第66話「ステラの気持ち 忍び寄る影」
一行はプレサージュの街を出発し、エルグランド行きの定期船発着場となるフリードの町へ辿り着く。この町も変わらず人気のない過疎状態が全開である。
陸徒は町の様子を見るなり思い出す。シェリルの矢の製作を手伝ったことだ。その製作工程が余りにも奇抜で可笑しく、始めは驚きを隠せずにいたが、シェリルの茶目っ気ある一面を垣間見ることができた上に、なによりも楽しかった。彼女の笑顔を見なくなって久しいが、今頃はアルファード城での公務をこなしたりと多忙な日々を過ごしているに違いない。
タイミング良く定期船が到着する頃ということで、町の中を抜けてそそくさと乗船する。そして海の上で揺られること約5時間。一行はエルグランド領地へと到着する。
着港したアヴァンシアの町は、フリードと違い港町と称するに相応しい賑やかさを見せている。ここでも再び陸徒は思い出にふける。
以前はこの町でアーシェラ女王と喬介に襲われ、意表を突き現れたシルビアの助けにより逃げ切ることができた。あの時はまだ、嶺王火山にて悲惨な死を遂げたクレスタもまだ生きていた。当然ながら、現在は消息不明である喬介も。
フリードの町では良き思い出として片付けられたが、ここアヴァンシアの町ではそれが悲しい思いへと繋がり、陸徒の心を暗転させていく。
あれからホント色々あったな……。今こうして旅を続けてはいるものの、現状は元の世界に帰るすべが見つからないままだ。その上空也が魔族の仲間になってしまい、人を殺した。そして仕舞いには自分の元から去って行った。こんな状況で希望など持てるわけがない……。
するとそこへ、意気消沈して落ち込んでいる陸徒の背後に、突如と激痛が走る。なんと、見かねたステラが勢いを込めて彼の背に飛び蹴りをお見舞いしたのだ。この時の陸徒は完全に無防備であったため、衝撃をまともに受けて、前方数メートル先の路上へ派手にダイブした。
「っだーっ!! 痛ぇぇぇぇぇっ! てんめぇステラ! いきなりなにすんだよっ!」
不意を食らった上に激しい痛みによって、さすがに目が覚めたように我に返って半分涙目になりながらも、陸徒は大声を出してステラを睨みつけて突っ掛かる。
「うるさいわねっ! 陸徒がずぅーっと落ち込んだままでいるのが悪いのよっ!」
喚き散らす陸徒に更に被さるようにして、耳障りな罵声で文句を返すステラ。いつになく彼女の表情には怒りが籠っており、顔も熱を帯びて赤く染まっている。
シルビア、モコ、シルフィも目を丸くしながら、唖然とした表情でその光景を眺めているが、特に事態を収拾せずに傍観しているのは、ステラがなんのために陸徒を蹴り飛ばしたのか、薄々気がついていたからであろう。
白昼の町中で起きたことであるから、当然野次馬も集まって来るわけで……。だがそのような状況でも構わずステラは話を続けた。
「大体ね、似合わないのよ。陸徒が落ち込んでいるところなんて。プレサージュの街を出てから数日経ってもそんな調子じゃない!」
「…………」
陸徒はなにも言い返すことができなかった。事実、出発前まではステラがしっかりと診ていたおかげで、ある程度は立ち直れたものの、依然として平生を取り戻すまでには至らなかった。先ほどのように、移動中の時も様々なことを思い出しては、余計に傷口を広げていた。
ステラはそれが気に入らなかった。否、そう感じていたのは彼女だけではなかったのかもしれない。
「出発する前、陸徒はアタシにありがとうって言ったわよね? ……アタシも、陸徒に早く立ち直ってもらいたかったから、言われても嫌な気はしなかった……」
正直これには皆が驚いていたことであろう。ステラの口から斯様な言葉が出てくるとは。
「でも、陸徒がいつまで経ってもそんなんじゃ、あの時のお礼なんて……ちっとも嬉しくないっ!!」
普段の彼女であれば、口が裂けても出さないような言葉を、プライドを押し殺し、恥ずかしさを必死で隠しながら全身いっぱいに力を込めて叫ぶ。
「ステラ……」
だが今の陸徒には、ただ彼女の名を返すことしかできず、特になにも言葉を発せずにいた。
「……陸徒のバカッ!!」
そのような陸徒のじれったさに嫌気が差し、ステラは最後にそう言い捨てると、そそくさとどこかへ走り出す。そのまま周囲に固まる雑踏に紛れて姿を消してしまった。
「お、おいステラッ!」
「無駄よ」
「モコ、なんで止めるんだ? ステラの奴どこか行ってしまったよ?」
「構わないわ。あの子、ああなってしまったら誰にも止められない。しばらくひとりにしてあげて」
