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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第72話「ひょうきんな画家ティーダと彩術の力」

 話によると、女王の弟子3人のうち2人はエルグランド王国領内に。もうひとりはアルファード王国に研究所を構えているとのこと。

 まず始めに、エルグランド城から最も近い距離にいる、彩術の研究者であるティーダの元へ向かう。

 彼は色の力を操る術の研究をしているだけあって、絵画を趣味としている。すこぶる変わり者であるらしいが、似た人種で構成されているこの組に、今更同類が1名追加されたところで些末な問題に過ぎない。


 城の位置から南西へ約3日ほど進んだところに、フォレスターレイクという森に囲まれた美しい湖があり、ティーダはその畔に研究所を構えているそうだ。アトリエと呼ばれているそれは、絵画を趣味としている彼らしい呼称ともとれる。


「やっと着いたわね。ここがフォレスターレイク」

「青くて綺麗な湖だな。それに静かでのんびり過ごすには良いところだ」

「……違和感」


 ステラとシルビアが率直な感想を述べる中、モコが到着した現地を一通り見渡すなり呟く。陸徒も同じくして、彼女の言う違和感というものを感じ取っていた。


「確かに、変だよな。これ……」

「変? なにがよ、えっ……あっ!!」


 2人の様子にステラは疑問符を頭の上に浮かべるが、すぐさま取り払っては感嘆符へと切り替える。

 違和感。それは、この場所が綺麗で静かであるということだ。アーシェラ女王の話を思い出せば、それぞれの弟子たちのいる地が集中的に魔族からの襲撃を受けているという内容だった。

 つまりティーダがいるであろうこの湖もそれに該当する。にも拘らず、見渡す限りでは荒れたような痕跡は一切見当たらない。ただ不思議なことに、このような自然豊かな地に生息しているはずの、野生の動物や虫たちの鳴き声、気配が全く感じないのだ。


「おい、これはどういうことだ?」

「聞かれたってアタシにもわからないわよ」

「なぁ一体なんの話だよ。教えてくれよ」


 仕方がないので、陸徒は頭の緩い女剣士にも事態を説明した。シルフィは先ほどから微笑しているだけで、特になにを喋るわけでもないため、構わず放置する。


「なるほど、確かに言われてみればそうだな。でも理由を考えたところでアタイにはどうせわからないさ。だったら、そのティーダって奴に会って聞けばいい」


 最も理解力の乏しいシルビアが、一番的を得た発言をする。意外なことに他の面々は一時呆然とするも、すぐさま我に返り、早速と湖周辺の捜索を開始した。

 


 湖の外周はおよそ3キロメートル。従って2時間程度で捜索は大方終了。散り散りに出回っていたメンバーが合流する。


「どうだ? なにか手掛かりは見つかったか?」


 陸徒の問いに対して肯定の返答は誰からもこなかった。ひとりとしてティーダを発見できなかったのだ。


「って言うかおかしくない? そのティーダって人は、湖畔に研究所を構えているんでしょ。それはおろか、建物ひとつ見当たらないじゃない」


 ステラの言葉通り、湖の周辺には建物や人工物が一切存在しなかったのだ。しっかりと時間を掛けた上に、これだけの人数で捜し回っても発見できないというのは状況的に不自然である。

 そこへ全員が頭を悩ませているところへ、突然背後から何者かに声を掛けられる。


「おやおや君たち、こんなところでなにしちゃってるんだイ?」


 それは男の声であった。耳に擦りつくような甘い高めのトーンをした緩い口調。シルフィに近い印象を持たせる声であった。


「誰だっ!?」


 反射的に陸徒は振り返りざま剣の柄に手を当てる。他の面々も同様に身構えている。

 そこには男の姿が。月のように妖しい輝きを放つ銀髪とは対照的に、威圧感ゼロの垂れ目で気の緩んだ顔。小ぶりの眼鏡を鼻頭に掛けており、服装はベレー帽やベストといった、いかにも画家さながらの容姿をしていた。陸徒を始め、ここにいる全員が、この人物が誰であるのか容易に想像することに容易かった。


