『Imazinica 1 [憂鬱な魔法少女と黒狼 4]』
──遂にもう一つの世界『ディラックワールド』へログインした魔法少女は、何者かに追われる三人組を発見する。彼女達は時間外のイベントプレイヤーに何故か、追われていたのである……。
光が消え去ると目の前には私が住んでいる町と変わらない景色が広がっていた、因みに扉から出てきた場所は高台にある学園の屋上で見晴らしが良い。
「……凄い、本物と変わらないじゃない」
『──それが運営の産み出したこの世界『ディラックワールド』の素晴らしさです、ここでは何もかもが現実と遜色代わり有りません。食べ物も存在していますし、それを頂く事も可能です。まぁ、満腹感は得られても現実の貴女は満腹ではありませんが。』
「……まぁ、それで満腹になったら太るから嫌だけど」
時間的には夜の8時半なので家々からは光が溢れ幻想的な雰囲気で凄く良い、ただし星々が煌めく夜空には満月と三日月が存在していて現実とは違う事がハッキリしていた。
「──で、これから何をすれば良いのかな?」
ディラックワールドに入ったのは良いけど何をすれば良いのか全然分からないままだけど、まだイヴが隣に居てくれてるので彼女に説明して貰う事にする。
『──では、先ずはスポットを設置致しましょう。スポットとはログイン、ログアウト時に出現する事が出来る場所です。設置していれば安全にログイン出来ますし、ログアウト時もそのまま帰宅出来たりします。これも運営が創り出した素晴らしいシステムです、モニターを出してスポットを設置する場所を決めましょう。』
「分かったわ、スポットを決めれば良いのね?」
言われた通りにモニターを目の前に出して地図のマークをタップする、このエリア一帯の地図が表示されその中にはダンジョンと思われるマークや三角に目が付いたマークがあった。
イヴのアドバイスに従ってエリア検索から『安全地帯』を設定し検索を掛けると、少しのロードの後に地図には町には青い表示が行われ町を囲む山々や学園には赤い表示が為されていたのだ。
「……これって」
『──見て分かると思いますが、青い表示は安全地帯で赤い表示は戦闘区域です。因みに戦闘区域の中であったとしても、安全地帯が置かれている場合があります。詳しく安全地帯を検索したい場合は、更に『戦闘区域内安全地帯』と検索をして下さい。』
そのまま更に『戦闘区域内安全地帯』と検索すると赤い表示がされている学園の中に数点青い表示が現れる、それは生徒会室と図書室に何故か学園長室であったのだ。
「まぁ、今は良いかな……?」
私はスポットの設定はせずにログインした場所に出現するよう決定した、不服そうなイヴが言うにはログアウトスポットは現実世界でのログイン場所により自動設定されるらしい。
三つまで自動設定されてログインする事が多い場所がログアウトスポットになり、時間帯によって適切な場所にログアウトさせられるのだ。
「……超科学ね」
『──違います、運営の努力の賜物だと言って下さい。素晴らしいシステムの開発に5年も掛かっているのです、そのお陰で『Imazinica』は産まれました。』
「あぁー、はいはい」
プンスカと周りを飛び回るイヴに対して投げやりに返事をしながら夜景を見た、この煌々とした明かりには人々は居なくて町から少し離れた森や山々や学園には魔物が存在する。
普通に考えたとしても異常で歪でおかしな世界だと思う、このゲームの設定を考えた人間はどう言う思考回路をしているのか不思議に思う。
◆◇◆◇◆
『──おや、何故に時限イベントが行われているのでしょうか? 今は時間外の筈なのですが、不思議ですね。』
「……時限イベントって、何かしら?」
不思議そうにクルクル回るイヴに質問してみると、彼女は学園マップをモニターに出して説明してくれた。
『──時限イベントとは時間限定で行われるイベントの事です、レアアイテムを落とす魔物から短時間限定ですが"装備提案獲得権"をドロップする裏ボスが出現するのもあります。今回のは裏ボス……所謂"ブラックプレイヤー"と呼ばれる対人プレイヤーのイベントが発生し、彼『人喰い』が他のプレイヤー達を襲っています。』
「──それって、ヤバイじゃないのっ!?」
『──えぇ、彼のレベルは80でイベントに参加するには最低50にならないと出来ない筈なのです。ですが、追われているプレイヤー三人のレベルは何れも30以下……このままでは下手したら彼に"ロスト"させられる可能性があります、大変危険です。』
「……ロストって?」
確か、日本語訳するとロストは"消滅"の意味だけどそのまんまの意味だとしたら非常に危険だ。
『──ロストとは"一時的存在消滅"の意味でありまして、レベルが50以上のプレイヤーからのキルもしくはオーバーキルによって三日間プレイ不可能になります。』
「……そんな事って、おかしいでしょ!?」
