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兄と妹と魔法陣

「帰りましたよー、っと」


 俺こと、藤沢柊吾は軽やかな足取りで自宅の玄関に踏み込んだ。楽しみにしていたゲームが手に入り、テンション高めだ。

 玄関で靴を脱ぎつつ、並んだ靴に目を向ける。といっても、うちの両親は海外を飛び回っており、並んだ靴は自分のと妹の物だけ。整頓されてると言うより寂しいだけだな。


 その妹もシャワーを浴びているらしく。閉ざされた脱衣所の向こうからシャワーの音と妹の鼻歌が微かに聞こえていた。


「ただいま!」


 扉越しに少し大きな声で妹に声をかける。妹に不審者と勘違いされないためだな。挨拶は基本だろう。


「おかえりー」


 妹の返事を待って階段を上がる。二階の自室に直行だ。


「さて、っと……」


 いつもの用に制服の上着をベッドに投げ捨て、シャツのボタンを外し、ベッドに腰掛ける。

 取り出したるは予約して買った最新のゲーム。


「ふんふーん♪」


 おっ、鼻歌なんか出ちゃったよ。

 ロムを本体にセットして、っと。

 テンション上がり過ぎだって? ちゃんと理由があんのよ、これが。

 今日の俺はツイてた。なんせ、学園で五本の指に入る美少女のパンチラを拝めたんだからな。男としてテンション上がって当然だ。

 相手は一歳年上で才色兼備の生徒会長、三ノ宮美咲先輩だ。

 小学校からずっと一緒で家も近所。その美咲先輩と校門でばったり会ってさ、そん時だ。風の奴が、風の奴が吹き抜けて行ったのは。


 ふわりと舞い上がるフロントスカート。がっつり顔を覗かせる白いシルク生地とピンクのリボン。清楚だが、色気と可愛さをバランス良く誇示する逆三角形。慌てて抑えた時の恥じらいの表情。視線の合った後に見せた照れ笑い。


 萌えない男がいるだろうか。いや、いない。


 俺はどこにでもいる健全な男子高校生だ。

 この情報溢れた社会にパンチラ一つで燃え上がれる程の健全な男子高校生だ。彼女もいない。

 あと、自分で言うのもアレだが、遅刻魔だ。

 両親が仕事で海外を飛び回っている藤沢家は妹とほぼ二人暮らし。毎夜遅くまでゲーム漬けになれる俺が睡魔と壮絶な戦いを繰り広げるのは必然と言えよう。


 そんな俺はなんて事のない学園生活を満喫し、夜な夜なゲームに没頭する健全な男子高校生なのだ。因みに今日の風呂のオカズは美咲先輩のパンチラだ。間違いない。

 その風呂も今は妹が使っているので、こうして新作ゲームのオープニングだけでもと思った次第だ。


 ゲームのロード画面を眺めながら、買っておいたジュースに手を伸ばす。ペットボトルの蓋を開け、一口飲み込んだ頃にその声は響いてきた。


『聞こえておるか? 選ばれし者よ……』


 かわいらしい少女の声だ。少し偉そうな物言いだな。


『お主は妾に選ばれたのじゃ。共に歩く眷属の雄として……』


 立ち読みしたゲーム雑誌の前評判とちょっと違うような。こんなだったかな、このゲーム……。


『どうだ? 妾と共に異世界を歩いてはくれぬか?』


 タイトルは……間違えてないな。まぁ、オープニングまで詳しく載っていたわけじゃないし、発売前から全部見せてたら興醒めか。

 目の前の画面に表れた選択肢を見て、俺は「ふむ」と一つ胸中で頷いた。


 はい

▷いいえ


 ポチッとな。


『…………』


 部屋は沈黙に包まれた。

 俺はとりあえず、在り来りな選択肢はまずノーから入る。ノーと言える日本人になりたいしな。だからノーだ。

 沈黙はしたが、少女の息遣いは確かに感じる。これはリアルだな。素直に評価するべき点だ。


『……もう一度、聞くぞ?』


 はいはい?


『妾と共に歩んではもらえぬか?』


 はい

▷いいえ


『…………』

「…………」


 また沈黙。単純な誘いには乗らねーな。俺を甘く見ないでもらおうか。俺は、髭面のおっさんがテンプレ的に「お前の島の島民にしてくれ」と言っても飽きるまで断り続けるタイプだ。

