第79話「竜の力を受け継ぎし者」
エルグランド城を訪れた者は、必ずとして圧倒される豪華絢爛な謁見の間。アーシェラ女王が鎮座するその場で、魔族が侵略するこの危機を打開すべく会議が開かれる。
「来たわね。待ちかねていた」
謁見の間へ到着した一行を確認するなり、アーシェラ女王は腰を下ろしていた玉座から、中腰でやや前方へ体を傾けて反応する。周囲には前回と同様、近衛兵のふたりが立ち、白衣の美女ティアナが傍らにて待っていた。
「ココア、良くぞ戻ってきた。無事でなによりだ」
「どうも。お久しぶりです」
女王であり、師でもあるアーシェラに対して、ココアはいつものギャル風を吹かせた雰囲気ではなく、少々控えめな態度だ。しかしお茶らけたティーダはともかく、ココアについてはその表情から悲しみの色が伺えた。
その理由はもうひとりの弟子仲間であるソアラの存在だ。本来ならば久方ぶりに、3人揃ってこの場に居合わせたはずであったからだろう。
「女王、新しい情報を手に入れたぞ」
ココアの胸中に気づき、その様子を気に掛けながらも、陸徒は早速とアーシェラ女王へ話を振って本題へと移す。
「そうね。ではまず、陸徒が得た情報とやらを聞こう」
「俺が得た情報をいうのは……」
陸徒の夢の中での出来事。
2000年前、ミドラディアスを救ったとされる少年レクサスが、突如と夢の中に現れる。既にこの世に存在しない人物が夢に出るというのはなんら不思議ではないのだが、今回現れた者は陸徒たちの現状、そしてその先のことを把握していた。
空也に良く似た少年レクサスは、陸徒に3つの助言を残していった。
1つはクレスタに隠された秘密。ザフィーラの博物館にて魔術書アリストが、彼の手によって盗まれた。その理由を始め、様々な謎を解き明かすカギが、かつてクレスタが所持していた魔杖ルプスプレミオにあると言う。
2つ目は竜族について。魔族と対抗していたその力に関する詳細を、竜族を調査していたティアナが知り得ているとのことだ。
そして最後の3つ目は、レクサスが姿を消す直前に渡してきた1冊の本。空也の所持する魔術書のレプリカとされるものだ。これがどういった意味を持つのか、彼からは聞き出せなかったが、大切に持っていろとだけ言い残して去って行った。
「以上だ。んで、例の魔術書はここにある」
そう言いながら陸徒は、魔術書アリストのレプリカを手に取って、アーシェラ女王へ見せるために差し出す。
「夢の中での物が現実にあるというのは不思議なことだな。……確かに、外観を見る限りでは魔術書アリストに非常に良く似ている」
「それが一体いつどこで必要になるのかしらね」
「さぁな。現時点ではわかりようにもない」
さすがのステラでも、この本の使いどころまでは予想できない。だが、解明不可のものに関しては諦めが早く、この場で知ることが可能な項目……竜族についての情報を聞きたそうに、頻りにティアナの方へと視線を移している。
「一先ず陸徒の話についてはわかった。その中で、今解明可能な項目がひとつあるな」
アーシェラ女王の言葉に全員が反応する。とりわけ、待ってましたと言わんばかりにステラが目を輝かせている。
女王は傍らに立つティアナへ目で合図を送ると、彼女もそれに応えるようにして前へ出て話を始める。
「竜族に関する情報開示の前に、私からひとつご報告があります……アーシェラ女王へも」
「なんだ、申してみよ」
ティアナは胸中に思い有りといった様子で、曇りのある表情にも見えるが、その神妙かつ精悍な顔つきには、どことなく胸のつっかえが取れたような気持が伺えた。
そして彼女の口から驚くべき内容が飛び出してくる。
「実は私も、先日にある人物と出会う夢を見ました。陸徒と同様、かつての救世主レクサスです。夢の中で彼は竜族について私の知り得なかった情報を与えてくれたのです」
「なんだって!? どうしてそれをすぐに報告しなかった!?」
