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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第86話「それでも生きていく」

 まるで、その場の時間が停止しているかのようであった。

 それはあまりにも残酷で、陸徒にとって胸をえぐられるような耐え難い出来事。


「ステ……ラ、冗談……だよな? 俺を驚かすために、死んだふりとかしてんだろ?」


 陸徒はこの状況を即座に受け入れることができず、不気味にも口だけで笑いながら自分の腕に横たわるステラに声を掛ける。


「ほら、もういいからさっさと目を開けろよ」


 しかし、斯様な言葉を吐き、現実逃避をしながらも、陸徒の心の奥底ではわかっていた。

 ステラは……俺を庇って死んだ。


「ステラ、ステラ……うおぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


 陸徒は悲しみの涙を流しながら、腕の中で永遠に目を開けることのないステラの体を強く抱きしめ、大空に向かって叫び声を上げた。

 そしてしばらくした後、ステラを殺めた本人……空也へと視線を移す。


「空也、てめぇ自分がなにをしたのかわかってんのか?」

「…………」


 問いに対し、空也自身は特になにも答えようとはしない。ただ、人形のように無表情のまま佇んでいるだけだ。


「なに黙ってんだよ。なんとか言えよおらぁっ!!」

「…………」


 またもやなにも答えず黙ったままだ。この時既に、陸徒は体の底から煮えたぎるような怒りを抑えることができずにいた。


「いい加減にしろよてめぇぇぇぇっ!!」


 たまらず陸徒はステラを地に寝かせて立ち上がり、剣を手に取らずに吠えながら、拳を強く握って空也の元へ走り出す。

 彼の体力はもうゼロに等しい。だが怒りと憎しみの感情のみが体を動かすエネルギーとなっていた。とにかく、今は弟をこの手で殴りたくて仕方がなかったのだ。

 ところが空也は表情ひとつ変えぬまま、右手の人差し指をそっと陸徒の方へ向けると、指先から釘のような黒く尖ったものを数本出現させて放ってきた。


「うおぁっ!」


 その黒い釘が陸徒の腕や足など、体の数箇所を突き刺す。走ってきた勢いもあってその場に転倒してしまった。

 致命傷ではないものの、疲弊した状態からダメージを受けたことで陸徒は起き上がる力も出せないほどの状態となってしまった。

 地に伏しながらもがく陸徒を、空也はしばし黙ったまま見つめ、その後結局言葉を発することなく、自身の目の前に亜空間へ繋がる扉を出現させると、そそくさと姿を消してしまった。


「待て、空也っ! 空也ぁぁぁぁっ!!」


 残された陸徒の虚しい叫び声だけが辺りに木霊し、弟は再び兄の元を離れてしまった。

 


 しばらくして、シェリルとプリメーラが浮遊術で空を飛んでやって来た。


「陸徒さん! 無事ですかっ!?」

「……ステラ!?」


 ふたりは陸徒とステラの姿を確認すると、術を解除して着地し駆け寄ってきた。


「……ひどい怪我。それと、ステラ?」

「……っく」


 シェリルは重傷の陸徒を介抱する。そしてプリメーラは、事態を把握しつつも、歯を食い縛り苦い表情をしながら、ステラの体に手を当てて回復術を唱える。

 しかし当然ながら、ステラが回復し、息を吹き返すことはなかった。その様子を見ながら、シェリルは生気が抜けたように落胆する。プリメーラもステラへ術を唱えるのを止め、膝を落としたまま俯いていた。


「ステラは、俺を守るために庇って……死んだ。そして空也も去ってしまった。また、救うことができなかった。ふたりとも、助けられなかった……」

「陸徒さん……自分を責めないで下さい」


 シェリルは自身の悲しみを押し殺すように懸命に陸徒を励まそうとするも、溢れ出す感情は抑えきれず、本人の目からは大粒の涙が零れ出ていた。


「シェリル様、ここはそっとしておきましょう。今はその方が彼にとっても良いと思いますわ」


 そこへ、シェリルの背後から彼女の肩にそっと手を置いたプリメーラが、同様に悲しみを堪えているのか、輝きの鈍った曇り眼をしながら優しい声で囁く。よって、感情が高ぶろうとしていたシェリルも、少し落ち着きを取り戻すことができた。

