第76話「暴徒スーパー陸徒 そして最後に決めるのは」
「陸徒くん、これからアナタの体がさっきよりもヤバいことになるかもだけど、心配しないで。死にはしないから!」
「は、なんだどういう意味だそれ!?」
例のティーダから渡されていたコペンの種を手に入れてからと言うものの、意気揚々としたココアのテンションの高さは凄まじいものだ。
非常に意味深のある説明不足な言葉を唐突に突き付けられた陸徒は、詳細を乞うもそれを無視してココアは既に華術を使用する準備に取り掛かっていた。まるで女性が料理を楽しんでいるかのような仕草で、腰に付けている小さなポーチに先ほどのコペンの種を入れる。
「花たちのお祭り、始まるよっ!」
そしてココアは一言放つと、胸元に両手を寄せて蕾を模り、華術の呪文を唱えだす。
―咲き乱れよ、美しき華麗なる花々
テスカ・フロミール・ロッソ・バノ・シエール―
「フラワーズカーニバル!」
術を完成させると同時に、手の蕾を開いて両手を前へ大きく広げる。すると七色に輝く光の粒子が辺り一面に散りばめられた。
その直後、突如と周囲の荒廃した大地に光が溢れる。そして、まるで花の成長過程を早送り映像で見ているかのように、瞬く間に綺麗な花が咲き誇る美しい大地へと姿を変えたのだ。
「こ、これは……」
「一体なにが起きたというのだ……? かつて我々が破壊したこの地に再び花が蘇った」
優しくそよぐ風に踊りながら、陽の光を照らし返す花々の眩しさに一瞬目を眩ませ、魔族達も突然の状況に困惑しているようだ。
「わぁ、モコちゃん可愛いわよぉそのお花の冠」
「……」
「モコ、意外に似合ってるぞ!」
シルフィが周りの花を摘み取って簡単な冠を作り、モコの頭に載せて遊んでいた。
それに対しモコは照れくさそうに頬を赤く染め、頭の上の花を触っている。彼女も満更でもない様子だ。そもそも、この3人は戦闘中になにを遊んでいるのか……。
お気楽トリオを余所目に、陸徒の体には術の効果が顕著に表れ始めていた。周囲に咲く様々な花の香りが鼻を通って脳を刺激。それに反応してなにかが体中を強く駆け巡ると、突如異変が始まる。
「ぐあっ……な、なんだ……これ」
筋肉が盛り上がり、血管とは言い難い細かな筋が肌の表面から浮き出てくる。五感が増幅され、まるで自分が自分でなくなっていくような感覚に一時の苦しみを覚えて体を沈ませるが、それはすぐに消え去った。
「よし、名づけてスーパー陸徒くん! あのオッサンたちをやっつけちゃいなさい!」
ココアはまるでロボットアニメの主人公の如く、左手に腰を当てて背筋を伸ばし、右手人差し指を標的に突き付けて命令をする。
スーパー陸徒くんというネーミングセンスにはかなりのツッコミ所があるが、斯様なことにはお構いなしに、陸徒は全身に力を入れて標的へ駆ける。
「「!?」」
ココアを除く女性陣4名が陸徒の動きを見て驚愕している。もとい、彼の動きを見てではなく、動きが見えなかったと表す方が正解だろう。
「ぐおぉぉぉぉっ!!」
間もなくして、叫び声が辺りに響き渡る。それと同時に体を真っ二つに両断される魔族が1体。陸徒の攻撃で片腕のみにされていた者だ。それが一撃で絶命し、黒い煙を吹き出して消滅する。
「な、何事だっ!?」
魔族は目前の事態に気づいていながらも、なぜ仲間が殺されたのか理解していない様子。それが陸徒の手によるものと目視できていないからだ。
立て続けで、倒した魔族の背後にいたもう1体。先ほど声を出して驚きとまどっていた個体の胸元から、蒼氷色に輝く大刃の剣が突き出てきた。そのまま真上へ斬り上げ、上半身から頭部にかけて両断する。
叫び声をあげる余裕もなく、その魔族の息の根は止められた。これにて一気に残り2体となった。
「お、おい……アタイには魔族が勝手に死んでいったようにしか見えないんだが、あれってつまり——」
「陸徒さんの攻撃によるものね」
「やっぱりか。モコには見えているのかい?」
「いえ全く」
「見えてないのかよっ!」
モコ自身は真面目に反応しているつもりなのだろうが、シルビアはそれにしっかりとツッコミを返す。そしてふたりの安い漫才を見てニコニコと拍手をしながら笑っているシルフィ。それぞれが全く異なった性格なのだが、3人が揃うと忽ちに緊張感のないふざけたやり取りが始まる。
その状況に逐一反応することはなく、陸徒は次なる標的を定めて攻撃を仕掛けようとしたその時——。
「!!」
突然陸徒の体に著しく異変が訪れる。
ドンと太鼓を叩いたような、耳に伝わってくるほどの大きな心臓の鼓動が体内に響く。耐え難い状態に彼はその場に膝をついてしまった。
