第67話「死臭漂う巣窟 恐怖のドヘルズペイン」
先制で森の中へ単身突入した陸徒は、どこにドヘルズペインが潜んでいるのかも検討がつかないまま、ひたすらと走り進む。この森へ到着する前からもモコの先導で走りっぱなしであったろうが、休むことなく周辺を捜し回る。それだけに彼の想いは必死だったのだ。
そこへ突然木の上からなにかが降ってきた。陸徒は咄嗟に急ブレーキをかけ、剣でそれを弾いて左側へ飛び移る。体勢を立て直しながら降ってきたモノに視線を流す。
「こいつ、マーダーエイプか!」
それは生き物であった。陸徒の口から出た個称、それは以前ステラとモコが相手をした、巨大な猿の姿をしたモンスターだ。想定していなかったわけでもないだろうが、ドヘルズペインの住む森とは言え、他のモンスターも生息していることは定石だ。
「期待外れだが、今はお前の相手をしている暇はないんだ。さっさと失せろっ!」
陸徒はセリフを言い捨てると同時に、マーダーエイプ目掛けて突進し、剣を大きく振りかぶって袈裟斬りを繰り出す。大剣の迫力と陸徒の素早さが融合した強力な攻撃だが、敵も野性的な反応で振り下ろされた剣を鋭い爪で受け流した。
「くそっ、猿のくせにやるな……だがっ!」
初手を塞がれても怯まず、陸徒はすかさず相手の懐へ進入し、右足で脇腹に一蹴を浴びせる。剣を使ってくるのかと思いきや、咄嗟の格闘攻撃にマーダーエイプも不意を突かれ、まともに直撃を受ける。
陸徒は攻撃の動作を終えず、そのまま体を捻って左回転し、遠心力をかけて剣を横薙ぎに振るう。素早く無駄のない動きで蹴りと斬りのコンボを命中させ、巨大な猿を両断して消滅させた。
「へっ、雑魚が」
容易にマーダーエイプを仕留め、陸徒は軽い勝利の余韻に浸る。だがその時、彼の背後に急接近する殺気が——。
「ま、まさかっ!?」
なんと、もう1体のマーダーエイプが木の影に潜んでおり、油断した陸徒の隙を突いて襲い掛かってきたのだ。気づいた時既に相手は目前で攻撃のモーションに入った状態。回避も防御も間に合わないタイミングとなっていた。
ザンッと、刹那肉を斬る音が流れる。重い振動と共に地に倒れる者がいた。それはマーダーエイプ。陸徒が攻撃を受ける直前で、突然首が切断されて絶命したのだ。
「油断は禁物ですよ」
黒煙をあげて消滅するマーダーエイプの位置の奥から、桃色の軽鎧を着た騎士が姿を現す。
「モコ、助けてくれたのか。すまない」
「この森にはドヘルズペイン以外にも多くのモンスターが生息しているようです。気をつけてください」
陸徒のピンチを救ったのはサイキックナイト、モコであった。離れた場所からでも瞬速の鳥を飛ばし、いかなる局面でも先手を打つ攻撃速度は天下一品だ。
「それよりここに来る途中、ドヘルズペインの巣の入り口らしき場所を見つけました」
「マジか! 案内してくれ」
巣の入り口であろう場所は、陸徒が走ってきたルートを少し戻った先にあるそうだ。無我夢中で走ったせいでうっかりと見逃してしまっていた。
「ステラ、今助けに行くからな!」
陸徒は今一度気を引き締め、モコと共にドヘルズペインの巣へと向かう。
先ほどマーダーエイプを倒した場所から距離にしておよそ100メートル。そこには一際大きく目立った岩が置かれていた。その約3分の1ほどを木の枝が覆い被さるように敷き詰められていた。どう見ても自然に集積された枝ではない。明らかに何度も動かしている形跡も見られた。
モコがその枝の集まりを静かに取り除く。すると次第に、岩に大きく開けられた穴が顔を出す。ここまでドヘルズペインに遭遇しなかったことと、この場所以外は至って従来の森の様子と遜色ないことから、ドヘルズペインの巣はこの穴の奥であると察しが付く。
しかし、穴を開放した途端から漂い始める悪臭に、陸徒とモコは不快な吐き気を催す。
「うっ……なんだこの臭い」
「……死臭、腐敗臭。生き物の腐った臭い」
必死で鼻と口を押えるも、あまりの強烈な臭いに目から涙が出そうになる。
「微かに血生臭さも混ざって感じます」
通常であればこのような場所へ入るなど全力で拒否を乞うところであろう。充満する死臭の中から、別の臭いも嗅ぎ分けるモコの嗅覚も奇特であるが、ここは臭いなど気にしている場合ではない。