イヴに詰め寄ると彼女はオロオロしながらも、その理由を分かりやすく説明し始めた。
『──レベル差によるダメージやオーバーキルは、仮の肉体とは言え非常に重たい傷となり回復に時間が掛かってしまいます。その傷を癒す為に最低三日間は必要であります、勿論その間の分の推定経験値が入るようになっています。』
「……でも、それでも折角楽しくなってきたのに遊べないのは悲しいわよ!!」
飛空スキル『飛空のステッキ』を唱えて屋上から飛び降りステッキに跨がる、そのまま『人喰い』から逃げる彼女達の方へ全速力でステッキを翔ばす。
『──どうするつもりですか!?』
「……どうするもこうするも、あの娘達を助けるのよっ!!」
『──えぇーっ!?』
驚くイヴを尻目にステッキをどんどん走らせて彼女達を追う黒い影の真上に辿り着く、もう一つのステッキを丸く円を描き呪文を詠唱する。
「──フレイムボールっ!!」
赤く燃える魔方陣から火の玉が黒い影に向かって放たれる、それは人喰いを呑み込み辺り一体を火の海にしてしまう。
「……いつ見ても、おかしい威力よね」
『──兎に角、彼女達をすぐさま助けてしまいましょう。イベントに参加してしまうと、人喰いが逃げるか安全地帯に入るまでは戦闘は終了しません。』
「──分かったわ」
少し進んで呆然とその場に立ち止まっている三人の元へ降り立つ、彼女達は燃え盛る火の海をただただ見つめていた。
「──大丈夫!?」
三人に話し掛けると真ん中の少女はゆっくりと頷いたが、左右の二人は火の海を見たまま未だに固まっている。
「……あ、ありがとうございます。ボクは『ノエル』と言います」
「──自己紹介よりも、今はここから安全地帯まで逃げるわよ!!」
「あっ、はい……三日月とミハルも早く行こっ!!」
ノエルと言うスチームパンクに出てきそうな服装の少女に話し掛けられた左右の二人も頷く、走り出したのを見てから殿を務めようとステッキに跨がった瞬間。
『──逃がしはしないなぁっ!!』
背後からの凄まじい衝撃に私の小さな体は、夜空高くに吹き飛ばされていた。
「──がはっ!?」
肺から全ての空気が出てしまったような感覚に陥り呼吸が一時的に止まり、手荒く投げ捨てられた人形のように地面に体を打ち付けてしまう。
「……あ、あ」
視界がかすれて思うように見えないまま荒い息を吐く、何が起こったか分からないまま三人が逃げ切れたか心配になる。
『……全くよぉ、そこのお嬢ちゃんは何してくれてんのかなぁっ? 折角の、折角の子羊達が逃げたじゃねぇかよぉっ!?』
ボイスチェンジャーで変えたような声を聴きながら口がにやけてしまう、あの三人の娘は人喰いから何とか逃げ延びたんだから……。
「……へへっ、へへへっ」
そう思うと今から人喰いにロストさせられると分かっていても笑みが溢れてくる、徐々に視界が開けて満月と三日月が浮かぶ満点の星空が見えてきた。
『……あーあーあー、あぁぁぁっ!! 折角のエモノがエモノがぁぁぁぁぁっ、マジでお嬢ちゃんは惨たらしくロストさせてやるよ。先ずはこの爪でそのフリフリした服を切り裂いてやる、それからそれから復活しても傷痕が残るように切り刻んでやるよぉぉぉっ!?』
声のする方に頭を上げると狼を模した機械的なマスクを着けた黒いコートのプレイヤーが近付く、右手には紅く染まった鋭い爪が生えていて徐々に私の中に恐怖が湧き上がる。
「あ、いや……助けて……っ!?」
必死に体を起こそうとするが先程のダメージが酷くて両手が動かない、それどころか動かそうとすると刺すような痛みがして呻き声が口から出てしまった。
『良いねぇ、良いねぇ……幼い少女の悲鳴はさぁ、食欲をそそるよなぁっ──って"原種の女"が、何で邪魔をしてるんだぁ?』
焦げ付いた臭いをさせながら鋭い爪が私を切り刻むために振り上げられるのが怖くて目を瞑ると、そこから静かになり何も来なくて目をゆっくり開けると白い彼女が爪を受け止めていたのだ。
『──貴方のイベントの時間は終わっている筈です、時間外の殺戮は禁止されている筈です。今すぐに戦闘を終了して下さい、さもなければ。』
『……さもなければ、何だよ?』
純白の剣となっていた彼女は黒い彼の爪をはね飛ばし、幼い裸の少女の姿になって言った。
『──貴方をロストさせます。』
するといつの間にか人喰いの気配が消えて、辺りは静寂に包まれていたのだ。
『……何れ、お前は殺す』
ただ、その気狂いの声だけを残して……。
[憂鬱な魔法少女と黒狼 5]へ
──三人のプレイヤーを逃す事に成功した少女は代わりに『人喰い』に襲われてしまう、死を覚悟した彼女の目の前でイヴが彼の攻撃を受けていたのだ。イヴの言葉に闇夜に消える人喰い、魔法少女は彼女に諭されログアウトする。一人になったイヴの前に、消え去った筈の人喰いが再び現れる……[憂鬱な魔法少女と黒狼 5]へ続く。