第97話「再び訪れる脅威」
煌々と大地を照らす太陽。そよぐ風に揺られ、まるで波音のように奏でる若き草花たち。その広大な草原の上に美しき城と広がる町。
ここミドラディアスの中心地とされる、大国アルファード。そこへ件の任務を終えた戦士たちが順々と帰還してきた。
「どうやら皆、首尾よくいったようだな」
玉座にて待つザルディスが全員の帰還を確認すると、謁見の間へと集まった者が、それぞれに任務の結果報告をして周知させる。
水、火、地、風のプリウスの魔石を持った各班は、各々の属性を司る守護獣と遭遇。そして魔石を元あった場所へ、あるいは守護獣自身へと返した。
魔石を全班が同時進行で戻さなくてはならない問題については、各班に伝心石を持たせることで解決し、見事任務を完了させる運びとなった。
「プリウスの魔石を元に戻したけど、今のところ特になにも変わった様子はないのね」
「元々は世界のパワーバランスを保つための物だって言っていたからな、変化が見られないのは当然だろう」
「肝心なのはこの後の行動ね。あの時現れたレクサスからはなにも告げられていないわ」
「そうだな。また呼び出せば現れるのか……?」
状況の変化を感じず、波美が呟きながら人差し指を顎に当てていると、喬介、ティアナとコメントが返ってくる。そして、レクサスへ今一度指示を仰ぐべきと、陸徒は自身のソードホルダー納めている魔術書アリストへ手を添えようとする。
「な、なんだ……!?」
そこへ突然、大きな地震と共に、とある方向から爆発音のようなものが聞こえてくる。
すぐさま、ザルディスの持つ伝心石が鳴り出すと、そこからこの場にいる者全員に聞こえるほどの大声で、とある報告が返ってきた。
「ザルディス様! た、大変ですっ! 町の東門に突然隕石がっ!!」
連絡をよこしてきたのは城の兵士であった。
「なんだと!? 民は無事か? 被害状況は?」
「状況は確認中ですが、現状では死傷者は確認されておりません。ですが、門は……ほぼ全壊の状態です」
「くっ、なぜ隕石が……。あの時と同じ、まだ魔族が生き残っていたというのか!?」
報告を受けたザルディスが舌を噛んで原因を探っていると、隕石という言葉にモコとシルビアが記憶を引っ張り出したように、ハッと目を大きく開いて驚きの表情を作る。
「まさか……あいつ、またここにっ!?」
モコ、シルビアの反応には陸徒も気づいていた。そしてある推測へとたどり着く。
隕石を作り出すことを可能とする方法は古代魔術。それを使用できるのは魔族のみとされているが、魔族は先の大戦にて全滅へと追い込んだ。ザルディスが危惧するように、生き残った魔族がいる可能性もゼロではない。しかし現状として最も考えられるのは……。
先ほどの陸徒たちの頭には、ある人物が浮上していた。なによりも、陸徒、シルビア、モコの3名は実際にその人物が作り出した隕石の術を目の当たりにしている。
陸徒はにわかに地を蹴るようにして、謁見の間を出て城の外へ駆け出す。それに倣って矢継ぎ早にモコとシルビアが動くと、ほかの面々も慌てて後を追っていく。
緊急事態に城を飛び出すという行動はこれで2度目だな……。
陸徒はミドラディアスへ訪れた初日の夜、神剣ラディアセイバーを手にし、初めての戦闘経験を経た。自身にとって忘れることのない思い出を脳内に蘇らせながら、当時とは逆方向の東門の方へひた走る。
彼の後方ではシルビアとモコが、そして更に後方よりほかのメンバーも一斉に追ってきている。
現場に到着するなり、その凄惨な光景に全員が目を見開いて生唾を呑み込んだ。
コンクリート製のブロックで造り上げられた重厚な外壁と、鋼鉄製の堅牢な門は見る影もなく粉砕し、周辺十数メートルの家屋や建物も破壊されている。これだけの被害となると、死傷者はひとりもいないというわけにはいかないだろう。
「おい空也っ! 近くにいるんだろ、とっとと姿を現しやがれ!」
城下町の敷地外へ出た陸徒は、その張本人であろう弟の名を叫ぶ。
パニックで逃げ惑う人々の騒ぎ立てる騒音が遠くから聞こえながらも、陸徒にとっては一抹の静寂の時が流れる。そしてひゅーっと髪をなびかせるそよ風が吹いた直後、崩れた外壁の陰から少年が姿を現した。
「やっぱり、お前だったんだな」
「……」
現れたのは案の定空也。陸徒の言葉に弟はいつもと変わらず無表情で黙ったまま。ただ、背筋に寒気が突き刺さるような冷徹な瞳は、教団のデオル、そして仲間のステラを殺したあの時と変わりなかった。
しばしふたりの間に沈黙が流れた後、空也は徐に懐からあるものを取り出しては、物を捨てるような大雑把な態度で前へ放り投げる。
ドサッとやや重みのある音を立てて、地に落ちたそれは、紫色の表紙で施された魔術書であった。
「……魔術書、アリスト……」
「それがアリストなもんか。偽物だってのはわかっている。本物……僕の魔術書アリストはどこだっ!」
陸徒の言葉に空也は徐々に声を荒らげて言う。どうやら先の戦いにて魔術書をすり替えたことには既に気づいているようだ。
兄は眉間に少し力を入れて弟の表情を見ながら、自身のソードホルダーに納めている本物の魔術書アリストに、こっそりと片手で触れて確認する。
(こいつを空也の手元に戻してしまっては意味がない。だがこの場に必要であるのも間違いない。だから持ってきた)
陸徒は以前の空也との戦闘時と同様に、本物の魔術書アリストの必要性を感覚で理解していた。
(陸徒、本物の魔術書アリストを空也に渡しちゃダメだよ!)
