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俺と美少女と異世界の森

「んぅ……」


 顔に当たる日の光を感じて俺は薄っすらと目を開けた。

 いったい、どうなったんだ……

 眩しさを避けるように手の甲で目を覆う。それと同時にまだはっきりしない頭でボンヤリと考えた。

 背中に感じるのはいつものベッドじゃない。土と草の感触だ。

 それどころか薄目を開けて見上げるのは晴れ渡る空だ。天井どころか雲一つない。木々が周りを覆っているところを見るとどうやら森らしい。


(夢じゃなかったのか……)


 記憶はある。魔法陣の光に包まれた記憶だ。そして現状。


(俺をここに召喚した奴がいる筈だな……)


 あのゲームのキャラクターだと思っていた少女。独りは嫌だと泣いた少女だ。ここに居なければ説明がつかない。もしくは、俺がまんまと少女の演技に騙されたか。


 どちらにしても、このままここでいつまでも寝ているわけにはいかない。おそらく、ここは異世界で森の中だ。信じたくはないが。

 んで、異世界の森っていうのは大抵強そうなモンスターがウヨウヨしているのが定番だ。小説の知識を鵜呑みにすれば、だが。

 現実を受け入れられずに頭から噛じられてジ・エンドっていうのはゴメンだ。今は正しい状況をいち早く理解する事が大切だ。

 それが異世界で重要な事だ。小説で読んだよ。

 よし、体を起こそう。


「ん……?」


 なんか、上に乗ってる。布団よりも重い。

 そもそも、ここは外だ。布団はおかしい。そして柔らかくて暖かい。いいニオイもする。

 不自然な重みを首だけ起こして確認した。


「ん……」


 見知らぬ少女が自分の体の上にしがみついて寝ていた。

 こちらに向けられた顔はあどけなく安らいでいて、その頬に涙の跡があった。長い金髪で細身の、驚く程の美少女だ。

 そんな女の子が俺にしがみついて寝ていた。

 起こすのが躊躇われるくらい、絵になるその姿だがいつまでも見惚けているわけにもいかない。


「おい、ちょっと……」

「んぅ……?」

「起きてくれ」

「……はっ!? 敵か!?」


 慌てて飛び起きた少女がキョロキョロと辺りを見回す。その様子に害意はないと悟って、俺は自然と笑みを溢した。

 言葉はどうやら通じそうだ。少なくとも俺はこの娘の言葉が理解できる。そこは安心できそうで少なからず安堵した。

 少女が気付いて、俺の顔を見下ろす。

 切れ長の赤い瞳が俺の顔をマジマジと見つめ、ふいに微笑んだ。

 極上の笑みに得した気分を覚えながらも、聞かなきゃならない事を口にする。


「状況が飲み込めない。説明してもらえるか?」




 近くの木陰に移動した俺達は向かい合うように腰を下ろした。


「まずは自己紹介をしよう。俺の名前は藤沢柊吾」

「フジサワトーゴ?」


 うーん。目の前の少女は見た目が洋風だ。って事は、やっぱり名前も氏名が逆なのだろうか。言ってることは理解してくれてるようだけど。


「柊吾が名前だ。藤沢は名字だな。ファミリーネーム?」

「では、トーゴでよいな」

「ああ、それでいい」


 すんなり理解してくれたみたいだな。お返しに少女が名を名乗り返してきた。


「妾の名前はリリスじゃ。リリス・ダークウォーカー。魔王じゃ」


 ぶふっ! なんか最後に変な単語がついたな!


「ま、魔王……?」

「そうじゃ」


 自慢気に胸を張ってドヤ顔を見せる少女。だが、残念な事に張るほどの胸はない。

 改めてリリスと名乗った少女を見る。

 金髪のロングヘアーと切れ長の紅い目。肩出しヘソ出しの黒いチューブトップに同色のショートパンツ。肌は白く締まるところは締まってはいるが、出るべき所は平坦で幼さは隠し切れない。

 そのかわいらしい容姿からの魔王的要素は皆無だ。


「リリス様と呼んでもよいぞ」


 なおもドヤ顔を崩さない少女を見上げる俺の顔は、おそらくとても残念がっている。

 喋り方といい声といい、ゲームでやり取りした少女で間違いないと思う。美少女もあながち間違っちゃいない。

 だが。だが、しかし。

 予想通りの十年後だ。十年後にお会いしましょう、だ。


「あー……えーっと、なんだ……リリス」


 様付けしなかった俺にリリスは頬を膨らませて見下ろしてきた。確かにかわいい。


「君が、いいえ押しまくって俺が泣かしちゃった女の子で間違いないのか?」

「もうちょっと気の利いた聞き方はなかったのか?」


 眉根を寄せた少女が口を尖らせ、それから呆れたように嘆息した。


「まぁ、よい……みっともない醜態を晒してしまったのぉ……」

「あ、いや……」


 ポリポリと頭を掻く。あの慟哭は本心だ。そう信じよう。

 リリスはポツポツと話し始めた。


「千年前、妾は下僕を率いてこの辺りを根城にしておった。幾度となく妾に向けて刺客が送られ、その度に返り討ちにした……」


 この場合、刺客ってのは勇者様御一行みたいなもんだろうな。リリスに聞くと大した力のない者もいれば、それなりの使い手もいたらしい。その実力がどれほどの者か、俺には分からないが。