傍らで見ていたシルビアが、すかさずステラを追い止めようとするが、それを制止させるようにモコが口を開く。そして彼女は表情を変えずに陸徒の方へ歩み寄ってきた。
「陸徒さん、ステラが自分のプライドを押し殺して、あそこまで本心を語ったのは余程のことです。その気持ち、わかりませんか?」
先のステラの言葉も、モコの言い分も、頭の中では陸徒は理解していた。しかも内容はほとんどが図星。陸徒は特に反論もできずにいた。モコは構わず更に話を続ける。
「空也がいなくなってしまった。大切な弟が自分の元を離れていってしまったことの悲しみ、心情は察します。でもそうやってずっと落ち込んだままでいいのですか? 今は復活した魔族の対策を考えなければなりません。また、陸徒さんたちが元の世界に帰る方法も見つけださなくてはなりません。そんな状態でいられる場合ですか?」
「モコ……すまない」
このままでは駄目だと、気持ちではわかっていても、この時の陸徒はただ謝ることしかできなかった。
一先ずこの場は一旦収束し、一行は長旅での疲れを癒す為に、宵越しの宿を確保して各々の余暇を過ごすことにした。
モコは部屋で武器の手入れを。シルフィはなにをしているのか不明だが、適当に休憩していることであろう。陸徒はベッドに横たわり、ただ天井を眺めながら物思いにふけっている。シルビアはどうしてもステラが心配とのことで、町の中を捜しに出かけて行った。
あれから3時間ほど経過し、刻々と日が暮れる時間帯に差し掛かった頃、シルビアが血相を変えて宿へと戻ってきた。そして勢いよく陸徒のいる部屋の扉を開けるなりこう言い放つ。
「おい大変だっ! ステラが何者かに誘拐されたらしい!」
彼女の空気を揺らすような大声が部屋中に響き渡る。それを聞きつけたモコとシルフィも陸徒の部屋へやってきた。
「誘拐っ!?」
いの一番にモコがオウム返しに口を開く。その表情にはいつもの感情が籠っていないアレではなく、状況を不安視するような曇りのあるものであった。
シルビアの説明によると、ステラを心配して町を捜し回っているところ、妙な話を耳にしたとのこと。ここ最近アヴァンシアの町で、男女問わずに若い子供がさらわれるという事件が多発しているそうだ。それは人間ではなく、モンスターによる仕業なのではと噂されている。
「そんな事件が……。で、ステラが誘拐されたという確証はあるのか?」
「誰かが、大きな十字架のようなものを持つ、白いローブを着たブロンドヘアの女の子が何者かに連れ去られるところを見たらしい」
その女の子がステラであると断定できる材料が揃いも揃っていて、そう決定せざるを得なかった。であるからか、シルビアもステラをさらった者の詳細を確認する前に、急いで陸徒たちへ知らせに戻ってきたというわけだ。
そこへ突然モコが、会話する陸徒たちの間を掻い潜って外へ出て行こうとする。
「モコ、どこへ行くつもりだ?」
「ステラを助けに行きます」
「助けるったって、どうやって……?」
「ほらほら陸徒ちゃん、ここは黙ってモコちゃんと一緒に行きましょ〜」
戸惑う陸徒の背中を、シルフィが強引に押して宿の外へと出す。
外は既に日が暮れ、黄昏時を迎えていた。とはいえ、まだ繁華街のエリアは賑わいを見せており、人の往来も多く見かける。陸徒たちは片っ端から聞き込みをしていく。するとすぐさま、例の目撃者は八百屋の店主であることが判明した。謎の誘拐事件が起きている最中だけあってか、町内の情報網はそれなりに強い。
八百屋は商店街の外れに位置し、更にその先は人気の少ない海岸沿いとなっている。八百屋の場所からはその海岸沿いの道が見えるため、ある時店主が何気なく視線を移すと、ステラらしき人物がいたと言うのだ。どうしてあのようなところにひとりでいるのか気にはなっていたようだが、仕事中だったこともあり特に様子を見に行くような対応はしなかったそうだ。
しばらくして、店主が思い出したように海岸沿いの道を確認した時、ステラであろう人物が何者かに連れて行かれるところを目撃。急いでその場へ向かおうとしたのだが、既に視界から消えてしまっていた。一瞬のことだったので定かではないが、ステラを連れ去った犯人は、ドヘルズペインというモンスターの可能性が高いとの話だ。
「ドヘルズペインか……また厄介なもんが出てきたね」
店主の話を聞いたシルビアが、苦い表情をして声を漏らす。
彼女の話によると、ドヘルズペインは人型をしたモンスターで、群れをなして行動し、強靭な筋力と敏捷性を兼ね備えている。若い人間の生き血を好み、時折人里に忍び込んでは、連れ去って行くそうだ。これまで聞いてきた、子供が誘拐される事件や、ステラがさらわれた理由もドヘルズペインが原因であれば頷ける。しかしそれと同時に、事態は一刻を争う危険な状況であることを意味していた。
