アリスな私と時のかみさま
生まれ変わったら、見知らぬ国の伯爵令嬢だった。そして私は──時の神に出会った。
ある秋の昼さがり、私は木陰で本をめくっていた。お日様色の金髪に、空色の瞳。水色のワンピースと、エプロンドレス。みんながお人形さんみたいねえ、と賞賛する美少女。それが私、アリス・カークランドだ。
さわさわと木々が鳴り、木漏れ日がページに落ちる。気持ちのいい午後だ。そう思っていたら、ふっ、と影が落ちた。視線をあげたら、青い瞳と視線があう。
「アリス、こんにちは」
「……あなた、また来たの」
目の前で優しく微笑んでいる男を、私は警戒心強くねめつけた。彼の名前はライナス・カイザー。私の婚約者だ。膝に手を当てて、身をかがめてくるのが腹立たしい。
「もちろん。君が握手してくれるまで来るよ」
甘くとろけるみたいな笑みを浮かべるライナスに、私は曖昧に笑いかえす。こっちは死亡時11歳、転生してから11年経過したから、実年齢22歳なのだ。ライナスも確かそれくらいの歳だったと思う。でも、「アリス」は11歳だ。さすがに婚約者というには年齢差がありすぎる。
あと、私には懸念がひとつあった。──この人は、「ロリコン」ではないのか、という疑問だ。そうでもなきゃ、11歳の少女に会うために日参したりするだろうか?
「握手ね。いいわ」
私は手を差し出した。ライナスが手を握ってくる。反応を見ていたら、彼が頰を染めた。
「ちいさい手だね」
はいアウト。私は急いでライナスの手から自分の手を引き抜いた。
「あ」
とたんに残念そうになるライナスに、指を突きつけた。
「気持ち悪いわ、あなた。やっぱりロリコンなんじゃない!」
「やっぱりって?」
「11歳と婚約して平気でいるなんて、ロリコンに決まってる」
「ロリコンじゃないよ。僕はただ、ちいさい子がすきなんだ」
「それがロリコンだって言ってるのよ!」
後ずさる私に、ライナスが近づいてくる。心なしか息が荒い。
「いや、来ないで」
私は持っていた本を投げつけて、木にしがみつく。
「大丈夫、怖くないよ。ただちょっと抱っこするだけ、痛いことはしない」
気持ち悪すぎる。顔がよくても我慢できない気持ち悪さだ。伸びて来た手に、私はぎゅっ、と目を瞑った。
にゃあ。
猫の鳴き声がして、私はハッとした。
「どうかされましたか、アリスお嬢様」
ライナスの背後に、執事が一人立っていた。銀色の髪に、翡翠の瞳。いつ見ても銀食器みたいに輝いている。そして、片腕には猫。
「く、クロノス」
「こんにちは、ライナス様」
クロノスの視線に、ライナスが笑みを返す。
「やあ、ライナス。相変わらず猫を持ってるんだね」
「私の唯一の癒しですので」
「アリスがいるのに、ほかに癒しが必要だなんて信じられないな」
熱っぽい視線に、私は喉を引きつらせた。
「お嬢様は無垢な外見とは裏腹に小憎らしい性格をしてらっしゃるので」
誰が小憎らしいよ。クロノスは懐中時計を開き、私に向けた。
「お勉強の時間でございます、お嬢様」
私はライナスの脇をすり抜け、急いでクロノスに駆け寄った。彼と並んで歩きながら、小声で言う。
「助かったわ」
「あんな雑魚もかわせないとは驚きです。転生してから何をされていたのですか」
いや、なにって、人並みに成長してましたけど、と私は呟いた。
☆
彼──クロノス・カイザーは人間ではない。彼曰く、「時間の神」らしい。なんで神が執事をやってるかというと、私がイレギュラーだから、だそうだ。
「あなたのせいでこの世界の時間が歪んでいるんですよ。本来、あなたは存在しない人間なのです」
耳にタコの説教を聞き流しながら、ペンを走らせる。私はクロノスにせっつかれ、語学の勉強をしていた。一見英語みたいにみえるが、違う言葉らしい。
