#64 演技と道化師 その1
聡は浮かない表情をしている鈴菜に近づいた。
「鈴菜ちゃん、どうしたの?」
「あ、木沢先輩。実は私、吉川くんにマニュアルの例のページまでの説明をしていなかったのです」
「えっ、そうだったの!? もし、ボクが吉川くんの教育係だったとしても、たった1日でマニュアルの内容を大まかに説明することはできないというのは分かってるけど……」
彼はもちろん、彼女もあの分厚いクリアファイルの内容をわずか1日で説明することは至難の技である。
おそらく修はマニュアルを最後まで読み切っているのではないかと彼らは思っていた。
「今年度では、はじめての事例とマニュアルを読んできただけなのに、ほぼ完璧な推測。彼は心理学チートの持ち主及び探偵じゃないですか!?」
「でも、あの時の顔は何かを奪い取りそうな怪盗みたいで怖かったよ」
鈴菜と聡は彼のことを探偵と怪盗という対のたとえを口にする。
。
彼女はふと彼のことについて脳裏に引っかかることが1つだけあった。
「ところで、木沢先輩は吉川くんの顔だけで判断してたのですか?」
「うん。吉川くんはギャップがあって魅力的だよ。木崎くんが頭を撫でてた時の顔は可愛かったし……」
「私達の近くでも同じことを話しているような気がしますが……木沢先輩はそういう趣味があったんですね?」
鈴菜は聡に訊いてみたが、そのような答えが返ってきたので、呆れ返っている。
彼は修に対して、「ギャップ萌え」を感じていると、彼女は思っていたからだ。
「いや、違うけど……」
「すみません……前言撤回します」
「ありがとう」
「まぁ、今はただ驚くしかないんですが…………」
「そうだね」
「ハイ……でも――」
修の教育係である鈴菜も唖然するくらいのほぼ完璧な推測。
彼女はそれを聞きながら再び自分の不甲斐なさを感じていた。
しかし、今は受け入れるまたは切り替えないければならないことは理解している。
「でも、これが彼だから、仕方ないですよね」
「そうだね。吉川くんはたまたま勘が鋭いだけだもん。鈴菜ちゃんはあまり気にしなくても大丈夫だからね」
「ハイ」
鈴菜はそのことに対して吹っ切れるしか方法がなかった。
しかし、聡から「気にしなくてもいい」と言われても、どうしても彼女の性格上、気になってしまう。
「木沢に鈴菜。ちょっといいか?」
「「ハイ」」
鈴菜は我にかえると、渡貫が彼女らを呼びかけた。
2人は彼がいるところに駆けつける。
「ところで、「分析担当」はほしくないか?」
「「分析担当?」」
「ああ。吉川の勘が鋭いところをな……あとは木崎みたいに学校を休んでしまった時とかに報告することができるからな」
「なるほど!」
「それなら納得です!」
「確かに、それはいいですね」
突然、渡貫が「分析担当」のポストを作りたいと申し出た時、生徒会役員は揃いに揃って首を傾げていた。
彼は彼らに大まかな説明をし、賛同の支持を集めている。
「修クンはどう思うかい? やってみるかい?」
「決めるのは吉川くんですから、私は止めませんよ?」
雄大と鈴菜は渡貫の説明を黙って聞いていた修に問いかける。
彼は先輩役員達の視線を感じる中、一瞬下を向き、どうしようかと悩んでいた。
なぜならば、今回は修が勝手に推測して、それが正解か不正解かどうか知るために発表しただけだったから――。
彼にとっては|とても重要なポジションだと思い、責任を感じていた。
「…………僕にとっては責任を感じている重要なポジションだと思いますが…………」
「ん?」
「吉川、無理して引き受けなくていいんだぞ?」
「そうですよ。会長や達也先輩の言う通り、引き受けなくてもいいのですから」
達也達にそのように言われたが、修は何かを決心したように顔を上げ、苦笑しながら首を振る。
「ですが、「決めるのは僕だから止めない」と言ったのは鈴菜先輩ですよ?」
「確かに言いましたが……」
「渡貫先生?」
「なんだ?」
「この僕でいいのならば、引き受けさせていただきましょう」
彼は渡貫の方を向き、悪人面でそのように告げた。
2019/02/28 本投稿