第95話「嵐陣に這いよる狡猾なる悪魔」
最後の、喬介をリーダーとした陸徒及びココアの3人は、風の力を司るプリウスの魔石を返還すべく、かつての風の谷へとやってきた。
エルグランド王国領の中心に位置し、周辺一帯が強風域とされている。その中で最も強き風が吹き荒ぶ地が、ここ風の谷だ。彼の地ではまともに歩くことさえままならず、忽ちに侵入者の体力を奪っていく。ゆえに谷の最深部へ到達できる者は数少ない。
「んも~! なんなのよこの風、マジうざいっ!」
早速と文句を垂れてきたのは、華術使いであるフリフリメイド服ギャルのココアだ。
「仕方ねぇだろ。なんだって風の谷なんだからよ」
「はぁ。せっかく陸徒くんと同じ班だからと気合入れて髪型セットしてきたのに。これじゃ台なしよ……」
「そうか? 俺には普段と変わらなく見えるが……」
「んもぅ。こういう女の子のちょっとした外見の変化に気づかないようじゃダメよ~」
「知るかっ!」
「ま、これからはアタシがその辺しっかりと教えてあげるから、感謝しなさいよね!」
「んなもん頼んでねぇ……」
と、斯様な悪環境下であるにも拘らず、機嫌にも他愛のない会話を繰り広げている陸徒とココアだが、そのふたりのやり取りには一切入り込まず、リーダーの喬介は黙々と前だけを見てひたすら歩み進む。
おしゃべり好きのココアは、話題提供にこと欠かず、早速と喬介をネタに陸徒へ話を振る。
「ねぇ、あの喬介って人はいつもあんな感じなの? やたらクールぶっててつまんないんだけど」
「あぁそうだな。自分が興味を持たないものには全く関与してこない。それに、あの人に面白みを求めたって無駄だぜ」
「ふ~ん。なんかちょっとやりづらいね。と言っても、気持ち悪いアタシの兄貴みたいな感じでも困るけどね」
「喬介さんがティーダのようにか? ははっ、ないわ! むしろ想像できねーし」
「だよね~。マジうける!」
(あいつら、俺の前で好き放題に無駄話を……)
平生を装ってはいるものの、意外にも周囲の会話には聞く耳を立てている喬介であった。だがその彼をよそ目に、ココアの雑談は続く。
「そういえばさ、道中に陸徒くんが話してた、谷の近くにあるラクティスの町だっけ? そこには寄らなくて良かったの? 知り合いがいるんでしょ?」
「リアラか。確かに、かつて俺たちがここに来た時に共に戦ってくれた仲間だが……」
陸徒は過去の記憶を引き出しながら、現在の空也の状況と重ね合わせ、徐に表情を曇らせていく。
風の谷から南へ徒歩で半刻程度の場所に、ラクティスという小さな町があり、風車が建ち並ぶ景色が印象的だ。そこには陸徒が言葉にした、ひとりの少女がいる。
名はリアラ。以前プリウスの魔石に引き寄せられた邪悪な気によって精神を侵され、谷のモンスターたちが狂暴化してしまった事件で関わった、幼き魔術士だ。空也とも歳が近いこともあり、ふたりは特に意気投合し仲良くしていた。
言うなれば、今回陸徒が町に立ち寄るをの避けた理由がそれであった。当然ながら、リアラは空也が魔族化してしまったことを未だ知らない。隠さなければならない理由もないが、わざわざ伝える必要もない。彼女に余計な心配はさせたくないという陸徒なりの配慮があった。
「そうなんだ。アタシは、陸徒くんがそう気を遣いたいって言うなら構わないけどさ。ただ、そのリアラって子からしたら、空也が魔族になっちゃったからこそ、元に戻すために力になりたいって思うんじゃないかな?」
「確かに。それも一理あるけどな……」
「んまぁ、こーんなしんみりした話はあまり好きじゃないし、今回の任務だって、アタシの華術があれば恐いものなしよ!」
「いやぁそれはどうだろうか……」
話題を切り替え、己の十八番である華術を題に挙げてきたココアに、陸徒は否定的な言葉を返す。特に意図して小声で言ったつもりはなかったが、吹く強風によって掻き消され、彼女の耳には届いていなかった。