「だからなによ。死ねっていうの」
「そんな非人道的なことは申しません」
いや、そもそも人間じゃないでしょうが。
「早めに成長して、死んでいただけると調整しやすいのですが」
「それは死ねって言ってるのと同じでしょ!」
まったく、なんて執事なのだ。彼は腕の中の猫を撫でながら、
「それでは、あのロリコンにいいようにされ、傷物にされた挙句飽きられてポイされたほうがいいと?」
私は自分の身体をかばう。
「や、やめてよ、変なこと言うの」
「しかし実際、あなたのご両親は乗り気でいらっしゃいますし、このままだと戯言ではすまなくなりますよ」
「……じゃあ、婚約破棄させればいいんじゃない? 嫌われればいいのよ」
「どうやってですか」
「それは」
ロリコンに嫌われるには──私はしばらく眉をしかめ、はっと顔を明るくした。クロノスの腕にすがりつく。
「大人になればいいのよ!」
「はい?」
「私を大人にして、クロノス」
「早く死にたいということですか」
「違う! 一瞬だけ大人になって、婚約破棄させてから元に戻るの!」
「そんな都合のいい話はございません」
私はムッとした。ケチな神だ。
「大体、転生してからも天寿をまっとうしようというのが厚かましい。普通の人間は転生などできないのですからね。寿命を縮めるか、ロリコンと結婚するか、ふたつにひとつです」
「なんという二択なの……」
クロノスが立てた二本の指を、私はギリギリと見た。
「わかったわ、寿命を縮める……」
しぶしぶそちらを選ぶと、クロノスが鷹揚に頷いた。
「わかりました。では目を瞑って」
言われた通り、私は素直に目を閉じた。──パチン。指が鳴る音がして、暖かい風にからだが包まれた。髪がなびいて、ふわりと肩のあたりでたわむ。目を開けてください。そう言われ、私はそっと瞳を開いた。
「!」
思ったより近くにクロノスの顔があってびくりとする。
「な、なに」
「いえ、子供の時は小生意気な表情に見えましたが、成長するとそれなりだな、と」
手鏡を向けられ、私は目を瞬いた。
「わあ、大きくなってる……」
金の髪、空色の瞳。いま、16歳くらいだろうか。自分でいうのもなんだが、なかなか美人だ。ふと、クロノスが抱いている猫がなんだかくたびれて見えるのに気づいた。
「ねえ、猫が年取ってない?」
「五年後ですからね。ジョセフィーヌもすでに八歳です」
「あなたはまるで変わってないわね」
「神ですから」
ああそう。
「さっそくライナスのところに行ってくるわ」
「その必要はないようですよ」
「え?」
部屋のドアをノックする音が響く。顔を出したのは、母だった。
「アリス、ライナスがきてるわ。下にいらっしゃい」
あっちから来るとは。願ってもない話だ。
「はい、お母様」
私はそう言って立ち上がった。クロノスも、音もなくついてくる。階下に向かうと、ソファに座っていたライナスが手をあげた。
「やあアリス」
「ごきげんよう、ライナス」
彼は立ち上がって私の背中に触れ、
「散歩しながら話そうよ」
私は触んな、と思いつつ、笑顔でええ、と返した。クロノスをちら、と見たら、彼は片手で丸をつくる。見てるから安心しろ、ということなのだろうか。今ひとつこの神の腹が読めない。
私はライナスと共に、我が家の庭を歩いた。ライナスがのんびりと、秋薔薇は小ぶりだけど綺麗だね、とか、さっき通り雨が降ったから、遠くに虹が見えるね、とか話すのを、私は話半分で聞く。いつになったら婚約破棄の話を切り出すのかしら。
と、ライナスが真顔でこちらを見た。
「アリス、婚約のことなんだけど」
キター!
