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八番星


 星一行はその後もカラオケ店で数時間過ごした後、帰宅路についた。

「それにしても今日は驚きだよな、星があんなに歌うまいなんてよ」

「そうだな、でもやっぱ美紀と俺のデュエットには適わないよな」

「えー、ほんとー、ありがと幸」

 美紀は幸に抱きつき、秀は面白みのない目で見ていた。

「なあ、晴香、この後俺の、っていうか進歩の家だけど一緒に来てくれないか?」

「えっ?」

 晴香は驚いたのか、星の横顔を無言で眺めていた。

「進歩に晴香を会わせたいし、それになんか今日進歩がいつでも友達を連れてきてもいいって言ってたしな」

「え、でも……」

「友達ってのは辞書で調べたけど、仲のいい他人のことらしい。晴香は俺が恋する仲のいい女子だから問題ないだろ」

 星は一人納得しながら述べていたが、それを聞いていた秀は、

「おい、星。晴香さんとお前は仲が良いかもしれないけど恋しあってたらそれは友達じゃなくて恋人だ」

「でも仲のいいことにはかわらないだろ?」

「う……、まあ、それはそうだけど。いや、待てよ、でも、う、うぅん……」

 秀は星に反論できないのか一人ぶつぶつ言いながら黙ってしまった。

「いいだろ、晴香?」

「う、うん。ちょっと待って家に電話入れとくから」

 晴香はそう言い携帯電話を取り出し、友人の家に寄ってから帰るとだけ言い、電話を切った。

「大丈夫か?」

「うん」

 晴香の顔から先程までの動揺は消え、今では喜び一色で染まっていた。

「そうか……」

 それに吊られ星自身も微笑を浮かべながら晴香の手をとり、握った。

 時刻は夕暮れ近く五人の歩く歩道は橙色に照らされていた。

 一日が暗闇に包まれる直前の灯火である落ち行く太陽。一日の終わりを告げようと天低く鳴きあげる烏の群れ。店じまいを始める数々の店。そのすべてが毎日見飽きることのない風景。

 しかし、この日の夕暮れは星にとって思いもがけない事件の予兆。

 だがそんなことを知る術のない星は暮れ行く太陽が照らす舞台の中で心弾ませ、心地よい甘い罠に嵌っていた。

 星と晴香は秀達三人と別れ、進歩の家の前まで来ていた。

「すっごーい……。私の家より数倍すごい」

「警視庁のトップの跡取りだからな。なにかとすごいらしい」

「へぇ……」

 星は晴香の手を握ったまま玄関先に設置されたインターフォンを鳴らした。

「どちら様でしょう?」

 機械的な女性の声がスピーカーから出てきた。

「渡部星だ」

「かしこまりました。声紋照合確認。お帰りなさいませ」

そう告げると門のロックが解除された。

「うわぁ……」

「珍しいか?」

「うん、こういうのって映画の中ぐらいでしか見れないし」

「映画?」

「あ、うぅんなんでもない。ほら早くいこっ」

「ん?あ、あぁ」

 星は晴香に背中を押されながら家の玄関に到着した。

「なんか、立場逆じゃないか?」

「え?き、気にしない気にしない」

「そ、そうか……」

 星は鍵を取り出しドアノブのロックを解除した。

「あ、意外とここは普通なんだ」

「なんかいったか、晴香?」

「うぅん」

 星はドアをそのまま捻って押し開けた。

「今日、進歩は非番らしいから、家にいるはずだ」

「そ、そっか」

 晴香は少し緊張気味に答えた。

「おーい、進歩―。今帰ったぞ」

 星はラウンジまで歩み、ドアを開けて中に入った。晴香も星のすぐ後ろに続いた。

「なっ……!?」

「うそっ……」

 二人の顔には驚愕の色に一瞬にして染まった。

 ラウンジのソファには進歩が仰向けに座っていた。ただ座っていたのなら問題はないのだが、進歩の胸には鋭利な包丁が突き刺さっていた。

 進歩のワイシャツは赤く染まり、まだ温かに滴っていた。しかし、明らかに妙であった点は進歩の胸元の包丁の他にワイシャツには数々の風穴が空いていた。

 そこからも血は流れ、見るにも無残な姿で進歩は絶命していた。

 進歩の右腕には血に染まった一枚の紙が握られていた。

 その紙が何を示しているのか。進歩の死体が目の前に広がる原因は。部屋に争ったことのない痕跡が語るものは。

 しかし、星と晴香にはその様な点に気付く余地などありはしなかった。

「な、なにこれっ……?」

「進歩……?」

 星は進歩の傍に歩み寄り、進歩の死体を見下ろしていた。

 星は進歩の胸に突き刺さった包丁に手を伸ばし、ゆっくりと抜いた。

「な、なにやってるの、星くん?」

 包丁は軽い音を立てながら不快な音と共に進歩の胸から抜けた。

 生温い包丁を右手に握りながら星は進歩の血を舐めた。

 そして目を閉じながらその味を確かめるかのように口の中で味わい、唾と共に進歩の体に飛ばした。

「そうか、これが人間の死か……。あっけないな」

「……?」

「晴香」

「なに?」

「ちょっと俺の部屋まで来てくれるか?」

「えっ、な、なんで?」

「こういうことだ」

 星は右手に握る包丁を晴香の頭目掛けて投げた。

 数滴の血を散乱させながら、包丁は反時計回りに旋回し晴香に迫った。

 言葉を漏らす間もないまま鈍い音をたて床に倒れた。

 しかし倒れたのは晴香ではなく、金槌を片手に持った男であった。

「だ、だれっ……?」

「多分進歩を殺した奴だろう。同じ匂いがした」

 星は冷静沈着に答えたがそれが逆に晴香の不安を掻きたてた。

「なんで、星くんはそんなに平気なの?家族の人が殺されたんだよっ?」

「あぁ、だが俺は死というものをよく知ってる。知りすぎたし、出会いすぎた。死という物に」

「だからって……!」

「その男もさっき晴香に襲いかかろうとした。その金槌を振りかぶってな」

 星は床に、胸部を包丁で貫かれた男の死体を遠目で見下ろしていた。その目には哀れみなどといった感情は見当たらなかった。

 星は膝の震える晴香の傍まで近寄り、頭を自分の胸元に引き寄せた。

 そして囁く、

「晴香、俺と一緒に逃げてくれないか?」

「えっ……?」

「多分、俺は狙われてる……」

 星の言葉が静寂な家の中に響いた。

 星の顔には苦渋の表情。

 その左手には進歩の握っていた一枚の紙があった。

 星は晴香を連れ、一週間だけとはいえ使っていた自分の部屋へと向かった。

「早く入ってくれ」

「うん……」

 星は晴香を部屋に通し、ドアを後ろで閉め鍵をかけた。


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