華術は、読んで字の如く花の香りが人体に与える効能を利用し、術として掛けた相手が超人的な力を得たり、悪い作用を抑制させたりするものだ。また、魔術のみの力を完全に遮断させる花のバリアを張ることも可能だ。
非常に強力な術で、魔術をも凌駕する力を得られるという点では陸徒も高く評価しているが、逆に力を得た代償が、状況によっては致命的なレベルで大きいということをデメリットとして見ている。
これは、陸徒自身が直接体験した件もあり、使い方次第では仲間たちを危険に晒しかねない。それを危惧していたための、先ほどの陸徒の反応だった。
だが、斯様な諸刃の剣である華術の使いどころを上手く見極めるための、喬介の存在がある。彼の知能や分析力の高さから、戦略、戦術において最適な手段を考えついてくれるはずだ。
当の本人は相も変わらず寡黙に歩み続けている。陸徒とココアも雑談が絶えることなくしばし時が流れたが、とある時点にて喬介が突如と足を止めた。
「ん? どうしたの急に止まったりして」
「さぁな。喬介さん、なんかあったのか?」
現在、彼らのいる場所は谷の中腹を越えた辺りの地点。プリウスの魔石を戻す所である最深部付近までは幾ばかりかまだ距離がある。
「お前たち、無駄話ばかり続けているから気がつかないんだ。すっかり囲まれているぞ」
視覚的に気がつくことはできずとも、喬介の言葉ですぐさま状況を察知したふたりは、耳元で太鼓でも打たれたような顔で早速と周囲の気配を確認する。
「げっ、いつの間にこんな状況になってんの!?」
「し、しかもこの気配……。知らないものじゃない!!」
時既に遅しといったところは否めない。3人は何者かに周囲を取り囲まれていたのだ。
徐々にしてその数と実体が明らかになる。無数のコブにも似た岩や、削ぎ落とされたような絶壁の崖を這いつくばりながら、4つの足をゆっくりと動かして現れたものは、かつてのアークデーモンと非常に良く似ていた。
異なる点といえば、今回のものはトカゲのような爬虫類を模した姿であること。しかしその内から放たれる禍々しい気迫は、まさにアークデーモンのそれと同種であった。
魔族の系統種とより多く戦ってきた陸徒は、いち早くその正体を見抜くことができた。とはいえ、喬介に指摘されるまで気がつかなかった点は褒められたものではない。
「なにこいつら。マジでキモいんだけど。もう、陸徒くん知ってたらどうしてもっと早く言ってくれないのさ!」
「いや、こいつらの正体を知っていただけで、気配には気がつかなかった。ってか、お前がおしゃべりばっかしてんのが悪いんだよっ!」
この場に及んで責任の擦り付け合いをする陸徒とココア。どちらにも否があることであるが、自分たちが置かれている状況を無視してケンカを始めるふたりに、さすがの喬介も熱を上げてきた。
「お前たちいい加減にしろ! 今更原因を責め合ったところで机上の空論だ。とにかく今は、自分がなにをすべきか考えろ!」
司令塔としては適材適所。常に沈着冷静でいる喬介が、いざという場面で気を強めて声を荒らげることで、喝を入れられたふたりはようやく我に返る。
「す、すまん喬介さん……」
「メンゴ! もう、こんなキモい奴らさっさと倒しちゃお!」
「あぁ。しかし、これだけの数相手にどう戦うべきか……。広範囲に攻撃できる魔術を使える奴はいないしな」
「アタシの華術は完全に補助型だから、直接相手に攻撃する方法はないよ」
あえてと自ら攻撃担当外宣言をしてくるココアだが、これは既知のとおりだ。ここは当班のブレーンである喬介に即興の作戦を乞うべきだろうが、敵の数目視でおよそ20体。更には索敵が出遅れたことが仇となって、まともな作戦時間をも与えられずに敵が行動を開始してきた。
