滞在と冒険者と御指導
村に滞在して七日目。俺は村からほど近い森の入り口付近で薬草採取に励んでいた。
「もー!」
「お、モーちゃんサンキュー♪」
茂みの薬草を見つけたモーちゃんの声に歩み寄って薬草を引っこ抜く。
冒険者ギルドで受けた薬草採取の依頼はこれで完了だ。
モーちゃんのお陰で驚くほど順調だった。
幻獣というのは特殊な能力を秘めており、ハーブオックスも例外ではない。個体毎にやや違いがあるものの、ハーブオックスは薬草を見つける能力とその体毛に魔力を貯めて薬草を芽吹かせる事ができるらしい。
モーちゃんはまだ子供だから芽吹かせる方はそんなに量は期待できないけど品質はとても良いようだ。依頼主の薬師さんは凄く喜んでくれる。
「帰ろっか、モーちゃん」
「もー♪」
帰れば美味しい夕御飯の時間だ。モーちゃんもそれが分かっているのか、声が明るい気がする。うんうん。
「先に薬師さんに薬草を届けて、ギルドに報告をしなきゃな」
俺は立ち上がるとモーちゃんを連れて村を目指した。
ミリエル達と出会った時も薬草採取に来ていたみたいだけど、今いる場所はそことは反対側だ。
こっちの方が近いし、あんな森の奥に入る必要なかったんじゃないかと思うのだが、彼女らは一応新米ではない冒険者らしく、遠慮して森の奥へ行ったのだとか。危険だが、森の奥の方が品質のいい薬草を取れるんだと。
どちらにしろ、俺達が出会った森ははぐれオークが出た影響で立ち入りが制限されている。ギルドの緊急依頼として森の調査が進められているのだ。
「ただいま。お疲れ様です」
「ん。通れ」
門番の人に挨拶して村の中に入れてもらう。
この村、オルセン村は村としては大きめで手入れが行き届いていた。村の割に防衛設備がしっかりしていて、土地も豊かで賑わいもある。村というより街に近そうだけどね。どうも交通の中継地にあるらしく、利用する冒険者が多いのだそうだ。
因みに、村の名前であるオルセンってリリスを封じた魔法使いと同じらしい。
その魔法使いがリリスの封印を見守る為に起こした村なんじゃないかな。そんな風に言うとリリスは凄く嫌そうな顔をしてたけど。
「さて……」
俺は薬草を依頼主の薬師さんに渡して依頼達成の印を貰い、ギルドに報告した。少ないながらも報酬を受け取り、世話になっている村長の家へと帰る。
時折すれ違う若い男達から殺視線が飛んでくるが、無視だ。どうも俺が村長の家に厄介になっているのが気に入らないらしい。
ミリエルとナディア、二人と一つ屋根の下で暮らしてるって事だからね。分からんでもない。二人ともかわいいし。
まぁ、かわいいからと言って何かあるわけでもないんだが。
俺の目的はあくまで現実世界に帰ること。その為には力をつけなければならない訳で。
「帰ったか? 食事を済ませたらさっさと準備せぃ」
村長の家に帰るなり、リリスが腰に手を当てて俺を食卓へ促した。
アイツ、寝癖で長い髪ハネてんじゃねーか! 俺が依頼こなしてる間、寝てやがったな……
「ふふっ」
眉をしかめて席につく俺にナディアが笑顔で料理を並べてくれた。
「冷めないうちにどうぞ」
「いただきます」
ペコリと頭を下げた俺は野菜たっぷりのスープに口をつけた。美味い。
どうもリリスは村に来てから村長宅で寝ている時間が多い。
魔王なのだから表に出ていらぬ騒ぎを起こさないようにしているのかもしれないが。それにしたって寝過ぎだ。
逆に俺はというと昼も夜も働き詰めである。
「今日もダンジョンに入るんですか?」
モーちゃんにも食事を用意してくれたナディアが立ち上がって俺に尋ねてくる。
俺は口の中の食べ物を頬張ったまま首肯した。
本来、ダンジョンというのは下位の依頼をこなし、認められてランクアップした冒険者しか入ることが出来ない。
