『Imazinica 1 [憂鬱な魔法少女と黒狼 5]』
──マジカルりりカルが助けた少女達は初心者狩りを楽しんでいた違法プレイヤーであった、人喰いはそんな彼女達に最後の手段として遣わされたブラックプレイヤーであったのだった……。
『──大丈夫ですか、マジカルりりカルさん?』
ヨロヨロと体を起こしていくと人型のイヴが手伝ってくれた、裸と思っていたがピッチリとした体に張り付く白いスーツを着ていたのだ。
「……ありがとう、助けてくれて」
『──いえいえ、サポートをするのが私の仕事ですから。それよりも体のダメージは大丈夫ですか、彼の必殺スキルを諸に喰らってしまったので相当痛い筈です。』
立とうとすると足がふらつき前に倒れそうになってしまう、そんな私を彼女が支えて心配してくれた。
「……あはは、やっぱりだいぶ痛いかも」
『──今日はこれ迄にしておきましょう、ログアウトして体を休めて下さい。』
「うん……そうする、ありがとイヴ」
彼女の姿について色々と聞きたかったがそれ以上にダメージが酷いので休む事になって、少女の姿のイヴからログアウトの仕方を教えて貰い声に出す。
「……ログアウト」
私の視界は真っ暗闇に消えてしまったのだった──。
◆◇◆◇◆
彼女──マジカルりりカルさんがログアウトするのを見届けてから、森の奥の深い闇に紅い瞳を移して"人喰い"が現れるのを待ちます。
『──早く出てきてください人喰い、私は貴方に質問する権利があります。』
出てこない事に痺れを切らし声を掛けると"死の匂い"と共に黒い人影が出てきます、彼はジッパーの様な牙が生えた近未来的なフルフェイスのマスクをして黒く艶やかな光沢のあるコートを着ていました。
──ズボンからはコードの様な尻尾が生えており、生きているかの様にゆらゆらと動いています。
『──何だ、"原種の女"が俺に質問なんてよぉ?』
面倒臭そうに嫌そうに首を横に振りながら近付いてくる人喰いの腹に正拳突きを喰らわせる、彼は意識外からの鋭いダメージに腹を抱えて膝をついてしまいます。
『──どうして、時間外なのに貴方のイベントが行われていたのですか?』
睨み付けるように視線を向けると人喰いは何もなかったかのように立っており、そのまま悩むように横腹に手を当てて考える素振りをします。
『……さぁな、テメェに教える筋合いも義理も無いからなぁ?』
嘲笑うように困ったアメリカ人の真似をしながら声を発する彼、私は再び攻撃のモーションに移ります。
『──貴方が言わないのなら、ロストする直前まで痛め付けます。』
そう脅迫をしても駄々をこねる子供に呆れる親のように肩を竦める人喰い、私の威厳や尊厳などが彼によって音を立てて崩れていくのが分かります。
『──死ねっ。』
『──おぉっと、レベルはそっちが上だが能力を同じだと思うなよ? 俺はシステムスキルを持っているんだから、ただのナビゲーターであるお前が俺に勝てると思うな』
──私の二度目の正拳突きは、意図も容易く受け止められてしまいます。
『──ならば、私の質問に答えてください。時間外行動の理由とその必要性を、そうでなければ貴方を罰しなくてはいけません。』
震える声で言いますと彼は頬の辺りをポリポリ掻いて観念したように両手を挙げます、何故かは分かりませんが人喰いは悲しそうに乾いた笑いを漏らしました。
『──運営からの命令だ、今回は違反対人戦で初心者狩りをしていたヤツ等をロストさせろとの命令だったんだよ。それをお前らが横入りしてきて、犯人を取り逃がしてしまったじゃねぇかよ……しかもお前が初心者を連れてきちまったから、あの三人は彼女を狙うぞ』
それを聞いて私は膝から崩れ落ちていました、震える右手で専用モニターを開くと未読メッセージの中に初心者狩りに対する処罰が紛れていたのです。
『──あ、あぁ、どうすれば!?』
初心者を安全にナビゲートする事が私の仕事なのに、初心者狩りのロストの邪魔をして更に彼女達に初心者を会わせてしまうなんて……。