事後報告をこの場で耳にしたことに不服を覚えたのか、アーシェラ女王は表情に力を込め、ティアナを責めるように声を上げる。
「申し訳ありません! ですが私も科学者である身。夢で得た情報など非現実のもの。そのような内容を鵜呑みにするはずがありません」
「そうか。確かに夢で起きた出来事を現実に持ち込むなど、科学者でなくともすることなどなかろうな」
女王はティアナの真摯な態度と言葉に、即座に納得を示した。
陸徒自身も、夢から覚めた時はにわかに信じなどしなかったはずだ。しかしあそこでレクサスが現れたことにはなにか意味があると感じ、彼から受け取った魔術書が現実に存在していた状況がなによりの証拠となったのだ。
ティアナはそんな陸徒の話を聞いたことで、抱いていた疑念が確信へと変わったのであろう。
「では、改めて竜族に関することを話すわ」
アーシェラ女王に対し低姿勢でいた態度とは打って変わり、ティアナは科学者さながらに腕を組みながら、真紅の瞳に力を込める。
「魔族が復活したことにより、竜族側にもなんらかの動き、例えば蘇った。などという予測に関しては、残念ながら現実のものにはならなかった」
「つまり、復活したのは魔族だけ……か」
「そうよ。しかし竜族は絶滅の際に自分たちの魂を解放して、ある4つの力を後に訪れる世界の危機に備え、生まれくる人間の心へそれを融合させたのよ」
「魂を……それってどういう意味だ?」
「竜族の力を受け継いだ人間がいるってことでしょ」
不可思議な話に疑問符を浮かべる陸徒だが、天才法術士のステラが早速とお得意の分析を披露する。それに対しティアナが軽く称賛の意を見せた後、話を続ける。
「ご名答、流石ね。その竜の力を受け継いだ人間は、既にこの世に生まれ存在しているそうよ」
「なんだって!? そいつらはどこにいるんだ?」
「具体的に誰なのかはわからないわ。夢の中でのレクサスもそこまでは教えてこなかった。ただ、その力を受け継いだ4人は、それぞれ特殊な能力を持っていると聞いたわ」
ティアナの語る、竜の力によって得られた4つの特殊能力とは、人知を超えた強大なものであった。
1は天空を飛び交う強靭な脚力を持つ”天翔脚”。
2は炎と氷の竜の鱗に秘められた力を解放し操る”竜心賦”。
3は大地の力を使い強大な破壊力を生み出す”地懺孔”。
4は闘気を具現化して様々な攻撃を繰り出す”覇装属”。
「わぉ! そりゃ随分と聞くからに強そうな力だネェ」
口を開いたティーダを始め、一同が感嘆の声を漏らす中、陸徒とシルビアのふたりだけが、なにか奥歯に物の詰まったような表情をしていた。
「あのさ、2つ目に言われた炎と氷の竜の鱗に秘められた力を解放し操る……竜心なんとかっての? まさかアタイのことじゃ、ないよね?」
まずシルビアが発言する。彼女の持つ双竜剣は竜の鱗で作られた剣。炎の力を秘める紅剣クリムゾンゼストと、氷の力を秘める蒼剣ブルーアイシスだ。
戦闘時には彼女の念によって剣の力を解放して強力な技を繰り出していた。思い返せば、まさにこれが竜心賦という能力たるものと一致しているように思える。
続けて今度は陸徒が口を開く。
「それと最初に挙げられた、天空を飛び交う強靭な脚力を持つ天翔脚ってのも、聞いた時あまり新鮮な印象を受けなかったんだが……」
「なにそれ。陸徒どういう意味?」
陸徒の言葉の意味をステラは理解できずに聞き返してくる。それも当然で、ステラに限らずこの場にいる全員が同様の印象を受けるはずだ。
陸徒が天翔脚について引っ掛かりを感じたのは、その能力の持ち主がアクシオである可能性が理由として挙げられるからだ。
彼の存在を知る者はこの場にふたり。陸徒とシルビアであるが、戦闘時にあの尋常ならぬジャンプを目の当たりにしたのは陸徒のみ。
「いや、以前プリウスの魔石を探す旅をしていた時の仲間に、該当しそうな人物がいたんだ。とはいえ、シルビアもそいつも、現時点では竜の力を受け継ぎし者である確証はない」
