り返しだ。
食堂を出てからのフィアが、沈んだ気分を引きずることはなかった。そも、今に始まった話ではない。この仕事の罪悪感とはそれこそ、三年の付き合いになろうとしているのだ。平気になるということはなくとも、付き合い方は承知していた。
それは、服飾店に入ること。ノインをアハトに預け――アハトは、見た目だけはいいノインを着せ替え人形にして遊ぶのだ――フィアは一人で、自分がつけるわけでもないアクセサリーを物色する。それがフィアに自分の目的を再認識させ、罪悪感という障害物を封じ込めるのに必要な儀式だった。
フィアはそうして選んだクロッカスの髪飾りをローブのポケットにしまい込む。もうすっかり夕方になって、ようやくたどり着いた墓所の鉄柵を開く。墓石さえなければ、子供たちならば一生走るだけで楽しめそうな広さがあり、その分、ろくな手入れがなされていない。草は好き放題に生えており、よく人が歩く部分だけ、なんとか道の体を保っている。歩きながら墓石を眺めてみると、碑銘の入っていないものも多い。あくまで墓所は偽装としての姿だからだ。
がらごろと、ノインの運ぶケースのうるささを伴って、三人は墓所の管理施設としての教会の前にたどり着いた。飾り気のない四角い建造物は、夕焼けに茜色に染め上げられて、不思議な威圧感がある。
「マスター!」
「ちょっと、ノイン?!」
着くなり、もう我慢できないという様子のノインが荷物も置いて駆け込んでいく。フィアはちょうど人ひとり分くらいの重量があるケースをよっこらせと持ち上げて、アハトとともに教会に入る。見た目だけそれらしくした教会は、入ってすぐが礼拝堂になっていた。
夕日をステンドグラスが彩り、天井の高い礼拝堂は本当に天上の世界に祈りも届きそうな神秘性をはらんでいる。それを見下ろす、魔物を踏みつけにした女神の像。彼女の目に自分はどう思っているのだろうと、フィアは考えることがある。
「帰ったか、フィア・ロット」
そして、女神像の足元から気難しそうな声がする。
「えぇ、ただいま帰りましたよ。マスター・ジーン」
「どーもマスター。アハトも帰りましたー」
その人物こそ、フィアやアハト、ひいてはノインを、魔装乙女を作り上げた古代魔導の権威。貴族たちの欲望に塗れた不死研究の責任者である、ジーン・シェーファーだ。彼は女神の好むとされる紫に染め抜かれた司祭服を着込み、こけた頬を髭で縁取っている。
歩み寄って出迎えるなどということをしない彼だ。フィアとアハトは埃の積もった長椅子の間を抜けて、彼の目前に膝をつく。
「報告を聞こう」
一段高い内陣から見下ろす彼の言葉に、必要最低限以外を求める様子は一切見られない。だのに、そんな彼に最初から抱き着きっぱなしのノインを振り払う気配はない。頭をなでたりはしないが、したいようにさせている。相変わらずのえこひいきと、アハトが呟いた。フィアは肘で小突いて黙らせる。
「報告通り、魔獣が確認できました。麒麟です。特に変異種であるとも感じませんでしたから、魔核強度としては中程度でしょう」
「忌子は」
「魔核と合わせて、こちらに」
フィアの言葉に合わせ、アハトがケースを前に押し出した。
「ノイン」
「はーい!」
ジーンのぶっきらぼうな指示に、ノインは素直に従った。ケースをひょいと持ち上げて、内陣の上に持ち上げ、そしてケースを開く。冷気とともに、中身があらわとなり、そこにあったのはアハトの魔法により直方体の氷に閉じ込められた、亜麻色の髪の少女と麒麟の魔核だった。
ジーンはしゃがみ込み、顎髭をさすりながらその死体を検分する。まるで人間の死体を相手にしていると感じさせないその様に、フィアは下唇をかむ。
「失礼ながら」
「なんだ」
普段なら、そのままジーンの検分が終わるのを待つのだが、今日のフィアは違った。もしかしたら、昼間に一度、後味の悪さを思い出させられてからかもしれないと、頭の片隅で冷静に考えながら。あくまで死体の検分を続けるジーンに問う。