さっきやっていた薬草採集がそれだ。ちゃんと依頼をこなせるか、確かめているのだそうだ。
だが、魔族の、それも魔王のリリスがその辺のルールを受け入れたと言えば答えはノーで、彼女は村長に無理を言って俺の入場を村長の推薦という形で無理やり取り付けた。
それでは俺が申し訳ないので、昼は普通に冒険者として依頼をこなし、夜の人が少ない時間を見計らってダンジョンに入らせてもらっている。
後々もダンジョンにはお世話になるし、リリスは夜型らしいので特に文句は出なかった。
「ごちそうさまでした。美味しかったです」
食べ終えた俺が食器を下げるとそれを受け取ったナディアが笑みをこぼした。
少し引っ込み思案でミリエルの影に隠れるような所があるが、こうして笑みを浮かべているところは正直かわいい。村の男たちの殺視線もわかる気がする。
「さて、準備して来ないと……」
あまり長く待たせるとリリスの機嫌が悪くなってしまう。
「気をつけてな」
「はい」
見送ってくれる村長に笑顔で答えた俺は使わせてもらっている部屋へダンジョン用の装備を取りに戻った。
「遅いわ、バカモノ!」
ダンジョン前まで赴くと先に来ていたリリスに怒鳴られた。
腰に手を当ててプンプンしている。胸も張っているが、当然見るべき膨らみはない。
「今日も足腰立たなくなるまでシゴイてやる! 覚悟はいいか!」
これはアレだ。一種のブートキャンプだ。リリスザブートキャンプ。
どこで知ったのか知らないけど、リリスはノリノリだ。
「返事はどうした!」
「へーい」
「なんじゃそのフニャけた声はっ! キサマの股間とおんなじかっ!? そんなんで立派にイケると思うなよっ!」
ノリ過ぎだ。人に聞かれたらどうすんだよ。いないけど。
ダンジョン探索というのは時間がかかる。人気のダンジョンならいざ知らず、初級ダンジョンをわざわざ夜に攻略しようという冒険者はいない。
と、いうわけで、今このダンジョンの前でスタンバっているのは俺とリリスだけだ。
「しっかりと腰を入れるのじゃ! キサマの魂で天を突け!」
幼女がなんてことを言ってんだ。ホント、人がいなくて良かったよ。
そんな事を考えつつ、素振りをこなしていく。
リリスは本来、魔法を多用するタイプらしいのだが教えは的確だった。ド素人の俺が初級とはいえダンジョンの魔物と渡り合えているのだから間違いないだろう。
とはいえ、今の実力では難関なダンジョンの攻略などとても無理で、入った瞬間殺されるらしい。死なないけど。
より難関なダンジョンに潜るには自分のレベルにあったダンジョンに潜り、実力をつけなければならないのだ。
そんなわけで俺は今後必要になるであろうスキルスクロールを得るべく繰り返しこの初級ダンジョンの攻略に励んでいる。初級冒険者の通る道だな。
ただ、俺は他の冒険者と違って死なない。リリスに言わせるところ、最低限のリスクマネージメントでダンジョンに特攻できるのだ。
あれこれ考えているとリリスの振った木剣が思いっきり頭に直撃した。
「いっ……!?」
「トーゴ! 貴様が痛いのは嫌というから特訓してやっておるのだぞ! 集中せんかっ!」
頭を抱えてうずくまる俺にリリスが剣先を突きつける。
その顔は声とは裏腹に少し緩んでいた。楽しそうに。
「ほーれほれ、ここかぁここがええのんかぁ?」
「うわ、バカやめろ!」
好き放題つつき回してくるエリスに耐えかねて、俺は慌てて距離を取った。
「元気になったのならとっととダンジョンを一周して来るのじゃ」
「……ったく」
俺はため息をつくとショートソードとラウンドシールドを装備し直し、ぽっかり口を開けた洞窟へと入っていった。