「ええ、なにかしら」
指を出して、と言われたので手を差し出したら、するりと指輪をはめられた。
「!?」
「注文したものが届いたんだ。君の誕生石のガーネット。よく似合うよ」
ライナスは頰を染めて言う。いやいやいやいや。
「あ、あなた、ロリコンなのよね?」
確か、ロリコンは12歳以上に興味はないはずだ。今のアリスはもう16歳だし、対象からは外れているはず……。
「いいや? 僕はちいさい子が好きなだけだよ。婚約者が君って知ったときは驚いたけど、今はもう立派なレディだからね」
彼はとろけるような甘い笑みを浮かべて私を見つめた。
「愛してるよ、アリス」
一方、私はあまりのことに口をあんぐり開いていた。あの神……まさか私を騙したわけ? というか、あの男、どこ行ったのよ!
私は乙女にあるまじき形相であたりを見回した。と、クロノスが優雅にベンチに座っているのが見える。案の定膝に猫を乗せた彼は紅茶を一口飲み、私に見せつけるようにティーカップを持ち上げてみせた。
執事のくせに、なにをティータイムと洒落こんでるのよ、あの野郎! 怒りのあまり、伯爵令嬢にも関わらず口が悪くなる。いいのだ、脳内の言葉なんか、誰も聞いてない。そのとき、私はあることを閃いた。
「君はどうだい? 僕を愛してる?」
「……愛してません」
「え」
「私が愛しているのは、あそこにいるクロノスなのです!」
ジャジャーン。陳腐な効果音が鳴り響きそうな仕草で、私はクロノスを指差した。クロノスは眉をあげ、意外そうな顔でこちらを見ている。ライナスは狼狽しつつ、
「く、クロノス? 彼は執事じゃないか」
「ええ、わかっています。だからずっと、辛くてたまらなかったの……だけど、自分の気持ちに嘘はつけないわ」
私はうるうるした目でクロノスを見つめた。ライナスも振り向き、じっとクロノスを見つめる。
「クロノス、アリスはこう言っているが、君はどうなんだ」
「私はただの執事。お嬢様に邪な感情を抱くなどとてもとても」
適当すぎる返しをしたクロノスに、ライナスがカッとなる。
「なんだその言い方は! アリスは真剣なんだぞ!」
「はっきり言いますが、私は子供には興味がありません」
その言葉に、私は少しムッとした。私の正体知ってるくせになに言ってるのよ。いや、ムッとする必要性は皆無なんだけど……私がそんなことを思っている間に、ライナスが手袋を地面に投げつけてさけんだ。
「決闘で勝負だ!」
え、なんか、大ごとになってきた。クロノスは全く動じずに、
「私有地で決闘を申し込むのは罪ですよ、ライナス様」
ライナスはその言葉をまるきり無視した。
「次の日曜、正午。黒の広場で待つ」
そう言い放ち、私の手をそっと握りしめる。
「アリス、僕が彼に勝ったら結婚してくれるね?」
「え? え、ええ」
颯爽と去っていったライナスを見送る私に、クロノスが近づいてくる。
「あーあ、どうするんですか」
「どうするって、あんたがライナスをロリコンとか言うから」
「人のせいにするんですか、最低ですね」
この野郎……。彼はこちらを横目で見て、
「もし私が負けたら結婚するんですか?」
「そ、それは」
「約束してましたもんねえ、意外といい青年ですしね」
「あんたに比べたら全員好青年よ」
「私、神ですから」
そう、クロノスは神だ。神だから──。
「……負けないわよね?」
ちら、と見あげたら、翡翠の瞳が細くなった。
「負けないでください、クロノス様、とおっしゃってくだされば」
「はあ? なんで私がそんなこと言わなきゃならないのよ」
「では試合放棄してライナス様に不戦勝を差し上げましょう」
この野郎……。
「……負けないでください、クロノスさま」
棒読みで言ったら、クロノスが笑顔になった。まさに見惚れんばかりの美しさだ。ちょっとだけどきりとし──。
「よく聞こえませんでした、もう一度」
「急に難聴になるなッ!」
たわけないし、腹立つわ、この野郎。
☆
