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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第73話「ティーダのアトリエと妹」

「ほらほら君たち、いくら俺ちゃんのパフォーマンスが素晴らしかったからって、リアクションが大袈裟だゾォ」


 呆然と硬直したまま、あまりにも奇想天外な出来事に陸徒たちは驚きふためいたまま。その様子を見ながら歯を出して大笑いするティーダ。

 数秒ほどして彼らは我に返る。


「はっ、いけねぇ。驚きのあまり固まってしまった」

「アタシとしたことが……。っていうかアンタ!!」


 正気を取り戻すなり、ステラはそそくさと思い出したように動き出す。そしてお得意の睨みを利かせた表情を作り、人差し指をティーダの顔に向けながら声を上げる。


「一体なんなのよあの術はっ!! ってか術なのあれ!? 彩術とか言って、魔族をいとも簡単に全滅させるだなんて有り得ないわ! 無茶苦茶よっ!」

「無茶苦茶なもんカ! 立派なパフォーマンスじゃないカ! それに、俺ちゃんの研究の成果を否定されるなんて、心外極まりないネ」


 これまで笑顔を絶やさずにいたティーダの表情が、最後の言葉を言うあたりから途端に冷徹さを帯びた目へと変わるのがわかった。


「あー、いやぁ待て待て! まぁステラはこんな性格なもんでな。あまり気にしないでくれ」


 その様子にすぐさま気がついた陸徒は、慌ててふたりの間に割って入り仲を取り持つ。時に研究者という人種は、自分の研究内容に絶対的な自信を備えている。それを根拠なく否定するような軽々しい発言は御法度だ。

 陸徒が真っ先に動いたのには理由があった。それは喬介の存在だ。彼も同様に研究者気質。ティーダとは性格こそ違うものの、あの時見せた表情は近いものがあった。その記憶もあってか、即座に仲裁に入ったというわけだ。


「ステラも別にあなたの術を全面から否定しているわけではありません。見たこともない術な上に、魔族を難なく倒してしまうほどの強大な力にただ驚いているだけです。私も同じ気持ちです」


 久しぶりに口を開いたかと思えば、相変わらずの要点を捉えた発言。時々繰り出されるモコの言葉には、妙に周囲の人間を自然と聞き入れさせ、納得へと導かせるものがある。


「ま、俺ちゃんの彩術の凄さを理解してもらえているのであれば、それで構わないサ。さておき、君たちは俺ちゃんに用があったのでハ?」

「用と言うか、あんたの無事を確認するのが一番の目的だ。それは達成できたとしてだが、ひとつ気になる点があってだな。あんたの研究所、アトリエと呼んでいるそれが一向に見当たらないんだが、どこにあるんだ?」

「見当たらなイ。まぁそりゃそうだろうネ。なんせ、今あるこの景色は俺ちゃんが描いたものだからネ」

「…………は?」


 ティーダから話を振られたため、陸徒は今抱えている疑問点を彼に打ち明けると、素っ頓狂な答えが返ってきた。無論、言われた側は怪訝な顔を見せる。

 画家の言っている言葉の意味が理解に難しいのは当然であろうが、若干1名から意外な解答が投げられる。


「ふ~ん、なるほどね。アンタ、そのお得意の彩術とやらで周辺の湖に似せた景色を描いて、アタシたちの目を欺いているのね。魔族が使う幻術に近いものだわ」

「……ほほぅ」


 その人物は自称天才法術士のステラだ。彼女の言葉にティーダは目を丸くして感嘆の息を漏らしている。それはステラの発言が正解を意味しているものであったからだ。

 ステラは、荒唐無稽な話に対しての初動は、自分が納得するまで疑いをぶつけ続けるのであるが、それを少しでも受け入れる姿勢となると、忽ちに驚異的な速度で分析を開始し、即座に対象の特性や仕様を踏まえた考えを導き出す。これが、彼女が天才であるということを自称では済まされないと思わせる所以だ。

