『超能力バトルを砕く!』1
響と別れの挨拶をして教室を出た刃哉は二階と三階の間の踊り場にある案内板と睨めっこをしていた。
右手と左手を使い、現在地の第1校舎から自分の部屋がある白樺寮までの道順を確認する。
「この建物がここにあるわけだから、白樺寮に行くにはこの道を……よし!」
道順や目印を全てチェックし、到着までの算段を立てる。なぜここまで入念に計画を立てているかというと、異様なまでにトラブルに巻き込まれる、またはトラブルの原因になることが多いからだ。災難に愛されているのか。ただ運が悪いだけなのか。
基本的にスムーズに物事が進んだ覚えがない。
朝にしてもそうだ。寝坊から始まり、街中での落下事故未遂に萩坂先生とのトラブル。最後に関してはそこから連鎖的にいくつかの問題も起こっている。
ほぼ毎日のようにこのペースでトラブルに巻き込まれていると、若干慣れつつあるのも事実である。だが、最初から巻き込まれない、また起こさないことは大切なので注意を払って行動し、時には無視することも必要だとも考えている。
でも悲しいかな、俺自身困っている人を助けずにはいられない性格なため、無視という選択が活躍する場面はない。
「さっさと行くか」
刃哉は振り向き、一階へと向かう下り階段の方へと歩き出す。途端、自分の足につまずき、転びそうになる。
「おっとっと」
よろけた刃哉はたまたま握りしめていた左手で壁にトンッと寄りかかる。
『誤発』
意図せずに能力を発動させてしまうことで、今朝の目覚まし時計粉砕が一例に挙げられるだろう。トラブルに最もなりやすい要因ランキング堂々の第1位であり、最も注意するべきことでもある。
今まさに『誤発』をやらかした左手の触れているところから特殊合金製の壁にピキピキと亀裂が入り、所々から欠片が落ちてきている。
「や、やべぇ」
対能力者用の特殊合金は戦車に使われるほど衝撃に強く硬い。それに亀裂を入れたとなれば騒ぎになることは確実。もちろん、刃哉にこの特殊合金を元に戻す手段はない。
だが、そこで一つの名案が浮かんだ。
先生達は職員会議を、生徒達は自分の寮や興味のある場所に行ったのだろうか、幸いなことに先ほどから先生や生徒の姿を見かけていない。つまり、目撃者はいない。幸い、壁には亀裂だけで穴は空いてないので外からもわからないはずだ。
ならば選択肢は一つ。誰かに見られる前に逃げる。
「おい、そこのお前。何をしている」
現場からの逃走を図ろうとした刃哉に上から声がかけられた。
ギギギギと錆びた機械のような動きで首を向けると上りの階段の上、三階の所からこちらを見下ろす女子生徒の姿が見える。
不知火先輩よりも薄い萌黄色のショートヘアに、引き締まるべきところは引き締まり、出るべきところはしっかりと出ているモデル体型。制服は着崩すことなくキッチリと着ていて、左腕に付けている腕章には『風紀委員』と刻まれている。
風紀委員ということは校内の見回りの途中にでも通りかかったといった具合だろう。見られるには先生の次に最悪な相手である。
「なぜそこの壁は壊れている。どうやって壊した。その壁を壊したのはお前なのか。答えろ!」
少女はその場を動かず、警戒しながら二言目を口にする。
サファイアのような目には敵対心が表れていた。
刃哉は考える。
この状況を面倒ごとを増やすことなく、かつまた穏便にやり過ごす方法を。
とりあえず話し合いで解決できれば問題はない。
「まあ、落ち着いて話し合いでも」
「動くな!私の質問に答えろ!」
少女は怒鳴りぎみに声を荒げて叫ぶ。
どうやら話し合いに応じる気はないらしい。
話し合うどころか動きまで制限されてしまった。
ただ、ここで質問に答えるのはあまり良い判断とは思えない。少女の過度なまでの激昂とこちらに向ける瞳、それと質問の内容から察するに、この少女は壁が壊れていることに対して何かしらの思いがあるようだ。
質問に答え、この壁を壊したのが自分だと分かった時、どうなるか分からない。
「どうした?早く答えろ!」
再び少女の怒号が廊下に響く。
やはり、この怒りに対して質問に答えるのは気がひける。だが、これ以上騒がれて他に人が来るのも都合が悪い。
それなら今取れる最善の行動はさっき決めたのだろう。
(逃げるしかないだろ!)
刃哉は改めて逃走を選択し、下り階段を駆け下りる。望むはこの風紀委員を撒いて、後日他の人に呼び出されること。そのためには外に出てどこかに隠れてやり過ごす必要がある。
昼前にして二回目となる全力疾走で昇降口を目指す。
「え?おい!待て!!」
まさか逃げられると思っていなかった少女の声が、二階から踊り場への階段の途中で耳に入る。
だが、上から追いかけて階段を駆け下りてくる足音が聞こえてこない。諦めてくれたのならば、願ったり叶ったりであるが、風紀委員がこんなことで諦めるだろうか。
頭に疑問が浮かびながらも、刃哉はそのまま駆け下り、一階に到着する。
「やっぱり追ってこないな」
立ち止まり、額の汗を拭いつつ後ろを振り返る。
「待てこらぁぁぁぁぁぁぁ」
ふわりと宙を浮いたさっきの少女が感情を爆発させながら、階段の上に姿を現わす。
「何!?」
「追いついた!風紀委員 川上 遥、容疑者の逃亡により攻撃に移る!」
遥は左腕の腕章を胸の前に出してそう叫ぶと、それから右手を左から右へと振って宙を切る。
すると、そこからいくつかの風の刃が生まれ、刃哉に向かって飛ぶ。
「うお!」
刃哉は横に転がり、それを回避する。風の刃はそのまま刃哉がいた場所の後ろの壁に貼ってあったポスターや張り紙を切り裂いた。
殺してしまわないように威力を抑えている可能性はあるが、それにしてもこの攻撃を受けて傷一つつかない特殊合金の壁も中々のものである。
「風使いか。足音が聞こえなかったのも頷けるな」
刃哉は脳内のメモ帳に『金→電気』と一緒に『緑→風』と追加で書き記す。やはり、髪の色からある程度なら能力の推測出来ることが分かった。
「とりあえず外に出ないと」
転がった体勢からそのまま走り出し、すぐ目の前の昇降口から外へ出る。
校舎の前は少し広めのアスファルトで舗装された道で、刃哉はその半ば辺りで体の向きを昇降口、刃哉を追って来た宙に浮く川上へと向ける。
「諦めたのか?」
宙に浮いたまま、仁王立ちをして腕を組む(組んだ腕に胸が乗っていて何だかエロい)遥は言葉的にも位置的にも上から目線な台詞と共に笑みを浮かべる。
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