#76 見る側と見られる側 その8
先ほどの騒がしさからようやく落ち着きを取り戻した生徒会室。
鈴菜は電波時計の電池を替え、聡は達也の擽り攻撃から解放されたせいか、少しぐったりしていた。
「やっと、時計の電池の交換が終わりました!」
「さっきは高橋くんのくだらない話につき合わせちゃってごめんね」
「確かにくだらなかったですけどね」
「木沢先輩はおがたつ先輩の擽りが効いたのかぐったりしてましたしね」
「ま、まあね……」
「鈴菜クンに聡クン、政則クン。何か言ったかい?」
「「……特には……」」
「そうかい」
「それは悪かったな」
彼女らはこれ以上、この高校の生徒会長である雄大と副会長である達也には敵わない。
ある意味、敵に回せない2人でもある。
「あ、鈴菜ちゃん。時計、元の場所にかけておくね」
「ハイ。お願いします」
「時間はどうかな? 何回も言ってるけど、ここの時計は電波時計だからそのうち合うはずだけど」
「そうですね。早く時間が合うといいですね」
「使用済みの電池は充電しておくね」
「お願いします」
鈴菜は聡に電波時計を渡し、元の場所に設置。
彼は使用済み電池を給湯室らしきところに置いてある専用充電器に入れ、たまたま空いていたコンセントに差し込み、電池の充電が開始されたことを確認する。
「そろそろ1限目が始まりますよ!」
「もうそんな時間か」
「ハイ」
「修クンのところの1限目は誰先生の授業かなぁ?」
「あ、おそらく鈴村先生っぽいから社会科じゃない? だって、手に持ってる教科書は世界史って書いてあるし」
「なんでよりによって鈴村らしき人物が吉川のクラスに?」
「達也くん、先生忘れてるよ! それに、達也くんのクラス担任でしょ?」
「分かっている。たまたま忘れただけだ!」
スマートフォンのロック画面で時間を確認していた政則の一声でそれぞれ散っていた男子生徒会役員が集まってくる。
修のクラスの1限目の担当は誰なのか楽しみな雄大。
給湯室らしきところから戻ってきた聡はモニターを見て、首を傾げながら彼の質問に答えようとする。
一方の達也は自分のクラスの担任である鈴村を「先生」をつけていなかったことに指摘が入る始末。
「そういえば、ボク達はいつも一般生徒の様子をモニター越しで見ることで精一杯だから、今日みたいに授業風景をまじまじと見ることはないよね」
「確かに。どのクラスにどの先生が授業をしているのかあまり意識して見てませんですしね」
「そうそう。普段は先生より生徒の方に視線を向けちゃうんだよな。入学式とか学校祭とかさ」
「それ、分かるわー。特に対面式はなんの罪がない新入生にも向けちゃいそうになるよな」
彼らは生徒会室のモニターでどのような基準で一般生徒のことを見ているかが明らかにされた時、鈴菜は他の生徒会役員はなんてことを思っているのかと疑問を持ってしまった。
しかし、今はそれどころではないため、彼女はその疑問を彼らには問わないでおこうと思い、話を合わせようとする。
「普段は教室で授業を受けている側の私は4月のはじめての授業の日は凄く楽しみでしたよ」
「へぇー」
「例えば?」
「例えば、今年度からきた新しく先生や校内で話したことがある先生が自分のクラスの担当で授業にきたなら、どんな授業をするんだろう、字は綺麗かな、分かりやすく教えてくれるかなとか……あ、これは私基準なので、他の人の基準は分からないんですけどね!」
「初回の授業って大概、先生の自己紹介とか雑談コーナーで終わっちゃうよな。まあ、それはそれで面白いけど」
「そうなんですよねー。授業の本番は2回目以降なんですよねー」
「実際に鈴菜クンみたいに常に教室にいないから、分からなくもないが、1年の頃はちょっとワクワク感があったかもしれないな」
「ボク達にとってはその光景が懐かしいよね」
「今では定期テストの時に久し振りに教室に入ってドン引きされますしね。こいつはこのクラスの人間だったんだって思われますし」
「それはあるあるだな。このクラスに籍があるのにあまり知らない存在なんだよな俺達は……」
「ボク達、生徒会役員は一般生徒に恐れられる立場だからね……」
「そうだな」
「鈴村先生がきたよ!」
本日は修は見られる側ではある。
そのような中で先輩生徒会役員は彼らが1年生の時の授業風景を懐かしんでいた。
その時、彼のクラスの1限目は世界史で鈴村が入ってきた。
2022/05/20 本投稿