第83話「アルファード城防衛戦 中編」
ティアナ、ステラたちのピンチに突如現れ、魔族を一撃の元に滅した男。なんとその男は仲間であるアクシオだった。
スカイラインでの事件で、バサラに愛用の槍を破壊され、肉体的、精神的に重傷を負う。そしてシェリルの応急処置によって傷を癒すなり、修行の旅へと自ら独り旅立ってしまった。
以降の消息は絶たれたままであったが、まさかこの場で再会するとは誰が予想できたであろうか。
「レディ、怪我はないかい?」
アクシオは相変わらずの引き締まりのない緩い表情で、ティアナの元へ駆け寄る。
彼女は突然の出来事に驚き、思わず尻餅をついてしまっていたが、差し出されたアクシオの手を取ってゆっくりと立ち上がる。
「あ、ありがとう……」
体を起こされた反動でアクシオの顔へ必要以上に近付いてしまい、ティアナは少し顔を赤くしながらやや小声で感謝の意を示す。
「へへっ。どうやら無事みたいだな。ったくこんな美人を危ない目に合わせようとした魔族め、許せねぇぜ」
「貴方は、一体……?」
「ん、まぁ簡単に言えば陸徒の仲間だ。俺たちが来たからには、あいつらの好きにはさせねぇよ!」
アクシオはティアナの問いに答えながら、上空で飛び交う魔族の群れを睨み、槍を構える。
「ふんっ、空中を自由に飛び回れるのは、お前らだけじゃねーぞっ!」
そして鼻で笑うと、力の籠った一言を吐き捨て、地を強く踏ん張った直後、勢い良く大空目掛けて飛び上がった。
「な、なんてジャンプ力なの!? もしかして、あれが……? それにさっき、俺”たち”と言っていたけれど、他にも誰かいるのかしら……」
空の中へ姿を小さくしていくアクシオを眺めながら、ティアナは独り言を呟く。彼女の言うように、アクシオが飛び際に零した言葉が気になるが、今はそれを考察している暇はなさそうだ。
幻術と飛行能力を封印していたリーフとルークスが、戦闘不能となってしまったことで戦況は一気に悪化していった。
前半猛攻を繰り広げていた陸徒たちも、今は幻術が活き始めたせいでまともに攻撃を当てられずにいた。シルビアは竜の力によるものか、さほど幻術に惑わされずコンスタントに魔族を蹴散らしている。
しかし彼女以外の面々が戦力外となってしまっては、多勢に無勢であった。
「はぁはぁ……。クソ! 幻術のせいで全然攻撃が当たらねぇ」
陸徒は視界にはびこる魔族たちを前に、全く活路を見出せずにいた。
「アクシオの奴、空中の魔族相手に飛び回ってんな。やっぱり竜の力である天翔脚ってのはあいつの能力なのかもしれないな。って、今はそんなことに感心している場合じゃねぇ。俺たちもこの状況をなんとかしねぇと」
「陸徒、さっきからなに独りでぶつぶつと喋ってんだい? 奴らが攻撃を仕掛けてくるよっ!」
言葉ではツッコミをしていても、シルビア自身も陸徒の援護に回れるほどの余裕は持ち合わせていなかった。少しでも周囲の敵を減らそうと必死でいるのが見て取れる。
そんな状況を加味してのことか、陸徒はやけくそな発言をしてくる。
「クソッ。だったら幻術なんぞ気合で振り払ってやらぁ!!」
「はぁ!? なにを無茶苦茶な」
「だってよ、周りを見てみろよ。あれだけいっぱいいた騎士や兵士たちも、ほとんどやられちまった。見る限りでは付近で生き残っているのは俺とお前だけだ。だから俺たちがやらなきゃ……」
序盤は優勢と思われていたアルファード勢も、魔族の古代魔術による反撃から始まり、幻術と飛行能力の封印が解かれてしまったことにより、忽ちに壊滅状態へと陥ってしまった。