「急に誰だって言われてもネェ。そんな君たちこそ一体誰なんだイ? こんな辺ぴでなにもないただの湖になにしに来たのかナ?」

「なにもない……か。おっかしいなぁ、俺たちはここら辺にとある人物のアトリエがあると聞いてやって来たんだが……」


 男の問いを無視して、白々しい態度で放った陸徒の言葉に、相手は眉を上に動かした。陸徒のカマ掛けは成功し、予想通りの反応が見られたことで、単刀直入で問い出す。


「あんた、ティーダだろ?」


 神妙な顔で問う陸徒。相手もそれに対して緊張感を見せるかと思いきや、全く躊躇いもせずに平然としたまま、あっさりと自分の正体を明かす。


「ピンポーン! いかにも俺ちゃんの名前はティーダだヨ」

「やっぱりな。俺たちはアーシェラ女王からの頼みで、弟子のあんたの様子を見に来たんだ」

「へぇー師匠ガ。俺ちゃんの心配なんてしなくても大丈夫なのニ。全く過保護だなぁあの人モ」


 厭らしそうにニヤニヤと笑みを振りまきながらティーダは答える。最初の話し口調や表情から、この男の性格はある程度察しがついていたが、アクシオのひょうきんさと、シルフィの脱力感を足したようものだ。癖のある性格と聞いていたが、本題を振る前からこの調子では先が思いやられる。陸徒は早速と怪訝な表情となっていた。


「ところでさ、アンタが無事なのはわかったけど、話によるとここが魔族による襲撃を受けているらしいじゃない。なのに周りを見る限りでは全然それらしい痕跡が確認できないんだけど、どうなってんの?」


 そこへステラが陸徒の代弁をするかのように、疑問点をティーダに投げた。

 本題と言うのは正にそれで、アーシェラ女王から伺った魔族の襲撃を集中的に受けているという報告と、現地の情報が一致していないことだ。


「んまぁ傍から見たらそういう疑問を抱くよネェ。でも、魔族からの襲撃を受けているというのは本当だヨン」

「じゃあどうしてここが全く荒れていなく、こんなに綺麗なんだよ?」

「それはだネェ……お、噂をすればなんとやらだ。ちょうど良いから実演を交えて教えてあげようかナ」


 一貫して軽い態度であるティーダに少々苛立ちを見せる陸徒。声気を強めて問い詰めるも、相手は返答途中になにかに気がつく。彼は上空を見上げる仕草をすると、それに倣うように他の者も同じ行動をした。


「おいあれって……」

「ま、まさか……」


 途端、ティーダとシルフィを除く面々が目を見開きながら戦慄する。それは陸徒たちが良く知る存在だった。

 上空から迫る黒い物体が徐々に明瞭化される。深淵のように禍々しく黒々とした肌。頭部に生える巨大な2本の角。凶暴さを象徴させるような鮮血色の瞳。背中から生えた大きな翼をはばたかせ、こちらへ飛来してくる恐怖の存在……魔族であった。


 空を舞い、颯爽と迫り来るそれ、早々と地へ降り立つ。その数6体。陸徒たちは冷や汗を垂らしながら、それぞれに武器を構え始め戦闘態勢へと入る。


「おっとっと、君たちなにをするつもりだイ?」


 そこへティーダが小さく慌てる様子で、陸徒たちの行動を制止させる。


「なにって、魔族が来たんだがら戦わなきゃなんねーだろ!」

「だからさぁ、俺ちゃんが教えてあげるって言ったよネェ?」


 先ほどティーダの言っていた内容はわかるが、皆にはその言葉の意味を理解していなかった。ましてやそれが、この後起こり得る誰もが無謀と思える行動を始めるとは思いもよらないだろう。

 一同にして頭上に疑問符を出している中、ティーダは徐に腰に着けているバッグからなにかを取り出す。白色をしたケースに見えるそれを開けると、中から1本の筆とパレットが出てきた。


「なぁあいつ、今から絵でも描く気かい? こんな時になに考えているんだ」

「そうよ。魔族が現れた緊急事態だというのに、そんなことしている場合じゃ……」


 順応に文句を言うシルビアとステラに対し、ティーダは目を細めながら呆れ顔で答えた。


「全く……君たちは師匠からなにも聞いていなかったのかイ? 俺ちゃんは色の力を操る彩術の使い手。もう説明は面倒だし、そんな時間もないようだから、ちょっと黙って見ててもらえないかナ」


