第99話「続・戦士たちの猛攻」
今度は第4陣。片や桃色の軽装鎧を身に纏ったツインテールの無表情少女。そして片や筋肉隆々の巨体に脂のたぎった浅黒い肌を照りつかせるヒゲ面巨漢。
あまりのミスマッチな組み合わせに、戦闘前からネタ要素の強さを全面に醸し出している。先の戦闘でのシルビア、レグナムのペア同様、この組も以前お互いに対峙した間柄だ。
「…………」
さながらロボットの如く無表情かつ無言で武器を構えるは、桃色少女のモコ。彼女の専用武器である飛翔刃チャクラムベリーサを両腰から外して、早速と超能力で宙を漂わせる。
「相変わらず奇妙な力を使いやがる。ま、俺様にはこの鍛え上げられた筋肉があるからな。お前の超能力と同じように自由自在に武器を操れるぜ!」
まるで張り合いを見せるように、両手に持つ鎖で繋がれた手斧を軽々と振り回すは、筋肉ダルマのラグレイト。彼はその自慢の筋肉を使い、モコのように手斧を投擲として自在に使いこなす。
「……脳筋」
とはいえ、見た目と性格共に不釣り合いこの上ないふたりには、互いのコミュニケーションもまともに取れたものではなく、豪快筋肉漢の発言にはピンクロボットの冷ややかなツッコミしか返っては来ない。
「ったくこの小娘は……っ! まぁいい、俺様のネビュレイドヴォルツの力、とくと見せてやるぜっ!!」
モコに対して早速と苛立ちを見せ、ややこめかみの血管をピクピクとさせるも、その気持ちを戦いにぶつけるように、ラグレイトは先手必勝の如く目の前にいるキングデーモンへと攻撃を仕掛ける。
両腕に力を込め、絡まる鎖の軋む音を鳴らすと同時に、上体を反らして大きく振りかぶる。そして勢い良く手持ちの斧をキングデーモン目掛けて投げつけた。
まるで豪速球の如きスピードで迫りくる斧を、キングデーモンは寸でのところで左側に身を翻して回避する。この悪魔、尋常ならぬ素早さを持ち合わせているようだ。
だが攻撃を避けられたラグレイトも、それが想定内であったのか、驚きの表情は見せておらず、むしろ不敵な笑みを浮かべている。
「ふんっ!」
大きく息を吸い込み、全身に酸素を巡らせて気合を入れると、地を蹴って前へ突進した。敵に当たらず空を切った斧は、そのまま落ちた場所の地面にめり込んだ状態だ。それを引っ張るようにして自分自身を前進させたのである。
その方向には、斧を避けた直後のキングデーモンの姿があった。回避行動をとった反動で体勢がまだ整えられていない様子。そこへ鎖が巻かれた太い腕が悪魔に襲い掛かる。
瞬間、強烈なラリアットがキングデーモンの喉元に直撃し、そのまま後方数十メートル先へ吹き飛ばした。敵は相当なダメージを受けたが、これだけでは戦闘不能には陥らず、多少のよろけは見せながらも立ち上がり、反撃の行動に移ろうとする。
だがラグレイトは間髪入れず、素早く斧を手元に戻しながら10メートルほど間合いを取り、再び相手目掛けて投げつけた。
今度はふたつの斧がキングデーモンの立つ左右から回り込むように迫り、それぞれの鎖がその体に巻き付いて捕縛させたのだ。
「おらよ、小娘っ! 最後はてめぇで決めやがれ!!」
そしてモコに対しての掛け声と共に、ラグレイトは両腕を上部へ振ると、鎖を開放させると同時にキングデーモンを空中へと放り投げた。
「行くわよ、チャクラムベリーサ」
モコ自身も戦況を冷静に見据えており、ラグレイトの合図なくともここが攻撃のタイミングであると理解していた。ゆえに愛武器チャクラムベリーサを宙に浮かせて集中し始める。
「念導転写……斬血の嵐!」
集中を解き放つと同時に技の名を言うと、モコは浮遊する2枚の円盤をキングデーモン目掛けて発射する。
前回のようにチャクラムベリーサの制御を解除し、限界突破させる代わりに敵味方区別なしに攻撃するものではなく、今回の技はモコがしっかりと愛武器を制御していた。
だが前述の突破技が見せたような勢いで、まるで旋風の如く円盤達が空中にいるキングデーモンの体中を次々と斬り刻んでいく。