 その様子には一切目もくれず、陸徒はステラの亡骸の前でただ、座り込んで俯いているだけであった。




 熾烈を極めた激しい戦いも収束を迎え、アルファードに再び安寧の朝が訪れる。城内へ避難していた町の民も、徐々に自宅へ戻って行った。

 生き残った兵士や騎士、魔術士たちは、戦死者の遺体処理の作業に取り掛かっている。城下町の被害箇所の復旧も行っているが、皆が命を賭して魔族の手から守ったおかげか、予想外にも最小限の被害に抑えることができた。

 法術士たちは負傷者の手当てに。シルビアや波美たちも、各々周囲の救援活動をしていた。


 それから数時間が経過し、一通りの片が付いた頃合、城の前にある広場にて戦死者の火葬儀が執り行われた。ステラについては家族の意向により、自宅の庭に埋葬されることとなった。

 彼女の自宅は城下町の東側の位置に構えている。無論、陸徒が訪れたのは初めてである。両親に会うことも同様。

 棺桶に眠るステラの姿を目にし、黙して俯く父親。母親は泣き崩れて膝を着きながら両手で顔を覆っている。他には、戦いに参加したメンバーも参列している。誰もが皆、表情を悲しみの色で溢れさせていた。

 その中、陸徒の心情は悲しみよりも、寧ろ罪悪感でいっぱいだった。自分のせいでステラは死んだようなもの。俺があの時もっと……。後悔の気持ちばかりが駆け巡る。

 棺桶が地中へ埋められると、墓標の代わりに彼女が愛用していた聖杖パステリアウィッシュが立てられた。その献下には”ステラ・レイアフォードここに眠る”と刻まれた石碑が置かれる。

 多くの人々に見守られながら、ステラの葬儀がしめやかに執り行われた。

 

 どれだけの時間が経過したであろうか。何人かはその場を去っているが、陸徒とモコ、シェリル、プリメーラは未だステラの墓の前に残っていた。その中でとりわけ意気消沈していたのは、意外にも陸徒であった。


「……俺が、ステラを死なせちまったもんだ」


 他の3人に比べれば、ステラと共に過ごした時間など一握り程度であろう。であったとしても、その時間でも充分事足りるほどに、陸徒はステラを仲間として、そして人として大きな信頼を寄せていた。にも拘らず、彼女を目の前で死なせてしまった。守るどころか守られてしまった……。

 静けさ漂う夕暮れ時、赤く染まった陽の明かりが優しく差し込む中、陸徒は悔やんでも悔やみきれぬ想いで溢れていた。

 シェリルとプリメーラは、なんと声を掛けるべきか迷っている様子で、奥歯に物の詰まったような表情をしている。モコは相も変わらずで感情の読み取りにくい顔をして黙ったままでいる。


「……なにが、神剣ラディアセイバーの使い手だ」

「陸徒さん……」

「どうせ俺は世界の救世主レクサスの生まれ変わりなんかじゃないさ。自分の弟すら助けられず、この目に映る大切な仲間も守れず、死なせた。で、俺がのこのこと生き残っている。むしろ俺がステラの代わりに死ねば良かっ——」


 後悔の念が積もりに積もり、陸徒は自暴自棄になっていた。想いの言葉を片っ端から並べ、自分自身さえも卑下していく。だがその時、彼の言葉を止めるかのように、大きな鈍い音が辺りに鳴り渡る。


「痛ってぇっ!!」


 同時に陸徒の後頭部に激痛が走り、思わず声を出す。

 突然の事態に驚き、陸徒は涙目になりながらも頭で手を押さえて後方へ振り返る。するとそこには、モコの手を掴んで止め、杖を陸徒に向けているシェリルの姿があった。

 彼女は、顔全体から熱を発しながら、瞳に涙を溜めて陸徒を睨むように見つめていた。手を掴まれたモコも、思いもよらぬ状況に困惑を隠せずに目を大きく開いていた。


「シェリ……ル?」

「陸徒さん、それは絶対に言ってはいけない言葉です!!」


 シェリルは震える声を抑え、必死に声を上げる。陸徒の言葉に怒りを覚え、始めはモコが手を上げようとしていた。そこへ、彼女の手を止めて代わりに殴ってきたのはシェリルであった。しかも杖を使用してである。


「咄嗟的に陸徒さんに暴力を振るってしまったことは謝ります。ステラが命を落とし、悲しみに打ちひしがれるお気持ちもわかります。わたくしだって悲しくて仕方がないですし、他の皆さんも同じだと思います。ですが、それによって自分の存在までも卑下し、否定して良いわけがありません」


