第78話「もうひとりの弟」
「ここは……どこだ?」
半ばぼんやりとする意識の中、陸徒はゆっくりと瞼を起こして辺りを見回す。
暗黒……。光ひとつない真っ黒な闇の空間。陸徒はその場にひとり佇んだ状態であった。しかし単なる闇であれば自分自身も見えぬであろうが、不思議なことに己の手足や体ははっきりと目視出来た。まるで自分の体が発光しているかのようだ。
「一体なんなんだ。俺はどうなっちまったんだ? ステラやシルビアたちはどこだ!?」
気を失う直前までの記憶は鮮明に残っているようで、突然の状況変化に困惑する陸徒。声を大きく荒らげるも、それは周囲の闇に飲み込まれ刹那と消えて行く。
そこへ、突如と陸徒の目の前に淡い光が、スイッチを入れた白熱球のように灯される。それが膨らみ始めると、徐々に人間の姿を模していく。
線香花火が消えゆくが如く、光が瞬きを弱めていくと、そこにはひとりの少年の姿があった。良く見ると見慣れた顔に非常に似ていた。
「……空也?」
陸徒の言葉の通り、その少年は空也そっくりの顔をしていた。
思わず弟の名を口にしたが、直後に本人ではないことがわかる。空也とは明らかに背丈が異なっていた。陸徒と差して変わりない。その上本人よりも凛々しく、逞しささえその風貌から感じ取れた。
「お前は……誰だ?」
再び少年に声を掛けて確認を試みる。少年はすぐに応えてきた。
「やぁ陸徒。僕はレクサス。残念ながら君の弟の空也ではないよ」
予想だにしなかった名を聞き、陸徒は思わず目を大きく開けながら、半歩ほど後ろに下がって慌てふためく。
「レクサスだって!? じゃあお前があの——」
「そうだよ。2000年前ミドラディアスで起きた戦争を終わらせた救世主さ」
そんなリアクションの強い陸徒の様子を見て、レクサスと名乗った少年は小さく微笑んで応える。
陸徒側もすぐさま気を取り直し、早速と少年の言葉に対してツッコミを返す。
「って、自分から救世主って言っちゃ世話ねぇぞ」
「ふふっ、いいじゃん。それ以外はただの平凡な少年だったんだよ。これくらい自慢させてよ」
自称救世主の少年は無邪気な子供のように、顔の筋肉を存分に使った満面の笑みを見せる。その屈託のない表情は、空也のものにとても良く似ていた。
「さて陸徒、君は今の状況をなんだと思ってる?」
少年は笑顔を元に戻すと、唐突に陸徒へ質問を投げつけてきた。
「なにって、さっきまで俺はアーシェラ女王と伝心石で話をしていて、いざエルグランド城へ戻ろうとした矢先、意識を失って……つまりこれは、夢か?」
「そう夢っ! 正しくは僕が作り出した空間に、君を夢として見せるように誘ったんだけどね」
「やっぱり。こいつはお前の仕業だったのか。ってことは本当にレクサスなのか?」
「始めにそう言ったじゃないか。全く疑い深いんだね」
少々不貞腐れたように、レクサスは顔を膨らませてきた。その仕草も空也に酷似していて、陸徒としては違和感この上ないものだろう。
「さてさて、この空間を維持していられるのも後僅かだし、これから大事な話を手短にするから良く聞いてね」
レクサスは改まったように神妙な顔へ戻して話を始める。その内容は驚きを隠せぬものであった。
「まずは空也が所持している魔術書。あれは、僕が彼に持たせるようクレスタに頼んだものなんだ」
「なんだって? どういうことだよそれ」
「今はゆっくりと説明している時間はないよ。詳しくはクレスタの持っていた杖が教えてくれるはず」
クレスタの持っていた杖。それは魔術を使用するための魔術書と、法術を使用するための杖の両機能を兼ね備えた触媒となるもので、魔杖ルプスプレミオと呼ばれる、エルグランド城の宮廷魔術研究所にて開発された、世界にふたつとない最強の杖だ。現在はシェリルがその所持者として受け継いでいる。
その杖が教えてくれるとは一体どういうことなのだろうか。杖からメッセージのようなものが出てくる? 杖が喋ってくる? 陸徒は頭の中で疑問を泳がせるも、構わずレクサスが次の話を振ってくる。
「後ね、竜族の件についても良く覚えておいて」
「竜族?」
「これも時間がないから詳しくは話せないけど、エルグランドのティアナっていう綺麗な女の人が色々と教えてくれるよ」
「お前、どうしてそのことを?」
これはレクサスの作り出した空間に、陸徒の夢として彼と会話をしている状態。単なる夢であると考えるならば、空也の魔術書や、クレスタの杖。更にはつい先日に決定し、現在進行中である竜族についての調査をティアナが担っていることを、レクサスが知っているという状態はおかしい。
今陸徒の目の前にいる、2000年前の人物であるレクサスとどのようにして会話を可能にしているのか、そもそも現在の彼はどのような存在であるのか、陸徒はそれを聞き出そうとするが、時間がないと言っていた話は真実のようだ。
