第61話「天才法術士決定戦」
シルビア、モコと道を分け、ステラは暗く静寂なる通路を歩み進む。
彼女は杖の先端に光を燈して周囲の視界を確保している。法力を光の粒子へと変換、収束させるという高度な技を使用しているようだ。
「もう、暗いし陰気な通路で気持ちが悪いわ」
しばらく歩いた先に、最早お決まりの如く扉が見えてくる。
「扉か。なーんか展開的に、これを開けた先はちょっとした広い部屋で、そこには敵が待ち構えてたりするのよねぇ」
なにを思ってそう予想したのかは不明だが、まさに的中。シルビアやモコと同様に扉を開けた先は広いホールとなっており、壁の色彩や蝋燭の配置までもが相似していた。そしてお約束通りに奥には人影が。
「やっぱりね。はいはい変な演出とかそういうのいいから、さっさと姿を現しなさい」
「キャハハハハ! なんなの調子に乗っちゃって、生意気な女ね」
「あ? 誰が生意気よ! 気持ち悪い笑い声の女ね」
状況に一切動じず、ステラは素早く人差し指を前方へ突きつけ、奥の人影に言い放つと、すぐさま甲高い耳障りな声がホール中に響き渡る。先の2人とは違い、ステラの相手は女であった。
彼女の発言を聞いても、生意気なのはお互い様だと思うのは共通の印象であろう。ここは安定とも言うべきか、早速と相手に対して挑発を決め込むステラ。
対象はここにいる生意気法術士娘とほぼ同じ背丈。加えて他のメンバーの対戦相手と同様に漆黒のローブを身に纏い、色こそ違うものの、出で立ちは互いに似通っていた。
「まったく気に入らないわね。せっかく歓迎してあげようと思っていたのに……」
「そんなもの頼んでいないわ。ってか、名乗りもせずに歓迎とか言えたものね」
「キャハハハハ。良くお聞きなさい! アタシは魔信教団幹部三人衆の紅一点。天才法術士ソニカ様よっ!」
そう言って、ソニカと名乗った女は被っていたフードを脱いで素顔を露わにする。
先述のようにソニカはステラと同じ背丈であることを確認したが、それだけではなく互いに同年であると思われるほどに幼い顔立ちをしていた。トマトのように赤々とした髪を後ろに束ねたポニーテールで整え、服装さえ変えれば町娘と遜色ない。斯様な娘が教団の幹部を担っているとは意外である。
そこへ、ステラが唐突にある部分についてツッコミを触れてくる。
「ちょっと待ちなさい! アンタ今、自分のことを天才法術士と言ったわね?」
「そうよ、事実だもの」
「アンタ……バカなの? この世に天才法術士はアタシひとりで充分よっ!」
なにに拘っているのかと思えば、日ごろから己を天才であると豪語する唯我独尊なる振る舞いである。
お互いにとても似た者同士な気がしてならないが、啖呵を切った白い自称天才法術士は、聖杖パステリアウイッシュを構えて、早くも戦闘態勢に入る。
「キャハハハハ! バカはどっちよ! まぁいいわ。ここでアナタを倒して、アタシが本当の天才法術士である事を証明してあげる」
黒い自称天才法術士も同様に武器を取り出す。宵闇を象徴するような漆黒の配色を基調としており、先端に複雑な彫刻と煌びやかな宝石を散りばめた装飾を施している杖だった。その長さは50センチほどで、杖と言うよりワンドと称するに相応しい。
(アイツがさっき、幹部三人衆と言っていたわね。ということは、あの巨乳女とモコの相手にもその幹部の人間がそれぞれ配備されているはずだわ……)
ステラの予想は的中していた。時系列としては他の2人も今現在戦闘の最中であろうが、それらについては既に両者の勝利は確定している。
偶然か必然かは不明であるが、彼女たちの相手は皆、同じ戦闘のタイプなのだ。シルビアには双剣使い、モコには投擲使い、そしてステラには法術士。
法術士——。守りを主体とするこのクラスには、基本的に攻撃方法とされる術はない。だがステラの場合は、マーダーエイプとの戦いの時に作り出したバリアの壁を砕いて、それを武器として攻撃していた。また、空也を相手にしていた時のように、魔術に対しても跳ね返して攻撃することも可能としていた。従ってステラ側に分があるようには思える。
