第75話「香り持つ数多の花の力 華麗なる華術」
魔族との戦闘開始を目前に、それぞれの面々が戦いに合わせて配置へと付く。
前衛は陸徒とココア。アタッカーである陸徒のやや後方にてココアが補助を担当。シルビアとモコ、シルフィは後衛。有事の際の援護役として回る。そしてステラはココアから指示を受けた通り、彼女の研究所を守るべく、早速と法術によるバリアを広く張って完全防御の態勢へと入っている。
相手となる魔族は総勢5体。未だ真の力を知らず、その戦闘能力を考慮しても明らかに陸徒たちの分が悪いのは必至。ここはあれこれ作戦を練るよりも、相手の隙を突いて一気に斬り込むが得策と言えよう。
そのチャンスを作り出すかの如く、魔族側から初手を撃ってくる。先ほど同様に掌から炎の球を発射。例の無詠唱による火の魔術だ。
待ってましたと言わんばかりに、陸徒は迫りくるそれを左側へ大きく飛び跳ねて完全に回避。そして着地した即座に地を強く蹴って魔族へ突撃する。
「はあぁぁっ!!」
気合の入った叫びと共に、手前にいた魔族に対し真上から剣を振り下ろす。だがそれは片手を差し出した相手の防御により塞がれてしまった。陸徒は怯むことなくそのまま更に力を入れて強引に剣を押し込む。
「なめるなぁぁっ!!」
血管が浮き出るほどに力いっぱいに剣を叩き込み、魔族の片手から体ごと両断する。相手は黒い煙を吹き出して消滅した。
「おぉっ! 陸徒の奴やるじゃないか」
「さすが陸徒ちゃん。強いわぁ~」
「……違和感」
シルビアとシルフィが陸徒の戦果に歓喜する中、モコは何か異変を感じ取っていた。それがなんなのかすぐさまわかることとなる。
「!!」
本人が気づいた時は既に遅く、陸徒はあるモノから攻撃を受けてしまう。
半ば無理矢理に剣を盾代わりに前へ突き出した動きによって、多少のダメージを軽減させることができたが、その衝撃で数メートルほど後方に飛ばされてしまった。
攻撃をしてきた者は無論魔族。しかしそれは他の者ではなく、今しがた陸徒が掃討したはずの個体であった。斬り伏せたモノの真後ろにそれは存在し、黒煙の中から陸徒に襲い掛かったというのだ。
「お、おいどうなってんだい? 今陸徒が倒したはずの魔族がまだ生きているじゃないか!」
「幻術か。やっぱりね……あれマジ厄介」
その正体にすぐさまココアの口から明かされる。
幻術とは、視覚や聴覚といった相手の五感に値する、精神的な面を惑わして幻を見せる術だ。これは魔族のみが使用できるという古代術の一種。かつて2度目の魔信教団本部潜入の際、この幻術によってパーティーが分断させられてしまったことがあった。
「そっか幻術があった。あれがあるととてもやりにくいわね。陸徒、どうするつもりかしら……」
戦闘エリアからやや離れた位置にあるココアの研究所にバリアを張ったまま、ステラは陸徒の様子を見守っている。
彼女やココアの言う通り、幻術は非常に厄介だ。まずあれをなんとかせねば、幻に翻弄されてまともに戦うことすらままならない。陸徒が歯を食い縛りながら戦法を見極めようと考察しているところへ、唐突にココアが乗り出してくる。
「ねぇ剣士くん! アタシがあの幻術なんとかするからさ、ちょっと待っててくんない?」
「は? どういう意味だよ」
「まぁちょいと見てなさいって」
波美に似たような自信満々の笑みで人差し指を立てると、すぐさま神妙な表情へと移し、両手を前へ突き出してなにかを唱え始めた。
―咲き誇れ華麗なる美しき花々
ジル・フレ・パーム・サティ―
「フリージアガーデン!」
