第57話「ステラの巧妙? 作戦その1」
所はエリシオン王国のプレサージュという街。陸徒たちは魔信教団を殲滅すべく、その本拠地へ乗り込む作戦を今まさに決行しようとしていた。
直前に伝心石を介してシェリルから連絡があり、どうやら彼らの元にエルグランドより魔術士がひとり助っ人にやって来るとのこと。おおよその到着時刻はそろそろといったところだが、それを待つことを良しとせず、苛立ちを見せる者が1名。
「エルグランドからの応援ですって!? 冗談じゃないわ! それを待ってアタシの作戦に支障をきたすわけにはいかない。今すぐに始めるわよっ!」
伝心石での通話を終えた途端、咄嗟に顔を膨らませ、憤怒の感情を露わにしていたステラだ。
そして勝手にひとりで喚き始めると、膨れた顔から形を整え、目の前で握り拳を見せて作戦実行の意志を示す。だが思いの他、彼女の言動に困惑するような者は居なかった。プライドの高いステラが、素直に応援を待つわけがない。そう思っていたからだ。
「ったく。シェリルとの会話ではあんなに従順な態度を見せていたのによ。ま、それがステラらしいけどな。さて、俺は別に構わないが、みんなはどうだ?」
「アタイも、待つのはあまり好きじゃないからね」
「僕もいいよ。応援に来る魔術士がどんな人なのかちょっと気にはなるけどね」
「リーダーは陸徒さんです。私はそれに従うまでです」
案の定、満場一致で作戦をただちに決行する運びとなる。
「ふんっ、当然の流れよ。反対したら宿でお留守番させるところだったわ!」
「はいはいわかったから。さっさと始めるぞステラ」
「言われなくたってそのつもりよ!」
あしらうような陸徒の態度に少々苛立ちを見せながらも、ステラは自分以外の4人を密着させるように集め、徐に先ほど光の魔力を込めたルーンシルクの布を覆い被せる。
「バッチリね。今周りからはアンタたちの姿は全く見えないわ。試しに人のいる通りに出てみなさいよ」
半信半疑ではあるが、陸徒たちは言われるまま人々が往来する通りへ出てみる。
商店街ではないにしても、それなりの人数が見られる。にも拘らず、人々は彼らの姿には全く目もくれず、寧ろ存在に気づいていない様子で、ただひたすらと歩いていくだけであった。
「本当にアタイらの姿が見えていないのかい……?」
「どうやらそのようだな。俺たちがここにいるのに気づいていない」
「まるで透明人間になった気分だね」
まさに空也の言うとおり、さながら透明人間である。とはいえ、実体はそこに存在しているわけであるから、この状態で往来する人々と衝突でもしたら一大事だ。それを危惧した陸徒たちは、そそくさとステラのいる元へと戻る。
「どう? 面白かったでしょ。さぁ、これからアタシが見張りの男の注意を引き付けるから、その間にアンタたちは路地の奥へ行くのよ」
いよいよ行動開始。陸徒たちは通りの人らにぶつからないよう注意しながら、ステラの後ろを付いて進む。大きな布を被り4人固まったまま歩いている状態であるため、お互いに歩幅のテンポをずらさないよう慎重に歩みを進める。
そのせいか、ステラも通常よりかなり遅い歩速で見張りの元へ近づく。よってそれがぎこちなく見えるこのとなり、不審に思った見張りの男からステラへ声を掛けてきた。
「おいそこの嬢ちゃん、随分とゆっくり歩いてこっちに向かって来たみたいだが、なんか用か?」
不意にも向こうからの先制にステラは動揺を見せる……かと思いきや。
「こんちわーっ! いやぁ今日もいい天気だね」
思い立ったような唐突な行動に、男は目を丸くして驚いている様子。これでは不自然極まりなく逆に怪しまれる。そうさせまいとして、ステラは間髪入れずに会話を披露してきた。
「ねぇねぇおじさん、ここで立ってなにしてるの? このお店って定食屋さんだよね? おじさんは料理しないの?」
根掘り葉掘りと質問攻めをするステラを怪訝な表情で見ながらも、男は完全にステラへと意識が向いた状態となった。
「嬢ちゃん、見りゃわかるだろ。仕事してんだよ」
今よと言わんばかりにステラは、右手を背後に隠し、人差し指を路地の奥の方向へ突くように動かし、陸徒たちに合図をする。
それに応え、陸徒たちはゆっくりと音を立てないように、男の横を搔い潜って路地の奥へと進む。
ステラは男への視線は動かさず、そのまま視界から陸徒たちが移動したであろうタイミングを確認すると、会話の続きを始めた。
「ふ~ん、仕事なんだ。立っているだけの仕事なんて、楽でいいわね」
「なんだ? 嬢ちゃん、あまり大人を揶揄うもんじゃないぞ」
ステラはわざと少し挑発じみたセリフを吐き、男の意識を更に自分へと集中させる。
彼女の立ち位置は路地の奥を見るようにし、逆に男はステラの方を向いているため、陸徒たちのいる場所には背を向けている状態だ。
その隙に、奥に辿り着いた陸徒たちは次の行動に移る。
「よし、それじゃモコ頼む」
