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魔装乙女は死にきれない  作者: 浜能来
第四章 二度と泣かないように
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エピローグ

 崖の上の貴族の別荘には、竜の魔女(ドラクル)が住んでいる。

 もちろん、その貴族の耳に入るのを恐れ、人々の間でひっそりと流れる噂だったが、港町のノイエヴェルトではもはや公然の事実だった。くすんだ赤毛の魔女は、竜の奇跡で傷を癒してくれる。実際にその奇跡を受けたのだと言う人は、証拠とばかりに詩吟のような魔女の詠唱をそらんじてみせた。


 今日もまた、船から積み下ろしたばかりの木箱の上で、得意げに唱えてみせる水夫がいる。まるで自分が魔術を扱ったのだと言わんばかりに語る彼を、仲間の水夫たちは呆れた様子で見ているが。観客の少女だけは嬉しそうに目を輝かせた。

 その魔女が、彼女の探している人物であることに、フィア・ロットであることに、もはや疑いが無くなったからだ。少女は深々と頭を下げてお礼を述べる。長い銀髪がさらりと流れた。

 対して水夫は、包帯に巻かれた少女の右腕を見て、治るといいなと言って見送った。


 フィア・ロットが魔装乙女の墓所から姿を眩ませて、もう五年にもなる。

 世界にはすでに、魔装乙女が暴力装置として組み込まれていて。デミオンから進発した魔装乙女の軍勢は、順調に戦場を平らかにしていった。死者の出ない戦争は聖戦と呼ばれるようになり、最初から死者しかいない戦場が聖戦であるものかと、ジーンは苦々しく述べていた。


 潮騒の音。耳の奥にざざぁんと届き、ついでに、生臭い磯の香りがやってくる。石塊の転がる砂浜を見下ろして、その道は足の短い下草を揺らしていた。

 銀髪の少女は手の甲で額の汗を拭い、道の先を見晴るかす。上り坂の向こうにちょこんと、山形の屋根が見えた。あれが竜の魔女が住むという、貴族の別荘なのだろう。潮風になびくスカートをたおやかに抑えて、彼女は歩き出す。

 そうしてたどり着いた別荘は、別荘と呼ぶにはあまりにもこじんまりとしていた。老人が一人で余生を過ごすには十分そうな、コテージという言葉が似つかわしい木造建築。塩の影響か、海側に近い外壁ほど白くグラデーションがかっている。少女はデッキに上り、サビの浮いたドアノッカーを叩いた。微かな足音がして。

 そしてドアが開く。


「はいはい、また怪我人か何かかしら?」


 ざっくばらんに要件を聞くのは、コテージの中から現れた、ローブの少女だ。ぎこちなくも左手で玄関を開けていた彼女は、ローブの右袖を遊ばせている。

 彼女の声は確かに聞いた覚えのあるものだった。だけれども銀髪の少女は、彼女と話したことがなかったから。つい、しどろもどろに答えてしまう。何より、会えたことこそ嬉しいが、彼女と少女の間には因縁があるのだ。


「えっと、あの。そういうわけじゃなくて」

「……あら、その声?」


 ぴくりと、顔を隠していたフードが揺れ、ローブの彼女が顔をあげる。くすんだ赤毛がのぞき、そして、右目にはまった黒鉄の魔装。

 フィア・ロットが、驚きに目を丸くする。


「あなた、ノイン……?」

「いいえ、その。何と言いますか。私はノインなんですけど、ノインではなくて」


 決まり悪そうに髪を指ですきながら、言葉をまとめる。


「はじめまして、フィア・ロットさん。私はリリィ・シェーファー。ジーン・シェーファーの娘です」


 ◇◆◇


 リリィはフィアに招かれて、コテージの中に入る。入ってすぐのリビングは、木の温かみを感じさせる、飾り気のない調度品で揃えられていた。明かり取りの小窓からの日差し。それに照らされたテーブルには、作りかけの刺繍が置きっぱなし。


「ちょっと、座って待っててくれる? 紅茶でも淹れてくるから」


 フィアは慌てた様子でそれを片付けて、キッチンへと入っていく。すぐに食器の触れ合うかちゃかちゃとした音が聞こえてくる。リリィは言われた通り、テーブルについてフィアを待った。