「急いで中に入ろう」
躊躇している暇はない。一刻も早く中に入らなければ、取り返しのつかないことになるかもしれない。一抹の不安が頭をよぎり、陸徒とモコは意を決して穴の中へ身を投じる。
暗闇でなにも見えないが、地を滑りながら体感で数メートルほど落下しただろう。深部へ着地してもなお支配する闇は一向に変わらず、自分のいる場所が広いのか狭いのかすらもわからぬほどに、なにも見えなかった。だが、今この穴の中に、陸徒とモコ以外のなにかがいるというのは肌で感じるほど伝わってきた。
「そうだ。これがあったわ」
唐突にモコが胸のポケットにしまってあった、ステラの首飾りを取り出す。シルバーのチェーンにビー玉程度のサイズの水色の石が装飾されているペンダントだ。モコがその石を握り締めると、忽ちに石から淡い光が生まれる。
「それは……?」
「このペンダントの石は光照石です。だから少しの範囲でしたら照らすことが——!!」
モコが周囲に光を翳しながら、なにかに感づいたかのように話を途中で止めた。刹那、空気をつんざく鋭い殺気が陸徒に襲い掛かる。
「なにっ!?」
陸徒は咄嗟に剣を盾代わりにして防御すると、金属を弾く甲高い音が鳴り響いた。
ステラのペンダントの光は、内部を十分に照らすほどの照度はなくとも、蝋燭2本程度の明るさは確保されている。陸徒とモコは改めて自分の周りを確認すると、その視線の先には人に似た姿をした、気味の悪い生き物が数体立っていた。
背丈は一般的な女性の身長程度で、鳩羽色をした肌の非常に痩せ細った体格をしていた。後頭部が異様に突き出ていて、血のように真っ赤な目でこちらを見ながら、吸血鬼の鋭い牙に酷似した八重歯から涎を滴らせていた。
「こいつがドヘルズペインか。気持ち悪い見た目をしてやがる」
「シルビアが言っていたように、強靭な筋力と敏捷性を兼ね備えていると……」
「あぁ。さっきの攻撃で十分に理解した。厄介そうな相手だが、こいつらをさっさと倒してステラを捜すぞ」
「はい!」
お互いに戦闘の意志を確認して武器を構える。モコは先ほど光を灯したペンダントを手元から超能力によって宙に浮かせる。これにより部屋の照明のように上から照らした状態となり、光の届く範囲が広がって少しでも戦いやすい環境へと変える。
ただしこの状態からチャクラムベリーサを超能力で動かすことは、意識の集中限界を理由に困難となるため、この場では円盤を手に持って戦う選択をする。といえども、穴の中はさほど広くもなく、更には前述の通り視界も悪いため、従来の戦闘方法は推奨できなかったであろう。
「接近戦はあまり得意ではないのだけれど、この状況ではそうも言っていられないわね」
モコは平常通りに特に表情を変えず、両手にチャクラムベリーサを装備したまま、正眼の構えをしながらドヘルズペインたちの様子を伺う。その後に枯れ枝を踏んだのか、パキッと音が鳴ったことが戦闘開始の合図となった。
相手よりも先駆けて、陸徒は先ほど自分に不意打ちを仕掛けてきた者に対し剣を振り下ろす。だがそう簡単に反撃は成功せず、ドヘルズペインは寸でのところで身を翻して回避した。偶然避けられたものではなく、自らタイミングを見計らって行動したものである理由から、持ち前の敏捷性が高いということが伺えた。やはりシルビアの言っていたとおりに素早い。
加えて筋力も話と相似していた。陸徒の大刃をすり抜けた個体は、その動作の後から瞬時に反転して、地面を叩きつけたラディアセイバーに蹴りをかます。手に強烈な痺れを与えるほどの衝撃に、陸徒は迂闊にも握力が緩み、柄から手が離れて剣を落としてしまった。
「くそっ!」
急いで剣を拾おうとしたその時、近くにいたもう1体のドヘルズペインが飛び掛かってきた。キンと即座に金属音が鳴る。それは陸徒が防御に間に合ったのではなく、モコが円盤で相手の鋭い爪を弾いたものによる音だった。彼女は攻撃の阻止だけでは終わらせず、そのまま両手に持つチャクラムベリーサを巧みに操り、ドヘルズペインに連続攻撃を繰り出す。
腕を広げながら華麗な足さばきで踊るように動くその様は、まるで双竜剣を操るシルビアの剣舞に近似していた。間髪入れぬモコの連撃によって、早速と1体を排除。接近戦は得意ではないと言っていた割には申し分ない戦闘力の披露だ。
