第70話「魔術大国エルグランド城へ」
「ほらほら陸徒! さっさと起きなさいっ!」
夢も見ぬほどに眠り深く、いわゆる爆睡状態へと陥っていた陸徒を叩き起こそうと、お転婆法術士娘が部屋に押しかけてきた。
昨夜、正しくは今朝方であるが、ドヘルズペインの生息する森を出て、ここアヴァンシアの町に辿り着いた頃には既に陽が昇り、町中も目覚めて人々が賑わい始める時間であった。
捕らわれていたステラを始め、疲労困憊だった一行は、子供たちを自宅へ帰してから宿へ戻る。そのまま眠りにつくかと思いきや、さすがに汗だくの体と死臭のついた衣服のまま寝られるほどの図太さはなく、律儀にシャワーを浴びてから床についた。それも手伝ってか、全員昼過ぎまで一切目が覚めることはなかった。
現在は午後の2時。宿主へは事情を説明してチェックアウト時間を延ばしてもらったは良いが、一向に起床しない陸徒に対し、いい加減とステラが先ほどの行動を取ったというわけだ。
「んだよ鬱陶しいな……」
気持ちよく寝ていたところを起こされ、陸徒は不機嫌モード全開で頭を掻きながらステラを睨みつける。
「なによその顔はっ! このアタシが起こしにきてあげたんだから寧ろ有難く思いなさいよね」
「あーはいはい、わかったわかった。ってか、もう体の調子は大丈夫なのか?」
「ふんっ、あの程度の疲労なんて数時間休めば余裕よ」
ドヘルズペインの巣窟で助けた時は心痛するほどに衰弱していたが、このようなタイプの人間は良い意味で回復力が早い。陸徒の身内にひとり、同じ系統の女がいるため、その様子を見る彼にとっては余計にそう感じただろう。
それはさておき。今のステラは体調に加え、とりわけ機嫌が良いように見える。不思議に思った陸徒は唐突に彼女の心気を伺ってみると、非常にわかりやすい反応を見せてきた。最後にしっかりと落ちのついたふたりのやり取りをしばしご覧いただこう。
「ステラ、なんか良いことでもあったのか?」
「な、なによ急に……。べ、別になんでもないわよ! それより……」
「うん?」
「いつもの陸徒に戻ったわね。一体どんな風の吹き回し?」
「あぁ。なんだろ、吹っ切れた……のかな。空也が敵の元へ行っちまったショックは簡単に拭えねぇけど、いつまでもくよくよしてらんねぇしな!」
「ふ~ん。ま、あのおのぼりさんを助ける手段なんて、きっとすぐに見つかるわよ。なんたってこの天才がいるんですからね!」
「そうだな。ステラのおかげで元気を取り戻せたぜ。ありがとな」
「なっ……。ア、アタシは……ただ、いつものドンと構えた強気な陸徒が……」
「ん、俺がなんだって?」
「バ、バカうるさいわね! いいからさっさと支度しなさいよっ!!」
いつもの調子に乗った態度を見せても、陸徒が真に応えたことで平生を失っていったステラは、思わず本心が漏れそうになったことで半ばパニックを起こす。そして気を誤魔化そうと杖を勢いよく陸徒の脳天に振り下ろした。
「いってえぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
彼の断末魔とも思える叫びが白昼の宿内に響き渡る。それを聞きつけた宿主が何事かと部屋へと駆けつけてきた。合わせてシルビア、モコ、シルフィと慌てて登場する。
こうして今日一日が始まる。とは言ってもとうに正午を過ぎた時間帯なのだが……。
宿のチェックアウトを済ませ、喧騒でまみれる商店街を歩きがてら、一行は目的地であるエルグランド城へのルートを相談し合う。
シルビアとモコがお互いに地図に目を通し、陸徒はまだ痛む頭を押さえながら加害者のステラに剣幕を散らす。当人は少し顔を赤らめながらも、腕を組んで目を背けている。その後ろを歩くシルフィはふたりの様子を笑顔で傍観する。なんとも平和な日常を描いたような光景であるが、現実はそう穏やかなものではなかった。