日曜日、黒の広場でクロノスとライナスの決闘が行われた。日曜ののどかな午後、決闘が行われるとあって、憩いの場であるはずの黒の広場もひりついた空気に包まれていた。私は精々健気に見えるよう、瞳を潤ませてクロノスを見つめる。
「クロノス、頑張って」
「はい、頑張ります」
クロノスは執事服ではなく、身軽な服装に帯刀していた。その片腕には猫が……いや頑張る気ないでしょあんた! せめて猫をおきなさいよ!クロノスはいつも抱いている猫、ジョセフィーヌを今日も抱えていた。手放す気ゼロである。びきびき青筋をたてる私が緊張していると、勘違いしたらしいライナスが優しく声をかけてくる。
「ジョセフィーヌ、大丈夫。できるだけ無傷で勝負をつけるから」
「ライナス……」
ああ、まともだわ。この人と結婚すれば幸せになれるのに。だけどなぜだろう、ライナスには全くときめかないのだ……。やっぱり、ロリコンの疑いが効いている。彼はクロノスに厳しい視線を送る。
「猫を置かない気か、クロノス」
「猫は私の唯一の癒しでございます」
「アリスの気持ちに答える気はないということか……なんて男だ」
その言葉に、クロノスが一瞬瞳を翳らせた気がした。そのあとふ、と口元を緩め、
「僻みですか、器の小さい方でいらっしゃる」
なんか無駄に煽ってるー!
かっとなったライナスが、立会人に合図を求めた。二人が背中合わせになり、一、二、三歩離れる。三歩めで、ライナスが振り返り、クロノスに向かって走り出した。クロノスは後ろを向いたまま動かない。ライナスが振り上げた剣が、クロノスの腕に迫る──ちょっと、なんで動かないの。
私は思わずクロノス、と声を漏らした。振り返ると同時に、クロノスがパチン、と指を鳴らした。
その瞬間、何が起こったかを理解したのは私だけだったと思う。クロノス以外の時間の流れが、全停止したのだ。人々は動きを止め、広場の中央にある噴水も、流れを止めている。クロノスは固まったライナスの頭を──剣の鞘で思い切り殴りつけた。
せこーっ!
そう叫びたいが、私の身体も固まっている。
クロノスが剣を下ろした瞬間、時間が再び動き出した。噴水がざあざあと流れ落ち、ライナスがばたりと地面に倒れる。立会人は何が起こったかわからず、ぽかんとしていた。
こちらに歩いてきたクロノスを、私は胡乱な目で見る。
「なんです? その目は。あなたの望みどおり勝って差し上げたのに」
「……恥ずかしくないわけ、あんな勝ち方して」
「恥ずかしいという概念はありませんね、神ですから」
今更だけど、神って都合いいな。クロノスは首を傾げ、
「にしても、あなたの時間も止めたはずなのですが」
私はため息をついた。
「私はイレギュラーとやらなんでしょ。ライナスの手当てしなきゃ……」
歩き出そうとした私の腕を、クロノスが掴む。
「なに」
「ええ、あなたはイレギュラーだ」
そうして、時の神は笑う。
「だから面白い」
「は? っ」
ぐい、と引っ張られ、唇が合わさりそうになった瞬間、目の前が真っ白になった。
☆
「アリス様、アリス様」
肩を揺さぶられ、私はハッと目を覚ました。目の前には無駄に美しい執事がいる。
「く、クロノス」
「こんなところで寝たら風邪をひきますよ」
あたりを見回すと、そこは庭にある、楡の木の下だった。足元には伏せられた本がある。勉強室にいたはずなのに……。どこから夢だったんだろう。
「へんな、夢見た」
「ほう、夢ですか」
「私が大人になる夢。で、あんたが」
「私が?」
さっきのことを思い出し、私は赤くなった。
「顔が赤いですよ、アリス様」
「き、気のせいよ。というか、ジョセフィーヌは?」
時の神の唯一の癒し、ジョセフィーヌがいない。
「ああ、置いてきてしまったようだ」
「え?」
「なんでもありません。先にお部屋にお戻りください」
私は眉をしかめながら、屋敷へと向かった。
★
クロノスは足元に落ちている本を拾い上げ、パラパラめくった。時の神と、神に寵愛された少女の話。
「お伽話か」
思わず笑う。やはり、年齢相応の物語を読まなくてはならない、と思っているのだろうか?
