第77話「陸徒を襲う悲劇 闇の中へ」
見たこともない魔術と突出した超迫力の攻撃。シルフィが放ったそれによって魔族は2体共消滅。その姿は跡形もなく消え去った。
魔術ではありながらも、従来のそれとは異なるものの正体はなんなのであろうか。もしもステラが気を失っていなければ、彼女の秀でた分析能力で暴いていたことであろうが、先に口を開いたのはココアであった。ステラには及ばないものの、彼女も術士。シルフィの使用した術について考察を始める。
「さっきの術、使用したのは確かに魔術だった。でもあの女はそれを2種同時に唱えた……。とても人間技とは思えない。一体何者なの?」
「お前は知らないようだけど、シルフィはエルグランドでアーシェラ女王に仕えている魔術士だ」
「え、そうだったん? なんかやたらと不思議ちゃんオーラ出してるけど、あんなんじゃアーシェラ様も相当手を焼いているんじゃないの?」
「良く気づいたな。あの人の相手をしているとホント調子狂うぜ」
「やっぱりねぇ~。あはははは、ウケる!」
始めに会った時のように爆笑とまではいかないが、同時に両手を叩きながらやや大袈裟気味に笑う。ココアのこの仕草は癖なのだろう。
「はははっ! んで、お前はシルフィが使っていた術についてなにか知っているのか?」
「んまぁアタシも華術の研究を始める前は、アーシェラ様の元で魔術を学んでいたからね。一通りは知ってるよ。使われたのは雷と光の属性の最上位のもの。その呪文をひとりで同時に重ねるように詠唱していた。どうやったのかは知らないけどね。ってゆーかそれ本人に聞けば簡単でしょ。あそこにいるんだしさ」
そう言ってココアは、先ほどの術の範囲外にて待機していたお笑いトリオのいる位置を指差す。彼女たちは今し方陸徒たちの元へ駆け寄ってくるところであった。
一足先にモコが到着し、ステラの状態を案ずる。
「陸徒さん、ステラは無事ですか?」
「強力な回復術を使ったせいで、体力を奪われて気を失っているだけだ」
「そうですか。この子、いつもならちゃんと自分の法力をコントロールしているのに……。こうなるほど陸徒さんを回復させるのに必死だったんでしょうね」
モコはステラらしからぬ行動を取ったことに驚きを見せながらも、ぐったりと横たわる彼女の隣に寄り添って見守る。
「おーいお前たち、無事か?」
続いてシルビアが声を掛けてくる。そしてステラの状態を確認するなり安堵の息を漏らした。
「そっか良かった。しっかしさっきのシルフィの術も凄かったけど、その前の陸徒のアレはなんだい? 全く見えない動きで次々と魔族を倒していくしさぁ……」
「あ~それはアタシから説明するよ」
全員が集まったところで、まず始めにココアの口から華術に関する説明を受ける。
基本的な仕様についてはステラの分析と先の本人の説明の通りだ。花の香りに秘められた効能を人体へより強めた状態で影響させる。よってそれを受けた者は身体能力が飛躍的に上昇するという、いわゆるドーピングのようなものだ。
通常では1、2種類の香りを与える。でなければ先ほどの陸徒のような事態を招くこととなる。つまり、複数の花の香りを嗅ぐことで様々なドーピング効果を得られ、超人的な能力で魔族をも圧倒させたとしても、基礎となる本人自身が耐え切れず崩壊してしまうというのだ。
華術……。非常に強力な術だが、使い方次第では諸刃の剣にもなり得る危険な術でもある。
「アタシの華術については以上よ。アタナたちがコペンの種を持ってきてくれたおかげで完成させることができたわ。ありがとね!」
陸徒を大変な目に合わせたことに対する反省や謝辞の意が見えず、寧ろ華術を完成させた達成感で満たされているような顔を、ココアは全面に押し出していた。これまでの行動でもそう伺える箇所がいくつかあったように、この女は概ね自分のことが最優先なのだろう。
斯様な自己中娘の性格を他の面々も薄々と感じ取っていたのか、半ば呆れ顔で彼女を見ている。ココアはその冷たい視線にも一切動じず、それどころか気づいていない様子で更に話を続ける。
「それにしてもマジで凄かったよスーパー陸徒くん! あの強敵魔族をいとも簡単にやっつけちゃうんだから!」
声高らかに意気揚々と話すココアに、いよいよとツッコミが入る。
「なにがスーパー陸徒くんよっ!」
なんと気を失っていたステラが目を覚まし、開口一番に大声を投じてきたのだ。
「ステラッ! 気がついたか!」
「ふんっ、別に気を失っていたわけじゃなわ。疲れたから少し寝ていただけよ」