魔術でも法術でもない、なにかの呪文が詠唱されると、突然陸徒の足元が光り輝き、そこからなんと花が次々と咲き始めたのだ。
それは鮮やかな黄色いラッパのような形をした綺麗なフリージアの花であった。気がつくと陸徒の周囲半径2メートルほどを埋め尽くすまでに咲き乱れている。
「あらぁ陸徒ちゃんの周りに綺麗な花が咲いたわねぇ」
「しっかしあいつは花が似合わないな」
「それは少し同感」
援護役として外野に回っている3人が率直な感想を述べているが、全くもってどうでもいいコメントだ。しかし唯一ステラだけがこの状況を真摯に受け止めていた。
「あのメイド服女が使った術、あれが華術ね。その名の通り花の力を操る術。彩術の特性が色であるならば、華術は花の香りの効能といったところでしょうね。陸徒の周りに咲いたのはフリージアの花。確かあの花の香りには緊張を解し、精神を安定させる作用があったはず……!! ま、まさかっ!?」
非常に癖のある性格で口が悪い自称天才法術士も、術や自分が興味を持つものに対しては、その姿を微塵も感じさせないほどに秀才な一面を見せる。その上考察力や分析力の高さは他の追随を許さない。
ココアの放った術の効果は、正にステラの推測通りのものとなる。
「ん、なんだ? この花の香を嗅いでいたら気分が落ち着いてきたぞ」
陸徒が花の香りを取り込んだ途端、彼の視界がまるで霧が晴れたかのようにくっきりと明瞭化される。その瞬間、魔族たちのいる位置が先ほどと違い、少し後方に立っているように見えたのだ。
「なるほど。こいつはつまり——」
陸徒は状況を即座に理解し、それを試すかのように魔族へ目掛けて全力で斬り込む。
標的にした個体は、突進してくる陸徒に対し幻術で空振りした隙を突こうと構えるが、今回は思惑通りにはならなかった。
「はぁぁぁぁっ!!」
本来幻術によってそこに存在していたはずのものを陸徒は無視し、真後ろに立つ実体目掛けて渾身の一撃を放つ。
相手は異変に気づくも時既に遅く、目の前で陸徒が大きく剣を振りかぶっていた。そのまま頭上から相手を両断すると、本物の断末魔の叫びが辺りに響き渡り、魔族1体を消滅させた。
「なんだと……」
「馬鹿な。あの小僧、幻術を見破ったのか?」
それを見ていた他の魔族たちが理解し難い状況に驚きふためいている。
「バカはアナタたちよ」
相手を嘲笑うかのように、ココアが見下した目で言葉を放つ。
「フリージアの香りは精神安定化の作用がある。幻術で惑わされていた彼の五感を整え、それを無効にしたの。アナタたちの専売特許もこれで意味なしよバーカ!」
ココアに貶された魔族は、顔に血管を浮かせて怒りを露にしている。
「やっぱりね。あのメイド服女の使う華術は、花の香りの持つ効能を確実に人体に作用させる術。法術のように補助型のものだけど、自然の力を使うという点では魔術にも似ている……」
この天才法術士娘の頭脳には度々驚かされるものだ。ティーダの使う彩術を見た時も同様であったが、正体不明の術を一度目にしただけで、その力や効果を言い当てる。本当に齢12かと疑いたくなるほどだ。見た目は子供、頭脳は大人……という、陸徒の世界で有名なあのフレーズを思い出したくなることだろう。
と、余計な話に脱線しかけていた矢先、陸徒の体に激痛が走る。
「陸徒っ! 危ないっ!!」
シルビアの大声に気づいた時には既に遅く、突如彼の目の前に現れた無数の岩が次々と衝突する。
「ぐあぁぁぁっ!」
全身にダメージを負い、陸徒はその場に膝をついてしまう。だがなんとか倒れ込まずに踏みとどまり、息を荒くしながらも剣で体を支える。
「陸徒っ!!」