彼女が「現れた」とき、時間の歪みを不快に思った。本当は、アリスは存在してはならない人間だ。消滅させることは簡単だ。歪みが本格的になったら、そうしなければならない。
そう思っていたのだが。
──ねえ、クロノス。あなたは猫を死なないようにしてるのよね。
寂しいの? と彼女は聞いた。そう尋ねた彼女もどこか寂しそうだった。猫の時間を操作していることを、気づかれていたとは思わなかった。アリスは、常にあたりを警戒する猫のような娘だった。クロノスのことまで気にしているとは思わなかったのだ。
アリスが消えたら──自分は寂しいのだろうか?
首を振って、指を鳴らそうとした、そのとき。
「クロノス」
声が聞こえ、振り向くと、ライナスが立っていた。どこか硬い表情を浮かべている。
「おや、ライナス様。いらっしゃいませ」
「……夢を見た。君と決闘する夢だ」
「ほう、妙な夢ですね」
「アリスは美しく成長して、君に恋をしていた。……そんな未来がくるのか?」
「私は、子供には興味がありません」
「子供でなくなった時のことを言ってるんだ」
子供でなくなったら。アリスが身も心も大人になったら。空色の瞳が近くなって、金の髪が艶めいたら。実際に、クロノスはそれを目の当たりにした。時間の歪みを感じ、くらくらとした。アリスがひどく魅力的に見えた。だから時間を戻したのだ。あれは、錯覚だ。神が人間に恋などするはずがない。お伽話とは違うのだ。
「猫だけが私の癒しでございます。──失礼」
クロノスがぱちん、と指を鳴らすと、彼の姿が一瞬で消えた。
☆
私は勉強部屋でペンを走らせていた。
「クロノス、遅いわね」
我が家では、なぜか彼が家庭教師まで兼ねているのだ。神さまだからなのか、クロノスは大抵のことができる。伸びをして、パラパラと辞書をめくる。時間、という単語が出てきた。
「クロノス神に由来する……」
クロノスって本当に神なのよね。私、あの野郎とか言っちゃってるけど……
「猫忘れてくるとか、珍しい」
むしろ、猫にしか興味がないのかと思っていた。なにか気になることでもあったのだろうか?
「恋わずらい、とか?」
まさか、あのクロノスに限って。私が鼻で笑うと、銀髪がさらりと揺れた。背後に立ったクロノスが、翡翠の瞳でこちらを見下ろしている。片腕には猫。
「わっ」
「ただいま帰りました」
「普通に現れなさいよ!」
ああびっくりした。内心ばくばく心臓を鳴らしながら、猫を撫でるクロノスに尋ねる。
「ねえ、なんで元に戻したの?」
クロノスはすました顔で、
「あなたには子供の姿がお似合いだと思いまして」
「小生意気とか言ってたくせに」
私はぶつぶつ言いながら、インクにペンを浸す。
と、猫がいきなり跳躍し、前足でインク壺を倒した。私の服にインクがかかる。
「きゃあっ」
「おや、これは大変。バンザイしてください」
べったりと汚れのついた私の服を、クロノスが脱がそうとする。さすがに慌てた。
「ちょっ、いいわよ、自分で脱ぐ!」
彼が鼻を鳴らし、
「あなたの平たい胸を見てもなにも感じませんが」
この野郎。
攻防している私たちの耳に、バン、と扉が開く音が響いた。
「アリス! 大変だ、あの執事が消え……」
現れたライナスが、私たちを見て目を見開いた。傍目には、クロノスが服のはだけた私を羽交い締めにしているように見えただろう。
「な、なにしてるんだー!」
ああ、なんでこうなるの? 婚約破棄したかっただけなのに。
ライナスの怒りに満ちた声を聞きながら、私はうう、と呻いた。
アリスな私と時のかみさま/end




