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窓辺のお嬢さん

作者: 赤猫 ミズル

初書きです。お手柔らかにお願いします。

ほぅと溜息をついてシャードは巡回している騎士を眺めた。

こうやって自室の窓から眺めるのが毎日の習慣だ。


シャードの視線は闇の往来を歩くアイスブルーの美丈夫ではなく隣を歩く赤髪の無愛想な騎士を見つめていた。世間では大人気の雪華の貴公子と呼ばれるアイスブルーより赤毛の野良猫みたいな彼の方がかっこいいとシャードは本気で思っていた。

アイスブルーと赤髪が視界から見えなくなるとシャードは眠りについた。



「明日から昼間の巡回は雪華の騎士様ですって!」

シャードの幼馴染のミアが飛び込んできた。シャードは洗い物の手を止め、彼女のためにお茶の準備を始めた。

「それで?」

雪華の騎士がいるとなると赤髪の彼も…。シャードは高鳴る胸を抑え、何でもないふうに話の続きを促す。

「明日のお昼時に買い物に行きましょう!」

ずいっとテーブルに身を乗り出しミアは言った。目がキラキラと輝いている。本音は雪華の騎士を見に行こうと言ったところだろう。ミアを椅子に押し戻しつつ頷く。

「ちょうど買いたいものがあったからいいわよ。」

「流石、シャード!!持つべきものは親友だわ!」

ミアはシャードが出したお茶を飲むと嵐の様に去っていった。

「赤髪のあの人はいるのかしら?」

ぽつりと呟いた言葉は誰の耳にも届かず床に吸い取られた。



翌日、シャードとミアは買い物をしつつ騎士が通るのを待っていた。

「いつにもまして人が多いわね。」

「当たり前じゃない。雪華の騎士様よ!」

往来はめかしこんだ若い女性で溢れていた。シャードは普段と変わらない自分の服を見下ろした。深藍色のワンピースは色とりどりの華の中に紛れた雑草の様だった。

少しぐらい明るい色にした方が良かったかもしれないわね。そんなことを考えているとミアに裾を引っ張られた。

「なんだか騒がしくなったから雪華の騎士様がいらっしゃったのかも!」

「私はいいから、行ってきたら?」

色めき立つミアの背をそっと押す。

「本当?じゃあ、行ってくるわ!」

「ええ、行ってらっしゃい。」

人混みに紛れるミアを見送り、1人になったシャードは何をしようかと悩んだ。

ひとまず買い物を済ませよう…

シャードは人混みをすり抜け目当ての店を目指した。


シャードはオーダーメイドの衣服屋を営んでいる。知る人ぞ知る貴族御用達の衣服屋で、注文はご令嬢のドレスが大半いや、全てドレスである。

刺繍糸とレースと…

シャードが次のドレスの素材を買い終わると店の外がにわかに騒がしくなった。

何かしら?訝しげに店の外に出ると色とりどりの華に囲まれたアイスブルーの騎士がいた。

「…目がチカチカするわ」

和やかにアイスブルーが華たちの応対をしているが鬱陶しさを滲ませているのがわかる。

あれだけ囲まれると苛立つのは分かるわ。流石に身動きが取れないとなるとね…。

そう思いながシャードは当たりを見渡した。無意識に赤色を探す。アイスブルーと華たちの中に赤髪を見つけられなかったことにシャードは少し落胆した。

「…困るな。」

ふとシャードの左後ろから機嫌が悪そうな低い声がした。振り返ると赤髪の騎士が立っていた。目付きの悪く、一見悪人にも見えるが、端整な顔立ちをしている。その瞳はアイスブルーと華たちを捉えていた。

「どうしたもんだか。」

ガシガシと髪を掻き毟るとはたとシャードを見た。反射的に目を逸らしたが、一瞬だけシャードと彼は目があった。

ずっと見てたのがばれたのかしら…一瞬だけだけどやっぱりコバルトブルーの瞳だったわ…

ほぅと感嘆の溜息をついているとガシッと顎を掴まれた。そのまま、コバルトブルーの瞳がシャードを睨みつける。

「俺に何か用か?」

今にも唸り出しそうな声で彼はシャードに聞いた。あまり怒鳴られたことの無いシャードはびくりと身体を震わす。

赤髪の騎士とシャードが周囲の注目を集めているのも分からないぐらい、シャードはコバルトブルーから目が逸らせなかった。コバルトブルーは綺麗だが、睨まれているこの状態には恐怖しか抱けない。

こ、怖い…

じわりと視界の端が滲む。それでもなおコバルトブルーは明瞭に輝いている。

「ティド!!何をしているんだ!」

その言葉が引き金となりようやくコバルトブルーから視線を外した。するりと顎を掴まれていた手も外された。右を向くと華に囲まれていたアイスブルーがこちらに向かっていた。

