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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第7話「ランチタイム そして目覚める波美の力」

 新しい装いとなった3人は、数日同じ服を着ていた不快感からの解放と、異世界の文化に触れ、その住人になりきったような感覚を覚えて意気揚々と胸を弾ませる。更には先に待ち受けている空腹を満たす物への期待感も相まって気分は上々だ。 

 シェリルが推奨するレストランは、町の宿場通りにあるとの事。今朝、城の食堂で食べたものは一流のシェフが腕を振るっているであろうから、味付けが上品なのは至極当然である。無論、申し分ない料理だったと陸徒達も思っているが、むしろ彼らにとっては庶民的な食事の方が性に合うと思われる。

 


 服を購入したフィットのある商店街から十数分ほど東へ歩くと、宿場通りに辿り着いた。

 やはりアルファード城下町は広い。商店街だけでも広かったが、ここ宿場通りも様々な宿屋が点在していた。ほとんどのレストランがその宿屋と併設されており、一行の目的の店もその中のひとつであった。


「さぁ、着きました。こちらになります」


 シェリルが立ち止まり、右手にある店を指す。とりわけ目立った店構えではなく、敷居も高くないと感じられる少し小洒落たレストランだった。


「すてきな所ね! 美味しそうないい匂いがするわ」


 波美が目を瞑って鼻を利かせ、その店から放たれる食欲をそそる匂いを堪能する。

 早速店の中に入ってみると、店内は多くの客で賑わい、活気のある雰囲気だった。レストランというよりも洋食屋の方がイメージに合うだろう。


「いらっしゃいませ。あ、シェリル様! ようこそおいで下さいました」

「こんにちは。今日はお客様をお連れしましたの」


 元気そうな女性店員が、シェリルの姿に気付くなり話し掛けてきた。周囲の客も騒ぎ出したりする者は特にいない。これらの反応からも見て分かるように、シェリルが日頃からこの店を利用しているのは事実のようで、多少注目は浴びているものの普段と変わらぬ様子だった。先ほどの衣服店や町の中での移動中もそうであったが、王女が城下へ出てくるのは極自然な事のようだ。

 また、一般の客と同じように自費で買い物をしたり食事をするなど、王女である事を鼻にかけず、非常に律儀で社交的だ。そんな彼女だからこそ、陸徒達も気兼ねなく話す事が出来ているのだろう。

 

 席に着いた一行は、メニュー表を開いて眺める。そこで真っ先にシェリルを除く3人が驚きの反応を見せた。書かれている文字が全て英文字で、料理等の名称も彼らの世界のものと同じだったのだ。ハンバーグ、スパゲッティやドリア等、ほとんど知っているものが名を揃えている。

 そこへ、先ほどの女性店員が注文を聞きにやってきた。


「ご注文は如何なさいますか?」

「そうですね、本日のお勧めは何でしょうか?」


 シェリルが尋ねると、今日はサーモンのムニエルがお勧めメニューとの事だった。

 折角なので全員同じものを注文する事に。空也のみ別の料理を食べたがっていたようだが、朝食の件もあってか、勝手に好きなものは食べさせまいと陸徒がそれを許さなかった。


 しばらくして、注文した料理がテーブルに置かれる。見た目もそのままで、サーモンの切り身にキノコや野菜が添えられ、鉄製のプレートの上でジュージューと瑞々しく香ばしい音を立てていた。

