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ミドラディアス  作者: 睦月マフユ
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第64話「絶望の中の戦い 光襲す」

 青天の霹靂。まさにその言葉の如く、誰もが予想だにしなかった事態が突然陸徒の身に降りかかる。

 陸徒の弟である空也が魔族と化し、人の心を失った彼はデオルを弄ぶかのようにして殺害する。その後、何の躊躇いもなく兄の元を去り、バサラと共に姿を消してしまった。


「そんな……うそ、だ、ろ……?」


 陸徒は絶望に打ちひしがれ、放心状態へと陥る。彼の前方ではバサラが去り際に召喚した大勢のアークデーモンたちが、フロア内をひしめき合うほどに群れをなして、今にも飛び掛かってこようとしている。そのような状況にも拘らず、陸徒は完全に戦う意志を失ってしまっていた。


「おい! 陸徒、しっかりしなよ!」


 シルビアの強い呼び掛けにも、陸徒は反応を見せず、膝をついて俯いたままだ。


「ダメ。体の傷は今アタシが回復させたから十分動けるはずなんだけど、心の傷までは法術も及ばないわ」

「陸徒さん……。でも、私たちまでもが落ち込んでいられない」

「あぁ、そうだね! ここはアタイらでこの化け物をなんとかするよっ!」

「ふんっ! 言われなくなってわかっているわ。陸徒はアタシが守るから、アンタたちはあの気持ち悪いのをよろしく頼むわ」


 なんとも頼もしい仲間だ。傍から見れば遠足とも間違えられ兼ねない異色編成のパーティーが、今はすっかりとリーダーのピンチを補う統率のとれた応戦を見せようとしている。


「こんな奴ら初めて戦うけど、この数相手じゃ、いちいち様子見て戦っている余裕はなさそうだね」

「全力で行くわ」 


 戦闘において、相手の出方が分からないうちは様子を伺いながら戦うのが安全な方法であるが、戦術的情報が不足である上に、数では圧倒的に劣勢なこの状況では、始めから全力で行かなければ一気にパーティーを全滅に追いかねない。

 双竜剣使いとサイキックナイトが武器を構えると、それに反応するようにしてアークデーモンたちも一斉に前傾姿勢となって、ふたりを標的に定めて睨みを利かせる。


「ははーん、奴さんらもやる気満々だね。んじゃ、こっちも遠慮なく本気モードで行かせてもらうよっ!」


 シルビアが先駆けて行動を起こす。


「解っ!!」


 双竜剣を交差させ、例の掛け声を放つと、それぞれの刀身が強い光を発した。既に何度かお目に掛かっているあの技だ。双竜剣の力を解放し、彼女自身と剣の能力を最大限に引き出す。宣言通り、始めからフルパワーで行くつもりだ。

 続いてモコも動き出す。無言のまま腰から外したチャクラムベリーサを超能力で宙に浮かせる。彼女の目の前で2枚の鋭い円盤がフワフワと漂って、まるで主の命令を待つ動物のようだ。そして次のモコの掛け声によって様子が一変する。


念動転写サイコトレース…………限界突破リミットブレイク!!」


 意識を集中させながら、柔らかく穏やかになにかを呟き、直後強く二言目を言い放つと、途端にチャクラムベリーサが赤い閃光を纏いだす。そしてまるでレーシングカーのエンジン音のような甲高い音を立てながら高速で回転を始めた。

 シルビア、モコの両名が攻撃準備を完了させたことが戦闘開始の合図となり、アークデーモンも号令の掛かった部隊の如く一斉に襲い掛かってきた。

 始めに一手を繰り出してきたのはシルビアだ。危険をかえりみず単身でアークデーモン群れの中に突入する。素早い動きで間を掻い潜り、群れのほぼ中心の位置に辿り着くと——。


「双竜剣六の撃、紅覇蒼襲旋!!」


 技の名を叫ぶと同時に、彼女のいる地点から紅と蒼の光がシャワーのように放たれ、周囲に旋風が巻き起こった。その範囲にいたアークデーモンたちが旋風に巻き込まれては矢継ぎ早に体を斬り刻まれる。あるものは斬り口から激しい炎が噴き出して焼き尽くされ、あるものは肉体を凍結させた直後に粉々に砕かれていった。

 双竜剣の力を解放し、炎と氷属性のダメージを同時に与えるという強力な技だ。これによってアークデーモンの戦力を大幅に削ぐことができた。とはいえ、さすがに全滅させるまでには至らず、攻撃の範囲外にいた約半数がまだ生き残っている。

