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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第68話「巣窟からの迅速な救出劇」

 陸徒は身体を低く屈め、足早に小さな穴を潜っていく。3、4メートルほど進むと空間へ繋がった。

 先ほどの戦闘時のように小さな灯はないが、既に夜目が効いているためか、その場の間取りが微かに確認できた。建物でいうと6畳分の部屋であろう空間。そして奥には、この暗闇の中に似付かわしくない真っ白な服装をした人物……そう、ステラがいたのだ。


「ステラッ! 大丈夫か? 俺だ、陸徒だ。助けに来たぞ」

「……陸徒? どうしてここに?」


 思いの他衰弱しているようだが、命に別状はないことを確認。陸徒はただちに彼女を連れて出ようと動くが……。


「待って。アタシ以外にもここに捕らわれている子がいるの」


 唐突なステラの言葉に、陸徒は困惑しながら周りに目を凝らす。すると確かに、自分たちの他に人の気配を感じ、4人ほど座り込んでいる状況を発見する。

 その4人は、ステラよりも年下であろう幼い子供。同様にドヘルズペインにさらわれた子たちのようだ。全員の生存は確認できたが、実際にこの部屋中に広がる死臭と、辺りに散乱している人骨などから察するに、人間をさらって餌にしているのは間違いない。陸徒は座り込んでいる子供たちを起こし、助けに来たことを伝えて全員でこの場から脱出する旨を指示する。

 それからしばらくしてモコが同じ部屋へとやって来た。特にダメージを負っていない彼女の様子から見て、問題なく敵を殲滅させたようだ。


「ステラ、大丈夫?」


 すぐさまステラの存在に気づいたモコは、傍らに寄ってきて無事を確認する。普段は無表情で、客観的には他人に対してあまり関心がないように見えるモコだが、今はまるで妹を案じる姉のような姿だ。


「べ、別に平気よっ! なによ、ふたりしてそんなに汗だくになってさ。大体こんなのアタシだけでも脱出できたわ」


 優しく接してきたモコに対し、ステラは相変わらずのツンデレぶりだ。とはいえ、口ではそう表現していても、感情からくる顔の動きは隠し切れていないようだ。その上体がまだ震えている。寂しく、不安で怖かったのが如実に伝わってきた。


「はいはいわかったから、さっさと出るぞ」


 ここまで露骨なツンデレもある種の愛嬌と言えよう。それがわかっているからか、陸徒も軽く聞き流すようにして、ツンデレ娘の額を人差し指で押してから彼女を背中に負ぶう。


「ちょっ……な、なによいきなり!」

「大人しくしろ。良く見りゃお前、足とか色んなとこ怪我してるじゃねーか。まるで戦った痕みてぇだ」


 そこへ陸徒の感付きに回答するように、他の子供のひとりが弱々しい声で話し掛けてきた。


「そのおねーちゃん、僕たちをモンスターから守るために必死に戦って抵抗してたんだ。おかげで僕たち食べられずに済んだんだよ」

「バ、バカッ! なに喋ってんのよアンタ!」

「そうだったのか。ステラ、良く頑張ったな」


 事情を理解した陸徒は、ステラの頭を片手で軽く撫でると、彼女は顔を真っ赤にして彼の背に顔をうずめる。


「うるさいっ! ……早く、ここから出しなさいよ」

「へいへい」


 陸徒はステラを背に負ぶったまま、這うようにして穴を抜ける。モコは他の子供たちの手を取って誘導する。

 最中、陸徒はこの巣穴の中から嫌な気配を感じていた。すぐ近くではないが、先ほど陸徒とモコが倒した数が全てではないはず。まだ他にもドヘルズペインはいるであろうと推察される。のんびりしている暇はない。それに、斯様な吐き気のする臭い場所など、これ以上いたくもないというのが本音だろう。

 巣穴の出口へ辿り着いた陸徒たちは、入ってきた穴へ視線を送る。微妙な月明りが漏れている、森の光が薄らと見えた。しかし目測でも外までの距離は10メートル以上はあるだろう。とてもではないが、怪我人を連れた状態で穴を上っていくことは不可能に近い。


「あの穴が出口ね。だったらここはアタシに任せなさい」


 手をこまねいているところへ、ステラが自案を差し出してくる。言いながら十字架の杖を手に取ると、陸徒に背負われた状態で器用に法術の呪文詠唱を始めた。


―其は、天空を舞いし自由の翼―

浮遊天駆フライセウシル!」


 唱えたのは空中を浮遊して移動することが可能になる術。風の谷でのガルティオルフ戦にてシェリルがそれを使い、大空を華麗に飛び駆っていた様子が印象に残っていることだろう。ステラがこの術を披露したのは2度目だ。

 本来ならば、空中浮遊術は術者のみに効果が与えられる自己補助術なのだが、ステラの能力と彼女の持つ聖杖パステリアウィッシュの力によって、その制限が解除され、術の広域化が実現される。

 発動した途端、その場にいる全員に術の補助が掛かり、一斉に体を宙に浮かせ始める。突然の出来事に陸徒とモコは無論、子供たちも地に着かなくなった足をバタつかせて慌てだす。


