9.不かいなもの
ドアのインターホンがなった、らしい。
この部屋のそれが鳴るだなどという事は、一体どれほどぶりの事だろう。たとえなっていたのだとしても、今までならば、私は気付いていなかったに違いない。
今は都合が良いのか悪いのか、私の部屋に居るのは私だけではない。可愛らしい小さな生き物と、おぞましい大きな生き物とが、私にインターホンが鳴ったことを知らせたのだ。
生き物達に一瞥をくれ、私は出るか出まいかを迷った。
こんな生活を始めてから、誰も此処を訪れなくなってから一体何日が過ぎただろう。今更(初期の頃でも、あまりかわらなかったけれど)この部屋を誰かが訪れるだなど、どう考えても面倒事だ。
今か今かと褒められたがっている小さな生き物を小さく蹴り飛ばして、大きな生き物に押し付けた。
私は居留守を決める事を決めたけれど、来訪者はしつこく居座ることを決めたようだ。音が聞こえなくても判るほどに力強くドアが叩かれ、その度に大きな生き物が醜くうろたえ、小さな生き物はわけもわからずはしゃいでいた。
ドアの振動は、次第に部屋全体を揺らめかせた。
ああ、振動がひどく気持ち悪い。嫌だ、さっさと出て行けばいいのに。ここは私の部屋なのに、何を勘違いしているのだ。
私は意地でも出てやるものかと心に決めて、床に置いた手を握り締めた。
今までのよりも、ずっと大きな揺れがやって来る。
私は思わずびくりと跳ねて、それが地震ではない事に失望する。
ひびき続けているそれに、私は体を縮込ませた。体育座りで、顔を埋め込み、出来る限りに小さくなって。
ただ、揺れただけであったのなら。私はこんな風にはならない。ただ単純にただ短絡に、沸き上がるいらつきに身を任せてはあたっただろう。
それで、よかった。そうなる事が、私にはよかった。
そうだ、例えいくらか幼げであっても、例えいくぶん情けなくても、私はそうしていれば良いのだ。
だというのに、なんともおぞましい事があった。私は、瞬間に肌が粟立ち身を竦めた。
外からの、音だ。醜く低く響き渡る、私が望まない汚い雑音。
もはや何も感じなくなった、音ですらない雑音達の間に混ざって、私の体と同化していた、ヘッドフォンを押しのけて、有り得ない、音、が、あろうことか、私に聞こえてしまっていたのだ。
何を畏れ、おののいたのかはわからない。ただ、私の全身は全てでそれを否定していた。近寄るな。そこを動くな。この部屋から、消えろ。私から、立ち去れ。
気付けば私は、私のからだは、あろうことか。無様に惨めに、小さく小さく小刻みに、その体を、絶えず振動させていたのだ。
顔が熱い。赤い。きっと今、私の顔は火より炎より何より赤い。今のこの私に今のこの私が、必死で耐えているその赤で、私の顔は酷く染まっているのだろう。
ふいに、視界が暗くなった。
自らの目の前を覆う暗闇に、私はみっともなくも取り乱しては光りを求めた。
怖かった。
他の余計な言葉など要らない。私はただただ怖かったのだ。だから、私は喚いた。そして、いつからだろうか、泣き喚いた。
もう何も、考えることなどできなかった。わたしが喚く、泣き喚く声が、もう耳から聞こえてしまえる。近くからの大音量に、雑音は意味をなさなくなった。
ああ、ついに意味をなさなくなった。私の最後のだったものが。
私の喚きが、振動よりも遥かに大きくなった頃。慌てたように、戸惑うように、ようやく暗闇は私からのけた。
私はそれに気がつくと、汚らしい、汚らわしい、そのぐしゃぐしゃであろう泣き顔を上げた。
私からその体を退けた、その大きな生きが、私を見て唖然としていた。
脂ぎった汗をながす、汚らしい大きな生き物。
そうであるはずの、そうでなければならないはずの、その大きな生き物に。私は、思い切り抱きついていた。
そして喚いた。続いて喚いた。あらんばかりの力を持って、大きな生き物の巨体を酷く締め付けた。
よってくる小さな生き物を投げ飛ばして当り散らして、私は子どものように喚いた。汚らしい上に醜い、大きな生き物にひっついて喚いた。
173日ぶりの更新・・・です。
しかも長らく何も書いていなかったので文体も何も変わっていますね・・・;
心の赴くままに書いてたらもうなんでしょうこの急展開。
今後も更新に間が開く可能性が大いにありますが、見捨てずお付き合いしてくださると嬉しいです。
ではでは。読んでくださりありがとうございました・・・!