『──ひ、人喰い。』
『……何だ、何か用があるのか』
意を決して彼の顔を見上げるとマスクの中で嫌らしい笑みを浮かべているのがありありと分かります、こんなヤツに貸しを作るなんて命取りにも程がありますが仕方無いです。
『──私からクエストの依頼です、ホワイトプレイヤー『マジカルりりカル』さんの護衛および初心者狩りのロストをお願い致します。』
頭を思いっきり下げてから顔を上げると人喰いは悩むフリをしていました、ブラックプレイヤーである彼が敵対するホワイトプレイヤーを助ける訳がありませんし優しいとは程遠い存在でした。
──が、それでも私は何とか彼に助けを求めなければなりません。
まだ運営からPvPの情報はプレイヤー達には開示されていないので、その情報を隠しながら違反者を狩る必要がある。
だけどナビゲーターの私には戦闘に介入する権利がありませんし、ステータスもレベルより弱いとしか言いようがありません。
『──お願い致します、今は人喰いにしか頼る事が出来ないのです。その為なら、私の身体データの提示も辞さないつもりであります。』
私の貧相な体のデータを差し出されても彼には意味が無いでしょうが、ナビゲーターでしかない私には報酬として出せる物が無いのです。
『──はぁ全く、普通はブラックプレイヤーがする仕事では無いのだがクエストを受領してやるよ。ちゃんと報酬である『原種の女"イヴ"の身体データ』は完成させとけよ』
その言葉に私は心から笑みが溢れてしまいますがすぐに咎める目付きに変えます、私の貧相な体に興味が無いと思っていましたのに人喰いはエロエロ狼でした。
『──ありがとうございます、流石はロリコン大好きエロエロ狼さんですね。私の小学生低学年のような貧相な体つきに欲情するなんて、殺人趣味に拷問魔、更にロリコン性愛なんて詰め込みすぎですよ。』
飛びっきりの笑顔で彼に対して罵倒の言葉をぶつけて差し上げます、それが私の感情の裏返しだなんて分からないでしょうから。
『……テメェ、人が快く頼みを聞いてやれば調子に乗りやがって。まぁどうでも良い、一応だが運営には報告しておけよな。今回の失態は俺の責任じゃない、完全に通知を見てなかったお前の責任だからな』
──ほらやっぱりでした。
人喰いは疲れたように『……ログアウト』と言って消えてしまいます、私はもう少し楽しくお話しをしたかったのですが仕方がありません。
『──彼ももうすぐ、学園に転入するんですもんね。今がちょうど忙しいのに運営は無理をさせ過ぎです、私にも現実の体がありましたら人喰いのお手伝いをしに行けるのに。早く『デュアルゲート』の開発を終わらせて欲しいです、そうすれば此方から現実世界にログイン出来ますのですから……。』
まだまだ夢物語にしか過ぎない理想を述べながら上空へ浮かび上がります、夜景が綺麗な町中にその周りの魔物が徘徊する戦闘区域のコントラストは美しい。
『──まぁ、人喰いが学園に転入すれば運営のイベントが進みます。彼の復讐と共に、この『Imazinica』が各地に広がる為の足掛かりなのですから。今からでも私はワクワクドキドキです、だから失望させないで下さいね"弟くん"?』
煌めく夜景を眺めながらログアウトしてしまった人喰いに対して、私の口から勝手にその言葉が呟かれていました。
──今は深夜零時頃、人々は眠っている時間。
少女の姿からいつもの白い球体に戻り私専用の部屋に帰ります、無機質な白い壁に包まれた部屋は簡素でベッドしか有りません。
『──お休みなさい、プレイヤーの皆さま……。』
ベッドに横たわり意識の中で目を瞑り、プレイヤーの皆さんに夜の挨拶をしてスリープモードに入りました。
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──人喰いにマジカルりりカルの護衛と違法プレイヤーの処理を依頼する"原初の女"イヴ、だが彼女は一体どういう存在なのであろうか……。