「私たちは、なぜ忌子狩りをさせられているのでしょう」
「新しい魔装乙女を作るためだ。決まっているだろう」
「では、その新しい魔装乙女はどこにいるのです! 二年前にノインを生み出してから、実験番号九番以降の魔装乙女を、私は見たことがありません」
「それは、お前の知る必要のないことだ」
フィアの疑問は、あっさりとあしらわれてしまう。声を荒げたところで、何を感じるジーンでもなかった。フィアには、知らずに握った拳を振り上げる先がない。けれども、フィアの疑問は当然と言えば当然のことだった。
魔装乙女が忌子を狩る理由は、ジーンが述べたたった一つ。魔装乙女を作るためなのだ。
魔装乙女とは、人体に魔核を融合させることで、魔獣の持つ不死性をそのまま付与された、人間と魔獣の中間に位置する存在だ。言ってしまえば簡単なようで、問題が二つ。
一つは、魔力を内包する存在である魔物や魔獣と違い、人間を含めた通常の生物は魔力を持たないがため、魔核の機能をそのまま人体に適用することができないこと。
二つは、意識情報が魔核に保存されているからこその不死性であって、つまりは人間の意識を魔核に転写しない限り、魔核を移植しても意味がないということ。
これを同時に解消するものが、忌子の死体を利用するという、禁断の発想だ。
忌子とは、これまでまことしやかに存在がうわされていた、魔力を内包する突然変異的な人間であり、死体を蘇生させるというプロセスを踏むことで、意識を転写するのでなく、復活した意識が魔核側に宿るように導線を引くだけで済む。
そうして死者蘇生の実験を繰り返す中で、初めての成功例として蘇生したのが、実験番号四番である、フィアだった。
それ以降、彼女は新たなサンプルを得るために、魔核に付随していたたぐいまれなる魔導能力を使って、新たな犠牲を狩り続けてきた。
「重要なのは、そんなことではないだろう」
やり場のない感情にうつむいて震えるフィアに、感情のない声が降ってくる。
「安心しろ。魔装乙女の記憶を取り戻す研究は、進んでいる」
はっと、フィアが顔を上げる。握った拳は、みるみる下がっていく。
「本当なんですね」
「あぁ。お前は私を信用していないだろうが」
ジーンには珍しい、含みを持つ言い方。
「着実に、私の研究は前進している」
フィアは、握った拳をついに開いた。そう言われれば、彼女には何も言い返すものがない。生前の記憶のほとんどを失って、たった一つの目的以外を持っていないフィアには、からっぽな胸の内があるばかり。
だからと言って、フィアはそれでジーンの言葉をすべて信じ切ることはできなかった。あくまで、死んだはずのフィアを勝手に生き返らせて、自分と同じ魔装乙女を、悲劇を量産する役目を押し付けるジーンを信頼するのは土台無理な話で。
ただ、そんな力を持つジーンだからこそ、フィアの夢をかなえることができる。
「妹に会わせてください」
フィアは、自分の原点を確認しなければいけなかった。
ジーンを信じるか信じないかを決められないのならば、彼女にはもう、自分を許せるのか許せないのかで判断を下すしかない。そしてその基準は、すべて自分の夢を秤にかけることでしか得られないだろう。
自分の、妹の意識を取り戻してやりたいという夢を確認する以外に、彼女には術がなかったから。
「いいだろう。検分も済んだことだしな」
ジーンの許しはあっさりと出た。フィアはすっくと立ちあがり、礼拝堂の脇から廊下に出る。彼女の妹は、この先の地下に寝かされている。
【Tips】魔核
魔物の中で生成されていく、純粋な魔力の塊。魔獣はそこに自分の自我を保存することで不死性を獲得する。肉体はもはや、物理的干渉をするための器に過ぎない。