第90話「水の魔石を待つもの」
―満ち猛し燃ゆる炎よ、空を裂いて彼を貫け―
「火炎弾!」
そこへ、後方から突如魔術を唱える声が聞こえた。
生み出された炎の球は、最も近くにいたマリンデーモンに直撃する。爆発音と共に対象は一瞬にして炎に包まれた。
だが唱えた術が下級術であることと、敵の体表を覆う水分によって炎は忽ちに掻き消された。
「貴様らっ……よくも、子分たちを……許せねぇっ!!」
術を放った主はセドリックであった。子分を殺されてしまったことで激昂する彼は、敵を鬼のような形相で睨みつけている。
先ほどの炎はあまり効果を成さなかったが、これでひとつ判明した答えがあった。
「こいつら、アルファードの時みたいに術が効かないタイプなわけじゃなさそうだね」
その答えにいち早く気がついたシルビアは、近くにいたマリンデーモンに対して攻撃を仕掛けようとする。
だがそこへ、マリンデーモンは素早く跳躍してシルビアの剣閃を回避。と同時に海中へ飛び込むと、それに倣うようにして他のマリンデーモンたちも順々と海の中へ姿を消してしまった。
暫時静寂が流れるも、突如と船底から衝撃が伝わってくる。
「くそっ、あいつらまさか船を破壊して沈める気かっ!?」
セドリックの発言は予想的中。マリンデーモンたちは己が最も適応した環境へと敵を引きずり込み、一気に殲滅させるつもりのようだ。
「そんなことさせるかっ! プリメーラ、水の上でも動ける術を頼む!」
「ええ、わかりましたわ」
シルビアは知性は低くとも、類稀な戦闘センスから生み出される咄嗟の判断力で、プリメーラへ的確な指示を送る。
早速と和装の淑女は、流暢な呪文の詠唱により、水の属性防御術をすかさずシルビア、シルフィ、セドリックの3人へと掛ける。4人以上となると術の効果が薄れるため、本人は機動力の高い飛行の術で空中からの支援に回る。
アタッカー3人が海面に着水し、遂に本格的な戦闘が開始された。
近接戦闘はシルビアとセドリックが。シルフィは魔術を使用。見た目と性格よるイメージとは裏腹に、装備による回避性能の高さによって、マリンデーモンの攻撃を難なく避けるシルフィ。相手が海中にいる状態では魔術の使用が制限されるが、斯様に攻撃時に海面から身を飛び出させた隙を狙って、弱点とされる雷属性の術を放つ。
―黄昏に蠢く紫電の蜘蛛よ、糸を紡いで輝を撃て―
「電糸膜!」
姿を現したマリンデーモンをすかさず電気を帯びたクモの巣状の網で捕える。その直後、強力な電撃を浴びせて殺傷する。
「さすがだなシルフィ。アタイたちも遅れを取るわけにはいかないよ!」
「けどよ、こう海の中にいられちゃ手が出せねぇぜ」
「だったら、海から出させてやればいい」
手をこまねくセドリックに対し、シルビアは得意気な表情で口角を吊り上げると、炎の力を持つ紅剣クリムゾンゼストを解放する。そしてそのまま剣を海中に浸した途端——。
「双竜剣五の撃、炎竜爆熱波!!」
すぐさま技の名を叫ぶと、紅剣が凄まじい閃光を放ち、周辺の海水を沸かせて一瞬にして熱湯にさせる。
耐え難い高温に堪らず海中にいたマリンデーモンたちが次々と外へ飛び出してきた。
「よっしゃ! 大漁大漁♪」
思惑通り、トビウオのように海から姿を現す魚モドキを迎え撃とうと、シルビアとセドリックは剣を構える。
ところが敵は予想外の行動に出てきた。なんと滞空状態のまま体勢を立て直し、一斉に腕を突き出したままミサイルの如くふたりに襲い掛かる。
「なんだとっ!?」
不意を突かれるも、ふたりは迫り来る鋭い爪を剣で受け弾こうとする。しかしマリンデーモンの強烈な突撃を防ぎきることはできず、シルビアは迂闊にも大ダメージを負う。セドリックは運良く無傷ながらも、ふたり共に海中へと沈められてしまった。
水の属性防御術の効果によって水中でも呼吸は可能であるが、水の抵抗は多少受けてしまい、地上と比べると思うように動けないのは当然。この環境下では敵の格好の餌食になるのは必至だ。
元海賊のセドリックはいわゆる海の男。泳ぎは得意である。よって海中で襲い掛かってくるマリンデーモンに必死に対抗する。だがシルビアは体の動きが見られず、海中に沈んでいく一方。先ほど受けた攻撃によって気を失ってしまったようだ。
セドリックは剣を勢い良く横に薙いで敵を一時的に散らし、その隙をついて大急ぎでシルビアの元へ泳いでいく。
「海中に沈んだふたりは無事ですの?」
プリメーラがシルフィの隣へ飛んで来ると、状況の確認をする。
「わからないわぁ。私も助けに潜ろうとしたのだけれど……」
言葉を止め、シルフィが視線を送る先には、海面をぐるぐると回るように漂うマリンデーモン数体。シルビアたちを狙う側とは別に、プリメーラとシルフィを妨害しているようだ。
「不味いですわね。いくら水の属性防御術を掛けているとはいえ、この状況では……」
プリメーラは属性防御術の性質を熟知しているが故、戦況が芳しくないことを危惧していた。
水の属性防御術は、既知の通り水面でも歩行することを可能とし、水の中での呼吸も同様。ただし、それはあくまで長時間水中にいられるというだけだ。他の属性とは少し異なり、水中での抵抗を打ち消すことはできない。それが呼吸を手に入れる代わりの代償となる。
場面は戻り、なんとかシルビアを確保したセドリック。だが海面の方へ見上げた視線の先には、マリンデーモン数体が彼らの行く手を阻むように待ち構えていた。
(クソ、今の俺様たちは呼吸できるとはいえ、水の中にいる状態は変わりねぇ。地の利は完全に向こう側にある)
セドリックはこの状況を打開する策を考える。無暗に戦ったところで水中生物の活動環境下で、人間が勝とうなど不可能に近い。おまけに魔術を使おうにも不運なことにセドリックは火の術専門。水の中では使用不可だ。
ともなると上手くこの場を脱出して海上へ逃げるが最優先。セドリックは目だけを動かして周囲を見回し、相手の隙を伺っているが、気を失ったシルビアを抱えているため、思うように動けない。ましてや前述の如く敵が水中型であるということが、困難を極めるに十分な状況であった。
(ふっ、こいつぁ中々おもしれえ展開じゃねぇか、クソったれ!)
