LOVE YOU 〜僕は犬を愛してる〜
注意 これは実話にほんの少しだけ着色した物語です
ある夏、僕がまだ小学4年生、10歳の頃。盆中におばあちゃんのうちに久しぶりに遊びに行った。爽やかなそよ風が田んぼの稲を扇ぎ、照りつける太陽が水面にギラギラと反射している。
「よぐ来たな〜。たげ暑がったんでねぇな。(よく来たねえ。かなりあつかったんじゃない?)」
あばあちゃんの家は南部の方にある。かなり訛りがきついので小学生の僕では聞き取るのは容易ではない。
ただ、おばあちゃんの僕を気遣う優しい瞳で何を言っているのかはすぐにわかった。
車から降りて玄関のドアを目指す。
そのドアを目指すまでの間に、いつもおばあちゃんの次に僕を出迎えてくれる奴がいる。
柴犬のミルだ。
僕が生まれた時にミルを貰ってきて、いつも僕を守ってくれるように飼い始めたらしい。
ミルは僕を見ると久しぶりに会うからか玄関からすごい勢いで走ってくる。
が、リードに繋がれているため、ゆとりのあったリードは徐々に残りが無くなっていき、
ビンッ
とリードが限界を迎えミルの足が止まる。
ミルは一歩下がり、ある程度余裕が生まれたことで
ワンッ
と大きな声で出迎えてくれた。
僕は生まれた時からミルと一緒にいるため、ミルのことが大好きであった。もちろんミルも同じだろう。多分ね。
僕の幼い顔は緩み、ミルに近づく。
僕が近づくとミルが抱きついて来た。
ミルは柴犬の中でも体の小さい方なので、小学生の僕でも支えることができる。
ミルが僕の顔を舐め回す。
僕も仕返しに抱きしめる。
幸せで一杯だった。
盆中であったため、1日泊まった。
おばあちゃんの部屋で気持ち良く眠った翌日、おばあちゃんが起きる音がしたので、つられて僕も起きた。
「どこ行くの?」
と聞くとおばあちゃんは
「散歩だよ、一緒にいくな?(一緒にいくかい?)」
と聞かれ
「行く!!」
と即答した。
パジャマから着替えて外に出る。
日が完全に出て来ていないところを見ると、どうやらまだ4時頃らしい。
小学生にはまだ眠い時間だ。
だが、とあることで一瞬で目が覚めた。
ミルが出迎えてくれたのだ。
尻尾をすごい勢いで振りながら、こちらを見ている。
リードを付け替え、手綱を握りしめた。
ミルは体が小さい割に力がある。基本僕と一緒に歩いてくれるが、寄り道をするたびに引っ張られ、少し疲れた。
学校ではすごく元気のいい方の僕でも、ミルの元気には負けるらしい。
散歩が終わり、家に帰ってくるとおばあちゃんがミルのご飯を持ってきた。
「ミル〜。おすわり、おて、ふせ、だっこ。よーし、えらいえらい。」
ピンと立った耳と一緒に頭を撫でる。
すると、
「せば、飯つくるすけ〜、なぁ、みででや、食い終わったら皿持ってきてけれじゃ。(今度はみんなのご飯を作るから、ミルを見ていてちょうだい。食べ終わったら皿を持ってきて。)」
といって、おばあちゃんは家の中に入ってしまった。
すると、ミルはご飯の入った器を犬小屋の裏に持って行ってしまった。
(そっちで食べるのかな?)