陸徒たちが元の世界へ戻るための手段とされていたプリウスの魔石が、魔族を復活へと導く鍵であった。そして悪循環の如くそれは現実のものとなる。加えて悲劇の連鎖は止まらず、喬介が絶望的状況による喪失。彼を捜しに波美が単身で旅立ってしまう。更に極めつけは、空也が変貌し魔族側へついてしまった。
異世界組が散り散りに別れてしまい、各々が消息を絶ってしまっている状態だ。それら全てにおいて解決の糸口が見つかっていない。斯様な動静にて、エルグランドの女王アーシェラが今後の対応について策があるのか、全員を招集させようとしてきたというのだ。
「よし、エルグランド城までのルートは大体決めたよ……って、お前たちはいつまで睨み合いをしているつもりだい?」
シルビアが地図を畳みながら、陸徒とステラを見て呆れ顔と溜め息を放つ。
「だってよぉ、あんなもんで頭殴られてみろよ。下手すると死ぬぞ」
陸徒はそう言いながら、ステラの持つ聖杖パステリアウィッシュを指差す。既知の通り、銀色に輝く大きな十字架の形状をした金属製の杖で、本来の用途は術者の法力を引き出し、法術を発動させる触媒としての物であるが、物理的にも鈍器として十分に扱える代物だ。それを脳天に叩きつけられたとあっては、悪ふざけでは済まされない。
「なによ! 男のくせに涙目になってみっともないわね。そんなに文句言うなら回復させてあげないんだから!」
「はぁ? そもそもお前がいきなり殴ってきたんだろうが! 開き直るのかよっ!」
「うるさいわね! あれは陸徒のせいよっ!」
「だぁーっ!! ふたり共黙りなっ! 子供みたいにいつまでも騒いでんじゃないよったく……」
お互いが口を開く度にいがみ合いがヒートアップし、再びケンカに発展しそうなところを、見兼ねたシルビアが大声で怒鳴って仲裁する。午後の町中での出来事であるため、当然ながら周囲の注目を集めるわけで……。
思い返せば昨日も、ステラが陸徒を蹴り飛ばした時がこれと似た状況であった。最早この町で騒ぎを起こすことが得意芸となってしまった彼らである。
一先ずシルビアの一喝でこの場を収束できたが、その後もしばらく陸徒とステラは睨み合いを続けていた。
一行はエルグランド城を目指し、アヴァンシアの町を出発して旅路へと歩みだす。とはいえ、初日は出発時間が遅かったため、2、3時間ほど経過して終了。安全な場所でキャンプをして夜を越す。翌日から本格的な旅の始まりだ。
城はエルグランド王国領の北側に所在するため、アヴァンシアの町からは北東の方角に位置する。現在陸徒たちが進行するエリアはやや風が強く吹く所であった。それもそのはずで、東の方角は風の谷があるからだ。
そこで思い出されるのが、谷の町に住む魔術士の少女リアラだ。彼女は陸徒の弟、空也と最も親しくしていた。今、彼の身に起きたことを知ればどういった反応をするのだろうか。考えるだけでも悲痛な思いで胸が苦しくなる。一抹の懐かしささえ感じる風を肌に受け、陸徒はそう思い返しながら歩みを進めた。
ひたすら歩き、旅も3日目を迎えようとした頃合、ようやくエルグランド城がその姿を視界へ映らせてきた。
「みんなぁ、エルグランド城が見えてきたわよぉ」
脱力感のあるふわふわとした口調でシルフィが前方を指差す。疲れている時は非常に耳にしたくない声であるが、その言葉が目的地への到着間近を意味するものであれば別だ。一斉にテンションを高めながら首を伸ばして前方に視線を送る。