「つまりそいつらは、さらった人間を餌にするってことだよな? まずいぞ、ステラが危ないっ!」
「シルビア、そのモンスターがどこに生息しているかわかる?」
「奴らは森に巣を作って生息しているそうだよ。この辺に人が近寄らないような森があれば、そこにいる可能性は高いね」
店主の話を聞いて戦慄する陸徒たち。そこへモコが反応早くシルビアへ詳細を聞き出す。そしてすぐさま店主へ該当する森の場所を確認すると、我先にとその方向へ走りだした。
「お、おいモコ! 待てよっ!」
慌てて陸徒たちも彼女の後を追って町の外へ出て行く。動き出す時のモコの表情は、今までに誰にも見せたことのないような焦りに満ちたものだった。
ステラとモコ。ふたりは性格こそ真逆で、傍から見ていると気が合わなくいつも仲が悪いようではあるが、幼少の頃からの付き合いで、お互いになにかと気に掛けてはいる。普段は喧しいステラの言動を冷めた態度で受け流しているモコであるが、ステラのことが心配で仕方がないのであろう。
すっかりと夜も更け始め、町から出ると辺りは途端に闇が広がる。町の出入り口から数十メートル先までは、光照石による街灯が設置されていて、視界の確保とモンスター除けを兼ねていたのだが、それを通り抜けてしまえば光のない完全な宵闇。モンスターとの遭遇率も跳ね上がる。
拘らずも減速することなく、モコが先陣を切ってひたすら前へ突き進む。自分たちの周囲の照度確保のため、シルビアが紅剣クリムゾンゼストを松明代わりに。シルフィは魔術を使用して手の平サイズの火の球を宙に浮かせては、モンスターと遭遇した際の先制攻撃用と兼ねて周囲を照らす。
とはいえ、道中に現れたモンスターのほとんどが、邪魔する者は全て蹴散らすと言わんばかりのモコの特攻によって、早々と排除されている。
しばらく走っていると、ステラをさらったドヘルズペインの巣があると予想される森へと辿り着く。街道から相当に外れた場所に位置し、周辺も大きな岩などで視界が遮られ、通常ならばこの森そのものが人目に付かないような地形となっていた。確かに斯様な場所など、人が不用意に近づくようなところではない。当該の森も禍々しい雰囲気を漂わせ、度胸のない人間であれば視界に入れるだけで歩みを止めたくなるようであった。
「ここか。確かに物凄くきな臭い森だね」
「なんだか気味が悪いわねぇ」
ここに到着するまで照明を使用していたふたりも、敵に気づなれないように既に灯を消している。
「!! ステラ……間違いなくこの森にいる」
突然モコがなにに気づき、言葉を発する。あるものを発見したような仕草をしていて、その視線を追った先には、小さく光るものが見えた。
「モコ、それは?」
地面に落ちていた光るものを手に取ったモコが、不安な面持ちを隠せないまま、問いてきた陸徒に答える。
「……これは、ステラの首飾りです」
その言葉で一同に戦慄が走る。それと同時に、陸徒の中でなにかが込み上げてくるのを感じた。
ここまでは正直半信半疑なところもあった。用心深いステラがそう易々とモンスターにさらわれるものなのかと。八百屋の話もあくまでも目撃証言という認識だった。しかしここで、それが事実であると証明するに事足りる物的証拠が現れた。更に陸徒は町で聞いた話を思い返す。
ドヘルズペインは、若い人間の生き血を好む……。次の瞬間、陸徒になんらかのスイッチが入ったかの如く、突然大声を出して叫ぶ。
「ステラァァァァッ!!」
不安や恐怖、怒り……様々な負の感情が彼の中を駆け巡り、居ても立ってもいられず陸徒は単身森の中へ駆け出していった。完全に無計画な行動である。
「バ、バカッ! 陸徒、いきなりなにやってんのさ!」
シルビアが慌てて彼を制止させようとするが、時既に遅く、陸徒の姿は森の闇深くへと消えていた。
「あらあら、頭に血が上っちゃったのかしらぁ? 陸徒ちゃんも若いわねぇ」
「そんな呑気なこと言ってる場合じゃないよ! あれじゃドヘルズペインにすぐ気づかれる」
そこへ今度は、シルビアとシルフィの会話を無視するかのように、静かにモコも陸徒の後を追って走り出す。
「あらぁモコちゃんまで」
「まったくどいつもこいつも!」
無計画に敵陣に突っ込むなど、本来ならば気性の荒いシルビアの専売特許なのだろうが、その本人が今回は置いてけぼりになっている。おそらく彼女自身もそれについて違和感を抱いているに違いない。
いよいよ残されたふたりもモコを追うように森の中へ駆けて行った。