陸徒の言うように、周囲にはふたり以外生き残っている者はいなかった。無残にも息絶え、至る所に転がる死体を目にし、陸徒は突如と、ある感情を急激に込み上がらせる。通常であれば、この凄惨な光景に卒倒し、失神してもおかしくない。だが今の陸徒は、体の底から沸き上がる怒りを抑えられずにいた。
「んの、クソ魔族があぁぁぁぁぁっ!!」
その怒りが起爆剤となって、彼の体を奮い動かす。躊躇なく剣を構え、魔族の群れ目掛けて単身突っ込んでいった。
「え!? バ、バカ! 陸徒、なにやってんだい!!」
常軌を逸した陸徒の行動に、シルビアは慌てて制止させようと叫ぶが、本人はそれを無視し、構わず剣を大きく振りかぶった。そして目の前の魔族に渾身の一撃を浴びせる……はずだった。
当然ながら怒りによって自制心が脆弱化してしまった陸徒は、幻術の格好の餌食となってしまっていた。精神は完全にそれに支配され、相手に攻撃を食らわすことなど不可能。描かれた剣閃は無残にも空を斬り、その勢いで体勢を崩してしまう。
運悪くも倒れた先には他の魔族が1体立っていた。それは彼の目の前にて掌を翳し、無詠唱魔術を発動させようとしていた。
「くっ、しまった!!」
顔前から放たれる熱気を如実に感じながら、陸徒は目を閉じて死を覚悟する。
だが次の瞬間——。
「!!」
陸徒を仕留めようとしていた魔族が突然姿を消した。もとい、姿を消したのではなく、なにかに突き飛ばされた様子だ。それがシルビアの手によるものかと思いきや、本人はその状況に目を丸くしながら驚きの表情を作っている。
「まったく、ホント怒り任せに行動すると、無鉄砲になるよね」
陸徒は気づいていた。シルビアではない他の誰かが、自分のピンチを救ったのだと。
そして勘づいていた。その人物が発した女の声、言葉。知らないはずがないということを。
「お、お前まさかっ——」
声のした方へ駆け寄ろうとする陸徒。その隙を突くかの如く、今度は真横から魔族による攻撃が襲い掛かる。
「な、 なにっ!?」
咄嗟の事態に陸徒は思わず身構えてしまう。しかし刹那、誰もいないはずの別の方向からなにかが飛んできた。
「ヴァイパークラッシュ!!」
技の名のような叫び声と同時に、陸徒を襲ってきた魔族が蛇を模った衝撃波のようなものに弾き飛ばされると、木っ端微塵に砕け散って絶命する。
今の攻撃、そして男の声。陸徒にとっては良く聞くもの。おまけに似たような技の名に覚えがあった。
突如と現れた謎のふたり。誰であるのか考察する時間もなく、その姿はすぐさま明瞭化された。
女の声の主は、亜麻色の長い髪を赤いリボンでまとめたポニーテールを風に靡かせ、両手に装着されたグローブで力強く握り拳を作り、胸を張って勝気なポーズを決めている。
男の声の主は、青みがかった黒い頭髪。長く伸びた前髪から覗かせる鋭い目つき。右手には紫色の大型の片刃の剣を軽々と担ぎ、肩に掛けて佇んでいた。
「りっくん元気してた? このあたしが助けに来たんだからもう大丈夫よっ!」
「陸徒、随分なザマだな。それでも神剣ラディアセイバーの使い手か?」
余りにも信じ難い状況に、陸徒は我が目と耳を疑った。だがそこには紛れもなく確かに、かつて仲間であった波美と、アーシェラ女王と行動を共にしていた喬介。あの、塩崎兄妹が立っていた。
「波美、お前……! それと喬介さん、まさか、無事だったなんて」
「なんだ、俺が生きていては都合が悪かったか?」
驚きふためいて言葉を発するだけがやっとである陸徒に、喬介は冗談半分の表情でクールに返答する。
「い、いや。だってよ、あんな高い所から外に放り出されたのに、どうやって——」
「ちょっとふたりとも、今はそんな話をしている場合じゃないでしょ?」
陸徒がそう思うのも無理はない。この場に喬介が生還し、存在していることは誰が考えても荒唐無稽に思えるからだ。