 陸徒も、ステラが持ち前の頭脳を発揮することは半ば予想していたからか、言い当てたことに多少驚きつつも、表向きは平生を装ってティーダへの問いを続ける。


「じゃあ、その彩術で偽の景色を作り出したってのはわかった。んで、肝心の本物はどこいったんだ?」


 指摘されるや否や、ティーダは徐に先ほどの戦闘に使用した筆を取り出した。そしてそれを虚空に一振り、二振り。すると、途端に周囲一帯の景色が霞掛かったようにモヤモヤと視界不良へと陥る。まるで辺り一面がぼかしのような状態だ。

 突然の景色の変化に陸徒達は困惑するも、それも束の間で、寸時にと状況が変わっていく。


「こ、これは……」

「一体どうなんてんだい?」


 湖自体や周りを囲む木々に大きな変化は無かったものの、先ほどの魔族との戦闘によって破壊された地面や草木が、巻き戻し映像を見ているかのように元通りとなり、最後に陸徒たちのいる位置から数メートル先の前方に、木造の小さな建物が姿を現す。

 早速とティーダがその建物へと歩き出す。もしやと思い当たる節を想像しながら、陸徒たちも彼の後ろをついていく。

 到着するなり、ティーダは目を閉じた笑顔でそのドアを開けた。


「ようこそ、俺ちゃんのアトリエへ」


 案の定、それはティーダが彩術の研究所としている、通称アトリエであった。

 この時代背景から考えた上で、研究所と一言だけ聞くと、不可解な分厚い本が棚にびっしりと並べられていて、部屋の中央にやや大きめの平机が置かれ、更にそこには試験管やビーカー等が所狭しと配置。中身は如何わしい液体が入っており、アルコールランプで熱されてグツグツと煮えたぎっている光景を想像する。

 しかし斯様なイメージも一瞬にして掻き消される。

 ティーダは自分の研究所をアトリエと呼称していた。それを知っているアーシェラ女王も同じ名を使用していた。であるように、アトリエが特有の呼び方ではないという印象だった。それを示すように、不可解な分厚い本は見当たらず、棚の代わりに絵が壁の至るところに飾られていた。机は部屋の角に小さいものがひとつ設置されているだけで、絵の具の入った缶やキャンバスが無造作に置かれているのが最も目立つ、正に画家の部屋であった。


「どこをどう見ても、術を研究しているようなところじゃないね」


 第一に感想を述べたのはシルビアだった。彼女だけでなく、皆同じような印象を受けているに違いない。


「…………」

「ステラ、彩術の研究に興味があるのか?」


 黙ったまま食い入るように、ティーダのアトリエ内を隈なく見渡しているステラに対し、陸徒はさり気なく声を掛ける。


「!! べ、別に。色んな絵が……か、飾ってあるから、見てただけよっ!」


 突然話し掛けられたことに不意を打たれたのか、驚きの焦りの色を露骨に出したまま返答してくる。ここまでわかりやすい性格も実に珍妙だ。


「ま、本当にここは俺ちゃんのアトリエだから、完全に趣味の世界だよ。さて、せっかく来てもらったんだし彩術について簡単に説明しようカ」


 その言葉を聞いて、ステラの耳がピクリと動き、あからさまな反応を見せる。


「そこまで言うなら、聞いてあげなくもないわ」


 ティーダはステラの性格を既に見抜いているのか、笑い交じりに説明をするための道具を用意する。それは戦闘時にでも使用した筆とパレットであった。


「先ほどの魔族との戦いを見てなんとなく理解してくれたと思うけど、彩術は色の力を具現化させる術。世界に存在するそれぞれの色には、様々なイメージが備わっていて、それを筆で描き上げることで術を発動させるんダ」


 術に疎いシルビア、思考が読めないモコやシルフィはともかく、陸徒とステラは真剣な面持ちで耳を傾けている。


「俺ちゃんが長年の研究で開発した輝水という特殊な液体があって、それで作られた絵の具から色に込められた力が引き出されるんダ。輝水の成分や精製法の説明をすると頭が沸騰しちゃうだろうから割愛するヨ。んで、その輝水というのは、空気に触れるとすぐに気化しちゃうんダ。だからそれを防ぐためのパレットが必要となル」


 説明しながら、ティーダは先ほど取り出した道具を皆の前で見せるように差し出す。


「このパレットはルミオンパレットと言って、輝水が気化するの抑制させるんダ。それと、俺ちゃんが輝水に術式を組み込んで作った絵の具を、この虹砂羊の毛でできた筆で塗り上げることで、彩術の力が発動されるという仕組みなんだ」


