リリスの罠
ミリエルとナディアは最近大きな街にある学校を卒業した。
冒険者としての成績はそれほど良くはなかったらしいが、その学校に通えるのは一部の者だけで通えるだけでも凄いことらしい。
優秀なら二人で行けるんじゃないかと思ったのだが、二人には色々問題があった。
まず始めに二人とも後衛職であった事。ミリエルは魔法使い。ナディアは弓を得意にしている。二人でダンジョンへ入るには心許ない。
じゃあ前衛と組めばいいのだが、同じ学校に通っていた希望者は完全に偏った。名乗り出る男子生徒と敬遠する女子生徒に。
もともと地方出身で知り合いが殆どいなかったミリエルたちは、その容姿から同性の生徒から疎まれる傾向にあった。
男子生徒の猛アタックも手伝って同性の生徒は完全に手を引いてしまったのだ。
「なんで?」
俺が尋ねると二人は答えにくそうにしていた。
隣でリリスが呆れたように嘆息する。
「下心見え見えじゃろうが……」
「あっ……」
ミリエルとナディアが顔を赤らめる。
二人は俺の目から見ても相当かわいい。これを機にお近付きになりたいと思う男がいても不思議ではない。
「でも、それなら女の子だけでパーティを組めばいいんじゃないか?」
「都市部の学校には貴族の庶子もいらっしゃいますから……」
ナディアの言葉でストンと腑に落ちた。
同性の貴族、それも女子生徒から見たらミリエルたちに男子生徒が群がるのは面白くないだろう。
権力者に睨まれれば当然冒険者としても活動しにくくなる。しかも男子生徒の猛アタックに自身も巻き込まれる可能性もある。
他の女子生徒に距離を置かれたとしても不思議ではない。
かと言って下心満々で近付いてくる男とダンジョンに入るなんてとんでもない。
結局、二人は大した成果を挙げられずに卒業。一先ず実家のあるオルセン村へ帰ってきたのだそうだ。
「でも、なんで俺? 俺も男だけど……」
同じように警戒されていてもおかしくはない。
だが、ナディアは首を横に振った。
「トーゴさんはあんな人たちとは違います!」
「そ、そう……?」
あまりの勢いに身の危険を感じる。俺が体を引いた分、ナディアが詰め寄る。
「そうです! トーゴさんは目標に向かって脇目も振らず、頑張っています。それを見ていたら私も頑張らなきゃって、それで……」
「私からもお願いします」
ナディアの横でミリエルが再度頭を下げた。
一生懸命お願いしてくる二人を見ていると、なんとかしてあげたい気持ちが湧き上がる。世話にもなっているし、このままじゃ不憫だしな。
「俺は構わないけど」
俺がそう言うとナディアとミリエルの表情が華やいだ。クッ……かわいい。
誤魔化すように視線をリリスに向けるとリリスは呆れたような視線を向けていた。
「お主はすぐ面倒事に首を突っ込みたがるのぅ……」
「あはは……」
苦笑いを浮かべる俺を見上げてリリスが深々と嘆息する。
「分かっとるのか? お主の目標には遠回りになるんじゃぞ?」
「それは、まぁ……」
俺は死ぬほど怪我を負っても死なない。リリスいわく、無理がきく。だが、二人はそうじゃない。
最小限でよかった安全性への配慮を最大限まで引き上げなければいけない。そうなればクリアできるダンジョンも出来なくなる可能性が出てくる。
「でも、このままじゃ二人が可哀想だろ」
実力的な問題ならともかく貴族の嫉妬とかで道を閉ざされるなんて看過できない。
「甘いのぅ」
リリスは気乗りしない様子でそう呟くと視線をミリエルとナディアに向けた。
なんか、威圧感が増した気がする。対面にいる二人も緊張感からか背筋を伸ばしていた。
リリスが目を細めて怪しい笑みを浮かべる。
「良かろう。お前たちの覚悟が本物か……試してやろう」
そう言うと、リリスはミリエルとナディアを引き連れて村長の家の中へ入っていった。
「ちょっと話がある」