(!! お前、レクサスかっ!?)
(そう。とにかく、僕がなんとかするから、それまでこの場をどうにか切り抜けて)
そこへ突然、陸徒の脳内にレクサスの声が響く。驚きを隠せないながらも、周囲にそれを気づかれぬよう、必死に平静を装う。レクサスの言うなんとかする、とは一体どういう意味なのだろうか。
「……まぁいいや。すぐに取り返してあげるから。それより——」
空也は、前回のように魔術書を手放してしまった怒りで激昂することはなく、まるで人が変わったかのように冷静である。
「せっかく僕が作り出した色んなお友達を向かわせたのに、ぜーんぶ倒して、仕舞いにはプリウスの魔石を元に戻しちゃったんだね。残念だよ」
「やはり、あの気味の悪いデーモンってやつを各地に召還したのはお前だったか」
「うん、そうだよ。あーあ、これじゃ作戦が台無しだよ」
「……作戦? なんだそれ……?」
空也は乾いた息を漏らしながら、仕方なくといった表情で回答しようとしたその時、なにもない空間から突如と、ある人物が姿を現す。
「……それは私が答えるとしようか」
どす黒く圧の掛かったような禍々しい渦が空間に出現し、中から出てきたのは、白銀の長髪を靡かせ、黒いマントを身にまとった男、バサラであった。
陸徒にとってはこの男とは魔信教団本部以来の対面であるが、あの時と変わりない心臓をつかまれた感覚を味合わせる威圧感と、全ての生物を虫けらのように見下す冷徹な瞳は、今もなお陸徒たちに絶対的な恐怖感を与えてくる。
「バ、バサラッ!!」
陸徒を始め、後方にいる特定の面々は、バサラの登場に表情を歪ませる。
「おいでなすったかい。これであの時の雪辱を晴らすチャンスが来たってもんよ」
「そうね。相変わらずものすごい気迫だけど、あたちたちだってあれから強くなったのよ。今度は負けないわ!」
「波美と同感だな。俺たちにはもう敗北などない」
スカイラインにて、バサラの圧倒的な力を前に完膚なきまでにやられ、瀕死の重傷を負わされたアクシオ、波美、喬介は微塵も臆することなく、敵意をむき出しながら武器を構える。
「ふっ、まぁそう生き急ごうとするな。とはいえ、あの忌々しい竜族の力を持つ貴様らは少々厄介だ。ここは、今一度あれらの力を借りるとしようか」
「て、てめえ一体なにをするつもりだ……?」
陸徒が問いかけると、バサラは黙ったまま空也の方へ視線を移すや否や、彼もそれに応えるかのように頷き、右手を虚空に翳しだす。
すると、空也の周囲に黒い渦が出現する。それは、バサラや空也が度々使用する、姿を現したり消したりする際にしようする亜空間の渦と酷似していた。その数7つ。
「さて、奴らが出てくるまでに、先ほどの作戦とやらについて答えてやろう」
バサラは相も変わらずの不敵な笑みを見せながら、先の作戦というものについて語りだす。
空也とバサラの言う作戦とは、世界の破滅。言うなれば、2000年前の戦争時と同様、魔族の手によるミドラディアスと人類の滅亡と支配。今一度それを成し遂げようとしているのだ。
ゲートクリスタルから排出されたプリウスの魔石が、各地元に戻されたことは彼らの誤算でもあったようだが、今となっては些末な問題としている。
その理由として挙げられるのが、空也の存在だ。彼がいれば、かつてのディアブロのような魔族が全滅しようとも、魔族の僕であるデーモンを無尽蔵に呼び出すことができる。つまり、魔族側の戦力が失われるような状況にならない。
従って、今ここで空也と共に、ラディアセイバーを始め、竜の力や、魔術を超える術など、魔族にとって脅威となる存在を完全に葬る為に、バサラ自身も現れたということだ。
「世界の破滅とか、悪い奴が考えるようなありきたりな野望なんてのは、俺たちがぶっ潰してやるよ!」
「そうね。今のあたしたちには、これだけの心強い仲間がいるのよ。絶対に負けないわ!」
バサラの野望を耳にしても臆する者などおらず、陸徒と波美が力を込めて言葉を発する。
そうこうしている内に、空也の手によって生み出されたものが徐々に姿を現し始める。黒い亜空間の東から、這い出る異形なるもの。それは、これまでに見たことのないものであった。
姿形こそ、魔族のそれに似ているものの、頭部より突き出した2本の角、そして背部より広がるコウモリのような大型の翼。これらが眩い黄金色を放ち、従来の魔族とは一線を画す形態をしていた。
「なんだ、こいつら……。魔族には少し似ているが、角と翼の色が……」
「その内から放たれる気迫、まるで魔族の頂点に君臨するかのような……」
アクシオとシェリルが驚愕した表情でそのものを視界に捉えている。
「そう。こいつらはキングデーモンだ。まさに魔族の王とも言えるその力、存分に味わうがいい」
バサラは両手を広げながら、陸徒たちを見下し嘲笑うかのように残忍な眼光を突きつける。




