『超能力バトルを砕く』4
次の日、刃哉は料理を作る音で目を覚ました。
人が料理を作る音なんて何年ぶりに聞くだろう、と感動しつつ上体を起こしてキッチンを見る。
「おや、目覚めたのかい?作り終わってから起こそうかと思っていたのだが、丁度いい。すぐ出来るから座って待っていてくれたまえ」
「はいよ」
こちらを見ずに料理を続ける雪奈に返事をして、刃哉は二段ベッドの上から降りる。
昨日寝る時まではなかった木製の机の前に座り、欠伸をする。
「はいは〜い。出来たよ〜」
それからすぐに雪奈は2人分の朝食の乗ったお盆を持って来た。
乗っていたのは味噌汁に鮭に白米と白菜の漬物。
「なんつーか、和食だな」
「日本人として、朝くらいは和食を食べるべきだね」
お盆から卓に並べた後、2人は手を合わせていただきます、と食事の前の挨拶を済ませる。
「悪いな。わざわざ作って貰っちゃって」
「いやいや、気にすることはないよ。どの道、私は朝ご飯を自分で作るんだ。朝食係は任せてくれ」
雪奈は胸にポンッと拳を当て、得意げな表情を浮かべる。いちいち、行動が可愛らしい。
脱衣癖がなければ文句はないのだが、と刃哉は微笑で返す。
「刃哉くんの家の朝食は、和食ではなかったのかい?」
「覚えている限りでは朝食から味噌汁が出てきたことはないな。中1からは1人暮らしでパンばかりだったし」
「家族は?」
「さあね」
刃哉はなんとでもないように、あっけらかんとした声音で答えた。
そして、そのまま声音を変えず続ける。
「全員生きているとは思うんだが、どこにいるかまでは知らない。いや、この前1人は居場所が分かったんだった」
「……親御さんかい?」
雪奈はあまり状況が掴めず、戸惑い気味に尋ねた。
「いや、兄貴だよ。この前ニュースで捕まったってやってたから、今頃フィルゴート刑務所で大人しくしてるんじゃないかな」
フィルゴート刑務所ーー北極に作られた世界で一番厳重かつ最悪な刑務所。
囚人1人に対して1つの個室しか用意せず、周囲500mには一切の建造物はない。
聞いて分かる通り、並大抵の犯罪ではそんなところには収容されることではない。
「んなぁ……!?」
雪奈は絶句し、言葉を失った。
だが、刃哉はヤハハとおどけるように笑う。
(肉親がそんなことになっていることも笑い話にするなんて……)
驚愕の色を隠せない雪奈を気にせず、刃哉は続ける。
「まあ、親の居場所はある程度検討はついているさ。仕事でもしてるんだろうしな」
その台詞は、あまりにも興味なさげに発せられた。
いつも軽薄な言葉を連ねる雪奈でも、それに対して何か言うことが躊躇われた。
「な、なら安心だな」
雪奈は止まっていた箸を進める。
それからしばらくの沈黙が続き、箸が食器を打つ音しか聞こえない。
「そういえば、萩坂先生って知ってるか?」
先に沈黙を破ったのは刃哉だった。
「美玲先生のことかい?」
「ああ。知ってる?」
「もちろんだとも」
さっきまでの重い内容とは違うことで話しかけられたので、雪奈は嬉しさのあまり嬉々として返す。
「どんな先生なんだ?」
「そうだねぇ……すごい人だよ」
「詳しく頼むよ」
「じゃあまず、前提として。この学園にいる先生達は全員能力者だ。それは美玲先生も例外じゃない」
急に真剣な面持ちで話し始めた雪奈につられるように、食べ終わった刃哉は箸を置き、姿勢を正して座り直す。
「使う能力は強化系で、武術的な戦闘でも技術力を伴う」
でも注目するべきはそこじゃない、とご飯粒のついた箸で刃哉を指して、続ける。
「世界でも数少ない能力強化型武具の使い手なんだ」
「ほう……その能力強化型武具っていうのはなんだ?」
「自分の能力を付与することが出来る専用武器のことだよ」
そこで刃哉はあることを思い出す。
昨日、校門で萩坂先生は馬鹿でかい大剣を扱っていた。さらに、あろうことか刀身を粉砕してしまっている。
「その素敵武器は世界に数本しかありません……なんて言わないよな?」
「確かに特注品は存在するするけど、汎用型のやつもあるよ」
刃哉はホッと胸を撫で下ろす。多分、自分が壊したのは汎用型の方だろう。
仮に特注品を持っていたとしても、あんな場所で使うとは考え難い。
「試したいのかい?」
「いや、遠慮しておくよ。俺にとっちゃ無用の長物だ。言葉通りね」
「それもそうだね」
雪奈は小悪魔のようにニヤッと悪い笑みを浮かべる。
「まあ、そういうのを含めて萩坂先生はトップクラスの先生だよ」
予想通りとはいえ、頭の痛い話である。
やはり、始業式の朝は素直に捕まっておいたほうが良かったのかもしれない。
刃哉は自分と雪奈の食べ終わった食器を持ってシンクの中に入れ、そのまま洗う。
「おや?別に私がやるのに」
「流石に食器洗いくらいはするさ。あと、夕飯は俺が作ろう」
「期待しとくぜ〜」
三年間自炊してきたが、今まで一度も誰かに出したことなどなかった刃哉は、この会話に思わず頬が緩む。
2人分の食器の量はたかが知れていて、10分ほどで洗い終わり、部屋の方へと戻ろうとする。
刹那、デジャブのような光景が視界に入る。
「だから、恥じらいを持てよぉぉぉぉ」
視界に入ってから、 コンマ数秒で振り返る。
目の前では下着姿の雪奈が着替えをしていた。
「何をいう。今回は下着を付けているぞ!」
「下着もアウトだ」
「髪の色に合わせて、青をチョイスしているあたりを評価していただきたい!!」
「説明をするな!」
何故か怒り気味に反論してくる雪奈に、刃哉は同じくらいの声で言い返す。
このくらい考えれば先に注意することができた、と反省する。
「とりあえずさっさと着替えを終わらせてくれ……」
「まったくも〜。別に気にしないって言ってるのに」
「俺が気にするんだよ!!」
この後、女子の生着替えの音を聞かされるという地獄を味わったのは言うまでもない。