明らかにそうであるはずがないのだが、ステラは虚勢を張って強がりを見せている。だがこの時の陸徒は、彼女のその態度が優しさの裏返しなのだと勝手に解釈し、助けてもらった感謝の意を込めてステラの顔をそっと肩に引き寄せ、手を回して軽く頭を撫でた。
「ステラ、お前に助けられたのはこれで何度目だろう。ホントありがとな」
「ひぃっ! い、いやあぁぁぁぁぁっ!!」
対するステラは、即座に頭から湯気が出るほどに顔を真っ赤に沸騰させる。そして叫び声を上げながら杖を持ち、反射的にそれを勢い良く陸徒の脳天に叩き込んだ。
ゴーンと鐘でも鳴らしたかのような音が辺りに響くと、続けて彼の悲痛な断末魔の叫びが木霊した。
「んぎゃぁぁぁぁぁっ!!」
「あちゃ~これは逝ったな」
「衛生兵~」
「若いっていいわねぇ」
さて、ラブコメ演出はこの辺で、話を本題に戻すとしよう。
華術に関してはココアからの説明を受けて、ある程度は理解を得た。では肝心のシルフィの魔術についての詳細はどうだ。ここは本人に聞くが手っ取り早い。
「なぁシルフィ。あの時使った魔術はなんなのか教えてくれ」
陸徒はまだ痛みの引かない頭を押さえながら、シルフィへ問い詰める。
「あれはねぇ、魔術の二重詠唱よぉ」
「二重詠唱? なによそれ、アタシが気を……寝ている間にそんな興味深いことがあったの?」
この娘、まだ寝ていたと言い張るのか。
「副生話術って言って、ふたつの言葉を同時に話す技術よぉ。実際にやってみせた方がわかるかしらね」
そう言ってシルフィは、少し時間を空けた後、皆が興味津々に注目する中、その副生話術というものを披露してきた。
「「陸徒ちゃん(ステラちゃん)はカッコイイ剣士さん(可愛い法術士さん)」」
シルフィの声を聞いた全員が、我が耳を疑うように目を大きく開いて驚きを見せる。完全に彼女の声が2つ重なり、それぞれが同時に異なる言葉を発していたのだ。まるで映画のオリジナルと吹き替えの両方を、二重音声で聞いているかのようだ。
陸徒は思った。この女何者だ? まさか実はロボットでしただなんて言わないだろうな。普段の行動も変だし、言われても納得しかねないぞ。と、彼が突拍子もない想像を展開させる中、ステラが取るに足らない発言をする。
「ちょっと! 一言足りないわ。”天才”法術士よっ!」
このくだりは最早飽き飽きなのでスルーしよう。
シルフィ最大の能力は、人並外れた魔力でも、強力な魔術を即座に使う突発性の良さでもない、この副生話術による二重詠唱の力であった。
異なる術を同時に放つことにより、それぞれの術が混ざり合って複合属性となり、常軌を逸した効果が生まれる。
あの時使用したものは、ココアが語っていたように、雷と光の属性最上位の術。迸る雷撃が聖なる光を帯びた、いわゆる神の雷となって、魔族を一瞬にして消滅させるほどの威力を発揮させた。シルフィ……様々な意味でこの女は飛び抜けている。
「よし。まぁ色々あったが、一先ずはこの場を片付けることができたな。なんとか魔族を倒し、無事ココアの身の安全を確保と。残りはもうひとりの——」
そこへ陸徒が、言葉を発している最中に、伝心石の呼び鈴が聞こえ出す。
すぐさま彼のポケットに入れていたそれを手に取ると、お決まりの上下に2回振る動作をし、通話状態へと切り替える。
「はい、こちら陸徒」
「陸徒か。私だ、首尾は上手く行っているか?」
伝心石で連絡を寄越して来るとすれば、シェリルかアーシェラ女王しか該当がない。従って半ば予想はできていたが、今回の相手はアーシェラ女王であった。
陸徒はこれまでの経緯を話し、ティーダとココアが無事であった旨を報告した。
「そうか、良かった……」
アーシェラ女王は安堵の息を漏らす。それと同時に、言葉の裏に隠された違和感を陸徒は感じ取っていた。本来なら強く喜ぶべき報告であるはずだが、思いのほか反応が薄かったのだ。
陸徒は早速とその理由を聞き出そうと問う。
「アーシェラ女王、なにかあったのか?」
「……実は、この後お前たちが助けに向かう予定だった、珠術の研究をする3人目の弟子、ソアラのことであるが……」
元々隠すつもりではなかったようではあるが、言葉を口にすることへの躊躇いのような様子を感じさせると、アーシェラ女王はゆっくりと語りだす。そして言葉の端で息を詰まらせ、しばし間を置いてから再び口を開く。
「……先ほど、彼女の死亡が確認された」
その報告は、聞く者たち一同の間に凄まじい戦慄を走らせるものであった。
各々が言葉を失う中、ココアが形相を変えて大声を発する。