「……はい」
陸徒に指示され、モコは右手をそっと上へ動かす。
「うわっ、マジで浮いてる……!」
ステラの作戦、それはモコの超能力を使い、壁の向こう側へ直接人間を移すというものであった。
モノの超能力は、離れた物へ手を触れずに自在に動かすことができる。重量や寸法、距離の制限はあるようだが、大人の人間であっても1人ずつならば可能だ。
つまり、ここで陸徒と空也、シルビアを超能力で壁の先にある魔信教団本部の入り口へ飛ばすということだ。自分自身に超能力は及ばないため、最後のモコの分についてはステラがなんとかするとのこと。
「到着したぞ」
壁の向こうから、陸徒がモコに聞こえる程度の小声で合図をする。次の空也の番だ。
擬態化の布はモコたちを覆っているため、飛ばされている者は丸見えの状態となる。従って見張りの男が後ろを振り向いてはバレてしまう。ステラが運搬の状況を伺いながら、男と会話を続けて注意を引かせているが、そう長々と手間取らせるわけにはいかない。ここは慎重かつ迅速に事を運ばなければならない。
「な、なんだか変な気分だったけど、壁を越えられたよ」
空也も無事に運び終わり、続いてシルビアの番がやって来る。
モコが冷静に淡々と作業を進ませる。もうじき壁を越す位置に差し掛かったところ、1匹の野良猫が隣の建物の屋根を伝ってやってきた。にゃーと可愛げな鳴き声を出しながら、ぷかぷかと浮いているシルビアを不思議そうに見ている。
「げっ、猫……頼むからこっちに来ないでくれよ」
その猫を見るなり慌てふためくシルビア。猫が嫌いなのかと思ったが、どうやらそうではないらしい。嫌がった理由は他にあった。
好奇心に満ちた表情で、屋根の上を渡りながらシルビアに接近する猫。そして次の瞬間、彼女の頭へ飛び乗った。
「ちょ、待て乗るな! あっ……まずい……」
焦りながらシルビアは突然鼻をひくひくと動かし、間の抜けた表情へと変わる。そして——。
「へっ、へーっくしょん!!」
必死に口元を手で押さえていたが、耐え切れず豪快なクシャミを放つ。
「ん? な、なんだ、おいっ!!」
当然ながら気づけれないわけがなく、男は後ろを振り向くと、路地の奥で怪しく浮遊しているシルビアの姿を発見する。
「……っ!!」
モコは急いでシルビアを壁の向こう側へ飛ばす。力を込めて勢いよく手を動かした拍子で、モコが羽織っていたルーンシルクの布が地面へ垂れ落ちてしまった。
「お前、そこでなにをしている!?」
なんとかシルビアは動かせたものの、自分が残っている上に姿が見えてしまっては誤魔化すことは不可能だ。
更には極めつけで男がモコを捕まえようと動き出す。このままではモコが捕まってしまう。そう思っていた矢先、咄嗟にステラが杖を足元に差し出して、男の足を引っ掛けて転倒させた。
「まったくもうっ!」
すかさずステラは男の頭を踏台にして路地へ飛び出す。そして走りながら高速で呪文の詠唱をする。
―其は、天空を舞いし自由の翼―
「浮遊天駆!」
唱えたのは空中浮遊の術。かつてシェリルが風の谷にて、空中を飛び回るガルティオルフに応戦するために使用した術だ。
それが発動すると同時に、ステラの杖から光が放たれる。そして箒に乗る魔女のように杖に跨ると、颯爽と風を切りながら勢いよく空中を疾走した。
「モコ! アタシの手にっ!」
ステラは右手を下に添えながら、モコの頭の高さを維持して急接近。モコはタイミング良くステラの手を取ると同時に、2人は急上昇して壁の向こうで待つ陸徒たちの元へ到着する。
「おいふたり共大丈夫か?」
「大丈夫なわけないでしょ! 見張りに気づかれたわ。急がないと追手が来る」
空飛ぶ魔女っ子はモコを先に降ろし、乗っていた杖から軽やかに地面へ飛び降りて術を解除する。
「大体ね、アンタがクシャミなんかしなければ気づかれずに済んだのよ!」
あの時クシャミをした本人であるシルビアに文句を言うステラ。確かに結果としてはそうなのかもしれないが、原因が原因なだけに、陸徒が彼女を庇うように弁明する。
「まぁこれは不慮の事故だ。シルビアが猫アレルギーだったなんて知らなかった上に、偶然にも猫が現れちまったんだ」
「まったく、アタシの作戦を台無しにさせる気? この猫アレルギー巨乳女!」
「お前言わせておけば! やんのかい!?」
ステラは自分の案を問題なく成功させたかったのか、怒り治まることなく構わずシルビアへ突っ掛かった。シルビア側も言われっぱなしが癪に障ってステラに対抗する。
「ふたり共やめなよ! 今ここでケンカしている場合じゃないでしょ。見つかったのは仕方ないけど、幸いみんな入り口まで辿り着けたんだしさ、ここからが本番でしょ?」
噛み付き合う彼女らを仲裁しようと、陸徒よりも早く動いたのはなんと空也であった。普段は大人しい彼に叱咤されたせいか、ステラ、シルビアも途端に冷静になり、ケンカが収まる。