「お嬢さん、申し訳ない。」

アイスブルーは笑みを浮かべ、すっと手をシャードに向かって伸ばす。しかし、苛立ちが隠しきれていなかった。

さっきの睨みより怖い…

シャードは咄嗟に傍に立っていた人の後ろに隠れた。縋るようにその人の服を掴む。

「おい。」

シャードは誰の後ろに隠れたのか分かっていなかった。おそるおそる上を向くと剣呑に輝くコバルトブルーの瞳があった。



今、シャードは騎士団の詰所にいた。

あれから注目を集め過ぎたシャード達はアイスブルーの勧めで詰所に移動することにしたのだ。ただ、シャードが腰を抜かしたことで赤髪の騎士に抱えられて移動したことは心臓に悪い出来事だったが。

「飲み物を持ってきたよ。」

アイスブルーと赤髪の騎士が戻ってきた。どうやらこってり絞られたらしい。2人ともどこか気だるげだ。

「あー、昼間に変えるんじゃなかった。」

「同感だよ。」

「なんだよ、さっきの群がり様…」

「俺に聞かないで欲しいなー。」

シャードは手渡された飲み物を飲みながら2人のやり取りを眺めていた。騎士の2人は完全にシャードそっちのけで話をしている。

手持ち無沙汰になったシャードは籠から持ち歩いてる簡易の裁縫道具を取り出し刺繍をし始めた。



「よし、出来たわ。」

布についた糸くずを取り除き、赤い薔薇の刺繍を惚れ惚れと眺める。

「へぇ、器用なんだね。」

突然声をかけられシャードはびくりと肩を揺らした。アイスブルーがまじまじとシャードの手元の刺繍を見つめていた。少しいたたまれなくなってそそくさと仕舞う。

「さっきまで放置していてごめんね。ティド、ああ、この赤髪ね。こいつと何があったの?」

アイスブルーが赤髪の騎士、ティド、を指さして言った。

「ティドは何故か口を割らないし。ね、教えてくれる?」

シャードは困った。シャードはティドを見つめていただけで別に何も無いのだ。一瞬目が合っただけで。

ちらりとティドの方を見たが眉間に皺を寄せ、コバルトブルーは窓の外を捉えていた。

ほとほと困ったシャードは事実を言うことにした。

「私は、ただ見てただけなんです。」

「何を?」

「赤髪の騎士様を…」

「それで?」

「目が合って…コバルトブルーが綺麗だなって。」

「そしたら、因縁を付けられたと。」

アイスブルーは呆れたように肩をすくめた。

「あー、普段見られ慣れてないから勘違いしたのかぁ…」

「うるさい。」

噛み付くようにティドは唸った。

「これはティドが悪いよ。後は自分で何とかしなね。」

そう言うとアイスブルーはティドの肩を叩き、またねと残して去った。不機嫌なティドと呆気に取られているシャードだけが部屋に残された。

ティドは赤髪をがしがしと掻き、大きく舌打ちをした。

「往来では、すまなかった。俺は、ティルディア・ハーギストだ。」

ハーギスト家というと子爵ではだったはず

シャードは脳内の顧客リストを捲りながら思った。そんなことを考えつつ、身体に染み込んだ淑女の礼をとる。

「私は、シャード・ヘムルです。先程は誤解を招く行為をしてしまい申し訳ありません。」

「俺の行動が迂闊だった。」

苦虫を噛み潰したような顔をしたまま言葉を紡ぐティドを見て、シャードはふっと口元を綻ばせた。シャードは、やはり彼は不器用な人なのだなと思った。

「何かおかしいか。」

「いえ、やっと会えたと思って!」

誤魔化そうとして、言おうとはしてなかった言葉が滑り落ちた。シャードは慌てて弁解した。

「覚えていらっしゃらないと思いますが、昔、王城で迷子になった時に送り届けて貰ったことがあるんです。その、お礼がずっと言いたくて。」

「記憶にないな。」

ティドはすっぱりと切り捨てた。

それもそうだろう。3年前の出来事だし、彼はずっとシャード前を歩いていたから。記憶にないのも当然だ。そう思うが、シャードは少し寂しかった。

「…ずっと見るだけだったのに。」

「何?」

シャードの呟きを拾ったティドは、どういうことか言えとシャードを見た。彼の視線に耐えきれないシャードは簡単に口を開いた。

「私の部屋の窓が通りに面していて、巡回する騎士様が見えるんです。たまたま、夜遅くまで作業をしていた時にティルディア様を見つけて…。赤髪とコバルトブルーの瞳だったから、恩人の騎士様だと思ったんです。それで、夜、窓から通りかかるのを見つめていました。」

顔から火が出るほど頬が赤くなったシャードは俯いた。

恥ずかし過ぎて消え入りたいわ。どうして、こんな事まで言うはめになったのだろう。

ティドはふっと口角を少し上げて笑った。残念なことにシャードは俯いたままだったので彼の貴重な笑顔を見ることは出来なかった。

「あんたが窓辺のお嬢さんか、シャード。」

シャードは名前を呼ばれて顔を上げた。ティドはコバルトブルーを細めてシャードを見つめていた。視線が合ったのは一瞬だが、シャードには彼が笑っていた様な気がした。そして、少し柔らかめの低い声で言われた。

「家まで送る。」



シャードがその意味を知るのは少し先の話。

アイスブルーは名前ではないよ☆

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