しかし、波美が割り込んで話を止めてきたように、この状況では斯様な話をしているところではない。それは周囲を確認すれば即座に判断できることであった。
アクシオ、波美、喬介の登場によって戦場の空気が変わり、その変化に魔族側も危惧したのか、陸徒たちのいる場所に一斉集中するかのように進撃を開始していた。
「よしよし思った通りね。好都合だわ」
「好都合って、魔族共が一斉にこっちに向かってきてるんだぞ? どうするつもりだ——」
波美の発言に対し、陸徒が怪訝な表情をしてひとり慌てる様子の中、先ほどまで空中戦を繰り広げていたアクシオが、颯爽と地上へ降りて戻ってきた。
「アクシオ、お疲れさま。どう、首尾は上手くいった?」
「いい感じに突いてこれたぞ。後はよろしく頼むぜ」
「オーケーありがと! じゃあシルビア、あなたに手伝ってほしいことがあるの」
「え、アタイかい?」
唐突に波美が、少し離れた位置に立っていたシルビアへ声を掛ける。
「えっとね、今からあたしとお兄ちゃんが魔族に色々とやるから、最後にあなたの自慢の双竜剣の技、お見舞いしてね!」
「は? ……まぁ、わかったよ」
若干語彙力の乏しい波美の説明で、傍から聞いている陸徒にとっては疑問符を浮かべざるを得なかった。受けたシルビアも同様かと思いきや、すぐさま納得したような表情を見せ、指示を容認していた。
ただ、作戦内容の想像は難くとも、ひとつ言えるのは、これから魔族相手に大きな攻撃を仕掛けようとしているということだ。
「お前たち、そろそろ始めるぞ」
喬介がふたりへ合図をすると、彼女らも強く頷いて行動を開始する。
「我が闘気よ、具現化し彼を捉えよ! スネークバインド!」
先陣を切った喬介が技の名を叫ぶと、剣先から蛇を模ったオーラが出現。それは忽ちに数え切れぬほどの量へと増殖し、前方の魔族の群れへと鮮やかな蛇行を描いて向かって行く。
空中を舞うもの、地を這うもの、ほぼ全ての対象に蛇達が蔦のように纏わりつき、体を縛り付けて動きを封じる。飛んでいる魔族は体の自由を奪われ、次々と地上へ落下していった。
「お兄ちゃんありがと! 今度はあたしの番ね。さぁ、大地の怒りをとくと味わいなさいっ!!」
続いては波美のターンだ。喬介の技によって、地上に縛り付けられたかのように身動きの取れなくなった魔族へ、得意の格闘技から出す強烈な攻撃を仕掛けるようだ。
波美は暫時目を閉じて意識を集中させると、突如彼女の右手拳が琥珀色に輝く光を纏い始める。これはかつて、礫岩の洞窟にて見せた地脈の力を発動させた時に良く似ていた。
それが強く発光しては、太陽のような眩さまでに満たされると、そのタイミングで目を開き、拳を勢い良く地面へと叩きつけた。
「くらいなさい! 奥義、爆砕衝咆撃っ!!」
アクションと同時に技の名を強く叫ぶ。すると拳に纏っていた光が地面の中へ吸い込まれるように消える。それは波状を作りながら群がる魔族目掛けて突き進み、標的へ達した瞬間次々と地から無数の巨大な牙が突き上げられる。
その光景はまるで、大地の言う名の猛獣が怒り狂って暴れているかのようであった。これでもかというほどに、間髪入れず攻撃が止めどなく繰り返される。魔族側は体の動きを封じられていても、幻術によって回避を試みているようだが、効果をなしておらず、実体に次々とダメージを負っている。
そろそろと攻撃が止む頃合いを見計らい、波美が最後にシルビアへ合図を送った。
「シルビア、今よっ! 仕上げ、よろしく頼むわ!!」
「あいよっ! 任せな!!」
始めに言っていた波美の稚拙な説明によると、最後にシルビアが双竜剣による仕上げ、つまり止めの技をお見舞いする手筈になっている。この指示を聞き受けた当のシルビアは、一瞬戸惑いを見せてはいたものの、今は自分がなにをすべきかハッキリと理解していた。
