第87話「魔術書と杖が示す光」
翌朝、陽が昇り世を照らし始めて間もない頃に、陸徒はふと目を覚ました。
部屋のベランダへと身を出し、東の方角から顔を覗かせる朝陽を眺めてから、ゆっくりと体を縦に伸ばして寝起きの固まった筋肉を解す。
体調、気分共にまずまずといったところ。先の戦闘による怪我も、法術のおかげで既に完治している。これより、今後の動向について、主要メンバー全員で集まり話し合う予定である。
陸徒は朝食を済ませた後、謁見の間へと向かう。到着すると、そこには既に何人か集まっていた。
当然ながら、超絶早起き娘の波美はその中に含まれている。他にはザルディスとシェリル、喬介にティアナがいた。
意外なことに喬介、ティアナのふたりが談話していた。その様子を見て陸徒は少しばかり驚きを見せるも、改めて考えればマッドサイエンティストと宮廷科学者の組み合わせだ。話題の内容は大方察しがつく。
順次他のメンバーも追々と集まって来る。アクシオ、シルビア、モコにプリメーラ。そこにしばし間を空けて、最後にシルフィがやって来た。時間的に別段遅刻というわけでもなかったのだが、自分以外のメンバーが既に集まっている様子を見ても尚、特に急ぐこともなくゆっくりと歩いて来た。このマイペースぶりには脱帽。最早称賛に値する。
「よし。みんな集まったようだし、そろそろ話を始めようか」
頃合いを見て陸徒が話を始める。口を動かしながら話が全員へ行き渡りやすいよう玉座の付近へ移動すると、自ずと他の面々の視線が彼へと集中した。
「まずは、俺たちがアルファードに戻る前に、エルグランドにてアーシェラ女王と情報の刷り合わせをした内容の確認をしよう」
内容、それは竜の力を受け継ぎし者についてである。初期の段階でシルビアがそれに該当する人間であること。また、アクシオもその可能性が高いという点が挙げられていた。
そこで、先の魔族との戦闘で明らかになった情報と、浮かび上がった情報がある。それは……。
「あの時の戦いを目にした俺の解釈だと、アクシオの力が天翔脚。そして波美、喬介さん、ふたりも竜の力を受け継ぎし者……で、いいんだよな?」
陸徒はそう言い終えると同時に、ふたりの方へ視線を移す。するとすぐさま波美が回答してきた。
「そうよ。りっくん正解。あたしのは大地の力を使う地懺孔。そしてお兄ちゃんの力は闘気を具現化させる覇装属。つまり、あたしとお兄ちゃん、アクシオ、シルビアの4人が、この世界に存在する竜の力を受け継ぎし者よ」
「ちょっと待ってくれ。アタイとアクシオがそうであるというのはまだ理解できるが、どうして異世界から来たそのふたりが、竜の力を持っているんだい?」
波美と共に再臨したアクシオ、喬介はどうであるか不明だが、これまでの情報から考えれば、皆がシルビアと同じ疑問を持つであろう。
そこへ、今度はその疑問へ回答するように、波美は陸徒へある確認をしつつ、話を続ける。
「……りっくん、あたしのお父さんの実家って、神社なのは知っているよね?」
「あ、あぁ。確か、古くからその地を守る龍の神様を祀っているんだったよな。……あれ、龍?」
塩崎家は代々神社を受け継いでいる家系であり、ふたりの父親も次代の神主となる予定だ。
その神社は塩崎観龍神社といい、その地域に古くから伝わる龍の神様を祀っている。そこで参拝すれば、龍のように元気な子宝に恵まれるといわれ、安産祈願の神社としてもそれなりに有名である。
竜という意味ではその観点から見て、兄妹に繋がりはあるのだろうが、ふたりは陸徒と同じ表の世界の人間だ。裏の世界であるこのミドラディアスで滅んだ竜の力がなぜ異世界の人間に……。と、単純な疑問に行き着く。
その答えを、波美はある特定の者に起こった出来事を踏まえて述べてきた。
「あたしとお兄ちゃんは、時期こそずれはあるけれど、ある日同じ夢を見たの……」
彼女の言う夢とは、レクサスが現れたということ。陸徒やティアナが体験したものと共通していた。