ココアの研究所にバリアを張っていたステラが、たまらず術を解除し、負傷した陸徒の元に駆け寄ろうとするが——。
「来るなっ! ステラは言われたとおりにココアの研究所を守るんだ!」
「でもアタシが法術で怪我を直さなきゃ——」
「うるせぇ! 黙って言うことを聞けっ!!」
「!!」
陸徒は体のあちこちに走る激痛を気合いで紛らわせていたためか、感情が酷く高ぶっていた。初めて彼に怒鳴りつけられたステラは、思わず委縮して言葉を詰まらせる。
「あれは地の術。さっきの火の術といい、やっぱり魔族は呪文の詠唱をしないで魔術が使えるのねぇ。あれじゃ陸徒ちゃんも大変よぉ」
シルフィの言うように、呪文の詠唱を必要としない魔術は厄介だ。接近戦で即座に術を使用されては回避は不可能に近い。
陸徒はなにか策がないか考察するが、状況的にそのような余裕はなさそうだ。相手方も様子を伺いながらであるからか、モンスターのようにお構いなしに攻撃してくるわけでもないが、いつ次の攻撃を仕掛けてくるかもわからない。
「幻術は今のアタシの華術で防げても、無詠唱魔術をなとかしないとこの戦況を打開するのは無理くさいよねぇ。仕方ない、未完成だけどここはあれを使ってみるしかないって感じね」
少し舌を噛むように眉間にシワを寄せながら、メイド服の華術使いがなにか策を講じようとしている。そこへ思いつきのような顔で陸徒へ話を振ってきた。
「ねぇ剣士くん!」
「あぁ? ってか俺は陸徒だ。剣士くんて名前じゃねぇ」
「あーメンゴ! 陸徒くんさ、今からとある術を掛けるんだけど、結構マジでヤバめなやつだから気をつけて!」
「ヤバいってなにがだ?」
「いやとにかくマジでヤバいの。だからよろしく!」
陸徒はココアの言っている意味が理解できず、怪訝な顔を突き付けているが、本人は詳細を答えようとせず、そそくさと呪文の詠唱準備へと取り掛かる。
―咲き誇れ華麗なる美しき花々
ロク・トム・ヤーノ・フェンリィ―
「ジャスミンガーデン!」
再び華術が披露される。しかも先ほど使用された幻術を打ち消すものではない新しい術だ。
言葉の通り、今度は純白の美しいジャスミンの花が、同様に陸徒の足元に咲き乱れる。彼は早速とそこから放たれる香りを嗅ぐと、即座に体に異変が起こる。
「!!」
体中をジャスミンの優しくほのかに甘い匂いが廻った瞬間、その香りのイメージとは裏腹に精神が研ぎ澄まされ、肉体が躍動していく。視界が明瞭化し、耳に入って来る音の数が増える。地面を走る蟻の足音や、周囲にいるシルビアたちの心臓の鼓動ですらも聞こえるような感覚。陸徒は全身から溢れてくる力を如実に感じていた。
「こいつなら、いけるかもなっ!」
状況に少し戸惑いながらも、陸徒はココアがこの華術を掛けた意図を薄々と理解していた。そして軽く独り言を呟くと同時に地面を蹴る。その動きを見た他の者たちが一斉に唖然とする。
「は、速いっ!」
陸徒自身も体を動かした瞬間、明らかに敏捷性が増していると感じた。まるでオートバイに乗って走行している時のような激しい風切り音が耳を覆う。
「陸徒ちゃんが目にも留まらぬ速さで動いているわぁ」
シルフィのおっとりと間延びした口調ではいまいち臨場感が伝わってこないが、まさにそのとおりで陸徒は疾風の如き速さで動いていた。
「ジャスミンの香り……。あれは主に神経系を刺激する効果があって、力仕事や運動をする前に嗅ぐと良いと言われている。陸徒のあの動きはその効能の表れだわ」
またもやステラが陸徒に掛けられた華術の効果を分析する。それが正解であると示すように、瞬きをすれば視界から消えるほどの超神速。陸徒は一瞬にして1体の魔族の前へ移動し、素早く剣を振り下ろす。相手はその動きに反応しきれていない。