「フィアさんも、刺繍とかするんですね」

「するわよ。…………下手だけど」

「ふふっ、そんなことないと思いますけど」


 少なくとも、とリリィは先程の刺繍を思い出す。花の刺繍であったが、作りかけの状態でもそれとわかるのだから、下手ということはないはずだった。

 やがて、トレイに二つのティーカップとシュガーポットを乗せたフィアが戻ってくる。もうフードは外していて、右目の魔装に古ぼけたクリスタルチャームが揺れている。リリィはティーカップを受け取り、フィアも彼女の向かいに腰を下ろす。


「砂糖、いくつ?」

「いくつ……?」

「あぁいや、なんでもないわ」


 フィアはシュガーポットに手を伸ばすと、角砂糖を二つ、三つ、四つと落としていく。


「フィアさんって、そんなに甘いの好きでしたっけ」

「好みが変わったのよ」


 ぽかんとするリリィを無視するように、フィアはスプーンで紅茶をざりざりとかき回した。見ているだけで胸焼けしたリリィは砂糖を入れなかった。

 そも、フィアの出してくれた紅茶はそうして飲むにはもったいないほどのものだと、リリィには察しがついていた。透き通る豊かな琥珀色は宝石のごとく、民間品ではあり得ないほど香り立つ。リリィはティーカップに両手を添えて、大事にいただく。

 啄むように口に含んで、舌先に広げた途端、紅茶の風味がリリィの中いっぱいに広がる。


「あーっ……! 美味しい」

「――ふふっ。ノインだけどノインじゃないって、そういうこと?」

「えっ? あぁ、えっと、はい。そういうことです」


 リリィが思わずこぼした言葉を捉えて、懐かしむように目尻を下げるフィア。リリィはなんだか面映おもはゆい気持ちになった。

 リリィ・シェーファーは、ジーン・シェーファーの研究の成果として、自我を取り戻した。けれどもそれはノインが消えたというわけではない。リリィは自分の右腕を見下ろす。自分の中のノインが、ワタシもフィアとお久しぶりしたいと主張しているような気がした。

 リリィとしてもそうしてやりたいのは山々だが、なにしろ一度解けば包帯を巻き直すのは一苦労だ。すみませんと呟いて、右肩を撫でる。


「そう。それならよかった」


 フィアも自分の紅茶に口をつけ、ほうと息を吐いた。ノインがあの場所での戦いの後どうなったのか、彼女なりに心配していたのだろう。

 研究に行き詰まり、魔装乙女の軍事研究化にとどめを刺されたジーンはあの時、ノインという失敗作を見限ってもおかしくはなかった。それでも、フィアが教会堂から出ていった後にやってきたジーンは、傷ついたノインを優しく抱き上げてくれた。それまでのジーンとは何かが違っていた。

 きっと、目の前の彼女がジーンに何か話したから、今の自分があるのだとリリィは確信する。ノインは、フィアを殺そうとしていたはずなのに。


「ありがとうございます」

「何よ急に。めんどくさい」


 リリィはお礼を言うのだが、フィアはまるで自分は何もしていませんとでも言いたげに、わざわざ左手に持ったティーカップを置いて手を振った。わかりやすい照れ隠し。リリィの中のノインが感じる懐かしさが伝播して、彼女は口元を綻ばせる。

 そして、二人は他愛もない話をした。


 フィアがどうやって暮らしているのか。

 この家自体、ギルが提供してくれていて、この紅茶とか、クローゼットにいっぱいの衣装とか、気が向いた時に持ってくるのだと。


「それで、フィアさんはなんでギルバートさんのこと、ギルって呼ぶようになったんですか?」

「あなたが期待してるようなことなんて何もないわよ? ただ、いつも突飛なことばっかするから、あんなのギルバートじゃなくてギルで十分ってだけよ」


 早口に捲し立てるフィアを、リリィは頰に手を添えて眺めたり。


 リリィがどうやって暮らしてきたのか。

 ジーンは魔装乙女の墓所を焼き払ったのち、ノインの回復を待ってデミオンから姿をくらました。そうしなければ、ノインが前線に出されていた。

 研究に全てを捧げていた分、貯蓄だけは充分にあったので、方々に金を回すことである程度の余裕をもって生活できたていた。だからこそ、ジーンはノインに記憶を取り戻させる研究ができた。