十数秒も経たぬうちに、それは激しい血しぶきをあげながら敵の肉体がバラバラにされていった。
「えげつねぇ攻撃だなおい……。あの時そいつを俺様にやってたら、今頃ここにはいなかったと思うぜ……」
「大丈夫。人間相手には使わないから……たぶん」
「たぶんってなんだよおいっ!」
どうやらこのミスマッチこの上ないふたり組に対する不安要素は杞憂に終わったようだ。
偶然か必然か定かではないが、このように息の合う攻撃が繰り出せれば、この投擲ペアはかなりの強硬になるであろう。
第5陣は、プリメーラとソニカだ。この組み合わせを聞いて疑問に思う者は少なくないだろう。そう、両者共に守り専門の法術士であるという点だ。
回復と防御に優れ、パーティーの支援役としては欠かせないこのクラスであるが、あろうことに法術士ふたりのみで強敵とされるキングデーモンを相手にしようというのだ。
だが、考えもなしに無作為に編成されたペアではない。敢えてこの法術士ふたりを組み合わせたことに意味はあるという答えが、この後明かされるであろう。
「えっと、ソニカって言ったかしら? 貴女、法術士としてルール違反をしていますわね?」
開口一番、早速とプリメーラがソニカに対し、禁術に手を染めていることを見破って追及してくる。
「キャハハハハ! なによ、アタシは魔族を崇拝する集団に所属していたのよ。やっちゃいけないことなんて日常茶飯事だわ!」
開き直りと取られ兼ねないが、ソニカは真っ平らな胸を張ってドヤ顔を見せつけながら堂々と白状する。
「そういうことは自慢げに話すものではありませんことよ。さぁ、とにかく今はあの魔物を退治してしまいましょうか」
「キャハハハハ! と言ってもアンタは普通の法術士でしょ? 禁術で攻撃に転じることができるこのアタシに任せなさいっ!」
自分勝手にもソニカはプリメーラが指示を出す前に率先して動き出した。懐から漆黒のワンドを取り出しては、早速と呪文を唱えて己の目の前に魔法陣を作り始める。
ワンドをくるくると回しながら、ソニカが念を込めると、魔法陣が光り出してそこから無数の光線を発射させた。これは魔信教団本部にて、ステラとの戦いで繰り出してきたあの術だ。
「あらあら誰かさんに似て自信過剰ですこと。まぁ積極的なのは良いことですわね」
対するプリメーラも、そんなソニカを咎めるわけでもなく、むしろ微笑みを見せながら杖を構えて戦闘態勢に入る。さすが法術学校の校長を務めるだけあり、さながら教育者のように相手の良いところを伸ばすような姿勢をも見せている。
「キャハハハハ! マジでKILLする5秒前っ! このアタシの術で死になさいっ!」
半ば狂乱とも言えるような口ぶりで魔法陣から光線を出し続けるソニカ。さすがのこの攻撃量ではキングデーモンも避けきることは不可能。
大ダメージではないようだが、十数発ほど光線の直撃を受けたキングデーモンは表情を歪ませてたじろぎを見せる。
「何発かは当たっているけど、致命傷を与えるにはもっと集中的に当てなきゃダメみたいね」
そう独り言を漏らすと、ソニカはワンドを再び回して魔法陣に念を入れ込む。
すると今度は、広範囲に発射されていた光線が収束されはじめ、直径1メートルほどの巨大なビーム砲の如く放たれる。これならば分散された攻撃力が集中し、威力が増すが……。
「なにっ!!」
先ほどとは異なり、範囲がピンポイントに絞られているため、容易く回避されてしまった。
「なるほど、その攻撃ならばあの気味の悪い魔物を仕留められるかもしれないですわね。要は当てられればというわけですわ。ソニカ、今の攻撃を今度はワタクシ目掛けて放つのよ。でも色々な場所に移動するから、外さずに全部当てなさい」
「はぁ? それってどういう……まぁ、わかったわ。じゃあ行くよっ!」
「えぇ、よくってよ」
―其は時空に留まりし光の記憶
いざ我と共に経つ時の旅行者―