 そこで次はモコの出番だ。高速回転をしながら彼女の前を滞空するチャクラムベリーサに対し命令を下す。


「チャクラムベリーサ、好きに遊んできなさいっ!」


 モコの指示を聞き入れた瞬間、円盤が大きな風切り音を立てて飛んでいく。まるで主の命令を聞いて行動する犬……もとい、この場合は鳥と言う方が適切だろう。

 シルビアの攻撃の範囲外にいた者、またその攻撃に倒れなかった魔族のしもべ、アークデーモンの群れの中に突撃したチャクラムベリーサは、物凄いスピードで周囲を駆け巡る。その速度は肉眼で捉えることが困難なほどだ。それが動くたびに標的が叫び声を上げて体中を斬られていく。

 その間、モコ自身はなにもせずただ静かに黙って、飛んでいる円盤の動きを見据えているだけであった。従来の攻撃方法であれば、超能力によってモコの手の動きに合わせて飛ぶもの。だが今は、円盤がまるで生きているかのように不規則な動きで飛び回っている。

 するとそこへ、攻撃を終えたシルビアの方へチャクラムベリーサが飛んでくる。その軌道は彼女へ直撃するコースであった。すぐさま気配に気づいたシルビアは、とっさに身を翻して回避するが、意表を突かれた状況に驚きを見せていた。


「おい! モコ、危ないじゃないか! アタイに当たるところだったよ!」

「気をつけて。今のチャクラムベリーサは私の意志ではなく自由に動いているの。だからあの子たちの飛び回る範囲にいる全てのものに攻撃するようになっているわ」

「こらこら。味方がいるのにそんな危ない攻撃するんじゃないよ……」


 愚痴のようにぶつぶつと言いながら、シルビアはそそくさと円盤の行動範囲から脱出する。主の言うように、動き方からして敵味方の区別はついていないようだ。彼女の意志ではなく、チャクラムベリーサ自体が勝手に動いている。これはモコの超能力による念動の力を円盤に転写し、制御を解除することで発動させる強行型の必殺技だ。

 散々派手に遊び回った鳥は、次第に大人しくなって動きを弱めると、ゆっくりと主の元へ帰っていく。気づけば纏っていた赤い光も、甲高い回転音も消えていた。モコは静かにそれを手に取り、刃の部分を優しく撫でてから腰の両脇に装着した。

 これにてふたりの攻撃が完了した。先手必勝とばかりに手加減なしの本気攻撃によって、おびただしい数を見せていたアークデーモンの群れも、ほぼ全滅状態であった。辛うじて僅かばかりか生き残っている者もいるが、全て虫の息だ。


「魔族のしもべって言うからどんなもんかと思いきや、大したことなかったね」

「チャクラムベリーサのいい遊び相手だったわ」


 ふたりが勝利の余韻に浸る中、彼女らの戦いを傍観していたステラがなにか腑に落ちない様子だ。それは自分が戦闘に加われず活躍できなかったことに対してではなく、不可解な状況に悩み、詮索しているかのようであった。

 その視線の先は、体を斬り刻まれ、無残にも所々に転がっているアークデーモンの死骸だ。ステラは眉をひそめながらしばしその光景を眺めると、ようやく口を開く。


「ねぇ、なんか変よね」

「変? なにが?」


 モコも、問い返したシルビア同様、ステラの発言の意図に気づかず疑問符を浮かべた状態だ。


「いやだからさ……気づかない? 人間や動植物などの、この地に旧来から存在しているもの以外、つまりモンスターたちってさ、死んだら消えるよね。理由は諸説あって未だ解明されていないけど、こいつらシルビアとモコが倒したのに消えないで残っている」


 ステラの説明を聞いた途端、ふたりが戦慄して言葉を詰まらせる。


「た、確かに……。なんでこいつら消滅しないんだ?」

「ほとんど首を切断して絶命しているはずなのに……」


 だがこの理由は直後目の当りにして判明することとなる。

 無残にもばらばらに転がるアークデーモンの死骸が、次々と痙攣しているかのように小刻みに微動し始める。しばらくその現象が続いた後、一瞬動きを止めたかと思った刹那、一斉に肉体の再生を始め、瞬く間に復活してしまった。


「な、なにっ! 再生しただって!?」

「そんな! 有り得ないわっ!」

「……信じられない」


 3人は突然の事態に焦りを見せるも、臨機応変に状況を判断して今一度武器を構え直す。


「だったら再生できないように、消し飛ばしてやるまでさっ!!」


 シルビアが先立って剣を振り上げながら、最も近くにいたアークデーモンを斬りつけようと攻撃を繰り出す。

 先ほどと同様に双竜剣の力で相手を完膚なきまでにする……ものと思っていた。しかしなんと、アークデーモンは彼女の攻撃をいとも簡単に受け流すと、猿のように素早く身を翻し、あまつさえ反撃を仕掛けてきた。

 シルビアは咄嗟の反応が間に合わず、迫り来る鋭い爪に腹部を切り裂かれる。彼女の類稀な身体能力のおかげで深手を負わずに済んだが、少しでも油断していたらただでは済まなかっただろう。