覚悟を決めたセドリックは、半ば開き直ったかのように剣を構える。そして最も付近にいるマリンデーモンに対し、牽制の突き攻撃を仕掛ける。
ところが水の抵抗により動きのスピードが激減し、あっさりと避けられてしまう。そのまま突き出した腕を鋭い爪が襲う。
「うおぉっ!」
鮮血によって視界が一瞬遮られると、その隙をついてここぞとばかりにマリンデーモンたちが一斉に攻撃を繰り出してきた。
だがセドリックも必死で抵抗する。なによりも気絶したシルビアに攻撃が当たらないよう、自分の身を挺して庇った。
体中のあちこちを切り裂かれ、セドリックの体力はもう限界となっていた。このままではふたり共海の藻屑となってしまう。だが成すすべもなく、奇しくも死を覚悟しようとしたその時、海中の別方向よりなにかが迫ってきた。
「もう一刻が経ちます。なのにふたり共まだ海から上がって来ませんわ」
「まさか……シルビアちゃん!?」
常に笑顔。おっとりと間延びした雰囲気でモコと同様なにを考えているのかわからないシルフィも、今回ばかりはシルビアの身を案じて表情が穏やかでなくなっている。セドリックは眼中にないのだろうか……。
敵の強襲で自分たちも海に沈められるのを防ぐため、シルフィは直径数メートル程の流氷を作り出し、プリメーラと共に戦況を伺っていると、そこへ突如海中にて異変が見え始める。
まるで地震でも起きているかのような振動が海の上にも伝わってくる。そして間もなくし、強大な轟音と共に海の底から巨大ななにかが浮かび上がってきた。
「な、なんですのあれはっ!?」
「わぁ! 亀? イカ? 触手がいっぱい!」
ふたりがその光景に圧倒される。
シルフィが口にしたように、亀のような、はたまたイカのような、巨大な生物が数多の触手を海面より突き出して現れたのだ。新手の登場かと、ふたりは咄嗟に身構えるが、どうやら様子が変だ。
その触手の先端には、マリンデーモンたちが巻き寿司の如く捕縛されていたのだ。仲間が捕えられている状態を見て、海にいるマリンデーモンたちも一斉に巨大モンスターに対し攻撃を開始する。
ところが、まるで赤子を扱うかのように、何本もある触手を巧みに操り、次々と敵を捻りつぶして返り討ちにする。捕縛していたものも強く締め付けることで一瞬にして圧死させてしまった。
「す、凄いですわ……。私たちが苦戦したマリンデーモンをいともあっさりと……」
寸分も経過せぬ間にマリンデーモンは全滅。その様子にプリメーラとシルフィはただ驚くばかりであった。
するとそこへ、巨大モンスターの頭部と思われる場所より声が聞こえてくる。
「おーい! プリメーラ、シルフィ!」
なんとその声の主はシルビアだった。
戦闘が終息を迎え、周囲の海が再び元の静寂を取り戻す。その戦闘を終わらせたことと、シルビア、セドリックが助かった理由は他でもなく、あの巨大なモンスターであった。
態勢を整え、流水の洞窟へ船の進路を戻し再び航行する。その船体の脇にて、海面を並走する巨大モンスターへ視線を移しながら、セドリックが口を開いた。
「そいつは、ログノスキュラに違いない」
「ログノスキュラ!? それは確か、大海原に棲む伝説の海獣でしたわよね」
「事前に陸徒から聞いていた、水の魔石を守る守護獣でもあったはずだ」
斯様に、その巨大モンスターの正体は、伝説の海獣ログノスキュラ。かつて陸徒たちが水のプリウスの魔石を手に入れる際に、戦闘を繰り広げた相手であった。
当時は陸徒たちの手によって仕留められてしまったが、以前大地の精霊ゲオスノームの言葉にあったように、生まれ変わりを遂げて再びここに生誕したのであろう。
「どうしてその伝説の海獣ちゃんが、シルビアちゃんを助けてくれたのかしらぁ?」
「恐らくそれは、プリウスの魔石を取り戻しに来たのではないかしら」
「だが、石っころを取り戻そうと、俺たちに敵意を出しているみてぇでもねぇな」
「……待っているんじゃないかい? アタイたちが直接魔石を元に戻すのを」
先ほどからシルフィの発言にセドリックが欄外となっている様子はさておき、プリメーラやセドリックが疑問を持ちかけるが、シルビアが彼女なりの解釈を寄せてくる。
確証はないにしろ、戦闘時に彼女たちに味方してきた点や、行き先へ追走して来ている現状を踏まえると、その解釈は妥当であると考えられる。
斯くして、難を乗り越えた一行は、水のプリウスの魔石を元に戻すため、ログノスキュラと共に流水の洞窟へ船を走らせる。