と思いしばらく待つと、ミルは空の器を持って戻ってきた。僕の前に置いたので、皿を持って家に入った。
「お〜、頑張ったな。」
おばあちゃんが褒めてくれた。つい、嬉しくてにやけてしまった。
そうして、夕方頃になると盆中らしく墓に行くそうだ。もちろんミルも連れて。
墓に行くまでの道程で階段がある。今日はそこから行ってみようという事になった。
ミルと一緒に階段を登るのは初めてだった。いつも元気のいいミルならどんどん登るんだろうなと思い登ろうとすると、ミルが付いて来ない。
どうしたのかと思ったが、犬はよく初めて見るものを怖がったりする。きっとそれの類だと思い、だっこして階段を登る。
ミルはミルク色のきれいな毛並みでとてもふわふわしていた。少しすると尻尾が揺れ始め、ちょうど階段も終わったため、やはり怖かったんだと確信して、ゆっくり降ろす。
するとまた元気には走り始め、それからは特に何も無く、墓参りは終わった。
すでに日も暮れ、暗くなり始めたところで、本来の自分の家に帰ることとなった。
ミルとまた会えなくなるのは名残惜しいが、最後にミルを抱きしめる。
すると、ミルは大きく尻尾を振り、ワンと吠える。
「また来るからね。」
と言い残し、車に乗る。
尻尾が少しずついくのが見えた。やはり悲しいんだろうか。
また会おうと心の中で約束した。
言ってしまえば言葉なんていらない。目を見て思えば、僕たちなら絶対通じる。
お互いに信じあっているから。
それから1週間後、居間でテレビを見ていた僕に突然母がこう言った。
「ミル、死んだって。」
母の目は赤く腫れていた。
突然のことでよくわからなかった。
気が動転していたのかもしれない。
だが、何もわからなくても、それでも目からは涙がとめどなく溢れていた。
その後、意味がようやく理解して、涙が止まらなくなった。
声にならない悲しみと絶望が心を支配する。
「あぁ…ぁあ、ああああああああ!なんで!なんで!もっと一緒にいたかったのに!どうして!どうしてええええぇえぇええ!」
涙が枯れるまで泣き続けた。ようやく枯れてくれたのは朝だった。
知らせを受けたのは昼だったはずだ。
知らせを受けてからすぐにおばあちゃんの家へ向かった。
かなり飛ばしていたため、すぐに着いた。
何も考えず、一心不乱に、ただそれが信じられなくて嘘だと信じていたかったから。
だから、僕はまっすぐミルの小屋まで走った。
が、いつもなら走ってきてくれるはずのミルの姿が見えない。
そこには、静かに横たわるミルの姿があった。
最初は眠っているだけなんじゃないかと思った。
でも、それだけは絶対違った。
ミルはいつも元気だったから、僕の前で眠っているのだけはありえなかった。
そのあと、ミルはどこかに連れて行かれた。どこかは分からない。でも僕は信じた。きっと犬の天国だろうと。
あとから聞かされたが、実はミルは元気じゃなかったらしい。
もう歳だから決して元気でいられないらしい。
でも、僕が来た時だけは昔の元気を出して老いを感じさせなかったそうだ。
ミルの小屋をしまおうと移動させた際、下から犬の嘔吐物が出てきた。
ミルはご飯も食べることが出来なかったそうだ。
いつも頑張って食べようとはするも、どうしても吐いてしまっていた。
でも、僕の前でだけは小屋の裏に回ってなんとか食べた振りをしていたようだ。
やはり、僕を悲しませないためである。
話を聞いていてわかったことだが、ミルが階段の前で止まったのは怖がっていたからなんかじゃない。
もうそんな力、残っていなかったからだ。
犬にそんな気遣いができるはずがない。
でも、ミルはやった。
ただ、僕を愛していたから。
たった一人の兄弟として。
それから何年かしてのことであった。
うちの前に子犬が捨てられていた。
小さなピンク色の首輪に
『蘭子』
と書かれている。
ピンと立った耳にミルキー色の毛並み。
少しだけ、思い出した。
ミルの名前の由来はミルク色だから『ミル』
目の前のこの子はミルク色だから『蘭子』
偶然だろうか。
でも、可哀想なので買うことにした。
しばらくして、
「蘭子〜、おすわり、おて、ふせ、だっこ。よーし、えらいえらい。」
教えてもいないのに一連の動きができるようになっていた。
「う〜ん…偶然だな。」
僕は信じない。
でも…… やっぱり好きだ。