ズバッと肉を斬る音と共に、標的となった魔族の左肩から上半身の約半分が切断される。その痛みに悶え苦しむように呻き声を上げながら、魔族は残った腕で傷口を押さえつけている。これは完全に実態。先ほどのフリージアの効果がまだ活きているのか、幻術も掻き消していた。
これなら行けるかもしれない。勝利の可能性を見出した陸徒は、間髪入れずに次の行動に移る。両足で踏ん張り、腰を捻るようにして片腕の魔族に止めを刺そうと斬り上げ攻撃を仕掛ける。
その刹那、陸徒の体に脱力感が走る。戸惑いながらも、彼は構わず剣を振り上げるが、なんと標的の残った片腕がラディアセイバーを押さえつけたのだ。
「な、なにっ!?」
「人間風情が、この魔族になにをしたぁぁぁぁっ!!」
体に重傷を負いながらも、魔族は雄叫びと共に体から気迫による衝撃波を放つ。その風圧によって陸徒は後方へ吹き飛ばされてしまった。
「くそっ、なんだったんだ今のは……?」
倒れた体を起こしながら、陸徒は今しがた発生した攻撃時の脱力感の原因を考察するが、矢先ココアがその理由を口走る。
「あ~あ、やっぱりダメだったか」
「おいココア! お前今のがなんだったのか知ってんだろ?」
「うん……あの術はね、未完成なの」
「はぁ? 未完成だぁ?」
「だから使う前にヤバいって言ったじゃんよ。まぁとにかくね、さっきみたいな人間の力を超人のように強化する術は、材料不足で完成されていないんよ」
説明不足だったことを特に詫びる様子もないココアに対し、陸徒は眉間にシワを寄せて苛立ちを見せ、吐き捨てるようにぶっきら棒な口調で問い返す。
「あん、材料?」
だが当の彼女は陸徒の感情をいささか弄ぶように、含み笑いをしながら説明をする。
「う~んとね、コペンの種って言って、綺麗な水辺にしか植生しない木が落とす種なの。この世界のどこかにあるらしいんだけどね……」
ココアの話に陸徒はふと何かに気づく。そしてとあるキーワードから記憶をまさぐるように険しい表情になるも、すぐさま頭上に電球を光らせた。
「おっと! もしかしてその種ってのはこいつのことか?」
陸徒は記憶の引き出しを開け、上着のポケットに閉まっておいた小袋を取り出す。その中から一粒の種を摘んでココアに見せると。彼女はそれを目にするなり凄まじい形相で食いついてきた。
「えっ! ちょ、マジ? そ、それコペンの種じゃん! うっそなんでアナタが持ってん……えーっ!?」
「ぶっ、お前……ちょっと落ち着けよ!」
尋常でないココアの慌てぶりに、陸徒は開口に思わず吹き出してしまったが、収拾がつかなくなるので、出目金のように目を開いてバタついているメイド服娘を宥める。
「うっ、アタシとしたことが、つい我を失って……。ってゆーかその種今すぐアタシにちょーだいっ!」
「頂戴もなにも、これはティーダからお前にと預かって来たんだぞ」
そう言いながら、陸徒は種の入った小袋をココアへ手渡す。
「え、兄貴が? なんでこれを……ってまぁいいわ。ありがと! あのオッサンたちもいつまでも待ってくんないでしょうし、さっさと行くわよ!」
これも研究者としての性か、高鳴る思いを抑えながら落ち着きを取り戻し、早速と視線をある方へ向け、なにかに取り掛かる準備を始める。
その先は、彼女がオッサンと称した魔族たち。確かに言うとおり、ここで長々と会話をしている場合ではない。
「アナタたち、もうお仕舞よっ!」
大きく威勢を張り、ココアは魔族へ勝利宣言の如く右手人差し指を突き付けた。