 それを口に運ぶと、皆が笑みを浮かべて頬張る。適度に脂の乗ったサーモンに、塩コショウの絶妙な味加減が何とも言えない満足感を与えてくる。


「うん、こいつはマジで美味いな」

「ほっぺが落ちるくらいって、こういう料理の事を言うのね」

「食後にはアルファード名産であるオレンジのシャーベットが頂けるそうですよ。楽しみですね」

「そいつはいいな」

「ホント、素敵なランチタイムだわ」


 皆が上機嫌で舌鼓を打つ中、空也は無言のまま貪るように食べている。好きなものを注文出来なかった割にはサーモンのムニエルに夢中である。

 そんな所へ、他の客席から大きな怒鳴り声が聞こえてきた。


「おい! 酒は無えのか酒はぁっ!?」


 一斉に視線がその声の主に集まる。

 カウンターの端に座っている男のようだ。見た所、歳は30代後半だろうか、筋骨隆々の屈強な巨漢で、いかにも気性が荒そうである。


「申し訳ございませんがお客様、当店ではアルコール類は扱っておりませんので」

「はぁ? 酒を置いてねぇのかここは!? 俺は酒が飲みてぇんだよ!!」


 女性店員がすぐに駆けつけ、事を説明する。ところが男は更に声を荒らげてカウンターを強く叩きつけた。その威圧感で彼女は一瞬にして顔を青ざめ、全身を震わせて萎縮してしまった。

 周囲の客も迷惑そうな顔をしているが、恐怖心からか、その様子を特に注意して止めに入る者はいなかった。


「揉め事はやめて下さい!」


 するとシェリルが立ち上がり、男の方を見て声を上げる。


「おっと、誰かと思えばシェリルお姫様か。随分と威勢がいいようで」


 けれども男はシェリルの注意にものともせず、大きな態度を取り挑発する。


「てめぇっ!!」


 さすがに男の態度が頭に来たのか、陸徒もこれ以上は黙っていられないと勢い良く席を外し、男に取っ掛かろうとした。だがそこへいきなり、男の顔に水を掛けた者がいた。


「ちょっと、せっかくの美味しい料理が不味くなるでしょ! やめてよね」


 何とその人物は波美だった。彼女は腰に両手を当てて胸を張り、男を見上げて睨みつける。


「貴様、何のつもりだ?」


 当然、男は額の血管を浮き立たせて怒りを露にする。しかしそれに臆する事なく、波美は男に言い掛かった。


「ここにはお酒を置いてないって言ってるんだから、お酒があるお店に行けばいいじゃない。大体ねぇ、こんな昼間からお酒飲もうなんて……。大人は昼間働いて、その疲れを癒すために夜にお酒を飲むもんでしょ?」

「うるせぇ、生意気なこのクソガキが!! 表に出やがれ!」


 波美の言葉に怒りが爆発したのか、店の外を指差して彼女を喧嘩に誘い出してきた。陸徒達は予想外の展開に思わず呆然とする。だがそれを待たずに、ふたりは既に外の通路で睨み合っていた。

 相手の男、見掛けから想像する限りでは喧嘩はめっぽう強そうである。元々正義感の強い波美ではあるが、明らかに自分より大きくて強そうな相手に立ち向かうなど、彼女の心情は一体どうしたのだろうか。


「波美さん、危険です! ここはわたくしが何とか……」

「いいの、あたしこいつの事ムカついたから」


 シェリルが忠告するも、波美は構わず男の喧嘩を買って出る。どうやら彼女も完全にスイッチが入ってしまっているようだ。


「おい小娘、今ならこの場で土下座して謝れば許してやってもいいぞ」

「そんな事するわけないでしょ。いいからさっさと掛かって来なさいよ」


 寧ろ挑発までする始末。案の定男は一気に顔を歪ませ、いきり立って拳で殴りつけてきた。だが波美は表情ひとつ変えず、さっと男の攻撃をかわした。その動きを見て、陸徒がある違和感を覚える。

 彼は小学生の頃、習い事で空手を少し学んだ事がある。その為、構えや基本動作などは人並み以上には知っていた。波美の動きがまさにそう見えたのだ。しかし陸徒の知る限りでは、彼女は男勝りで多少乱暴ではあったが、格闘技の類は経験していなかったはずだ。

 そんな彼の疑問を尻目に、ふたりの争いは続く。


「こ、このっ!!」


 男は波美にすんなりと避けられたのが頭に来たのか、次は連続でパンチを繰り出して来た。さすがにこれを避けるのは無理だと皆が思ったが、彼女はそれをものともせずに回避する。