レクサスは直立したまま、足元から宙に浮き始め、体を徐々に上昇させていく。
「おい、もう行くのかよ!?」
「だって言ったじゃん。時間がないって」
レクサスは体を浮遊させながら、少し寂しさを匂わせる笑顔を陸徒へ向けてきた。
「危ない危ない! 大事なものを忘れてたよ」
ゆっくりと暗闇の背景に溶け込むように、体の色を薄めていくレクサス。
そこへ、彼は咄嗟に思い出したように慌ててなにかを手に取る。それを陸徒へ投げるように渡してきた。
受け取ったのは一冊の分厚い本。どこかで見たような紫色の表紙に包まれたものだ。
「これって確か——」
「そう、魔術書アリスト。でも本物は空也が持っているから、それはレプリカだよ」
「レプリカ? なんのためにこれを?」
「それがいつか必ず役に立つ時が来る。だから失くさずに持っていてね」
この時既にレクサスの体はほぼ闇と同化し、声のみが漂う状態となっていた。
「……よろしく頼んだよ。兄ちゃん」
そして完全に姿を消したと同時に一言だけ残し、もうひとりの弟は陸徒の前から去っていった……。
その後、陸徒はレクサスとの会話を思い返しながらしばし呆然と立ち尽くしていた。辺りは再び完全な闇が支配している。
すると突然、陸徒の足元から強烈な光が上昇。視界に映る黒い空間を白へと塗り替えていった。
間もなくして彼の姿も光に埋め尽くされ、夢から覚めた。
「ん……」
声とも言えぬ、目覚めを意味する息を漏らし、陸徒はゆっくりと瞼を起こす。
始めはぼやけていた目の前の光景が少しずつ明瞭化していくと、そこには彼の顔を覗き込むふたつの顔があった。
「陸徒っ!!」
「お、目が覚めたか!」
その顔はステラとシルビアのものだった。目を動かして周囲を確認すると、モコ、シルフィ、ココアの3名も、横たわる陸徒の傍で安心するように和らいだ表情を見せていた。
「ステラ、シルビア……それにみんな。やっぱり俺、気を失って倒れていたのか」
「そうだよ。エルグランド城へ戻ろうとした矢先、いきなり倒れるもんだからビックリしたぞ」
「心配掛けてすまなかったな」
「ねぇ、それより陸徒。”やっぱり”ってどういうこと?」
鋭い感を持つステラは、陸徒の言葉の違和感に早速と勘付いて言及してくる。
陸徒は体を起こし、モコが差し出してきた水を1杯、一気に飲み干してから、言及の内容……つまり彼が見た夢での出来事を語る。
「え、どういうことだい? 夢にレクサスが出てきて、この先の話をしてきた? だったら、アタイたちがいるこの世界は夢だって意味かい?」
「違うわよ。どうしてそういう解釈に至るの? 相変わらず理解力が乏しいのね、この巨乳女は……。正確に言うと、レクサスがなんらかの方法で陸徒の夢の中に侵入し、この先の道標をしてきたということよ。大昔に死んだはずの人間がなぜ夢に出て、現実の未来の話をしたのかは謎だけどね」
ステラが煽ってシルビアがそれに突っ掛かる。この流れはもう何度も見ている定番のやり取りだ。
同様にシルビアが怒り心頭に暴れようとしているが、今回はモコが超能力を使って彼女を押さえつけている。お得意の無表情でシルビアの背後から手を伸ばして動きを封じている。それを力ずくで解こうと歯を食い縛りながら必死でもがくシルビア。なんとも滑稽な姿だ。
そしてあたかも自分は無関係であるかのように、その状況を無視したまま、ステラは淡々と陸徒の見た夢の内容を確認しながら話す。
「で、夢の中に現れたレクサスが話していた内容によると、クレスタのお爺さんが空也へ魔術書アリストを渡したことの秘密が、シェリル様の持っている杖に隠されている。その他にも、博物館から魔術書が盗まれた真相も明らかになるかもしれないわね」
「あぁ。クレスタの爺さんからシェリルへ受け継がれたあの杖から、どのようにしてその答えが見つかるのか見当もつかないけどな」
「それはシェリル様の元へ行けばわかるでしょ。それと、竜族の件はやはりアタシが睨んでいたとおりだったわね! そうとわかれば早くあの綺麗な白衣のお姉さんのいるエルグランドへ戻るわよ!」
「ちょっと待って」
話しをしていくうちに気持ちが高揚してきたのか、ステラは早速とエルグランド城の方角へと体を向けて、歩みを開始しようとする。そこへモコが彼女の首根っこを掴むかのように、淡々とした口調で制止させてきた。
「なによモコ、アタシは急いでいるのよ!」
「ひとつ忘れているわ。陸徒さん、体の下になにかありませんか?」
行動を妨害されたことで苛立ちを見せるステラをよそ目に、モコは陸徒に対し言葉を投げながら、彼が腰掛けている地面の方を指してきた。