 だがシルビアは、うかつに攻撃をくらってしまったことよりも、別の事態に驚きを示していた。


「こ、こいつら……。さっきとは別もんのように強くなっている……」


 シルビアは直感的に今のが自身のミスではなく、アークデーモンの身体能力が飛躍的に上昇していることに気づいた。これを確認するかのように、更にはモコがチャクラムベリーサを操って攻撃を仕掛けるが……。あの時の戦闘がまるで嘘であったかと思えるほどに、いとも簡単に回避されてしまう。


「まさか……。倒しても再生して強くなるってことなの? しかもさっきとは比べものにならないほどに……そんなのってあり!?」


 ステラは疑うような言葉を漏らしたが、シルビア、モコを含め、3人は敵が自分たちと同等、或いは更に上の力を身につけてしまったことは感覚的に理解していた。

 これでは完全に形勢逆転である。数も実力も相手が勝っているならば、彼女たちの全滅は必至。戦慄し、恐怖を浴びせられるステラたちを余所目に、蘇ったアークデーモンは容赦なく一斉に襲い掛かる。だがその時——。


―清浄なる神の閃光よ、白放満ちて闇を消し去れ―

極光壁フラッシュウォール!」


 突如、どこからか魔術の呪文が聞こえたかと思いきや、眼が眩むほどの眩い光が辺りを支配する。ストロボのような強烈な閃光がアークデーモンを次々と包み込み、前衛にいた者を一瞬にして消してしまった。


「い、今のは……なんだ?」


 光の刺激を緩和させながら、シルビアはゆっくりと目を開けて状況を確認する。驚きを見せながらも、ステラは今しがた使用された魔術の正体は掴めていた。


「光属性の魔術。アークデーモンの弱点属性だったようね。一瞬で肉体もろ共消し去ったわ。これなら再生は不可能よ」

「でもさ、その魔術は一体誰が使ったんだい?」


 シルビアが素朴な疑問を投げる。仮にステラの発言通り、あれが光の魔術であったとしても、今現在この場に魔術士など存在しないはずだ。


「……あそこに人がいる」


 そこで相変わらずの無表情が快調であるモコが、人差し指をある方向へ向けて声を流す。その先はシルビアたちが登場する際に破壊した壁から対角線上の端。現在彼女らがいる位置からはやや距離がある。そこへ視線を移すと、薄らと人影が見えた。


「みんなやっと見つけたわよぉ。しかも来てみたらちょっと大変な状況になっていてビックリ」


 聞き憶えのない声が伝う。フロアの薄暗い照明や蔓延るアークデーモンの群れせいで、どのような人物であるか視認は難しいが、声を聞く限りでは女性である。先ほどの光の魔術を放った声の主と一致している点から、アークデーモンを数匹仕留めた当人であるのは間違いない。

 その攻撃によって仲間が倒されたためか、残りのアークデーモンが一斉にその女の方へ敵意を剥き出しにする。


「あらあら……。このモンスターちゃんたち、随分と張り切っているわねぇ」


 圧倒的な数から来る威圧感が押し寄せる中、女は一切物怖じせず、ゆっくりと話す。そこへ、最も近くにいたアークデーモンがその女に飛び掛かるようにして攻撃してきた。

 対する女はおっとりとした反応を見せ、人間の身体能力から考えても回避不可能なタイミングだと誰もが思った。しかし不可解なことに寸でのところで攻撃を回避してのけたのだ。

 その動きを見たシルビアたちは違和感を覚える。通常回避行動をする場合は、地面を蹴ってステップするか、身を翻したり逸らしたりするものだが、女は体を動かしたと言うより、立ち位置をずらしたように見え、体の動きがほとんど見られなかった。

 空振りを決めてなにもない所へ着地したアークデーモンはすかさず背後を振り返り、女に対して再び攻撃をするが、デジャブの如く同様の現象が繰り返されるだけであった。


「もう、そんなにおいたしちゃうような悪い子は、ここから退場してもらうわよぉ」


 女はまたもや間の抜けるような緩い声を出したかと思えば、突如彼女の持つ魔術書が光りだす。


―全てを透通す粛清の光よ、汝聖なる審判の果てに浄化せよ―

輝光閃シャイニングレイ!」


 今度は別の魔術が発動。女の手前位置に幾数個の野球ボール程度の大きさをした、電灯のように光る球体が現れる。それが刹那煌めきを放ったように見えた途端、無数の光線がアークデーモンの群れ目掛けて放射される。

 回避するスペースすら譲らないほどの光線の襲撃によって、体中を貫かれていく魔族のしもべたち。その凄まじい光景に他の面々はただ息を呑んで眺めるしかできない。


 間もなくして光線の放出が止むと、順を追うように魔族のしもべたちが次々と黒い煙を上げながら消えていく。まるで夢から覚めたと、そう思わせるような静寂が辺りに広がり、綺麗に清掃されたフロアへと場面を変えた。

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