ところが今回は相手が法術士であるため、後者の攻撃方法は採用不可であろう。現状でわかっているのは、ソニカが法術士であることのみ。早々に戦法が見出せなければ、この戦いは非常に厳しいものになってくる。
互いに出方を伺っているのか、先ほどまで威勢の良い挑発をし合っていた割には慎重である。だがこれは両者とも馬鹿一辺倒のように、なにも考えず攻撃を仕掛けたりしないことが理由だ。天才と自負するだけあって、頭脳プレイを繰り広げようとしている。
(あのソニカって奴、多分アタシみたいに攻撃に転じられる独自の法術を持っているわね。アタシの様子を見て先制してこないところから察するに、反撃の切り口として使ってくるはず)
「キャハハハハ。アタシのことを睨んでなにか考えているようね。法術士は攻撃方法が限られる。だからアタシはいざという時に使うから出し惜しみしている。そう考えているのかしら?」
黒い方は腕を組んで、ニヤニヤと不敵な笑みを浮かべながら、白い方の考察をズバリと言い当てる。だがそれに動揺するかと思いきや、当人は特に図星を食らったような反応を見せず、至って冷静であった。
「そうよ。どうせアンタも攻撃に転じられるなんらかの独創系法術を持っているんでしょうから、それはいざという時に使ってくるはず。そう考えていたのよ」
性格を知っていれば妙にステラらしくないと感じる事柄であるが、胸中を素直に明かしてきたことに対し、ソニカは少し不思議に思うような顔をしている。そしてそれはすぐさま疑心の表情へと変化する。
「アナタ、わざと率直に答えたわね。どういうつもり?」
「どういうつもりも、なにもないわよ」
そう言葉を返すと、ステラはゆっくりと杖を上部へ翳す。すると例の法力で作り出された輝く板が現れた。今回は形状が異なり、正三角形のものであった。数えるに計4枚。
「それは……なるほど、封壁ね。ま、法術士が攻撃する手段と言ったら、それを使った戦法くらいしかないものね。キャハハハハ! でもアタシの攻撃方法はそんなちんけなものじゃないわよっ!」
ソニカが右手に持つワンドを前に突き出して、空間に絵を描くように規則的になぞる動作を見せる。その動きに合わせ、追従するようにして光の線が描かれると、忽ちに紫色に光る陣のようなものを作り出した。
「!? あれは……何? 嫌な予感がするわ」
―其は地を縮す疾速の風―
「瞬速走!」
さすがにソニカの作り出した陣の正体は即座に分析できていないようだが、術士としての勘が発するなにかを予感し、ステラは咄嗟に呪文を詠唱して法術を発動させる。
初めてお目に掛かる術だ。呪文の形態や術の現象から察することができるが、自身の素早さを高めるものである。刹那、ステラの脚廻りが薄らと蒼色の光に包まれる。これは空中浮遊術の基礎系統に当たり、脚部の瞬発力を補助し、更には着地時の路面との摩擦抵抗をなくし、尋常ならぬ速度で地面を滑走することを可能としている。
「へぇ中々の洞察力ね。でも逃げ足を速めたところで、このアタシの術を回避することなんて不可能よっ!」
次の瞬間、ソニカは空いた左手を先ほど作り出した光る陣にそっと当てる。すると突然陣から幾数の光線が直線状に放たれた。
即座にステラは回避行動に入る。野生動物の如く物凄い反応速度で平行軸に移動すると、光線はそのまま真っ直ぐに空を裂き、壁に当たって小さな爆発を見せた。まるでSF映画やロボットアニメで見るようなビームだ。
(なるほど。法力をなんらかの方法で熱エネルギーに変換して、光属性の魔術みたいに光線を放って攻撃できるのね。あの陣、おそらくまともな法術ではないわ。魔信教団だから、魔族に関連した禁術のようなものを使用しているのかもしれない。いずれにしても、面倒な攻撃だわ……)
ソニカが陣を作り出す様子や、放たれた光線の動きなどを加味した上で、ステラは相手の攻撃を分析する。普段の彼女は喧しいワガママ自己中娘だが、戦闘場面となると言動や表情共に別人のようである。
通常であれば回避が困難である光線の発射速度も、法術の補助が掛かれば直撃は免れる。ただそれも少数の光線であれば、だが。