3人を取り囲んだアークデーモンらしきものは、四つん這いで強く地を踏みながら姿勢制御に入り、まるで戦艦の砲門の如く一斉に口を開けると、中から燃え盛る炎の球を吐き出してきたのだ。
「げっ、あれって魔術じゃねぇのか? まずいぞ!」
「ちっ」
ふたりの剣士は各々の大刃を盾代わりにと、柄を顔前まで起こすように通して、咄嗟の防御態勢に入ろうとするが——。
「ブロッサムスクリーン!」
突然ふたりの背後から声がした。ココアの華術だ。
刹那3人の周囲に薄緑色の膜が展開される。その直後、放たれた炎が激しく舞い踊り、3人のいる場所を高熱で包み込んだ。だがすぐさま全ての炎が蝋燭の火を吹き消した時のように消滅する。
「サンキューココア! お前いつの間に術を唱えてたんだ?」
「相手は魔族の類っしょ。だからソッコー魔術使ってくるって予測済みだったし」
ココアの絶妙なタイミングによる補助によって、見事魔術のダメージを完全に防いだ。
しかしこれは万能な守りの術ではなく、有効であるのは魔術のみ。従って物理攻撃に転じられてしまっては防ぎようがなくなる。
とはいえ、この状況で敵側に一時の隙が生まれたため、ようやく喬介が即座に練った作戦が展開される。
-咲き誇れ華麗なる美しき花々
ルカ・フィッソ・ロアーヌ・ゼロ-
「ローズブラスト!」
喬介がココアに与えた指示は、早速と肉体強化の華術を使用させるものであった。
対象は無論アタッカーのふたり。術の言葉の如く、彼らをバラの香りが艶やかに抱擁する。バラは疲労回復と身体の活力向上の効能があるため、陸徒と喬介がこれまで風の抵抗を受け続けた肉体の疲労を回復させ、加えて筋力と敏捷性を高める事で、数に勝る相手をスピードで圧倒する戦法だ。
「さぁふたり共やっちゃいな! アタシはちょっと重要な考えことがあるから」
「なんででお前が仕切ってんだよ! ってか重要な考えこと……?」
陸徒は怪訝な表情をしながらもその詳細を聞き出そうとしたが、すぐさま戦いへ意識を向き直し、襲い掛かろうとする敵を迎え撃つべく、喬介と共に攻撃を開始する。
「はぁぁぁっ!」
先に仕掛けていったのは喬介だ。陸徒の持つ神剣ラディアセイバーの同形の幅広な刀身を有する剣。名を蛇剣ヴァイパーブレイドと言う。それを居合いの如き姿勢で構えると、左側に大きく体をねじらせ、その反動で目前の敵数体を横薙ぎにする。
華術による補正で従来よりも動きにスピードが乗り、重量級の大剣さながらの破壊力を何倍にも増加させているようだ。
「喬介さんすげぇな! よし、俺も負けてらんねぇ!」
喬介の戦いぶりに感化された陸徒はそう言った後、いざゆかんとばかりに士気を高めて動き出す。
前方に群がった敵目掛けて突進すると、手前で高く跳躍し、空中で体を前転させながら遠心力をつけていく。そしてそのまま勢いよく剣を地面へ叩きつけた。その衝撃によって対象の敵数体を吹き飛ばす。
それだけには留まらず、陸徒と喬介は超重量級の武器をものともせず、俊敏な動きで敵を翻弄しながら次々と薙ぎ倒していった。
-咲き誇れ華麗なる美しき花々
ダム・ベイル・リズオール・ヴォル-
「ラフレシアタッチ!」
一方ココアは、完全に補助役に徹しているためか、攻め立てる敵に対し、ラフレシアという世界で最も強い悪臭を放つと言われている花の香りをぶつけて、攻撃対象が自分から退くよう対処している。
しばし続いた陸徒たちの猛攻で、戦況が優勢へ持ち込めるかのように思えた。ところが、この戦法における懸念事項が徐々に露になってくる。
「く、体が……!」
「こいつは……っ」
戦いの最中、ふたりが突然動きを鈍らせ、攻撃を止めてしまった。そして全身から尋常でないほどの汗を出し、歯を食いしばって顔を歪ませる。
ふたりの変化に気付いた敵は、これを好機と見たのか反撃を繰り出してきた。
「くそ、させるかよっ!」