ふたりの夢に出たレクサスの話によると、戦争の最後まで生き残って戦い、死した竜族4体のうち、2体の魂は異世界……つまり、陸徒たちのいた表の世界に流れ込んできたと言う。
例の魔族の魂を追って来たことが真の理由であるらしいが、実体を持たない魂の状態では魔族側を攻撃する等、直接的な影響を与えられない。そこで、魔族の魂を追う内に辿り着いた芦羅鉱山にて、波美と喬介の存在に気づく。
神社の家系である理由から、幼い頃より龍の加護を受けていたふたりは、竜族の魂と同調。その力を授かったというわけである。
「なるほど、そういうことだったのか」
「波美たちが俺と同じ竜の力を持っていたって、聞いた時は正直冗談だろって思ったが、その天才的な戦闘能力を見りゃ納得のいく話だ」
アクシオの言葉同様、始めは誰もが荒唐無稽に思えるような話でも、レクサスの夢の件も踏まえ、波美と喬介両者の卓越した戦闘能力を見れば納得せざるを得ない。
「さて、竜の力については大方纏まったな。残るはこいつと……それだ」
頃合いを見て陸徒が次なる題目へ話を振る。そして自身の腰のソードホルダーに括り付けていた魔術書を手に取ってから、シェリルの所持している杖を指差す。
「あらぁ? 陸徒ちゃんの持っている魔術書から、前とは違う雰囲気を感じるわぁ」
普段は何かと鈍感に思えるシルフィも、己が魔術士であるからか、陸徒の手にする魔術書から放たれるなにかを感じ取る。
「さすがだなシルフィ。なんだってこいつは本物の魔術書アリストだからな」
そう、これは同じ魔術書アリストであっても、夢の中でレクサスから託されたレプリカではなく、本物であるからだ。つまり、彼が空也との戦闘の際、魔術書を蹴って拾ったタイミングで、密かにすり替えていたというのだ。
「で、もうひとつシェリルの杖についてだけど——」
「はい……。これはクレスタの形見でもある、魔杖ルプス・プレミオです。この杖がどうかしたのでしょうか?」
陸徒の見た夢にてレクサスは言っていた。詳しくはその杖が教えてくれると。要するに、クレスタが魔術書アリストをザフィーラの博物館から盗み出した件から始まる、事の真相がこれで明らかになるという意味なのだろう。
「シェリル、ちょっとその杖を貸してくれ」
陸徒はシェリルから魔杖ルプス・プレミオを受け取り、徐にその場にて杖と魔術書を足元へ置く。彼としてはやり方を知っていたわけでもなさそうだが、ただなんとなくといった程度の気持ちでの行動が、偶然にも現象を引き起こした。
視覚的にそれが起きたのは杖の方だ。本体は神秘的なまでの煌びやかな黄金色を放ち、先端の中央には深海色の大きな石が。その両端に翠と深紅の石が填められており、深紅が電球のように淡く点灯している。
光はゆっくりと凝縮してから真っすぐな線となって上昇すると、その線が不規則的な動きを見せながらなにかを形成していく。
数十秒ほどでそれは完成された。見たところ人の姿をしているが、この場にいる数名が、その姿を視認するなり驚愕の声を漏らした。
「こ、これはっ!」
「おいおい、一体どうなんてんだ?」
「ねぇりっくん、これって……?」
「あぁ。多分……」
声を漏らした数名とは主に、プリウスの魔石を捜索していたメンバーだった。それもそのはずで、彼らの視線の先には、石の光から作り出されたクレスタの姿があったからだ。
「クレスタの爺さんの、ホログラム映像ってやつか?」
陸徒が口にした言葉は、彼ら側の世界で時折耳にする単語だ。SF映画などでは頻繁に拝見できるもので、技術的な差異はあるものの、現代でも既に実用化されている。
簡単に言うと、なにもない空間に、光によって立体的な映像、主に人物や建物といった物体を射影させる技術だ。当然、このミドラディアスではそのような科学技術は存在しないが、魔術等といった概念がある。その類の力によって、疑似的な現象を発動させていると考えて良いだろう。
その解釈に補足するようなかたちで、シェリルの口から説明がされる。