「ちょこまかと鬱陶しい! アタシの術を回避するのは不可能だって言ったでしょ!!」
思っていたよりも俊敏に動き回るステラに苛立ち、声を張り上げてソニカが更に力を込める動作をした。刹那、陣の発光が強まると、そこから数え切れぬほどの数多の光線が発射される。
前述の如く、少数であれば回避可能であったが、今回はその範疇をゆうに超えていた。
「……くっ!」
可能な限り回避行動をを取っていたステラも、さすがに避けきることはできず、手足など体の数箇所に光線が当たってダメージを負ってしまった。
戦況はソニカが優勢。このまま多量の光線発射を続けられてしまっては、ステラもただでは済まない。
しかしステラ自身もただ闇雲に回避だけに勤しんでいたわけではなかった。動きながらも相手に気づかれぬよう頻りに部屋の上部を気に掛けていた。そこには戦闘開始直後にステラが作り出した、封壁が宙を浮いたまま停滞していたのだ。
「キャハハハハ! あの数の攻撃は避けきれなかったわよねぇ。痛いでしょう?」
その状況に気づくことなく、ソニカは優越感に浸りながらステラを嘲笑う。
ステラは歯を食い縛り、傷を負った箇所に手を当てながらソニカを睨みつける。
「さぁ、次ので終わりにしてあげるわ!」
勝者のポジションを確信したソニカは、ステラにとどめを刺すべく再び光線を発射させる攻撃に移ろうとする。その瞬間、ステラは口元でニヤリと笑うと、ある術を発動させた。
―其は自由を縛す金色の檻―
「魔監獄!」
先制してステラが呪文を唱えて術を完成させると、上空を漂っていた封壁が急速に落下。その先はソニカだ。すぐさま彼女を閉じ込めるようにして、正三角形の板4枚がピラミッド状の形を作り出した。
「な、こ、これは……まさか!!」
封壁の存在と状況に気がついたようだが時既に遅し。それを眺めるステラの微笑みは、完全に王手を取った表情をしていた。
「ク、クソッ! こんなもの破壊してやる!」
焦りを見せながらも、形勢逆転などさせまいと、ソニカは陣に手を当てて例の光線を発射させる。その瞬間を狙っていたかのように、ステラは杖をソニカへ向けると——。
「内部反射!」
掛け声を放った直後、黒を閉じ込めていた封壁が、目が眩むほどの強烈な光を発し、射たれたビームが中で反射を繰り返して暴発。逃げ場を失ったソニカは次々とビームの猛襲を受け、一瞬にして戦闘不能状態へと陥る。
暴発し終えたビームが止んだことを確認し、白は術を解除する。そして相手を哀れんだ表情のまま、ため息をひとつ漏らすと、ゆっくりと黒の方へ歩み寄る。
「……無様ね」
「黙り……なさい! アタシは、天才、法術士……な、のよ。こんなことで、負ける……はずが……」
大きなダメージを負い、戦う力はもう残っていないにも関わらず、なおも威勢を張って自分の負けを認めようとしないソニカ。ステラは呆れてものも言えないような顔をしているが、天才法術士が誰であるのかハッキリさせるため、言葉でとどめを刺す。
「アンタは本当にバカね。天才なら、相手の攻撃手段や性格までしっかりと分析して、自分にとって最良の戦術はなんなのか瞬時に判断すべきよ」
「く……アナタには、それができていた、と、でも、言いたいの?」
「当然よ。誰かさんのように口先だけじゃない本当の天才法術士ですもの。ま、取り分けアンタはわかり易かったけどね」
戦闘開始の時、ソニカがステラの考えを言い当てたのは、ステラがわざとそうさせるよう誘導させたのだろう。相手に自分の方が優位であると認識させることで、冷静な判断力の低下や油断を誘い込む。
自分の方が優れていると勘違いしたソニカは、思い通りの展開が起きたことで、完全に惑わされたというわけだ。それを示すかのように、ステラが作り出した封壁の存在も忘れていた。
「その程度で自分を天才呼ばわりするなんて、100年早いんじゃない?」
情け容赦なく言葉による攻撃で完膚なきまでにした後、最後にそう言い捨てると、ステラはその場を去って部屋を出た。