 少々面倒臭そうに、ティーダはこの先の問答をぶっきらぼうな態度であしらうと、早速と右手に筆、左手にパレットを持って身構える。

 明らかに武器ではない物でどう戦う? 色の力を操ると言うが、彩術とは具体的にどのようなものなのか? 様々な疑問や不安を抱えたまま、致し方なく陸徒たちはティーダの行動を見守るように観戦することにした。


「貴様がティーダだな。今日こそ息の根を止めてやるぞ」


 魔族側も同様に身を構え、悪役の定番じみたセリフを吐いて、ティーダへ殺意を剥き出しにする。

 魔族の恐ろしさを身を以て知っている陸徒は、過去の悲劇を思い出すかのように顔を引きつらせながら、手に持っている剣の柄を力いっぱい握りしめている。

 そのような中、ティーダは一切物怖じせず、淡々とした口調で魔族の相手をしていた。


「もう、穏やかじゃないナァ。ま、とりあえずお客さん6名ってとこだネ。それじゃ、これから俺ちゃんの華麗なカラーパフォーマンスをお見せしようかネ!」

「誰が客だっ! 貴様ふざけるなよっ!」


 自分たちを揶揄するようなティーダの発言に、1体の魔族が怒りを露わにして全身を震わせる。それと同時に凄まじい威圧感が陸徒たちを襲う。この感覚は、かつての記憶をトラウマのように引き起こすほどのものであった。


「っく、スカイラインで会ったディアブロって魔族と同じだ。あいつら相当強いぞ!」

「な、なんなのよこの気迫は……。こ、これが魔族の力だっていうの?」


 初めて魔族の存在を目の当りにするステラやモコは、その強大な力が作り出す恐怖に押され、立っているのがやっとのようだ。

 シルビアも以前対峙しているとはいえ、額から冷や汗を垂らしながらその様子を伺っている。

 シルフィはというと、日常と変わらず微笑みを振りまいたままだ。この女はなんなのだろうか……。


「おやおや、いきなりそんなに熱くなりなさんナ。ショーはこれから始まるんだヨ。もっと落ち着いて観てもらいたいネェ」


 ティーダもまた、魔族の気迫に慄くことなく、澄ました顔をして余裕を見せている。そしてセリフを吐きながら持っているパレットに手を当てると、箇所から色のついた粘着性のある液体が滲み出てきた。それを筆に馴染ませた後虚空に翳す。


「静寂のサイレンスブルー!」


 そして言葉を放つと、途端に怒りで体を震わせていた魔族の全身が青色に染まる。相手は突然の意に反した状況に驚きを見せるも、忽ちに怒りを鎮めて元の平常の状態へと戻ってしまった。


「え、どうなってんだ? 魔族の気迫が……消えた」

「青の持つ力は落ち着きや静けサ。その色に染まった者は怒りを鎮め、攻撃的ではなくなル」


 不可思議な現象に困惑する陸徒たち。ティーダは律儀にも今しがた見せたものの説明を講じる。そして更に話を続けた後、驚くべき効果を発動させた。


「それと、青には他の力もあってネ。寒さのイメージも持っているんだヨ。つまり——」


 言いながら再度筆を振り下ろす。


「氷結のグレイシャルブルー!」


 今度は先ほどと異なる言葉ではあるが、共通して青という語が含まれていた。従って、また青の力を使ったものと伺える。対象は無論、青色に染められて怒りを鎮めた魔族だ。

 力が発動した瞬間、突如魔族の体表から白い靄が漂いだすと、瞬く間に全身を凍結させ、微動だにすることなく口を開けた断末魔の表情で氷像と化してしまった。


「はい、おひとり様退場だネ」


 ティーダは変わらず淡泊な仕草で言い捨てると、残りの魔族5体へと視線を移した。

 さすがの魔族側も予想外の出来事に驚くばかりだ。だが凍結した仲間を見るなり、すぐさまティーダに対し殺意を沸きあげて臨戦態勢を取る。今度は一斉に攻撃を仕掛けるつもりのようだ。