「わたくしたちの世界では、これを念法写術と言います。あまり数多くは存在していませんが、魂霊石ソリオの力で1度だけ死んだ者の魂を呼び戻し、対話することができます。この魔杖ルプス・プレミオにはその石が填められているのです」
「なるほど。そんなもんがあったのか。ってことはつまり、ここに映っているクレスタの爺さんと話せるって意味だよな?」
そう言いながら、陸徒はクレスタの姿を模った映像を指差す。すると、そこにいる眉雪は陸徒に顔を向けるなり軽く微笑みを返してきた。
「うおっ! じ、爺さんが笑ったぞ!」
「魂を呼び戻すって、つまりこれっていわゆる……ゆ、幽霊みたいなもんなんだろ?」
シェリルの口振りから察するに、このミドラディアス版ホログラム映像は差して珍しいものではないと解したが、アクシオとシルビアは初めて体験したようなたじろぎを見せている。逆にシルフィやティアナ、プリメーラたちは冷静な表情で落ち着いている。
それは恐らく、魔術や法術など、学術的なものに精通している人間はなんらかの経験、あるいは知識があるからではなかろうか。
「お久しぶりですね、クレスタ」
頃合いを見て、シェリルからクレスタへ話し掛ける。
「ご無沙汰しております、シェリル様。あれからまた一段とご成長されましたな。このクレスタ、非常に嬉しく存じますぞ」
「すげぇ。マジでクレスタの爺さんと現在進行形で会話している」
ホログラム映像そのものには多少の馴染みはあるものの、死んだ人間と再度会話をすることなど、当然陸徒たちの世界では有り得ない現象だ。波美や喬介も同様に感嘆の表情を見せている。
「陸徒殿や皆様もお元気そうでなによりです。……空也殿がこの場にいないのは、彼が魔族となってしまったからですな」
「クレスタの爺さん、あんたやっぱりなにか知っているようだな」
「左様にも。今ここで、私の知る全てを話しましょうぞ」
そう言って、しばし間を空けてから一呼吸すると、クレスタは再び口を開く。
「陸徒殿たちがミドラディアスへやって来る数日前、私はある夢を見ました……」
話によると、彼の夢にも陸徒たちと同様、あの少年レクサスが現れたそうだ。そこでレクサスは、じきに異世界から4人の人間が召喚されてくることをクレスタへ告げたのだ。
レクサスの生まれ変わりである少年と、その力を受け継ぐ少年の兄弟。そして竜の力を持つ兄妹の4人。無論、陸徒と空也、波美、喬介のことを指している。
更には、レクサスの生まれ変わりである少年、つまり空也は、魔族の後継者という対極の性質も併せ持っていること。そしていずれ魔族は復活を遂げ、空也も魔族へと変貌してしまう未来も既に予知していた。この流れはどう足掻いても避けること叶わぬ必然のシナリオ。あのバサラが言っていた内容と全く同じであった。
以上の情報を踏まえ、レクサスはクレスタへ3つの命令を下した。1つはザフィーラの博物館から魔術書アリストを手に入れること。2つ目はその魔術書を空也へ授け、魔術を教えること。そして最後の3つ目は、空也との強い信頼関係を築いた後、彼の前で死ぬこと……。
「……クレスタは、自分が死んでしまう運命を受け入れていながらも、わたくしたちと旅をしてきたということですか?」
「左様です。これも魔族からこの世界を救うため」
「どういうことだよ。でもそれが原因で空也は魔族になっちまったんだぞ!」
騒ぎ立てる陸徒へ、クレスタは精悍な顔つきで頷くと、更に話を続けた。無論、レクサスから与えられた3つの命令にはそれぞれに理由があった。
1つ目の理由、それは魔術書アリストはかつて、レクサスが所持していたということ。当時の彼に魔術の心得があったのかどうかは不明だが、魔術書には持ち主の念が宿るという説は既知のとおりだ。
更に驚くべきは、魔術書が保管されているザフィーラの博物館は、魔信教団の管理下にあったということだ。つまりは、魔術書アリスト自体が魔族となんらかの関連性があったのではないかと推測される。