「そんな単調な攻撃、避けるしかないでしょ! わざとでもない限り当たらないわよ」


 傍から見れば格好良い格闘少女。あの明朗快活でお転婆な波美からは想像できないほどの別人振りだ。


「あぁ、早くデザートのオレンジシャーベットが食べたいなぁ」


 しかし、ひとたび言葉を発すればいつもの波美である。 


「じゃあ、今度はあたしから行くわよ!」


 巨漢からの連続パンチを華麗に避ける同作から繋げるようにして、波美は男に飛び蹴りを浴びせる。だが男はそれを腕で受け止めた。

 すかさず今度は着地と同時に男の懐に入ってパンチを繰り出す。男は一瞬怯んだが、あまりダメージは受けていないようだ。あの筋肉の壁の体格では並大抵の攻撃は通用しないだろう。

 やはり大して痛みを感じなかったようで、したり顔を見せながら男は腕を振り下ろす。だが波美は寸でのところで後方にステップしてかわした。


「なかなか出来るな。だが、その程度の力じゃ俺には効かねえぞ」

「ふぅ、やっぱり普通のパンチじゃ無理ね。あのマッチョボディにはあまり効かないわ」


 波美が一瞬険しい表情を見せるが、ひと呼吸置いた途端、勢い良く男に突っ込んでいく。


「真っ正面から突っ込んで来るとはな、狙い易い」


 男は不敵な笑みを浮かべ、そのまま波美に対して渾身のパンチを繰り出す。

 すると波美の姿が突然消えた……ように見えた。そう見えたのは、攻撃が当たる紙一重のタイミングで下に伏せて回避した為だ。その体勢を維持した状態から、左足で地面を撫でるようにして水面蹴りを食らわす。

 さすがに不意を突かれたのか、男はよろめいてバランスを崩した。その隙に波美は男の懐に入り込み、体重をかけた肘打ちを鳩尾にかます。

 どうやら今の一撃は効いたようだ。歯を食い縛った男の表情から察する事が出来る。だが彼女の攻撃はこれで終わりではなかった。


「これで……ノックアウトよ!」


 セリフと共に繰り出された飛び膝蹴りが、見事男の顎に直撃。そのまま男は気を失い、白眼を向いて後ろに倒れ込んだ。ドーンと大きな音を立てて倒れる男を見て、いつの間にか集まっていた多くの野次馬達が一斉に歓声を上げる。

 陸徒と空也は波美の戦い振りに言葉が出ないのか、口を開けたまま黙ってその光景を眺めていた。


「凄いです!! 波美さん、格闘技が使えたなんて知りませんでした」


 シェリルは波美の手を取って、高らかに歓喜の声を上げる。


「ううん、あたし格闘技なんて知らないよ。でも何でだろう……あたしの気持ちに反応して、体が勝手にあんな動きしたんだよね」


 けれども波美は、自分のした事が格闘技であると認識していなかったようだ。陸徒の考えていた通り、波美は格闘技など経験してはいなかった。しかし今しがた彼女が男に対して攻撃したのは間違いなく格闘技によるものだ。

 昨夜、陸徒が突然剣を使えるようになったと同様に、波美もまた、使えもしなかった能力を会得していた。これは一体どういう事なのだろうか。


「まぁ、とにかく! お楽しみのデザートがまだよ。早く戻って食べようよ!」


 お得意の楽天的考えが発動。自分の身に起きた事であるにも関わらず、波美は何も無かったかのように店の中に戻って行った。

 陸徒の剣技と波美の格闘技。突如としてふたりが何故このような力を手に入れたのか、もしかすると空也の身にも何かが起きているのだろうか。この時は誰も知る由もなかった。

 一先ず彼らは店の中へ戻り、食後のデザートであるアルファード名産のオレンジシャーベットを頂く事にする。

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