「やがて妾にも敗れる時が来た。当時、【時の大賢者】と呼ばれた稀代の魔法使い……そやつの手によって、妾は時の牢獄に囚われた。全ての力を失い、成す術もないまま、千年間閉じ込められたのじゃ……」


 リリスが自分の体を抱くように身を縮こませる。音も光も無い、動く事もできずに意識だけがある世界なんだそうだ。

 すげぇな……俺だったら間違いなく発狂してる。

 それに、千年閉じ込める魔法ってなんだよ。

 普通、異世界転移で魔法とか聞いたらテンション上がらね?

 初めて聞いた魔法がおっかな過ぎてテンション上がらんわ。


「……で、どうやって脱出したんだ?」

「魔法が一番弱まった所でお主を召喚して、その力を利用して抜け出した」


 リリスが俺に視線を向ける。その顔色は少し青ざめていた。


「五百年過ぎた頃、魔力に微細な波がある事に気付いた。それが百年周期で一番弱まって、年を追うごとに弱まっておったのじゃ」


 あれ……?


「それって、そのまま放っとけばその魔法から抜け出せたんじゃね?」


 俺の召喚、要らなくね?

 そんな素朴な疑問にリリスは力無く首を横に振った。


「まさか……あのクソジジィがそんな単純な魔法を使うものか……」


 リリスが言うには魔法は力を弱めていたが、しっかりと形を成していたのだそうだ。効力を失って消滅しそうな魔法というのは普通は形が崩れていくらしい。なんのこっちゃ。


「あのまま何もせずにいたら、ここ数百年でセーブしていた魔力を使って時の牢獄を再構築していたに違いない」


 まさに無限トラップだな。こわっ。


「だから妾は牢獄の魔力が弱まった時を見計らって異世界召喚に賭けたのじゃ」

「異世界……」


 ここからの異世界。つまり地球、ということなのだろうか。


「異世界召喚は色々な制約が付いて回るが、妾はそのルールを逆手にとって時の牢獄を抜け出したのじゃ」

「……どうやって?」

「簡単に言ってしまうと、異世界召喚を行った者はその場に立ち合わねばならない、じゃな。時の牢獄におっては召喚しても主の側に立ち合えぬ。召喚された者は召喚の加護により既存の魔法の効果は受け付けぬ。自然と魔法の効果範囲外に召喚されるのじゃ。どちらの立ち位置が尊重されるかは自明の理、というやつじゃな」

「……なるほど」


 ちょっと分からんが。

 要するにリリスは俺の傍に自分も移動させられると予測して異世界召喚を行使したって事か。


「……まぁ、多少の誤算はあったがのぅ」


 誤算というのは召喚された俺が気を失っていた事。普通は気を失ってないんだそうだ。


「なけなしの魔力で結界を張って朝を待ったというわけじゃ」

「で、力を使い果たして俺の上で寝ていたと……」

「しょ、しょうがないではないか! 召喚で魔力を使い過ぎたのじゃ……そ、それに……千年ぶりに他人の温もりを……ごにょごにょ」


 尻窄みに声を小さくしたリリスは指先を合わせてモジモジし始めた。

 なにこのかわいい生物。魔王とか言っても信じられないわ。

 しかし、俺にも問題がある。まさかホントに異世界の冒険に旅立つとは思ってなかったわけで。てか、この世界、ゲームの中とかじゃないよな?

 その事をリリスに聞くとあっさり否定された。あんな形になったのはリリスに召喚するだけの十分な魔力がなかったからだそうだ。


「しかし、不味ったなぁ……」

「なにがじゃ?」

「ホントに異世界来ると思ってなかったからなぁ……」

「それは……すまぬ……」


 申し訳なさそうに俯くリリス。くそ、このプリティ大魔王め。良心の呵責が激し過ぎるわ。


「俺、妹と二人暮らしだったんだよ。なんとか家に戻れねぇか?」


 兄が急にいなくなったら何も知らない妹が心配する。まぁ、兄らしい事、大してしてませんが。兄よりも妹の方がしっかりしている兄妹ですが。それでも、ね。


「そ、それは……」


 まぁ、普通はないわな。


「……あるにはあるんじゃが」


 あるんかい。

 だが、リリスはまたモジモジし始めた。


「その……帰ってしまうのか?」


 あー……。なるほど。そう来たか。

 折角出来た繋がりがいきなり絶たれようとしている。人恋しく、助けを求めたリリスには、そりゃ酷だろう。


「行って、すぐ戻ってくるとかは……?」

「分からん……そもそも、簡単には帰れんのじゃ……」

「そっか……」


 お互い沈黙してしまう。

 だが、すぐに帰れないんじゃなぁ……。


「一応、この後どうするかも決めなきゃなんないしさ。話してくれないか?」

「うむ。そうじゃな……」


 リリスは頷いて話し始めた。


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