「モコ、助かったぜ」
「礼には及びません。それよりこのモンスター、思った以上に手強そうです」
「そうみたいだな。さっきのマーダーエイプの時といい、お前に助けられてばかりも面目が立たねぇ。ここはいっちょ本気で行くぞ!」
そう言いながら陸徒は、いつの間にか平常の自身を前に出し、体から湧き上がるような戦いに対する爽快さを噛みしめ、口から薄らと笑みが零れる。
「……戻ったようですね」
その様子を見ていたモコが、同様にして口角を少し上げる。
言われた本人はなんのことであるか気がつかず、不可解な顔をしていると、モコが再び口を開いた。
「いつもの陸徒さんに戻って良かったということです」
ようやく陸徒はその意味を感じ取った。気がつけば彼は元の調子を戻していた。悲しみが消えたわけではなく、完全にとまでには言わずとも、どうやら今回の事件により吹っ切れたようだ。
「あぁ。心配かけてすまない。よーし、さっさと瞬殺してやるぜぇっ!」
戦闘再開。薄らと小さな光が灯る穴ぐらの中で、陸徒とモコはドヘルズペインに囲まれている状態だ。視認する限りでは10体はいる。ふたりは共に背を合わせ、それぞれの攻撃対象に狙いを定めてから、ほぼ同時に動き出す。
先ずは陸徒の攻撃から。得物はシルビアやモコのような小型の武器ではなく、重量級の大剣であるため、比較すれば当然スピード感に劣るが、己の頭ひとつ分を除いた刀身である大振りの剣、ラディアセイバーをその見た目に反した速さで軽々と振り回す。リーチとパワーを生かした強力な攻撃が、ドヘルズペインたちをまとめて横薙ぎにする。
「うおりゃぁぁぁぁっ!」
気合の入った大声と共に繰り出した攻撃で、3体同時に命中。その内の2体はまともに直撃を受け、腰の位置から綺麗に寸断される。コウモリの鳴き声に似た耳を突く断末魔を上げながら、黒い煙を吹き出して消滅した。残りの1体も足を切断されて動けない状態だ。
「ちっ。今ので5体くらいはまとめて殺るつもりだったのによ。まぁいい、次は避けさせねぇからな」
攻撃を逃れた2体は軽快に身を翻して壁際に立つ。陸徒はそれを眼光鋭く睨みつけ、再び剣を構え直した。
続いてモコの攻撃だ。前述のように光照石でできたステラのペンダントを、超能力によって宙に浮かせて照明代わりにしている為、武器を飛ばしての戦法は避け、手に持ったままの接近戦で挑む。
本人の言っていたようにそれが得意ではないということと、超能力を使ったままでまともに戦えるのかと始めは案じていたが、先ほどの一手を見てそれも杞憂に終わったようだ。
「…………」
お決まりのサイレントモード。無駄口を叩かず静かに攻撃を開始する。チャクラムベリーサを持った両手を広げ、目の前に群がるドヘルズペインたちに突っ込んで行く。それは、彼女の周囲に風圧が生まれるほどの速さだった。
重量のある鎧を着た騎士のイメージを完全に覆すようなその動きは、見る者を圧倒させる。まるで居合抜きの如く、ドヘルズペインの真横をすり抜けると、対象は体中に無数の斬撃痕を作り黒い煙を放出して消滅する。斬撃数を見る限りでは、十数回は斬っていたはずだ。にも拘らず、視覚的にはなにもせずに走り抜けただけのようであった。
攻撃はそれだけに留まらなかった。モコは間髪入れぬ速さで次の行動に転じる。彼女の右側に固まる4体の中心に身を投じると、刃を展開させて高速回転をし、ドヘルズペインの頭をまとめて切断させた。そのまま順を追うようにして絶命する。
まさに強いの一言。接近戦は苦手であるという言葉は謙遜にもほどがある。近距離も遠距離もこなす彼女の実力は計り知れない。
「……誰かそこにいるの?」
戦況は優勢。このままの勢いで残党を殲滅に当たろうとしたその時、奥の方から声が聞こえた。
か細い声であるがそれはステラのものだった。どうやら無事のようだ。そこへ唐突にモコが残ったドヘルズペインの囮になるようにして、陸徒をステラの元へ向かうよう目で合図を送る。
「モコ……。わかった、でも無茶はするなよ」
彼女の意図をすぐさま汲み取った陸徒は、一言残して声のした方向へと視線を移す。
薄らではあるが、身を屈んで潜れる程度の小さな穴が見えた。その先にステラがいるに違いない。