この状況を予測していなかったわけではない。過去に同じ体験をしている陸徒は、自らの気合いによって体を奮い立たせ、迎え撃つべく剣を突き出して敵へ攻撃をする。
しかしなにか硬いものに当たった音が鳴り響くと同時に、陸徒の刃は弾かれて虚空を泳ぐ。
華術の副作用によるスタミナの低下は否めないが、それだけと解釈するには難く、明らかに敵の防御力が上昇したような感覚を覚えた。陸徒はすぐさま敵を凝視し、剣を弾いた正体を突き止める。
なんと、体表を覆っていた岩のようなものが、金属のような鈍色を光らせていた。これは先ほどには見られなかった現象だ。
「こいつ、金属みたいに体を硬質化させやがった!」
「なんだとっ!」
敵が変異した事でふたりが驚愕を見せる中、ココアは陸徒の言葉を受け、頭上に電球を光らせた表情で意気揚々と声を発してきた。
「わかった! こいつらの名前、硬い岩に覆われているからロックデーモンって呼ぼう!」
「「…………は?」」
性格的に相容れぬ陸徒と喬介が仲良く言葉をシンクロさせる。それだけにココアの発言は完全に場の空気を無視しているものであった。
「お前、まさかさっき言っていた重要な考え事って……?」
「うん、これ。やっぱ名前ってめっちゃ重要って感じじゃん?」
最早返す言葉もなかった。陸徒は顔面の筋肉をピクピクと痙攣させながら呆れた表情で視線を送る。喬介に至ってはさながら殺意すら感じさせるほどの目つきである。
「こんな時に名前なんかどうだっていいだろ! んなことより、こいつらめちゃくちゃ硬くなって剣が通らなくなってやがる。喬介さん、どうすればいい?」
怒りを覚えながらも、陸徒はすぐさま気を落ち着かせて、喬介にこの戦況を攻略する為の案を受けようと指示を仰ぐが……。
「……あぁ。どうすべきか……」
返ってきたものは喬介らしからぬ反応。通常ならば冷静に状況を分析、そして最良の策を判断して次なる手を講じてくるのだが、まるでなにかに脳の働きを妨害されているかのようだ。
そのなにかとは言うまでもなく、華術使いのココアのことを指している。彼女のような天真爛漫でいて自由奔放な性格は、全てがロジックで構築されている喬介にとっては、歯車の動きを狂わせる要因であり、天敵であった。
これは明らかに班の編成ミス。癖のあるもの、つまり華術とココアを上手く扱ってくれるだろうという考えが裏目に出てしまった。
華術は使い方によっては非常に強力な術だ。強敵をも圧倒する力を手に入れられる。だが今回は術の使用者であるココアの性格的な問題と、喬介との相性の悪さから、司令塔が機能せず、陸徒も翻弄されてしまっている。
早くもピンチに陥ってしまっている3人。陸徒と喬介は先ほどの華術の副作用により、疲労困憊の体で息を切らせている。斯様な状態ながらも剣を構えて敵の出方を伺っているが、ロックデーモンたちは体表を硬くして防御力を高めたために、現状物理攻撃による手段が塞がれてしまっている。
ココアに至っては攻撃するすべがないため、華術以外では役に立つ要素はない。斯くしてこうも簡単に手詰まり状態になるとは誰が予想できたであろうか……。
「あ~もうっ魔術さえあれば私の華術で強化して、あいつらを一網打尽にしてやれるのに!」
「んなこと言ったって、魔術士なんていねぇだろうが! ないものねだりすんな!」
やるせない思いがこみ上げ、陸徒も罵詈雑言を放つ。
不本意な絶体絶命。このまま無様な敗退を遂げるのかと思った矢先、どこからかとある言葉が聞こえてきた。
-残虐たる風虫よ、旋気を解いて圧となれ-
「風圧塵!」
次の瞬間、陸徒達の周囲でなにかが発動される。谷中で吹き荒んでいた強風が、この場でのみその勢いを止める。そしてロックデーモンたちが突然耳を刺すような奇声を発した直後、石化したかのように硬直。刹那、まるで風船の如く、体の内部から破裂して体液を飛び散らせ、絶命した。