「ウソ、ウソよっ!! ソアラが死んだなんて……ありえないわっ!」
ココアは青ざめた顔で表情を歪ませ、女王からの報告を前面から否定する。
無理もないことだ。女王の弟子であるソアラは、ココアにとっての同期であり、ライバルであり、そして仲間であったに違いない。その彼女が死亡したという訃報は、心を引き裂かれるような想像に難い苦しみだ。
そこへ今度は、ソアラの死の理由について、アーシェラ女王の口から予想外の内容を聞くことになる。
「私も直接確認したわけではない。だが、貴方たちが最後に向かうのはアルファードにあるソアラの所であろうと見ていたから、最も時間が経過してしまうことを危惧して、念の為に先遣隊を向かわせたのだ」
ソアラの様子を確認しに向かった先遣隊は、現地でソアラとある人物が戦っている場面に出くわす。先遣隊はすぐさま伝心石でその状況を女王へ伝えた。
宝石に秘められた力を操る珠術を駆使し、ソアラはその人物と激しい戦闘を繰り広げるも、圧倒的な力の前にひれ伏し、殺害される。そして最後には先遣隊の存在にも気づかれ、瞬く間に全滅へと追いやられてしまった。
「全滅する直前の報告によると、それはたったひとりの少年の手によるもの……」
女王の言葉に陸徒は大きく反応を見せる。それと同時に体の中を悪い予感が寒々と駆け巡った。
「その少年は、深緑のローブを身に纏い、白銀の髪に真紅の瞳をしていた。そして右手には紫色の魔術書を持っていたそうだ」
陸徒の予感は的中と言わざるを得なかった。女王の言葉は、その少年が魔族化してしまった空也であると裏付けるに事足りる情報だった。
「そんな……まさか、空也が……?」
陸徒は耐え難い落胆を味わい、思わず膝の力が抜けて地に崩れてしまう。
「ちょっと陸徒! しっかりしなさいよ!」
膝を着く陸徒の腕を掴んで無理矢理起こすステラ。そこへココアが表情を曇らせながら質問を投げ掛けてくる。
「……ねぇ、その空也ってアナタたちの知り合いなの?」
「そうよ。空也は陸徒の弟なの」
文句でもあるのかと言わんばかりの眼力の籠ったステラが、陸徒に代わって返答する。
「え、なにそれ……じゃアナタたちは、ソアラを殺した犯人の仲間だっていうの?」
「おい! 確かに空也は陸徒の弟であり、アタイらの仲間だけどさ。ソアラが殺されたことと直接関係があるわけじゃないだろ。それに、空也が悪い奴になってしまった悲しさ、辛さを一番受けているのは陸徒なんだぞ!」
「……適切な言葉じゃないかもしれないけど、ここは痛み分け。あなたも大切な人を失って辛いのはわかる。でもそれと同じように陸徒さんも苦しんでいるの」
ココアが言いがかり染みた言葉を投じてくるが、すぐさまシルビアとモコがそれを否定し、陸徒を庇うようにしてココアを説得する。
彼女の誤解を解くため、そのままモコがこれまで自分たちがなにをしてきたのか、なぜ空也が魔族へと変貌してしまったのか、包み隠さず全てを話す。
「え、そんなことが……? なんかアタシの想像を遥かに超えた話だわ。でもなるほどね、とにかくその、バサラって奴が一番悪いんだね」
意外にもココアは即座に話を受け入れる。先ほどのものはショックのあまりに勢いで口走っただけであり、本気で陸徒たちを敵視しようとしているわけではなかったようだ。
「ココア……すまない」
陸徒はココアへ話を理解してくれたことの礼と、空也が取り返しのつかない行為をしてしまったことに対する謝辞の意を込めた。
「別にいいよ。それより……」
ココアは淡々とした口調で言い捨てると、陸徒の手から伝心石を奪うように取って、アーシェラ女王へ自分たちの今後の動向を告げる。
「アーシェラ様、一先ずアタシたちはエルグランド城へ戻ります」
「あぁ。私もそうするよう命じるつもりだった。よろしく頼む」
こうして陸徒たち一行は、ココアをパーティーに加え、エルグランド城へ帰還することとなった。
空也がソアラを殺した犯人であることの悲しみで喪失感に見舞われるも、陸徒は体を奮い起こして皆と共に歩みを始めようとする。
―ちょっとだけ、時間いいかな―
そこへ突然、陸徒の頭の中を何者かの声が過ぎる。空耳かと思い周りを見回すが、間もなくして彼の意識が朦朧とし、その場に倒れ込んでしまった。
「陸徒!? どうしたの陸徒っ!!」
「おい、陸徒!?」
「陸徒さん!」
「陸徒ちゃん、どうしたのかしらぁ」
「陸徒……くん?」
皆が必死に彼の名を呼び掛けるが、その声もすぐさま遠のいていき、目の前が暗転する。そのまま意識が遮断され、陸徒は気を失ってしまった。