陸徒がこの世界に初めて訪れた場所がアルファード城であった。城の景観を目にした時の衝撃は今でも鮮明に記憶されていることだろう。そして今回訪れようとしているのが、アルファード王国の隣国であるエルグランドの首城だ。同じ城でも異なるデザインと雰囲気に、彼は感嘆の息を漏らす。
「あれがエルグランド城か、すげーなおい!」
入口に辿り着くと、その迫力は更に勢いを増す。全高100メートル以上はある高層型のアルファード城とは違い、高さはさほどないものの、敷地を贅沢に使い建物が広々と展開されている。その姿は城と言うよりさながら宮殿と称するに相応しい外観となっており、言葉に表し難い神秘さを漂わせていた。
城下町は城が周りを囲うようなレイアウトとなっており、ほぼ中心の位置に存在している。
「うわぁなにここ。アルファードと全然雰囲気が違うのね」
「アタイみたいな人間にはちょっと肌に合わないかもな」
「ここが魔術大国エルグランド」
陸徒と同様に初めて訪れるミドラディアスの住人3名も、それぞれ強い印象を受けているようだ。
「はぁ~、もう帰ってきちゃったのねぇ。もっと楽しみたかったわぁ」
到着するなり肩を落として残念な表情で溜息を漏らすシルフィ。アーシェラ女王からの勅命により、陸徒たちの助っ人にと派遣されたはずなのだが、本人はとりわけ旅行のつもりでいたのだろうか……。
ここエルグランドは魔術の歴史が最も古く、世界一の魔術先進国である。また、法術が開発されたのもこの国であるが、アーシェラ女王の先代、つまり彼女の母親である前女王が魔術の発展に重きを置いていたため、法術は淘汰されていた。
そこで、本国出身であったクレスタがアルファード城へ派遣されることとなり、魔術と法術の技術伝承を行ったのだ。以後アルファードは法術の知識を昇華させ、世界でも最も法術に長けた国となった。
クレスタの功績は計り知れない。惜しい人物を失ったと改めて心痛の想いを知らしめることだ。
陸徒たちは城下町を進み、エルグランド城入口へと辿り着く。間近で見るとより一層迫力を増した城の景観に圧倒されるばかりである。
シンプルな外観のアルファード城とは異なり、至るところに彫刻や装飾が施され、外壁に不可思議な文字や陣のようなものが描かれていた。照明や室温の調整用に全てエスクード鉱石から作られた精錬石が使われ、魔術の力をふんだんに使った機能的な設計となっていた。
城内へ入るとすぐ、巨大なホールが広がる。上部には庶民的な生活をしている上では一生お目に掛かる機会のないような、豪華なシャンデリアが惜しげもなく吊るされていた。
ホール内は多くの人が往来している。外見から研究者や学者、魔術士と思われる人物ばかりが目につく。皆がそろえて忙しなく足早に移動し、周りには一切目もくれず、無論陸徒たちの存在も眼中にない様子だ。
「あら、シルフィじゃないの」
斯様な最中、1名だけ彼らの姿に気づき声を掛けてくる人物がいた。
「ティアナちゃん、お久しぶりねぇ」
呼ばれたシルフィが対象の人物の名を言う。
ティアナはシルフィと同世代と思われる女性で、黒髪のロングヘアーを靡かせ、宝石のルビーのような輝く赤い瞳が印象的だ。彼女も研究者の類であるのか、白衣を羽織っていた。ふたりの様子から見て友人同士のようで、会うなり会話を弾ませる。
「久しぶりって、城を出てからまだ10日も経っていないでしょ」
「あらぁそうだったかしらぁ」
「うふふ、相変わらずね。でもその様子では、アーシェラ女王の命令はしっかりと果たせたようね」
そう言いながら、ティアナは陸徒たちの方へ視線を移すと、口元で軽く微笑んだ。
「ホントはもっと色々旅がしたかったのにぃ……」
「貴女、アーシェラ女王の勅命を受けておきながら、そんな気分で出掛けていったのね……。全く、恐れ入るわ」
やはり旅行気分でいたのは間違いなかったようだ。物寂しげに語るシルフィを、やや呆れ顔で見つめながらティアナは答える。