そんなリリスの声が聞こえたのは眠りに落ちた後だった。まだ夜は開けてないのでどれくらい眠っていたかはよく分からない。
最近は夜のダンジョン生活もあるから体内時間も狂ってる。
「トーゴ。お主が困っている者を放っておけないのはよく分かった。じゃが、あまり気を持たせんようにな」
「気を持たせる……?」
「そうじゃ。お主はいずれ元の世界へと帰るのであろう? であればこの世界にいる者とはいずれ別れなければならん。なのに情にほだされて関係を深めてしまえばお互い別れが辛くなるぞ?」
寝惚けた頭にリリスの言葉は難解すぎて、よく分からないままリリスへ視線を向ける。
「リリスの事?」
「違うわ、たわけ!」
思い切りおでこを叩かれた。いたい。
「ミリエルとナディアのことじゃ!」
「ああ……」
なるほど。二人と仲良くなり過ぎると別れが辛くなるという話か。それはまあ、しょうがないっちゃしょうがない。世話になってるんだから、別れは辛い。いつになるか分からないが。
「手を出すなよ?」
「て……?」
まだ眠気で頭がはっきりしない。むぅ。
「女の子を叩いたりしないよ……」
「違うわ! 押し倒すなよ、と言うておる」
押し倒す。なんで? エチチチチ?
「恋仲なんぞになったらそれこそ、お主、元の世界に帰れなくなるぞ?」
「ああ……」
それは確かに。そんな関係になってしまったら俺も帰りづらくなってしまう。
でも、なんで今そんなことを言うんだろう。
「分かっとらんな。二人は下心満々で近付いてくる男どものせいで苦労したのじゃ。それなのにお主とならダンジョンに入っていい、と決心したのじゃぞ?」
「…………?」
よく分からない。
不思議に思っているとリリスが深々と嘆息した。
「ここまで朴念仁か……いいか、よく聞け」
リリスが顔をズイッと近付けてくる。いいニオイがした。
「ミリエルもナディアも貴様に好意を持っておる。特にナディアは」
「………………マジ?」
「マジじゃ」
目が覚めた。それって俺の事、好きってこと?
「だから尚の事、手を出しては不味いのじゃ。お主がその想いに応えると帰るどころではなくなってしまうぞ」
「春……人生の春が……俺にも……」
それが本当なら正直嬉しい。いや、困らないといけないのか。でも嬉しい。
俺の葛藤を知ってか知らずか、リリスが呆れたように目を細める。
「まぁ忠告はしたからの。妾はお主が帰れなくなったとしても困らん」
そうだな。俺の目標は地球に帰ることだ。二人には悪いケド。
「分かった」
「うむ、分かれば良い」
俺の返事に満足したのか、リリスは顔を離した。リリスなりに心配してくれているようだ。
俺もその事をしっかり心に留めておいて、もう一つ気になった事をリリスに尋ねた。
「ところで、リリス……」
「なんじゃ?」
「俺、なんで縛られてるの?」
俺の両手には縄が括り付けられており、ちょうどベッドの両端にバンザイに近い格好で縛りつけられている。見えないが動かないところを考えると足もである。
俺の質問にリリスがニヤリと笑みを浮かべた。なんか悪い事を考えている顔に見える。そのままリリスは扉の方に顔を向けた。
「入ってもよいぞ」
「…………!?」
リリスの声に応えるように扉が開き、入ってきた人物を見て俺は息を呑んだ。
そこに立っていたのは寝間着姿のミリエルとナディアであった。普段は人の前に出る格好ではない為か二人の頬は朱に染まっており、どこか所在無さげだ。
「どうじゃ?」
「ど、どう、って……」
意味が分からず震える声で聞き返すとリリスは笑みを一層深くした。
「夜半に寝所を訪れる女を見た感想は、と聞いておる」
俺に意識させるためか、わかり易く、ゆっくりと説明するリリス。
ミリエルとナディアはそのまま室内に入り、俺の両脇に立った。
「ちょっ、まっ……」
俺の心構えを待たぬまま、夜の後半戦が始まろうとしていた。