「翔転移!」
プリメーラは合図の如く即座に呪文を詠唱して行動に移す。その直後、彼女は突如姿を消し、すぐさま別の場所に出現する。
「キャハハハハ! どうなっても知らないわよっ!」
早速とソニカは、集中させた光線を出現したプリメーラ目掛けて放つ。
―其は万物を遮る絶衝の壁―
「魔防壁!」「反射!」
黒法術士の放ったビーム砲はプリメーラへの直撃コース。だが彼女は巧みな高速詠唱で法術を展開。自身の前に1枚の大きな壁を出現させると、ビーム砲を跳ね返したのだ。その向かう先は——。
初めに立っていたプリメーラの姿を見失い、辺りを見回してたじろいでいるキングデーモンに、突如とビーム砲が襲い掛かる。
「ソニカ! どんどんお願いしますわ!」
プリメーラが合図をすると、それに倣ってソニカが次々とビーム砲を放つ。
空間転移術と、魔法バリアの反射派生させた術を一瞬で且つ絶妙なタイミングで交互に詠唱するプリメーラは最早超人の域だ。
あまりの術の展開の早さに、傍から見ればビーム砲が次々と屈折してキングデーモンに降り注いでいるようだ。
成すすべなくビーム砲の直撃を何度も食らった敵は、攻撃の終了と共に跡形もなく黒い消し炭となっていた。
「……プリメーラ。あのステラの師とも言える人で、且つアルファードの法術学校長でもあるって話だったわね。事前に聞いてはいたけど、瞬間移動ができる法術なんて初めて見たわ……。それにあの詠唱速度、最早人間業じゃない」
戦闘終了の意を示す幕が下り、喝采無き静寂の中、感嘆の息と共に独り言を漏らすソニカは、この時既に、先ほどまで毎度見せていた鬱陶しい高笑いを止めていた。
その癖すらも忘れさせるほどに、プリメーラの法術士としての実力に圧倒されていたのだ。
キングデーモンを退治すべく編成されたツーマンセルの戦いも、第6陣までと迎える折となった。此度相まみえるのはシルフィとティアナのペア。
片や魔術士と片や騎士。いずれもエルグランド城に仕える者同士であり、お互いを良く知る仲であるが、性格的には噛み合わせが良くないようにも思える。
「さぁ~てとティアナちゃん、あの気持ち悪いモンスターちゃんをどうやって懲らしめようかしらぁ?」
「そうね……これまでの戦闘データから察するに、迂闊に手を出すのは危険な相手。打つ手はしっかりと、かつ迅速に精査しなければならないわね」
シルフィはこの言動からも見て取れるように、いかなる状況でも一貫してマイペース。間延びしたおっとり口調で周囲のテンポを狂わせてくる。対するティアナは騎士にして科学者。常に冷静で物事を客観的に分析して的確に行動する。いわば喬介タイプだ。
この組み合わせも、事戦闘において有効的であるか否か、疑問符が浮かぶかもしれないが、意外にも想像を裏切る結果が見られることであろう。
「とはいえ、ここはあの手で行く方法が最も良策かしらね。いくわよシルフィ!」
「りょうか~い♪」
「ちゃんと理解しているのかしらね、まぁいいわ。はぁぁっ!」
先陣を切ったのはティアナ。翠色に輝く刀身の細剣を片手に地を蹴る。彼女は魔術国エルグランドの屈指の魔法騎士であり、操る愛武器の風の術属性を纏うそれは、聖隼剣セイラウィンダム。
剣のリーチ内に近づくまで突進するのかと思いきや、十数メートル手前で平手突きのモーションを取る。すると次の瞬間、剣先から風が巻き起こると、忽ちにそれが渦を巻いて水平方向に竜巻が展開された。
竜巻は猛スピードでキングデーモンに迫る。あまりの速さに回避する余裕もなく直撃。その竜巻はすぐさま垂直に方向を転換し、敵を上空へ巻き上げた。
直後ティアナは高く跳躍し、間髪入れぬ動きでキングデーモンへ攻撃を仕掛ける。弓の弦を引き絞るように剣の持ち手を背面に反らせると、上半身をバネにして前へ突き出して、その動きと共にキングデーモンの真横を過ぎ去る。刹那、空間に無数の風の刃が出現。それがかまいたちとなって敵に襲い掛かかった。