「それより今帰着したところでしょ? 早く女王の元へ報告しに行きなさい。ついでだから私も同行させてもらうわ」
ティアナに促され、早速と一行はアーシェラ女王の待つ謁見の間へと向かう。
このエルグランド城は3階建ての構造となっており、謁見の間はホール正面の奥を進んだ先にある階段を上がった場所に位置していた。上階へ着くと大きな扉があり、両端に衛兵が立つ。シルフィやティアナの存在を確認するなり、扉を開けてその先へ進むよう案内する。
謁見の間は女王が座する場に相応しいと言うべきか、入口のホールよりも段違いに豪華な装飾が施されており、陸徒たちの世界で換算すれば数十億は下らないほどであろう高価な代物で溢れかえっていた。
ただ驚くべきはそれだけでなく、無造作に派手さだけを追求した、いわゆる品のない飾り方なのではなく、全てがアーシェラ女王の優雅さを引き立てる物として担っているという点だ。
「アーシェラ女王、下のホールで彼らの到着と相対したため、連れて参りました」
「ティアナか、ご苦労だった。陸徒たちも良く来てくれた」
「ただいまぁアーシェラ女王。でもエリシオンのプレサージュの街まで行かせておいて、すぐ帰って来いってちょっと酷いわよぉ」
自分が仕えている主の前で、普段と変わらぬ態度を繰り広げるシルフィ。だがその様子は日常茶飯事なのか、ティアナや周囲に立つ衛兵も特に慌てることもなく、淡泊な表情で傍観していた。
「私は貴女を旅行に遣わしたわけではないのよ。それよりも、陸徒、元気そうでなによりね」
「あぁ、あんたもな。あの時大怪我していたのにも拘らず、応急処置で治してすぐ自国に戻ったと聞いたから、大丈夫かと心配はしていた」
シルフィでは看過されても、さすがに初めてここへ訪れる者の女王に対する態度に、衛兵が怒りの形相で動こうとする。
「構わない。喬介もそうであったし、考えてもみれば異世界の人間が私に敬意を示す義もないだろう」
すかさずアーシェラ女王が声のトーンを強めに兵を制止させる。本人も以前は陸徒と喬介の無礼な態度に文句を零していたが、既に割り切ったようで平静としている。
その様子を見た衛兵は、幾ばかりか腑に落ちない表情ながらも、ゆっくりと自分の持ち場へと戻った。
「喬介ちゃん、今頃どうしているかしらねぇ。無事だといいのだけれど……」
それを余所にシルフィが言葉を漏らす。
アーシェラ女王と行動を共にしていた喬介は、無論エルグランド城の人間とも面識はある。ティアナや他の兵たちも、彼を案ずるように瞼を細めながら少々曇った表情をする。
あのような冷めた性格をしているが、それなりに周囲の人間には慕われているようだ。魔族の襲来によるエルグランドの危機から救った、いわば救世主のような存在であろうから当然と言えばそうであろう。
「アーシェラ女王、この子たちに今後の対策についてお話があるのでは?」
場の空気がやや沈みかけていたところへ、ティアナの口から本題へと振られる。
「そうだったな。スカイラインでの事件により魔族が復活したことで、ミドラディアスは今、重大な危機に瀕している。それは皆も十分認識しているだろう。そこで、これまでの間に我がエルグランドが総力を挙げて調査をした結果、判明した内容をこれから話すが、その前に陸徒、貴方から聞きたいことがある」
「え、俺に?」
「そうだ。先日伝心石で話を聞いた時、一通りの状況は把握したが、肝心の貴方だけが知っている情報をまだ伺っていない」
陸徒は思い出したようにハッとして、神妙な相貌をしながらアーシェラ女王を見返す。
これからお互いの情報を刷り合わせし、女王の口から出る調査結果とはどのような内容なのであろうか。