「お父さんは正直に、ノインに研究の目的を打ち明けました。ノインは私が、リリィが戻ってくるのを受け入れてくれました」

「まぁ、そうでしょうね。マスターのためなら死ねるって子だったから」


 そして、ノインは徐々に薄れていった。ジーンに抱きつくことが減り、口調は大人びて、今のリリィになった。ジーンはリリィがリリィを名乗った時、静かに涙を流した。


「それで?」

「それで……」

「私でも知ってるわ。指名手配されていたジーン・シェーファーがこの前捕まったことなんて」

「……っ」

「だから、ここに来たんでしょ」


 リリィはフィアの言葉に静かに頷いた。

 リリィが人格を取り戻し、幸せな潜伏生活を営んでいた最中、ジーンは突然、リリィの前から姿を消してしまったのだ。一人で生きていくには十分な金銭と、書き置きを残して。


「リリィは幸せになりなさいと、そう書いてありました。それだけしか書いてなくて、どうしようと思っていたらすぐ、お父さんが捕まったという噂がやってきて」

「それは、混乱したでしょうね」

「そうです。私、意味がわからなくて。どうしたらいいかわからなくて」

「それで、ここに来たの?」

「……はい、そうです」


 再びフィアの言葉に頷く。


「フィアさんなら、答えを持ってるんじゃないかと、そう思いました」


 リリィは真っ直ぐにフィアを見つめた。

 目をつむって、紅茶を啜る彼女。自分の妹を救けるそのためだけに、勝てるはずもないノインに戦いを挑んだ彼女。妹のことなんて全て忘れて、それでも妹を救けた彼女なら。

 リリィの、ノインの記憶には、彼女の魔装の奥にあった紫紺の輝きが焼き付いている。魔物殺しの女神にも似た、妖しい光。

 フィアがことりと、紅茶のカップを置く。遊ばせていたローブの右袖に腕を通し、机の上に乗せる。


「私のこの力を当てにしに来た、そういうわけじゃないのね?」


 その腕は、元の少女の細腕ではなく、竜鱗に覆われた獣の腕だ。下手な嘘をつけば見破られてしまいそうだと、リリィはフィアの細まった瞳を見て思う。


「違います。私はただ、道の選び方を教わりに来ただけです」

「そうよね。ノインではないけど、ノインでもあるんだものね」


 フィアの表情がふっと緩まる。

 彼女は窓の外を見やった。つられて、リリィも窓を見やる。春の青空を映す窓は、よく見ると潮風に白ぼけていた。


「私はね。もう少ししたら旅に出る。魔装乙女を全員、私の手で眠らせてあげなきゃいけないから」

「それは――」

「罪を償いたい。私がそうしたいと叫んでいるから、私はそうするだけ。結局は、人生そんなもんでしょ」


 簡単に言うけれど。魔装乙女はこの五年で急速に増産されてしまった。これからも増え続ける。フィアは、終わりのない戦いに身を投じようとしているのだ。

 だのに、彼女には悲観している様子もなければ、自分に酔っている風もない。やり遂げるという決意だけが静かにそこにある。

 フィアは、おもむろに魔装のクリスタルチャームに触れた。そのアクセサリーの持つ意味は、リリィにだってわかる。


「まずは、自分を見つめ直してみたらいいわ。しばらくここにいていいから」

「……いいんでしょうか、それで」

「いいのよ。ジーンだって、すぐに処刑されるわけじゃないって、ギルが言ってたし」


 よっこいしょと手をついて、フィアが立ち上がる。彼女は俯いたリリィのそばまで歩いてきて、手を取った。そのまま強引に引き上げ、立ち上がらせる。


「ほら、少し歩きましょ。頭ばっかり使いすぎなのよ、ノインのくせに」

「いや、私はノインですけど、リリィなので……!」

「そういうとこを言ってるのよ」


 ごちゃごちゃうるさいわね。そうため息をついて、フィアはずんずんと歩いていく。リリィは手を引かれるままに歩いていく。


「まずはご飯でも食べて、落ち着きましょ」


 フィアが竜の右腕で玄関を開く。ちょうど通り過ぎた真っ白な海鳥が、甲高い鳴き声を残していって。


「もうすぐ、妹も海から戻ってくる頃だから」

ここまで読んでいただき、ありがとうございます!

魔装乙女の物語は一旦ここでおしまいです。なんか続きそうな感出してますが、一旦ここでおしまい。後書きやストーリーに載せられなかったシーンの掌編とかは、更新するかもしれませんが。

とりあえず、感想とかレビューとかいただけますと、励みになります。よろしくお願いします↜[(⃔っ ॑꒳ ॑c)⃕]

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― 新着の感想 ―
[良い点] 後半の盛り上がり、フィアの成長が熱い [気になる点] 序盤の引き込みが薄い。 [一言] 面白かったです! 少しづつ読むつもりがつい一気読みしてしまいました。 独自設定や用語がかっこよくて、…
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