「解っ!!」
例の如く双竜剣の力を解放するが、従来のものとは少々異なり、いつもより気合が大きく込められていた。それに呼応するかのように、剣自身も尋常ならぬ眩い光を放っている。おそらくこれが彼女の最強最大フルパワーによる攻撃となるだろう。
「うおぉぉぉぉぉぉっ!!」
シルビアは全身いっぱいに力を込めて戦神の如き咆哮を放つと、彼女自身の体も赤いオーラを纏って躍動する。
「魔族共、こいつで終わりだよっ! 双竜剣九の撃、天地牙龍剣!!」
技の名を轟くと、2本の双竜剣を平突きの状態で重ねるようにして前へ出す。そこから互いの剣をクロスさせるようにして素早く左右に横に薙いだ刹那、剣閃から灼熱の炎と輝く吹雪が放射状となって広範囲へ撃ち出された。
炎は地獄の業火の如く地を這い、吹雪は凍てつく刃の如く魔族たちの頭上に放出される。その間に挟まれた者は、超高温と超低温の狭間に立たされ、プラスとマイナスの量子が強大な反作用を起こし、その暴走に耐え切れず肉体を崩壊させていった。
数分ほどその光景は続き、止んだ頃には視界いっぱいに群がる魔族の姿はなかった。
「や、やった……のか?」
陸徒は喬介、波美の連携から続くシルビアの凄まじい技に圧倒され、体の震えを拭いきれないまま生唾を一度飲み込むと、ゆっくりと周囲の状況を確認する。
「どうやら、上手くいったみたいね」
「これが真の竜の力……なんて強力なの」
波美はお得意の拳を握って前へ出す勝利のポーズを見せる。
そしてティアナも戦いの収束を見計らって陸徒たちの方へやって来た。彼女は自身が調査していた対象でもあったからか、竜の力を目の当たりにして驚愕を隠せずにいる。
「はぁはぁ。でも、さすがに今の技で力の殆どを使い切っちゃったよ……」
当のシルビアは激しく息を切らし、たまらずもその場に腰を下ろして座り込んでいる。
「シルビア、良くやった。そしてアクシオ、波美、喬介さん。助けに来てくれてありがとう」
「なーに礼には及ばねーって」
「そうよ。こうやってまたみんなと再会できたんだしね!」
陸徒は勝利を確信し、かつての仲間と再会したことも含め、アクシオや波美と共に喜びの意を強く噛みしめる。
ところがその状況の中、ひとり喬介が浮かない表情をしていた。そしてすぐさまなにかに気づき、少しばかりか恐怖心に似た感情をちらつかせながら、遠くの方角に視線を移す。
「ん、お兄ちゃん? どうかしたの?」
波美の一言に他のメンバーも反応し、吊られるようにして同じ方向へ目をやる。視界に映るのは、先ほどまで黒く蠢くものが蔓延っていた光景とは打って変わり、以前のアルファードの大地が広がっていた。
しかし喬介の意思表示は、明らかに異常事態であると取られるものだ。
「ちっ、危険な人物が向こうにいるな」
喬介はその方向をじっと凝視しながら顔を歪ませている。後に陸徒自身も、かなり遠くの距離ではあるが、身に覚えのある異様な気配を感じ始める。
「この気配は、あいつ……バサラかっ!?」
「いや。この闘気は奴のものではない。俺自身、あの時直にそれを感じ取ったから良く覚えている」
陸徒は即座に頭に浮かび上がった名を口に出す。だがバサラの手によって、スカイラインから外に放り出されるという死の体験をした喬介が、すぐさまそれを否定してきた。
「じゃあ一体誰があそこにいるっていうの?」
「そいつは、つまり……」
バサラでなければ……。陸徒は消去法により、ある確信へと至る。バサラに似た、禍々しく、恐ろしく、そして彼にとっては懐かしさすらも感じてしまうこの気配。
「……あそこに、いるんだな……? 空也っ!」