思い当たる節があるも、不確定要素であるため陸徒としても推測の域を脱しない。するとそこへ、ティアナの口から竜の力についてもうひとつの判断材料となり得る情報を聞く。
「竜の力を持つ者の判別方法として、該当する能力の他にもうひとつあるわ。それは、魔族と対等に戦えるかどうかよ」
「そうか。竜族もまた、魔族同様に人知を超越する存在。その力を受け継いだ者ならば、人間とて例外ではなくなるはず」
「それが事実ならば、シルビアは竜の力を受け継ぎし者と認識して良いのかもしれない」
「モコ、その根拠は?」
「確かシルビアは、私たちと会う前に魔族に襲われたことがあると言っていた。そして自らの手で倒したと……」
これまでも何度かあったが、寡黙なモコの時折見受けられる鋭い発言だ。継いで彼女の意見は、シルビアが竜の力を受け継ぎし者に該当する裏付けとして十分な情報であった。
シルビア自身がどこの生まれで、いつどのようにして竜の力を手に入れた、あるいは目覚めたのか。今後彼女の素性を詳しく知る必要があるが、これで早くも例の4人のうち1人がほぼ確定的となる。
「ア、アタイが……竜の力を受け継ぎし者?」
当の本人は、自分がとりわけて特別な存在であった実状に実感が湧いていないのか、まるで夢でも見ているかのような、信じ難い動揺に満ちた表情をしていた。
「ねぇそれじゃ、陸徒ちゃんももしかして、竜の力を受け継ぎし者なんじゃない? 凄い力で魔族を倒していたじゃない」
この話の流れでそのような解釈へと行き着いたのであろうが、唐突にシルフィが言葉を挟んできた。しかし主に陸徒自身から、その考えが適当ではないという説明がされる。
最もな理由として、陸徒がラディアセイバーを持つ者であるからだ。魔族との戦争を終わらせた世界の救世主レクサス。彼の正当な生まれ変わりは空也であるとされているが、同じ血を引く陸徒もそれに該当する。
その証拠として、現にレクサスが使用していた神の剣を自在に使いこなしている。竜の力を持たずしても、魔族に対抗し得る力として十分な理由となるだろう。
以上の説明から、アーシェラ女王が発言をし、纏めていく。
「なるほど。では現状魔族と対等に戦える者は、陸徒と竜の力を持つシルビア、他の3名だな」
「ティーダも魔族をひとりで倒したが、該当しそうな感じではないな。多分——」
「多分、俺ちゃんの彩術が強いからでショ」
陸徒が話をしている途中、ティーダが自ら入り込んで来る。やや自惚れを感じる発言であるが、やはり本人もこれは竜の力ではないと自認しているようだ。
「シルビア以外の3人について、ひとりは当てがあるが残りはわからない。誰なのか探す必要がある」
「そうだな。一先ずこちらからの竜族に関する情報は以上だ。次はクレスタの行動の真意を確かめなくては。杖はシェリル王女が所有しているから、彼女の元へ赴くことになるか……」
するとそこへ、突然陸徒の持つ伝心石が大きな音を立てて鳴りだした。
「お、なんだ? はい、こちら陸徒」
「もしもし陸徒さんですか? わたくしです、シェリルです!」
連絡元の人間は誰であるのか予想はついていたが、相手はシェリルであった。
その声から普段の落ち着いた雰囲気はあまり感じず、トーンが高く聞こえてきたが、いずれにせよこのタイミングは都合が良い。
「シェリルかっ! 丁度良かった、今からそっちに——」
早速と陸徒が先に要件を話そうとした所へ、それを遮るようにシェリルが言葉を被せてきた。
「陸徒さんっ! 緊急事態です。助けて下さい!!」
「緊急事態って、どうかしたのか?」
彼女の声からは尋常ならぬ焦りの色が、伝心石の向こう側からでも十分に伺えた。
すぐさま陸徒が事情を問うと、シェリルはしばし間を置いてから、戦慄の込められた息を隠せぬままに口を開く。
「ま、魔族の軍隊が……アルファード城へ攻め込んで来ますっ!!」