陸徒はモコの示唆にすぐさま気がつくと、尻の下になにかがある違和感を覚える。そして腰を起こして立ち上がると、1冊の分厚い本があるのを確認した。
「あ、それは!」
思い出したようにステラがその本を見て大きく反応する。
「確かこれは、空也の魔術書。正しくは夢の中でレクサスが寄越してきたレプリカだ」
「どうして夢の中のものが現実にあるんだい?」
「さぁそいつはわからん。けどレクサスはこれを大切に持っていろと言っていた。いつか必ず役に立つ時が来ると……」
「ま、まぁ今回の件はかなりの収穫だったわね。陸徒、良くぞ気を失ってくれたわ!」
神妙な顔つきで語る陸徒を尻目に、魔術書の件を忘れていた事を誤魔化すように、声のトーンを強めてやや大袈裟に振る舞うステラ。この先にある有用な情報に関しては、待ちきれぬ思いが先行して動いてしまう質のようだ。
「俺が気を失ったのは能動的なものじゃねぇよ。まぁいずれにせよ、エルグランドとアルファードへ行けば色々なことがわかる筈だ。それと——」
ステラへ軽くツッコミをした後、陸徒は一旦言葉を止め、衣服に付いていた草や土を手で払う。そして前方に見える太陽を眺めながら再び口を開いた。
「なんだか少し希望が見えてきた気がする」
彼の言葉を耳にし、他のメンバーも同様に未来を照らすかのような一条の光を目に、今はまだ小さな希望を胸に抱いて気持ちを改めた。
ここシエンタの丘からエルグランド城までは、徒歩で4日と掛からぬほどの距離だ。
出立するに当たり一つ懸念していた点があったが、それはただの思い過ごしであった。当該のココアの研究所のことだ。戦闘時はあれほどまでに気を遣って守っていたにも拘らず、持ち主本人はあっさりと手放して城への帰還を進めたのだ。
どういった風の吹き回しかわからぬが、コペンの種を手に入れられた上に、丘に咲く花々も蘇らせることができた。そしてなによりも華術を完成へと到達させられたため、研究所の必要性が低くなったものと推測できる。
「そんなに日が経たない内に戻って来ちゃったわね」
城に到達するなり、ステラが少し肩を落とすような言葉を吐露するが、それとは裏腹に一刻も早くアーシェラ女王の元へ行き、情報の刷り合わせを急く思いが表情に出ていた。
一行は記憶に新しい景観を一望した後、城に囲まれた町を潜って入口へと辿り着く。中へ入ればお決まりの光景。忙しなく人が往来するホールへと出る。
陸徒たちはおろか、周りの人間にすら関心を持たずただ前を進むのみ。まるで都会の大きな交差点に立たされているような気分だろう。
そこへティアナが現れる……などというデジャブはないが、今回は異なる人物が声を掛けてきた。
「おやおや君たち、もう戻って来たのかイ?」
この喧騒渦巻くホール内でも際立って聞こえてくる抑揚のある声。気迫や威厳といったものが一切含まれていないその出で立ち。そう、彩術の使い手ティーダであった。
「あれ、兄貴じゃないの!」
「おおっ! これは愛しのマイシスター! 無事だったかイ?」
ティーダの姿を見るなり真っ先に反応を示したのは、華術の使い手であり、彼の妹であるココアだった。
その妹の姿を確認し、ティーダは安堵と慈愛に満ちた表情でココアに抱き着こうとするが……。鈍い音と共に兄が後方に仰け反った。
「ンゴッ!」
「抱き着こうとすんな、キモいっ!!」
ハートマークを撒き散らしながら近寄ってくる兄へ向け、フリフリのメイド服が非常に似つかわしくないほどに、妹はプロの格闘家さながらの見事なハイキックを繰り出して撃退した。
「さ、さすがだネェ。我が妹ながら感心するよ、その体術にハ」
ティーダは小振りの丸い鼻掛け眼鏡の位置を直し、蹴られた顎を押さえながら少しばかり瞳を潤ませている。
「ホント兄貴ってば相変わらずだよね。マジでキモいしウザいからそういうの止めてっていつも言ってんじゃん。あーそれよか、種ありがとね」
「いやいや~愛しの妹ココアのためだから、それくらいなんのこっちゃないヨ♪」
「だからさぁ、また蹴り食らいたいわけ?」
「や、やめてぇ~! もうご馳走様ですっ!」
と、言葉では嫌がっていそうな割には表情は笑みで溢れているティーダ。
この男、誰の目に映ってもそう認識するほどに重度のシスコンのようである。あの態度ではココアが過剰に拒絶するのも頷ける。
斯様なふたりのやり取りを半ば軽くスルーを決めながら、ステラを先頭に陸徒たちはそそくさと謁見の間へと向かう。
ティーダは久々の妹とのコミュニケーションの機会を惜しむような仕草であるが、被害者のココアはこの場から逃げるようにして、ステラの後ろについていそいそと歩みを進める。
謁見の間にて待つのはアーシェラ女王。これより陸徒が夢の中で得た情報と、女王側で調査された情報との刷り合わせが行われる。
果たして、その先へと導き出されし結果は……。