 なるほどな。と、話の意味を理解した者は極僅か。大抵は眉間にシワを寄せて難しい表情をしているはずだ。理解した人間のステラは、不可解な術に対する疑問も多少は晴れたようで、ティーダを見る目が変わり、術への興味関心が更に強まったような顔をしている。

 彩術に関する謎はある程度解決したが、陸徒にはもうひとつ腑に落ちない点があった。それは、アトリエを隠していた理由。周囲の環境や自分の趣味、研究の場を破壊されたくないがゆえに、彩術で描いた景色を別の空間として利用しカムフラージュさせる。それは理由としてなんら問題ないが、それだけのためと考えるには少々疑問が残る。

 彩術は既に完成されていた。従って、最悪アトリエが破壊されたとしても、術者であるティーダ本人が無事であれば甚大な被害とまでには至らない。最も重要とすべきはそう、自分の身を守ることだ。

 非常に強力であった彩術。魔族をあっさりと撃退したとはいえ、2000年前に世界を滅亡の危機に陥れた存在である魔族も、彩術の前では無力とまで言い切るには些か早計だ。

 しかしティーダの様子を見ている限りでは、自分の身の安全よりも、アトリエを隠すことを優先としているようだ。


「なんか、俺ちゃんのこと疑ってないかイ?」


 陸徒はその疑念を表に出していたつもりはなかったようだが、それに感づいたティーダは露骨にも言葉にしてきた。


「胸中を読まれたのか……? まぁいい。そうだ、どうしても気になる点があってな。このアトリエ、なんか特別な……大事なもんがあるんじゃないか?」

「魔族の手からこのアトリエを隠して守っていた、明確な理由があるんじゃないかってことね?」


 陸徒の言葉に付け加えるようにしてステラが後述する。彼女もまた同様に、気になる事柄があったようだ。他の面々はどう思っているのかは不明であるが。


「彩術の理解力といい、君たちふたりは実に聡明だネェ。参ったヨ」


 ふざけ気味にヘラヘラと笑いながら、両手を挙げて降参の意を表すティーダ。間の抜けた軽い性格をしているが、研究者にありがちな回りくどく捻くれたような人物ではない。

 一息つけた後、彼はこのアトリエを守ってきた本当の理由を明かしてきた。

 アーシェラ女王が言っていたことと、先ほどの出来事からわかるように、ティーダ本人とアトリエを狙った魔族が襲撃を続けていたのは事実。彩術を完成させ、様々な攻撃法を編み出すまでは、偽の景色を作って魔族の目を欺き、アトリエを守ることで精一杯だった。そうまでして必死に守っていたもの。それは……。


「俺ちゃんは、こいつを守っていたんダ」


 言いながらティーダは、棚の上に置いてあったひとつの木箱を手に取る。そして早速と蓋を開けて中身を取り出す。


「なに、それ、種?」

「ご名答!」


 ステラの言葉の通り、箱の中にあったものは一握り分の小さな種であった。一見どこにでもありふれた茶褐色に見える種だが、玉虫のような、見る角度によって様々な発色を見せている様子が薄らと伺える。


「この種を、どうしてもある人に渡したくてネ」

「ある人?」

「俺ちゃんの、妹だヨ」

「へぇ。アンタに妹がいたなんてねぇ」

「ちょっと生意気だけど、とても可愛いんだヨ。名前はココアって言うんダ」


 ティーダの口から出た妹の名前に全員が反応を示す。初めて聞いた名ではないからだ。


「ココア? まさかお前の妹って、華術とやらを研究しているアーシェラ女王のもうひとりの弟子……?」

「おぉっ! 陸徒さすがだネェ。正解だヨ!」


 いや、そこは誰でも普通に気づくから……。妹のココアの素性を言い当てた陸徒に、ティーダが正直な反応をして驚きを見せているが、陸徒は蔑んだ目をしながら脳内でツッコミを返す。

 さておき、意外な局面で華術の研究者が詳細が判明した。ふたりが兄妹であるならば話は比較的スムーズに進むことであろう。

 ティーダの話によると、華術の研究は現在完成の一歩手前の段階まできており、そのために必要な種が手に入らず、ココアは困り果てていたそうだ。そこで偶然にもティーダがこのフォレスターレイクの畔でそれを発見したとのことである。