「今よ、シルフィッ!」
空中でティアナが掛け声で合図を送る。その先は名指しの通りシルフィ。彼女もタイミングは理解していたようで、この時既に呪文の詠唱が開始されていた。
シルフィは己の口から同時にふたつの言葉を発する。”二重詠唱”という彼女の固有スキルだ。彼女の前で魔術書が宙に浮いたままページが激しくめくられている。そして閃光の如く強く光を放つと同時に術が発動された。
ー燃やせ焦がせ爆ぜろ
汝は全てを焼き尽くす豪欲なる炎神
この大地に轟かせよ爆炎の賛歌ー
「灼熱焦爆!」
ー地脈を司りし大地を守護する精霊よ
巨石を抱き天地の歪みを呼び起こせ
我放つは地を揺らす絶豪の波動ー
「天地崩壊!」
使用されたのは、火と地それぞれの最上級術だ。
火の術は炎を操る魔獣イフリートの力を借りて、巨大な地獄の業火を巻き起こし、周囲の物質を消し炭にしまうほどの高熱で相手を跡形もなく焼き尽くす。
一方の地の術は大地の精霊ゲオスノームの力を借りて発動させるもの。対象の周辺に局地的な大地震を起こし、繰り返される大地の隆起と陥没によって完膚なきまでに相手を粉砕する。
これらが複合されたことによって、ティアナが最後に繰り出したかまいたちの攻撃を受けて、地に落下してきたキングデーモンの周辺で活火山の噴火とも思われる大地の怒りが繰り出されると、異形を地割れに引きずり込んだ後全てを溶解させるマグマの地獄へと葬り去った。
「相も変わらず容赦ないわね。最上級術は単体だけでも相当な魔力を消耗するというのに……それを二重詠唱で同時にふたつ発動させるなんて……」
「あらそうかしらぁ。どうせふたつの呪文を唱えるなら一番強い術を使いたいじゃない」
(まったくこの人は……。でも、闇属性を除く全ての最上級術を使える上に、それを何度唱えても尽きることのない魔力量。私の見立てでは、こと魔術に関してはあのアーシェラ様よりも凌ぐのではと思う)
術の威力に圧倒されて、止めていた息を吐きだすように嘆息しながらティアナは言う。更には科学者さながら、彼女なりの分析と見解を独白していた。
対しシルフィはこれがさも当然のようにして振る舞い、のんびりと両腕を仰いで体をほぐしていた。
ここまで活躍を披露してきたペアもとうとうこれで最終組となった。第7陣はティーダとココアの兄妹ペア。かつては各々の個人プレイと兄妹のじゃれ合いを鑑賞してはきたが、ふたりが共闘するのはこの場が初の舞台となる。
両者共に奇特な性格の持ち主である上、片や極度のシスコン、もう一方はゴスロリ衣装のギャル。とても相性の良いふたりとは思いもよらないが、果たしてこの戦闘は成り立つのであろうか。
「さぁてとマイラブリーシスター。どうやってあの魔族ちゃんを退治してあげようかネ?」
「いやキモいからマジやめてその呼び方。ま、とは言ってもねぇ……アタシの華術単体じゃどうにもならないから、兄貴の彩術に頼らざるを得ないんだけどさ。ぶっちゃけ、彩術に華術を掛け合わせたことないんよねぇ」
彩術と華術、既知の通りティーダとココアがそれぞれ独自に開発したオリジナルの術で、前者は色の力を引き出し魔術のような破壊力を生み出したり、独特な補助効果をもたらすことまで可能だ。
対して華術は補助専門ではあるが、花の持つ香りの力を利用して、誰もが圧倒するほどの効力を発揮する。ただし一部の術には効果が切れた際のペナルティが生じるものもある。
先ほどのココアの発言のように諸問題を抱えているようだが、罵られたティーダから自信ありげな含み笑いが見受けられる。
「さっきからなにニヤニヤしてんの、キモいって言ってんじゃん」
「まぁそう言わずにマイラブ——」
「蹴り殺すよ」
「うわぁ怖い怖い。ま、そういうところも可愛かったりするんだけどネェ。って……これ以上は本当に殺されてしまいそうだからおふざけはこの辺で終わりにしようカ。いいかいココア——」
「え、な、なによ……」