魔術書アリストは、正攻法ではまず手に入れることは不可能に近いと思われた。従ってクレスタには盗み出すという選択しかなかった。とはいえ、魔術と法術の両方を使いこなす優れた術者であったクレスタにとって、教団の目を欺き魔術書を盗む行為など造作もないことであった。
首尾よく魔術書を手に入れることに成功したクレスタは、早速とアルファード城へ戻り、空也に魔術を教える。元々魔術に対して強い興味関心を抱いていた空也は、魔族側の力……つまり魔術を習得する。
それは単に気まぐれで空也に魔術を教え込んだのではなく、神剣ラディアセイバーから彼の意志を逸らせる、或いは持たせないためであった。それはラディアセイバーの持ち主となったまま、魔族化させるわけにはいかなかったからだ。これが2つ目の理由である。
そして3つ目。クレスタは空也の師として心を通わせ、お互いに強い信頼関係を築いていく。その最中、嶺王火山にてフレイバルディアと交戦中、クレスタは命を落とす。
惨劇を目の当たりにしたことで、空也の中で眠っていた魔族の心が、増大した憎しみによって覚醒のスイッチが押され、魔族化への道を辿る結果となった。
「……あたしたちの知らないところで、そんな思惑が動いていたのね」
「要するにそこまでは、レクサスのシナリオとバサラのシナリオが並行して進んでいたというわけだ」
「陸徒ちゃん、それってどういう意味かしらぁ?」
「プリウスの魔石のことだろう。それを集めて魔族を復活させる目的はレクサスのシナリオではない。最も、あのバサラという男の存在がある限り、これは避けられない話だったのだろう? っく、そんな事実も知らずに俺とアーシェラは無駄な足掻きをしていたというのか……」
「お兄ちゃん……」
シルフィの問いに対し、喬介が陸徒の代わりに返答する。
言葉を発しながら徐々に悔やみと遺憾の想いが込み上げ、表情を歪ませる喬介を、妹の波美は切なげな眼差しで見つめていた。
さながら喬介の言葉そのものでもあり、プリウスの魔石捜索から始まった魔族復活への道。そして空也の魔族化。ここまではレクサスとバサラ両者のシナリオが同時進行してきたかたちとなっている。
問題はこれからの話。空也が魔族化して以降のバサラの具体的な計画は不明であるが、レクサス側の画策はどうであろうか。陸徒の夢の中で彼が語っていた事柄、竜の力については解明した。魔杖ルプス・プレミオからクレスタの魂を呼び戻し、彼から隠れた謎の真相を知ることもできた。しかし、そもそもなぜ空也をあえて魔族化させる必要があったのかが未だ不明だ。
また、魔術書アリストのレプリカについては、詳細な使用方法は明示されなかったが、陸徒の勘によって、空也の所持していた本物とすり替えることに成功している。
そこで陸徒は、ふとあることに気づく。魔術書の特性として、所有者の念が込められるという諸説。これは空也の念ではなく、かつての所持者であったレクサスの念を指す。つまり、本物の魔術書アリストがこの場に用意される状況となった真意。それを解き明かすかのように、クレスタが口を開き、誰もが驚くような状況へと促す。
「では、この先の話については、彼の口から直接聞いてみることにしましょう」
その発言に周囲の面々が動揺して辺りを見回している中、クレスタの視線は床に置かれた魔術書アリストに向けられていた。
すると突然、魔術書本体から眩い光が溢れ出し、すぐさま吸い寄せられるように凝縮すると、忽ちにとある人物の姿へと形を作っていく。
「!!」
「あーっ!!」
「……ほぅ」
「お、お前は……!?」
陸徒を始め、ティアナ、波美、喬介の4人は、その人物を見て大きく反応を見せる。
彼らに共通する記憶、それはすなわち——。
「やぁ。こんにちは」
屈託のない朝日のような朗らかな口調で、2000年前のミドラディアスを救った救世主は、彼らが夢の中で見たものと同じ無邪気な笑顔で挨拶をしてきた。




