村と鑑定と恩人
「こっちですよ」
前を行くミリエルが振り返って手招きをする。
先程の川原から少し森の中を進むと道があり、これが村へと続いているらしい。今は森を抜け、平原が広がっている。見つけた時には小さく見えた村の影が近付いた事で大分その姿がハッキリしてきた。
前を歩く二人も森の中では気を張り詰めて言葉少なだったけどね。今は笑顔が眩しい。最初は嫌われたのかと思ったが、森だといつ魔物が襲ってくるか分からないから緊張してたらしい。良かった。
村は木の塀に囲われており、ミリエルとナディアが門番の男に取り次いで村の中へと入れてもらった。門番の男の人、顔を真っ青にして飛ぶように走っていったけど大丈夫かな?
村の中へ入ると、ミリエルとナディアは何故か俺の背後に回った。
「えっ? なに!?」
慌てる俺の横でリリスがため息をつく。
「ただでさえ、よそ者は目立つのに……破けた服では恥ずかしいじゃろうが……」
ああ、なるほど。あまり見られないように俺の背中に隠れたのね。でも、逆効果じゃね? なんか視線が集中してるよ? 主に男の睨みつけるような視線が。あ、ターゲット俺か。視線だけで殺されそうだと思ったのは初めてだ。
「おかえり、二人とも……怪我はないか?」
村の中を進んで行くとローブを着たお爺さんが出迎えてくれた。
「長老様、ただいま戻りました」
「ただいま、お爺ちゃん」
俺の背後から顔を出してミリエルとナディアが帰還の挨拶をする。ナディア、お爺ちゃんって、長老の孫なのか。
二人の様子がおかしかったのか、お爺さんはあごひげを撫でながら笑みを浮かべた。
「無事ならば、よし……して、そちらの方々はお客人かな?」
「うん。危ない所を助けてもらったの」
「そうか、そうか」
お爺さんがナディアの言葉に頷いて、俺とリリスを交互に見た。
「この度は我が孫たちを助けて下さいまして、誠にありがとうございます。大したおもてなしもできませんが、どうかごゆっくりなさって下さい」
「あ、ありがとうございます」
なんというか、品のいいお爺さんだ。つい、返事がどもってしまった。
「苦しゅうない」
リリスは相変わらずだな。問題起こす気はないが、態度は変えんらしい。
「お前たちは先に着替えて来なさい。この方たちの案内は儂がしておこう」
「「はい」」
長老の言葉にミリエルとナディアが返事をする。そのまま、全員その場に止まってしまった。
「…………?」
「ったく。気の利かんやつじゃな」
「あ、ああ」
リリスに言われて俺もやっと気付く。要するに俺は盾なのだ。タンクだ。
「ごめんなさい、トーゴさん……」
「すぐそこですから……」
「いや、いいよ。大丈夫」
申し訳なさそうに声をかけてくる二人に俺は快く返事をした。二人の際どい格好を視界に収められなくて悔しいとか微塵も思ってないぞ。二人は腕で前を隠しながらピッタリくっついてきてるからな。背中越しに体温を感じて、これはこれでなかなか……。
「鼻の下、伸びとるぞ?」
「そ、そんな事ある筈ないじゃないか……」
リリス、そういう周りの殺視線を倍増するようなセリフ、いちいち言わなくていいんだよ。
「なんと、はぐれオークが……」
長老さんのご自宅に招かれた俺とリリスは着替えてきたミリエルとナディアを交えて森であった事を報告した。
モーちゃんは俺と契約した幻獣として俺の体の中に留まる事ができるらしい。なんとなく体の中にモーちゃんを感じる気がする。不思議。
それから、血で汚れた俺の服は処分した。代わりに長老さんが用意してくれた服を着ている。リリスが注文をつけたため、村人というよりかは冒険者って感じだ。悪くない。
「はぐれオーク、ってそんなに危険視されてるのか?」
その性質を聞いてみれば、警戒する理由も分かる。オークというのは狙って人を襲ってくるのだ。しかし、それだけではないらしい。
「火のないところに煙は立たぬ、ということじゃな」
「さよう。オークは単体では存在しません。近くに奴らの集落がある可能性は高いのです。しかし……」
リリスの後を継いで説明してくれた村長さんが不思議そうな顔をした。
「こんな常識、誰もが知っている事ですが……トーゴ殿はいったい……」
「え、えーっと……」
いきなりボロが出た。
リリスには俺が召喚された異世界人だという事は伏せておけ、と村に着く道中に言われたばかりなのに。
助けを求めてリリスに視線を向けるとリリスは半眼で呆れたようにこちらを見上げていた。すんません。
「……トーゴは妾が召喚した異世界人じゃ」
「そうでしたか……」
リリスの説明に村長さんが納得したように唸った。ミリエルたちの時といい、この世界では異世界から召喚されて人がくるっていうのは当たり前なんだな。
「と、いう事はトーゴ殿は勇者ということですか?」
観察するような視線を向けてくる村長さんをリリスがやんわりと手で制した。
「残念ながら、トーゴは勇者ではない」
その下りでミリエルとナディアがクスリと笑う。先程のリリスの名乗りを思い出しているのだろう。そしてリリスは気にした風もなく名乗る。
「妾はリリス・ダークウォーカー……元魔王じゃ」
「…………っ!」
長老の顔が一瞬強張った。が、肩の力を抜くように長く息をついた。
「そう……ですか……」
あれ? お爺さん、信じたぞ?
隣のミリエルとナディアも驚いているみたいだ。二人して顔を見合わせている。
「ダークウォーカーは容姿を自在に操る魔族の女王だったと聞きます。今のお姿も納得がいくというもの」
「疑わんのじゃな」
リリスがちらりとミリエルたちを見た。二人はまだ狐に摘まれたような顔をしている。
「こう見えて、鑑定のスキル持ちなのですよ。それなりに多くのモノを見てきたつもりです」
「ほう……いつの間にか探られておったということか。弱っているとはいえ妾に感じさせぬとは、なかなかの使い手であったのだろうな」
え? どういう事?
リリスは椅子に深く座り直して手と足を組んだ。
「最初の目通りで妾が魔族だと気付いておったのじゃ」
「なのに歓迎してくれたんですか?」
素直に質問をぶつけると長老さんは笑みを浮かべた。
「当然じゃよ、孫たちの恩人なのじゃから」
長老さんはどうも俺達のことを歓迎してくれるみたいだ。
まぁ、俺も悪さを働こうとは思ってないけどさ。魔族ってやっぱり人間の敵だろうし、疎まれる存在なんじゃないのか? リリスは受け入れてもらえるのだろうか?
リリスが追い出されるなら俺も出ていくけどね。リリスは魔族でも悪じゃない。
「なに、案ずることはない。しばらくはゆっくりと滞在なされませ」
俺の心配をよそに、長老さんは俺たちを快く歓迎してくれた。とりあえず、しばらくは用意された部屋を使っていいとの事。行くあてもないから有り難い事この上ない。
こうして俺たちは村長の客人として村に滞在する事になった。