半ば嫌がって怪訝な表情をする妹をよそ目に、兄のティーダはこそこそと耳打ちでなにかを伝える。
「マジで言ってんの? そんなことできるかなんてわからないし、試したこともないんだよ?」
「大丈夫、大丈夫。さ、敵ちゃんも待ってくれないし早速やるヨ!」
未だ慌てた様子を見せるココアに有無を言わせず戦闘の準備に入るティーダ。
早速と自前の術具であるルミオンパレットを取り出し、虹色の刷毛を輝かせる筆を親指の上で器用にくるくると回してみせると、専売特許の彩術の発動フェーズへと入る。
「安寧の緑」
始めに繰り出されたのは、春の陽気を感じさせるような若々しい緑。ティーダが大きく右手を仰いで筆を一振りすると、辺り一面を瞬く間に草原のような光景へと変化させた。
「さぁココア、君の出番だヨ」
「わかってるっての」
(マジで成功すんのかなぁ……彩術の色にアタシの華術を乗せるなんて……)
おぼろげに疑念を抱きつつも、ココアは自身の肩からぶらさげているピンク色のポーチに手を入れ、中にある花の種の配合を掛け合わせると、すぐさま華術の詠唱に入った。
ーテスカ・フロミール・ロッソ・バノ・シエールー
「フラワーズカーニバル」
放たれた術はかつての魔族との戦闘時に陸徒へ施したものだ。圧倒的な力を持つ魔族をも凌駕するほどの超人的な力を手に入れることができるものだが、それと引き換えに術の効果が切れた時は戦闘不能に陥るほどの副作用を伴う諸刃の剣だ。
本来この術は人間に対して使用するものであるが、今回はなんと彩術によって作り上げられたフィールド上に直接掛けている。果たして効果のほどは……。
「…………」
特に変化は見られない。術を唱えたはずなのになにも発動されなかったのだ。ココアは驚きを見せるどころか、落胆したかのように目を座らせてただ呆然と立ち尽くす。
「大丈夫! 花を咲かすには栄養が必要だからネ!」
案ずる妹をよそ目にティーダが再びパレットの筆を泳がせて彩術の詠唱に入る。
「恵みの水色」
次に使用した彩術は、直接なにかに色を塗るという行為ではなく、色のついた筆を仰ぐようにして虚空に翳す。すると次の瞬間、上空よりしとしとと大粒の雨が降り注ぎだした。
件の隕石によって一部焦土と化した大地が、ティーダの彩術によって緑地へと変わり、そこに巨大なジョウロを添えたかの如く局地的に清水が満たされる。
場面は瞬く間に変化していく。荒廃した地面から青々とした草花たちがめきめきと姿を現すと、忽ちにシエンタの丘を思い出させるような一面に咲き乱れる花畑が完成した。
「え、なにこれどうなってんの? アタシの華術が、人間相手以外に発動されてる……?」
極彩のフィールドの中心に立ち尽くしたまま、ココアは口を開けながら素っ頓狂な表情をしていることに自身も気づかず、ただ驚嘆するばかりだ。
「さぁ、遠慮なしに初っ端フルパワーで行っちゃうヨ!」
斯様な妹の様子を見て不気味な笑みを作りながら、ティーダは仕上げとなる最後の術を繰り出す。
「永遠の虹!」
ティーダはそう叫ぶと、筆を遊ばせたパレットから様々な色が、煌めきを放ちながら光の粒子となって噴射。それらはまるで極寒の地に見られるブリザードの如く空気中に散りばめられ、先ほどの花畑に降り注ぐ。すると刹那、咲き乱れる花々から虹色に輝く光の帯が吹き出し、キングデーモンの周囲に瞬く間に霧散していく。
その輝きと共にキングデーモンは浄化され、姿かたちも残さずに消え去った。
「え、なにこの術……ヤバすぎでしょ……」
「いやホントすごいヤ! 華術が乗った彩術、こんなにも感動的な色を作り出せるなんテ……」
ココアは当然ながら、この状況を促していた当人のティーダでさえも驚きをいっぱいに表現し、むしろ自身の予想を遥かに超えた出来栄えに狂喜乱舞している様子。
「まったく、兄貴ってばホントに研究バカというか、絵描きバカというか……」
呆れと笑いの混ざった顔を作りながら、一抹の勝利の余韻に浸るココアであった。