「ちょっと全員で集中攻撃とか、卑怯極まりないよまったク……」


 さながら頑固親父の如くしかめっ面で愚痴を零しつがら、ティーダは筆をパレットに戻して別の液体を付ける。今度はなにを見せてくるのだろうか。

 魔族たちの攻撃がティーダに襲い掛かろうとした瞬間、次の手が発動される。


「闘牛のブルアングリーレッド!」


 繰り出したのは赤の色。それを1体の魔族に塗り当てる。即座に全身を真っ赤に染められた直後、なんと他の魔族の攻撃が赤に集中し始めたのだ。


「な、なぜだっ! お前たち、や、やめろぉぉぉぉっ!!」


 必死で制止を乞う叫びも虚しく、仲間からの集中攻撃を浴びた赤い個体は、無残にも息の根を止められてしまった。


「なんだ……仲間割れか?」

「赤は闘争心を促すもの。闘牛が赤い色に興奮して突進してくるのと同様、その色に魅せられた者は、そこに集中して攻撃するようになル」

「これが……彩術」


 またもやティーダの説明答弁。ステラが目を見開いたまま呟いた言葉の通り、これが彼の使う彩術とやらなのだ。一体どのような原理で色から様々な現象を引き起こしているのか不可解ではあるが、この術……魔術のような破壊の力を持ちながら、精神に作用させて操ることも可能としている。本当に凄まじい力だ。

 陸徒たちが感嘆しているところに、更に惜しげもなく彩術を披露するティーダ。彼の巧みな色使いによる攻撃で、あの驚異的な魔族をまるで赤子を扱うかのように軽々と撃退させていく。

 そして戦いも終盤。魔族も残り1体まで減らしたところで、ティーダが最後の仕上げと強力な術を使用する。


「それじゃ、ラストステージといきますカッ!!」

「お、おのれぇーっ!!」


 残された魔族は、戦慄の形相で赤いオーラを身に纏いながら、とてつもない速度で突進してくる。そして一瞬でティーダの目の前に接近。

 彼は無表情でなにも言わず、その場に立ったままであった。まさか直撃を受けてしまったのだろうか。


「く、なぜ……だ」

「……へへっ」


 なにもできずに動けないのは魔族側であった。彩術使いの絵描きは、表情の筋肉を緩めて口角を上げながら笑みへと変える。


「虚無のニヒリティーブラック!」


 術の名を言うが、それは既に発動されていた。魔族の足元に直径2メートル程度の黒いフィールドが作り出されているのを視認。その上に立つ魔族は、まるで石にでもなったかのように全く微動だにできずにいるようだ。


「黒は全ての色を呑み込む支配の色。これを受けた者は、攻撃、行動を全て無力化されてしまうんダ」


 お決まりの説明を講じると、画竜点睛の演目が始まる。


「さぁこれでフィナーレだヨ!」


 筆をパレットに当て液体を染み込ませると、これまでのように対象にではなく、その周囲を色で染め上げる。原理は不明であるが、なにもない云わば空気に色を塗っている様子だ。

 塗られた色は白。魔族の姿を完全に覆いつくし、外側から隠された状態となった。そして名と共に彩術が発動。


「神光のヘヴンリーホワイト!」


 ティーダは軽やかに筆を振り下ろすと、白い囲いの内側から強烈な光が溢れ出す。


「う、うおあぁぁぁぁぁっ!」


 陸徒たちから魔族の姿すら確認するかとができないが、その光によってダメージを受けているのだろうか、内部から苦痛に満ちた叫び声が発せられている。そして事切れると同時に術の効果が終了した。

 蒸発する水のように、白い囲いが湯気を出しながら徐々に消えゆくと、そこに魔族の姿はなかった。


「「「…………」」」


 一同が言葉を失い、その光景を呆然と眺めていた。それは言うまでもない。あの驚異の存在とされていた魔族を、あまつさえ6体もの数を、ティーダひとりの力によって難なくと全滅させられてしまったからだ。


「俺ちゃんのパフォーマンス、いかがだったかナ?」


 あれだけの術を休む間もなく繰り出しておきながら、全く疲れた様子を見せず、ひょうきんな画家ティーダは爽やかに微笑む。そして片手を大きく仰いでから胸元に添えて、紳士的な会釈を結びに、ショーの幕を下ろした。

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