 声を発する度に言葉の熱が増していく。斯様にも気の高ぶりを見せるシェリルに、周りの者は珍しいものを見るような、動揺の顔を作っている。


「斯く言うわたくしも、クレスタを死なせてしまった時、陸徒さんと同じような気持ちになってしまいました。しかし、わたくしはその時思ったのです。遺された人たちにずっと悲しまれることが故人の望みなのでしょうか? わたくしは違うと思います。悲しみを乗り越え、明日への希望を胸に強く生きて行く事が、一番の望みなのだと思います」


 ここまで熱い演説のように豪語してきたシェリルは、しばし間を置いた後、徐々に表情の筋肉を緩め始める。


「と、偉そうな口を言ってしまいましたが、わたくしも、あの時アーシェラ女王が叱咤してくださったことで、立ち直り、気づけたのです」


 そう言って、いつもの優しく柔らかな笑顔を見せてきた。


「シェリル様が私の代わりをしてくれましたが、そうでなければ私が陸徒さんの頭にチャクラムベリーサを叩き込んでいました」


 今度はモコが口を開いてきた。従来の表情に加え、怖いほどに突き刺さるような座った目で話してくるモコ。そこからの心情は伺い難くとも、言葉に含まれる本気の具合は如実に伝わってくる。


「い、いや……そんなことされたら、死ぬ」


 それもあってか、微妙な誤魔化しを含めた苦笑いを見せ陸徒が返答すると、モコは少しばかりか口角だけを吊り上げる。だがすぐさま神妙な顔へと戻し、話を続けてきた。


「陸徒さん、以前ステラに同じことをされたのを覚えていますか?」

「……あぁ。アヴァンシアの町での件か」


 それは、魔信教団本部にて空也が陸徒の元を去ってしまってからのこと。

 船に乗り、エルグランド王国領のアヴァンシアの町へ到着してもなお、落ち込みの止まらなかった陸徒に対し、ステラが突然背後から蹴り飛ばして喝を入れてきた。

 陸徒はその光景を思い出した途端、我に返ったかのように力を入れて強く顔を上げる。


「気づきましたか。今の陸徒さんは、またあの時と同じ。それでは、ステラに失礼です」

「……ステラ……」


 陸徒は自責の念と後悔で、足の力を落として膝を着くと、堪らず瞳から涙を溢れ出させる。

 シェリルが陸徒を杖で殴ってしまったことも、普段の彼女ならば決してするはずのない行為であろうが、今思えば、陸徒の態度を見兼ねたステラの魂に代わり、シェリルが動いたのかもしれないと考えられる。

 そこへ、当人のシェリルが陸徒の隣へ歩み寄り、彼の顔を覗き込むようにして腰を下ろすと、肩にそっと手を当ててきた。


「今回の戦いで多くの尊い命が失われ、わたくしたちにとって掛け替えのない人までもが、この世から去ってしまいました。ですが、わたくしたちはその悲しみを乗り越え、世界を魔族の手から救うため、そして陸徒さんたちを無事元の世界へ帰すために、生きて行かなくてはなりません」


 そう強い思いの込められた言葉を発すると、静かに立ち上がってから笑顔で陸徒に手を差し伸べてきた。


「あぁ。取り返しのつかない、辛く、悲しいことがあった。それでも……俺たちは生きて行くんだ」


 陸徒はシェリルの手を取って体を起こすと、先ほどとは別人の如く精悍な顔つきを取り戻して堂々と胸を張る。


「その意気です。陸徒さんっ!」

「ありがとうシェリル。なんだかしばらく見ない内に逞しくなったな」

「そ、そんなことないですよ!」


 照れを隠しながら両手を小刻みに振って謙遜の意を見せるシェリル。その様子を目にし、皆が同時に笑顔になって、一時穏やかで優しい空気が辺りを包み込んだ。

 その光景はまるで、ステラが癒しの術を掛けてきた気分にさせる、彼女からの最後の贈り物のようであった。

 もう弱みなど見せまい。陸徒はそう心に強く思いを刻み、明日への希望を胸にまた一歩前進する。そして早速と、これからのことについて行動を示した。


「よしシェリル。早速頼みたいことがあるんだが、明朝皆を謁見の間に集めてくれないか?」

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