他の面々は今し方の出来事で、ようやく陸徒の姿を視認することができたようだ。しかしすぐに様子がおかしい事態に気づき動揺している。
「お、陸徒の奴あそこにいたぞ!」
「本当ね。やっと見つけられたわぁ」
「でも……なんだか様子が変」
陸徒の体に突如襲い掛かる激痛。たまらず大きな叫び声を上げて苦しみ出した。
「ぐっ……うおあぁぁぁぁぁっ!!」
「げっもうアレが始まっちゃった感じ? やっぱスーパー陸徒くんはやり過ぎたかな」
当然彼の身に起きた現象について、ココアは詳細を知り得ている。そこへ、彼女の呟きを耳にしていたステラが、神妙な顔で問い詰めてきた。
「アンタ、もしかしてさっきの術……副作用が生じるんじゃないの? 陸徒のあの苦しみ方、普通じゃないわ」
「う、うん……。もう知っていると思うけど、アタシの使う華術は花の香りに秘める効能を人体に対しての影響力を極端に高めて発動させるものなの。本来は1、2種の花の香りのみが推奨なんだけど、陸徒くんに掛けたものは何種類もの花の香り……」
「つまり、陸徒は沢山の花の香りを嗅いだせいで超人的な身体能力を得た。でも体の基礎そのものは通常のままだから、その力に耐えられなくなったってことね?」
「当たりっ!!」
「なにが当たりよ、バカッ!!」
いつものステラならば、見事に術の詳細を言い当てた分析力にドヤ顔を見せつけるのだが、今回は違っていた。ココア本人が使った術によって陸徒が苦しんでいるのにも拘らず、反省の色を見せない態度にステラは怒っているようだ。
怒り心頭の法術士娘は、お気楽娘の研究所を守っていたバリアを即座に解除し、そそくさと倒れた陸徒の方へと走っていった。
「あっ、ちょっ……アタシの研究所守ってよ!」
慌てるココアの訴えを無視し、陸徒の元へとやって来たステラは早速と状態を確認する。
「……ひどい。体のあちこちの骨が砕け、内臓も損傷しているわ」
法力を練り出して右手に淡い光を灯し、それを陸徒の体にそっと当てながら診断するステラの表情が、順応に戦慄していく様子が取るようにわかる。
「ステ……ラ」
「喋んないで! 今治すからもう少し頑張りなさい!」
―其は大地を芽吹かせる生命の息吹―
「復活!」
半ば慌てるようにして、ステラは背中の杖を手に取って即座に法術を唱える。それが発動されると、忽ちに眩い光が陸徒の体を優しく包み込む。
光は癒しの力を引き起こし、驚異的な早さで彼の傷を回復させていく。ステラは額から汗を垂らし、息を切らしながらも必死で治療に専念した。
「…………ステラ、助かった。ありがとう」
「はぁ……はぁ、陸徒、もう……大丈夫、ね。良かっ……た」
この法術は治癒術の中でも最も高度な術。対象を瀕死の状態から瞬時にほぼ全快へと回復させることが可能だが、その効果と引き換えに術者の法力と体力も著しく奪ってしまうというデメリットもある。
それを使用したことにより陸徒は助かった。しかし同時にステラは気を失って倒れてしまった。
「あの子、自分があんなになってまで他人のことを……どうして?」
ふたりの様子を見ていたココアが独り言を漏らす。彼女はステラの行動理念を理解できていなかった。
考えてもみれば、ココアにとって陸徒たちのことなど末梢的であったのだろう。自分自身と研究を守る都合が最優先で、いかなる手段を行使してでも魔族を撃退したかった。であるからステラに研究所を守らせ、副作用が発生すると知っていながらも、華術で陸徒を強化して魔族と対峙させていたのだろう。
「長々と……。人間共の好きな下らない茶番劇は仕舞いか?」
「その間待ってやっていたが、実に陳腐極まりないな」
「しかし想定外の事態で同胞を3人も失った。やはりこの人間共はさっさと死んでもらわねばな」
陸徒が倒し損ねて残っていた2体の魔族が口を開くが、最後の言葉は近くにいる陸徒とステラを始末するという意味を込めていた。法術士のステラが戦闘不能の今、得意の無詠唱魔術で葬るつもりだ。
「ま、まずい! 陸徒とステラが危ない!」
「……くっ、間に合わないっ!?」
ふたりのピンチを救おうと、モコがチャクラムベリーサを装備して投げようとするが、その時既に魔族は攻撃行動を始めていた。
手を陸徒たちの方へ向け、そこから燃え盛る灼熱の炎が噴き出そうとしている。火の中級術、これをまともに直撃してしまっては、跡形も残らず消し炭にされてしまう。だが今から回避に移る余裕などなかった。
陸徒は歯を食い縛りながら、ステラを抱えるようにして万事休すと諦めかけた。その時——。