「俺ちゃんが妹の元へ直接届けに行っても良かったんだけど、ふたり共魔族に命を狙われている身。万が一魔族にやられ、彩術と華術の両方を失ってしまうわけにはいかなかったからネ。だから君たちにお願いがあるんだ。この種を妹に渡してほしい。これであの子の華術も完成するはずだヨ」


 妹の身を案じておきながらも、公私混同せず自分が抱えているものの重要性や立場は弁えているようだ。本人も彩術を完成させた今、一刻も早くエルグランド城へ戻り、魔術対策部隊の一員として尽力すると言っている。

 斯様にして、一行はティーダと一旦別れを済ませ、早速とココアの研究所へと向かう。場所はこのフォレスターレイクから東の方向へ進んだ先にある、シエンタの丘だ。

 


 湖を出て2日が経過した。地図上ではそろそろ目的地へ到着する頃合いであるが、それに該当するような風景が一切見られない。

 情報によると、シエンタの丘は緑豊かで様々な植物が数多く咲いている、エルグランド王国でも有数の美しい地なのだ。であるならば、花の香が漂うカラフルな景観が目に映ってもおかしくないはずであるが、一向にその様子が感じられないどころか、むしろ周辺の大地が荒れており、箇所によっては能動的に破壊されたような痕跡も確認される。

 嫌な予感がした陸徒たちは、歩む速度を強め、急いで目的地へと到着する。そしてその場の光景を見た途端、戦慄を走らせた。


「こ、これは……!」

「なによ、ここ」

「ひどい……」


 一面に咲き誇る色とりどりの綺麗な花々……などなく、そこには枯れた草花や荒廃した大地が広がっていた。これが魔族の仕業であるに違いないと、誰もが疑いを持った。

 一先ず陸徒たちは、ココアの無事を確認するため、周辺の捜索に当たる。


「みんなぁ~。ここに建物があるわよぉ」


 さほど時間を要せず。意外にも最も動きが鈍そうなシルフィがいち早く建物を発見する。


「おい、あの建物……なんかおかしくね?」

「確かに、変ね」


 対象の建物を視認するなり、全員が異様な違和感を抱く。その理由は、他の場所が無残に荒らされているにも拘らず、全くの無傷のままそれが建立していたからだ。

 白塗りの壁と褐色の瓦屋根をした、まるでヨーロッパの美しい街に存在するような家屋で、更に驚くべきことに、建物の周囲の半径5メートル程度の位置まで、美しい数多の花が生き生きと咲き輝いていたのだ。

 一同が困惑していると、例の建物の扉が突然開き、中から人が現れる。肩より下まで伸ばした長めのボブカットに銀色の髪。紺とピンクを基調とし、フリルやレースをあしらった、メイド服のような派手な格好をした女がそこにいた。


「ん? アナタたち、こんなとこでなにしてんの?」


 波美に似たはきはきとした高めのトーンの声で、陸徒たちの姿に気づいた女が早速と声を掛けてきた。


「あぁ、ちょっとある人物を捜しててな」


 十中八九、この女がティーダの妹であるココアで違いない。とはいえ、警戒心を持たれぬよう、陸徒はいきなり本題に触れずに話を切り出そうとするが……。


「なに? 変な宗教の勧誘とかマジ勘弁だからね!」


 それも叶わず、女は疑いの目を突き付けながら怪訝な顔をしている。


「いやそんなんじゃなくてさ、アタイらココアって人を捜してるんだ」


 構わずシルビアがストレートに用件を伝えると、案の定女は大きく反応を見せてきた。


「ココアって、アタシのことだけど……。え、なに? アタシを訪ねるためにそんな大所帯でやって来たの? ウソ、マジで!? 超ウケるんだけど!」


 予想通り女は自分がココアであると答えた。そして陸徒たちを舐めるように見ては、両手を叩きながらひとりで大笑いをしだす。

 彼女がティーダの妹であり、華術の研究者だと判明し、無事を確認することができたが、この強烈なまでのインパクトを与えるキャラクターに、一行は唖然とするばかりであった。

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