「大丈夫よ。落ち着いて自分が飛びたい方向に意識を集中させるの」


 皆が混乱する中ステラが助言を促す。少しばかりか困惑するも、陸徒たちは言われた通りに意識を集中させ、飛びたい方向、つまり上方に見える出口の穴に向かって飛ぶイメージを頭に念じた瞬間、エレベーターに乗った時のような感覚で、滑らかな動きで体が移動していく。


「うおっ、マジで勝手に飛んでいく。スゲーッ!」


 モコの超能力で体を浮かされた話は記憶に新しいが、自分の意志で飛ぶというのはせいぜい夢の中でしか体験したことがないであろう陸徒は、子供のように喜々として声を出してはしゃぐ。その感動は束の間だが、早々と陸徒たちはドヘルズペインの巣穴から脱出することに成功した。


 外へ出て、場面は再び森の中へ。

 しかし周辺の雰囲気が先ほどと異なっていた。穴の中でも感じていた禍々しい気配が森中から伝ってくるような感覚だ。この森の中でもドヘルズペインたちがすぐ近くに潜んでいるに違いない。


「この感じはまずいな。早いとこ森から出るぞ!」

「ねぇ、巨乳剣士とエロい格好のお姉ちゃんはどうしたの?」


 ステラが珍妙な呼称で言うが、シルビアとシルフィを指しているものとすぐわかる。

 陸徒は、2人がこの場にいないことについてステラへ簡単に説明をすると、即座に神妙な顔つきへと変えて、周囲からはびこる只ならぬ気配に神経を研ぎ澄ませる。

 そして次の瞬間、茂みの擦り動く音が至る場所から聞こえ、それと同時に無数の生き物、ドヘルズペインの大群が陸徒たちの行く手を阻むように出現した。その数……彼らの視界のほとんどにそれが映し出されている状況から、想像を絶するに容易い。


「くそ、あちこちから気配を感じていたが、まさかこんなにいるなんてな……」

「すっかり囲まれてしまいましたね……」


 退路は塞がれ、モコのセリフの如く陸徒たちはドヘルズペインの群れに囲まれた状態となってしまった。

 背に負ぶっていたステラを降ろした陸徒は、モコと共に戦闘の準備を整える。しかし今回は守らなくてはならない者がいるというハンデが加わり、それを助長させるかのように相手側は圧倒的な勢力を見せつけている。多勢に無勢とは正にこのことだ。


「やるしか……ないか」


 身を捨ててでも、刺し違えてでも、ステラと子供たちを守らねば……。ふたりはそう覚悟を決めながらも、歯を食い縛り、徐々に近づいてくるドヘルズペインに対し攻撃を開始しようとした。その時——。

 突然前方から大きな爆発音が轟き、周囲に群がるドヘルズペインたちが吹き飛ばされた。


「おらおら邪魔だよ! 道を開けなっ!」


 聞きなれた声と共に爆発は続き、やがて陸徒たちの行く手を阻んでいた塊が消え、幅員3メートル程はある道が開かれた。その先にはふたつの影が。

 察しの通りであるが、先ほどの声の主シルビアと、シルフィであった。


「シルビア! シルフィ!」

「ほーらやっぱり陸徒たちだよ。勝手に突っ走って行ったと思ったら、こんな事態に巻き込まれちゃって、まったく……」

「ふふっ、トラブルメーカーさんねぇ」


 肩を落としながら呆れ顔のシルビアと、余裕の笑みを見せるシルフィ。ふたりの登場は陸徒にとってさながら救世主が現れたようであったろう。

 爆発に巻き込んだドヘルズペインは消滅したが、それでも残りの数は未だ掌握できぬほど。パーティーが揃ったとはいえ、戦況が好転したとも言い難い。シルビアが道を作ってくれた状況を離脱の機とみなし、陸徒は再びステラを背負い、モコと子供たちと共に走り出す。


「よし、ここは逃げるが吉だっ!」


 全員が合流するも、そのまま一斉に戦線離脱を図る。

 去り際にシルビアが左手に持つ蒼い剣、冷気の力を司る蒼剣ブルーアイシスで地面を斬るように一振り。刹那、目の前に巨大な氷の壁を作り出した。全長何メートルあるのだろうか、さしずめ要塞の外壁とも言えるレベルだ。これならばドヘルズペインの動きを抑え込むことができよう。


「おおっ、シルビアすげぇな!」

「へへっ。さぁ今の内だよ!」


 この機を逃すなとばかりに森の外の方角へ駆け出す陸徒たち。負傷しているステラや子供たちを連れているため、全速力とまではいかないが、可能な限りの速度でひたすらと走り続ける。

 シルビア作の氷壁のおかげで、無事に上手く逃げられそうだ。と思っていた矢先、突如その氷の壁が大きな音を立てて粉砕される。


「なんだとっ!?」

「ちっ……。大して時間稼ぎにもならなかったかい」


 外観的には強固であった氷の壁も、軍隊の如く押し寄せるドヘルズペインたちの前では防護力が不足だったようだ。距離は多少稼ぐことはできたが、このまま逃げ切れるのだろうか……。

 驚愕している暇はない。兎にも角にも走るしかない。なんとか逃げ切りたい。しかしひた走る彼らの望みも虚しく、進行速度の速いドヘルズペインたちの群れに間もなくして追いつかれようとしていた。

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