「ブロッサムスクリーン!」
魔族から炎が放たれる直前に、ココアの声でなにかが聞こえた。
「コ、ココア?」
彼女は陸徒の前に立ち、両手を前方へ翳して炎を防ぐ。その中心から半径約5メートルを、赤やピンクの花びらが舞うようにしてドーム状を模り、業火から守りながらそれを掻き消している。
「人が焼かれるところを見るなんてマジ無理!」
「くそ、またこの奇妙な術か!」
「アナタたちホント学習能力がないのね。アタシの作り出した花弁は、魔術による現象を完全に遮断させるのよ。ってゆーか毎回同じことしてるよね」
彼女の言葉と魔族とのやり取りから察するに、おそらくこの花弁のバリアで魔族の攻撃から逃れていたのだろう。研究所だけが無傷で残っていたこともそれが理由だ。
するとそこへ、とある人物がココアの言葉を耳にして反応していた。
「へぇ~。魔術による現象を完全に遮断させるのねぇ。つまりあそこにいる陸徒ちゃんたちは、どんな魔術を使ってもダメージを受けないって意味よねぇ」
その人物とは女魔術士のシルフィであった。彼女はココアの言う花弁のバリアの力に強く興味を抱いている様子だ。
「シルフィ、急に独り言をしゃべりだしてどうしたんだ?」
「さっきのココアの言葉が気になっているみたいね」
「なんだか……また嫌な予感がするのはアタイだけかい?」
普段は頭が緩く、物事の理解力が乏しいシルビアも、直感的になにかを感じ取っている。
ココアが使用した花弁のバリアは、先ほどの自身からの説明の通り魔術による現象を完全に遮断する。現在そのバリアの中には陸徒とステラ、ココアの3人が入られた状態だ。つまり今そこで魔術を放ったとしても、味方に被害が及ぶことはないという解釈になる。
「ココアちゃ~ん、危ないからそのままバリアを張った状態にしててねぇ~!」
シルビアの予感が的中しそうな流れ。シルフィに名指しされたココアは彼女の言っている意味が理解に難いのか、半ば怪訝な表情をしながら頭上に疑問符を浮かべている。とはいえ、詳細を問い出す時間も、自分で考察する時間もなく、さしあたって指示に従う。
「さぁ魔族ちゃんは、そろそろ退場のお時間ですよ~」
事戦闘においては不敵とも思えるシルフィの笑顔は、彼女の性格を知る者にとっては不安要素でしかなかった。
この後、魔術書を開いて呪文の詠唱を開始したシルフィの行動は、案の定破天荒なものであり、更には陸徒たちの予想を遥かに上回るとてつもないものであった。
「二重詠唱!」
呪文ではないなにかを発した途端、シルフィの魔術書が強い光を放ち、彼女の胸元でフワリと独りでに宙を浮く。そこから両手を広げ、呪文の詠唱を開始した。
―眩き閃光散りばめく覇者の天空
其は霹靂なる栄賢の雷帝
汝の力は大地へ降り注ぐ裁きの雷―
「爆雷絶衝!」
―天空になびく清流よりも清きもの
其を侵す邪な闇は皆無なり
奏臨せよ全てを浄化せし聖光なる調べ―
「聖錬核波!」
それは誰もが思わず耳を疑う現象であった。それぞれふたつが通常の魔術の呪文であることには違いないのだが、シルフィはそれを同時に唱えたのだ。まるでもうひとりの彼女が声を重ねているかのようだ。そして術が発動される。
突如と周辺の上空に暗雲が立ち込め、強烈な閃光を纏った稲妻が踊り出す。状況から見てこれは雷属性の術かと思いきや、想像とは異なるものであった。
続けてその暗雲の隙間から極光が漏れ出し、オーロラのような光のカーテンが作り出される。やがてそれが弾けて粒子となり、稲妻に集結するかのように融合した刹那、虹色に輝く雷撃が大地へ降り注いだ。
「な、なんだこれはっ!?」
「人間風情が、こんな……う、うおぉぉぉぉっ!!」
魔族の悲痛な叫びと共に、辺り一面が眩い光に包まれた。あまりの強い光と響き渡る雷の轟音により、皆は身構えるようにして目を手で覆い隠す。
数十秒ほどで音は鳴り止み、迸る雷光もやがて収束する。同時に上空の暗雲も晴れ、術が発動される前の風景へと戻っていった。
陸徒はゆっくりと閉じた瞼を開いて周囲の確認をする。同じくしてココアも恐る恐ると目を開けて辺りを見回す。術の効果が止んだことと安全を確認すると、両手を広げて陸徒とステラを守っていた華術のバリアを解除する。
「ココア、無事か?」
「アタシは大丈夫。法術士の子は?」
「ステラは俺を助けるために強力な術を使い、体力を急激に消耗して気を失っただけだ。命に別状はない」
「そっか……」
これを聞いたココアは少しばかりか安堵の表情を見せる。彼女のその様子とバリアを解除したことが、戦闘の終わりを意味していた。