 まぁ、テンプレ的に同じセリフを繰り返すようなら不毛なんだけどな。


『……何故じゃ!? 何が気に入らんと言うのじゃ!?』


 お、違うセリフだ。いい声だし、もうちょっと聞いてみたい気がするな。


『こんな美少女が誘いを掛けているというのに……!』


 あちゃあ、自分で美少女言っちゃったよ。

 画面はまだ暗転しているし、俺に声の主の容姿を判断する術はない。

 だが、舐めてもらっては困る。俺もゲーマーの端くれ。

 声を聞けばキャラクターの背格好くらい推測できる。この声の主は間違いなくロリッ娘だ。この声で想定外のボンッキュッボンッであってみろ。製作元に文句言ってやらぁ。


 因みに、俺にそういう趣味はない。今の所は、だが。付き合うなら少なくとも同い年かその前後であって欲しいとは思う。今日の美咲先輩のように。

 まぁ、それ以前に、だ。


「暗転したまま、姿が見えないんじゃあなぁ……」


 思わず独りごちてしまう。ゲームの演出としてはしょうがないのかもしれないが、先を予感させる姿を拝見できれば、また違った感想を抱くのかもしれない。

 そんな風に思っていると声の主が納得したようにため息をついた。


『そうじゃな……すまん。だが、今の妾に思念を送って映像を転写するような能力は使えんのじゃ……』


 ありゃ? 俺の言葉に対して受け答えるようなセリフを言いやがった。

 まぁ、この辺は皆が抱く感想だろうな。要するにこの辺も含め、テンプレなんだろうな。


『なぁ……異世界転移ともなればギフトとして優秀なスキルが授けられる。それでも駄目か?』


 自分の魅力を押し売るのは諦めたのか。だが、異世界転移で優秀なスキルって言うのはやはりテンプレだな。ハズレもあるらしいが。


 はい

▷いいえ


『千年! 千年待ったのじゃ! 独りで! この機が流れたら、また千年! 妾は独りで時に流されなければならぬっ! 頼むっ! この通りじゃ!』


 切羽詰まったような少女の声が室内に響く。おかしいな、ボリューム調整無視してないか? まぁ、妹も風呂だし、誰も文句は言わんだろうけど。


 はい

▷いいえ


『うっ……ひっく……もう独りは嫌なのじゃ……頼む……妾にはもう、お主しか頼る者がおらんのじゃ……』


 泣いちゃったよ。ズルいな、このゲーム。流石に女の子泣かせると罪悪感が湧いてくる。俺には寂しくて泣く女の子を虐めて悦に浸れるような性癖はない。……むぅ。まぁ、いいか。


▷はい

 いいえ


『共に歩んでくれれば妾を好きにしても良いから………………えっ?』


 あっぶね! そのセリフ聞いてからイエス押したら、俺はどんな誹りを受けてたんだ! いや、別に見てる人居らんけども。


『よ、よいのか……異世界に転移してしまうのじゃぞ!?』


「そっちがお願いしたんじゃないか。今更、そんな事聞き返すなよ……」


 嘆息混じりに呟くと少女が首肯するような気配が伝わってくる。なんつーか、すげぇなこのゲーム。伝わってくる空気が半端ない。


『そ、そうじゃな……妾は何を言っておるのじゃろうな……』

「ほら、さっさと冒険の旅に出ようぜ。一緒に行ってやるからさ」


 なんつってな。ゲームの女の子に語りかけてりゃ、そりゃな、彼女なんかできるわけねーか。我ながら笑っちゃうよ。

 だが、ゲームの少女は俺の自嘲も気にせず、努めて明るい声で言い放った。


『征こう、共に! まだ見ぬ冒険の世界へ!!』


 お……う?

 胸中で応えようとした俺の周りを見た事もない光の文字が取り囲む。なんていうか、これ……。アニメで見た事ある物に似ている。


「魔法陣!?」

『そうじゃ! 異世界へ転移する魔法陣じゃ!』

「えっ!? いや、ちょ、まっ――」


 俺は慌てながら胸中のどこかで気がついた。このゲームのキャラクターと思っていた少女は明らかに俺と会話している。


 う あ あ ぁ … …


 魔法陣の光が視界いっぱいに広がると同時に、俺は意識を手放した。




▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽



「お兄ぃ、お兄ぃってば! ねぇ!」


 ドアの前で、絶対聴こえている筈の声量で、兄の部屋の中へ声をかける。が、反応がない。


「もう。まーた、ゲームですか……」


 兄がヘッドセットをつけてゲームをしてるなんてしょっちゅうだ。兄曰く、臨場感が違うんだとか。私からしたらナニソレ、って話である。


「お兄ぃ、入るよ! お風呂上がったから、交代で入っ……」


 ノックをして、再度声をかけながら、兄の部屋へ足を踏み入れた私は声を失った。

 部屋には誰もいなかった。点けっぱなしの部屋の電気。脱ぎ捨てられた制服の上着。飲み差しのジュースのペットボトル。点きっぱなしのテレビから流れる何かのゲームのオープニングムービー。


「あれ? お兄ぃ……?」


 私の声は兄の部屋に小さく響いて、ゲームの音楽にかき消された。


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